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ワールド・エラー ―境界と案内人―  作者: 藍乃木是羅
第1章 境界と案内人
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#004 ショッピングモールにて

 今朝降りた駅のすぐ近くにある大型の建物。駅よりも高く、電子盤の文字が周りをめまぐるしく回っている。周辺ではおそらく1番の量と質を誇るショッピングモールだ。

 この時間は昼時の次に混みやすく、入る人と出る人が忙しなくすれ違う。出てくる人のほとんどは手に多くの荷物を抱えていて、その種類も食料品や衣類から日用雑貨、玩具と幅広い。


「おぉ、意外と想像通りかもしれない。ここで何するんですか?」

「日常品の買い足しです。ここには多くの店舗が入ってますから。まず何から買いますか?」

「うーん……」


 エルミナの質問に対しマサキは真剣な表情で考え込む。その間にステラは候補を纏めて、映し出した地図に位置を表示させている。


「まずは服だな。早いとこ異世界ファッションを極めて、俺の神がかり的センスを披露してやるぜ」

「……? よくわからないですけど、衣類なら1階に集まってますよ。10軒はありますね」

「よし、服探し開始!」


 そう言うなり、マサキは速足で建物へと入っていった。この建物を目にしてから、彼のテンションが異様に高くなっているところを見ると、人の多いところが好きだと考えられる。


 特に案内をするまでもなく、彼1人で服を見繕っている。することは店の場所を教えるくらいだ。仕事が楽になるのは良いのだが、あまりにも進みが速いので他人にぶつかりそうになるのが心配である。

 進みは早いが、服は一向に決まらない。手に取って広げてみたかと思えば、首を傾げて畳み直し、元の場所へ戻す。それを繰り返しながら、素早く棚の間を巡っていく。全部の服に手をつけているのでもなく、彼なりに選んで手に取っている。


「マサキさん、買わないんですか? 他にもいろいろありますけど」

「そうなんだけど、こう……なんというか、ビビっとこないというか、しっくりこないというか……」

「"ビビっと"って、電気でも流れるんですか?」

「そうじゃなくて。しっくり来ない、ていう意味だと思うよ」


 ステラが"ビビっと"の意味を知らないようだったので、エルミナが補足した。このような感覚的な言葉は、AIの認識が及ばないことが稀にある。


「お、これいいじゃん。上着はやっぱり青系かな」


 2人が少し目を離した隙に、マサキは3軒目に突入していた。彼が今着ている服と似たような色合いだが、おそらく素材は違う。生地の質感まで丁寧に確かめていることから、彼の服へのこだわりがわかる。

 買う服が決まったかと思えば、また違う服に目移りする。あのエルフの様にあちこちで爆買いする人も困るが、店を巡り巡ってまだ迷うこの少年にもまた困っている。


「よし決めた! お2人さーん、決まりましたよー」


 2人がいい加減うんざりしていると、マサキは服を数着持って戻ってきた。会計はまだ済ませていないようだ。

 商品を持ってきたはいいものの、彼には購入の仕方がよくわからない様子だ。


「これって、どうやって買えばいいんすか? お金とかって……」

「あれ、ペイカードもってないですか? 支払いは全部カードでするんですけど」

「そういえば、そんなの渡されたような気がするけど……あれ? どこに入れたっけ」


 エルミナに言われカードを探すが、服の上下のポケット、手持ちの袋にも入っていない様子。失くしたと分かり、マサキの顔が徐々に焦りを帯びる。


 ペイカードは基本的に1人1枚、各々が所持金をそこへ蓄えている。現金でも一応支払いはできるが、電子マネーが普及しているので使う人はごく稀だ。


 転移者は最初に転移してきた時、そのカードを登録し貰うことになっている。同時に、大切なものなので紛失しないように、とも言われているはずである。宛のない転移者にとっては唯一頼れる生命線となるからだ。しかし、この少年の様子からして、特に気をつけることもなく聞き流していたようだ。


 ペイカードを失くしたとなれば、支払いができないのは勿論、他人により不正利用される可能性もある。説明を受けて、マサキはさらