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ワールド・エラー ―境界と案内人―  作者: 藍乃木是羅
第1章 境界と案内人
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#009 再会と回想と

「……あの人は大丈夫なんですか? 怪我とか……」

「ステラのこと? ……正直不安。だけど、あの子は簡単にやられたりしないから」


 それは答えというより、自分に言い聞かせるものだった。

 2人はリニアを利用して、都市部へ移動し始めていた。利用する人も少ない列車で、席にもかなりの余裕があった。外を見ても建物は少なめで、人や車の通る様子もない。


 不安を拭いきれない顔をしているが、それは不信ではない。寧ろ、信じているからこそ生じるものだった。

 ステラの性能は、とても戦闘型相手に適うものではない。そして、彼女自身がそれを知らなかったとは考えられない。それでも彼女は身体を張って闘いに挑んだ。それには想像を絶する覚悟が必要だ。

 だからこそ、不安だった。危険に自ら身を投じた彼女が、心身を害していないか。生存確認こそ取れたものの、何事も無いとは限らない。


 エルミナの思考は、少女のか細い声によって遮られた。


「……大丈夫、なのかな……」


 何か声をかけなければならない。そう考えたものの、思いつく言葉など限られていた。


「えっと……私はガイドのエルミナ・ネスト。転移者の案内をしているの。君は?」


 突然問われたことに驚いていたが、やがてそっと名前を告げた。


「私は、ノエル。ノエル・ロト・クラヴィーアです」


 やっぱり、とエルミナは思った。

 この少女に既視感があったのは当然だった。その見た目、黄金の髪色と蒼い瞳、そして顔立ちも"あの人"そっくりだった。


「ノエルちゃん……もしかして君、お姉さんがいる?」

「えっ! どうして分かるんですか? 姉さん、急にいなくなっちゃって……」

「そうか……君は知らないんだよね」


 少女の不安そうな顔に納得がいった。急に転移してきたこともあるが、一番の原因は姉の行方不明だ。

 彼女が転移してきたということは、当然元の世界には伝わってない。更に、推測だが向こうの世界には転移現象の概念もないだろう。その状態で何日も経てば、死んだと思われるかもしれない。

 するとこの少女は、姉の行方を心配し続けて、自身も転移してしまったのだ。


 姉のことを思い出したのか、ノエルは小刻みに肩を震わせ、涙を流した。


「姉さん……どこにいるの……」

「だ、大丈夫だよ。私、多分だけど貴方のお姉さんのこと知ってるから」


 慌てて慰めようと声を掛けると、ノエルはすかさず聞き返した。


「本当ですか? 私の姉さんを知ってる……って」


 違ったらどうしよう、と少し躊躇ったが、元気づけるには必要なことだ。そう判断して、エルミナは昨日の記憶を探った。


「えっと、名前はアリアさん、かな?」

「……はい」

「小柄で髪が長くて、元気な人」

「……そうです」

「趣味はお買い物で、丸一日お店を回るくらい──」

「そうなんです! 姉さんったら、この前は私をさんざん連れ回して、その挙句何も買わなかったんですよ」


 情報を一言伝える度に、ノエルの眼は輝きを取り戻していった。正解だったようだ。


「良かった。その人なら、私もよく知ってるよ。一緒に買い物に行ったから」

「そうだったんですね。姉さん、買い物になると全然周りが見えないんだから……ごめんなさい、迷惑かけちゃいましたね」

「ううん、大丈夫。元気を分けてもらったからね」


 悲しみに暮れていた彼女の顔は、いつの間にか笑みを浮かべていた。希望を見つけたその顔に、エルミナもつられて微笑んだ。




 駅を出て一番に目に付いたのは、駆け寄ってくる女性の姿だった。


「ノエルー!」

「姉さん!? どうしてここに──」


 言い終わる前に、アリアが抱きついてきた。急に抱きつかれたノエルは混乱するばかりだったが、腕の力が緩まると言葉を続けた。


「姉さん、どうして私がいるって分かったんですか? それに、今までどこにもいなかったのに……」

「今日案内所の近くを通ったら、何だか色々な人が忙しそうに動き回っていたの。それで聞いてみたのよ。何かあったんですか、って」


 彼女はそこで、強調するように指を立てた。


「そしたら。エルフ族の少女が転移してきて、アンドロイド?に襲われているって言うのよ。他にも特徴を色々聞いてみたら……ほとんど貴女の特徴と一致するじゃないの。それで居ても立ってもいられずに……」


 その時の様子を、身振り手振りで再現しながら話している。そんな彼女からは、本気で妹の身を案じていたことが伝わってくる。

 話を聞くノエルの表情には、申し訳なさの中にも嬉しさが混ざっていた。アリアが話し終えると、彼女は安心したような表情で呟いた。


「心配かけてごめんなさい、姉さん」

「いいのよ、貴女が無事なのが一番だから。……でも、あの時は本当に心配したのよ」

「それは私もです! だって姉さん、急にいなくなっちゃうから……」

「あぁ、泣かないで。貴女にも心配をかけたのは謝るわ」


 世界を超えた姉妹の再会だ。語るべき言葉は尽きず、次々と話したいことが溢れてくる。あまり自分から話そうとしなかったノエルが、アリアを前に自発的に会話をしている様子を見て、エルミナもホッと胸を撫で下ろしていた。


 ひとしきり話し終えると、案内人とエルフの姉妹は街へ向けて歩き始めた。

 中層部の鬱蒼とした雰囲気から一転、電子文字の看板と駅前から続く緑が街を彩っていた。電動自動車やアンドロイドなど、エルミナにとっては見慣れた光景だ。

 しかし、ノエルには始めて見るものばかりで、多くの物に関心を向けていた。アンドロイドには気づかなかったが、説明したときの驚きようにはアリアも微笑を浮かべていた。


「エルミナさん、あの看板は何と書いてあるのですか?」

「"デリシー・バーガー"、飲食店みたいだね」

「じゃあ、あれは何ですか?」

「"ブランド・クウォーレ"、あれは……この前アリアさんが買い物した店だね」


 ノエルが姉の方をチラッと見ると、彼女は今思い出したかのように装った。


「そういえば、そんな事もあったかしらね~。そうだ、今度ノエルも一緒に行かない?」

「私? う、うん、いいけど……今回は何時間掛かるの?」


 既に時間単位での買い物に慣れている辺りは、流石に彼女の妹だ。会話からしても、向こうの世界では大分連れ回されたらしい。


 今の2人の服装は、当然ながら大分違う。

 妹は転移してきたばかりで、元の世界で来ていた若葉色のドレスを纏っている。一方の姉はこの世界のファッションを堪能しており、白っぽいシャツに紺色のカーディガン、赤系のタイトスカートと、エルフらしからぬ格好をしている。

 色々と対局的な姉妹だが、そのうち似た服装になるのだろうか、とエルミナは頭の片隅で想像していた。


 歩き続けて10分と少し経ち、ちょうど案内所が見えて来た頃、ステラからの連絡があった。


『エル……そっちの子は大丈夫?』


 他人を気遣っていながら、その声はどこか疲れているように思えた。


「うん、大丈夫だけど……そっちこそ平気なの?」

『あはは……ちょっと、疲れちゃったかも』


 この"ちょっと"は少しじゃないだろう、と直感が伝えていた。

 普段あれだけ元気に満ち溢れていて、人前では弱音を吐かない彼女だ。今までも「疲れた」と口にすることはまずなかった。無理しがちな所は長所でもあるが、短所にもなり得る。

 彼女の報告が真実なら、故障を起こしたということはないはずだ。だが、それでも相当堪えていることが予想できる。


「ステラ、すぐに迎えに行くから待ってて。無理して動いたらダメだよ」

『え、でも案内所まで送らなきゃ……』

「目の前まで来たから平気。アリアさんもついてるし──」


 そこで目配せすると、彼女は頷いて肯定を示した。


「それじゃ、待っててね」

『……うん』


 通信を閉じて姉妹に断りを入れてから、エルミナは駅の方向へと駆け出した。心のどこかで、漠然とした不安が広がるのをかき消すように。




 結果から言えば、彼女は無事だった。

 システムに異常は発生しておらず、身体のパーツの欠損も無かった。ただ、活動の限界容量を超えたことで、エネルギー切れを起こしていたのだ。

 正確には、案内所まで戻るだけの体力はあったが、歩行することも危うい状態ではとても歩かせることはできない。


 先程のビルの外壁に背中を預けているステラを見つけ、髪型、服装共に乱れている様子に息を呑んだ。エルミナの姿に気づくと、笑顔を保ちながら力なく手を振ってくる。


「はい、予備あるから」

「うん……お願い」


 彼女にしては珍しく、とても弱々しい返事だ。その反応を見つつ、エルミナは即座に充電に取り掛かった。背部に無線充電器を固定すると、作動を示すランプが青く点滅する。


 アンドロイドの動力源は電気で、1日1度の充電で賄えるようになっている。案内所のアンドロイドは仕事量こそ多いものの、そのほとんどは情報を扱うもので、運動エネルギーとして消費するのは案内中の歩行くらいである。

 今回は、そこに戦闘型アンドロイドとの格闘戦という想定外の活動が加わり、大幅な電力を消費してしまった。ステラ自身が戦闘に対応していないこともあり、エネルギー効率もかなり悪いものだったと予測できる。


「全く、ちゃんと言ってよね。帰れなかったらどうするの」

「うぅ……ごめんね。あんなに強い機体なんてデータに無かったから……」


 帰ってきたのは更に小さく細く、消え入りそうな声。

 忠告を口にしながらも、彼女の苦労は十分理解していた。それに加え、普段の「だって~」という反論も聞こえてこないこともあり、強く責めることは出来なかった。


「……いや、私の方こそごめん」


 自然と紡いだ言葉が、押し留めていた心情を解放していた。


「ステラが頑張ってくれたお陰で、ノエルちゃんを逃せたんだから。私の注意不足だね」


 余地が無かったとはいえ、彼女に任せきりで逃げてしまったこと。そして、彼女の安否を確かめずにいたこと。少し考えれば、平気ではないと分かったはずだ。

 しかし、それ以上は続けなかった。続ける必要は無かった。本人も覚悟を決めていたのだから、過剰に気を遣うのは好ましくない。


「あの子、ノエルちゃんっていうんだ……もしかして、アリアさんの妹さん?」

「大正解。向こうで待ってると思うよ」


 はにかんで答えると、ステラは嬉しさを込めた笑みを見せた。体力の消耗だけでなく、精神的な疲れも回復しつつあるのだろう。


 大分時間が経ったように感じていたが、実際はまだ2時間も経っていない。調査を始めた時には暗かった街並みも、曇りではあるが陽光の明るみを帯びている。

 見通せなかったビルの内部も、隙間から僅かな陽射しが侵入したことで明らかになった。大型コンピュータの残骸が数機と、パネルを兼ねた天板が割れている端末内蔵のテーブルが1つ。ガラス1枚の被害で済んだ建物とは違い、こちらは何からの施設が設置されていたと考えられる。


 記録を終えて、端末とメモを閉じるエルミナ。ステラの横に座り込み、(うごめ)く曇天を眺める。


「──ねぇ、何で無茶したの?」


 今度は謝意ではなく、純粋な問い。責めることもなく引け目を醸し出すこともなく、極めて自然な声色で尋ねる。


「ずっと不安だった。ノエルちゃんの方がよっぽど不安なのは分かってたから、顔には出せなかったけど。だから理由を知りたい、って思ったの」

「理由、か……。うーん……」


 宙の一点を見つめて、暫くの間考えていた。

 雲が移動し、束の間の陽が隠れ、風が薄紅の髪を踊らせた頃。応答が来ないと見て質問者の意識が切れかけた時、突如として威勢のよい一言が響いた。


「──ないッ!」


 あまりにも簡潔すぎる返答。

 彼女の返事が誤魔化しではないことは、顔を見れば分かる。それでも軽過ぎるのではないか、全身全霊をかけたのではなかったのか、とつい考えてしまう。


「え!? ちょっ、嘘でしょ?」

「嘘じゃないもん。あの時は、そんなの考える余裕……無かったから。でもね──」


 一息つき、正面に目を見開いて言った。


「──護らなきゃ、って思った」


 トーンが落とされた、真っ直ぐな声を耳にする。いつになく真面目な表情のステラに圧倒され、エルミナは静かに先を待った。


「理由とかじゃなくて、こう……無意識?……じゃなくて。上手く言えないけどそんな風に感じたんだ。アイツが現れた時にね。それで……無理しちゃった」


 最後に照れ隠しの笑いを付けたその言葉は、予想以上に重く()し掛かった。

 どこまでも透き通る朱の瞳から、彼女の思考、行動、感情が連続して伝わってくる。華奢な身体付きからは想像もつかない、内に秘めた使命とも熱情とも取れる想いが。

 それを形容し得るある言葉が思い浮かび、気づかない内に口にしていた。


「それって多分、衝動みたいなものかな? よく分からないけど」

「そう、それ! 衝動だからしょうがないよね!」

「調子いいんだから」


 すっかり調子を取り戻したステラに、エルミナもまた普段の調子で返す。この挫けない根性が、ステラの取り柄だ。


「……ステラは強いね。私よりもずっと」


 そう思いつつ、何の気無しに呟いた。身体能力だけではない彼女の強さの出処を考える内に、自分の臆病さが情けなく思えた。そんな自虐は、何の役にも立たないと知っていながら。


「ううん、そんなことないよ」


 その言葉は、やんわりと否定された。


「私が元気でいられるのはエルのお陰。それに、エルだって頑張ってる」


 ステラは、エルミナの努力を間近で見ていた。

 日々の生活を送る為、16歳にして案内所に勤めていること。大戦の影響を受け、困難に行き先を阻まれながらも、懸命に生きていること。


 案内人はそう簡単には務まらない。少なくとも、一般の成人レベルの知識と経験、学力が必要とされる。彼女はそれを、常時よりも短い期間で身につけた。いや、半ば強制されていた。

 他の同年代の少年少女達が学園生活等を謳歌している中で、ただ独り働き続けている。単純比較できるものでもないが、多大な苦労を負っているだろう。ステラは、そんな彼女の"支え"の一環になってくれていた。


「そっか……ありがとう」


 いつもは照れくさくて言えないお礼も、躊躇うことなく言うことができた。まるで導き出されたように、するりと台詞が発せられた。これがステラの持つ"不思議な力"か。


「なんか、長話しちゃった。もうお昼だね」 

「そろそろ帰らないとね……ほら、立てる?」


 手を差し出すと、長らく座っていた彼女は力一杯握り返してきた。1人で歩ける力はあったが、これも彼女への気遣い、またはお礼だ。


「ありがと、今日のエルは優しいな~」

「私はいつも親切です。……なんてね」


 再び陽が現れ、笑い合う2人の背中を白く照らした。並んだ影が、徐々に遠のいてゆく。

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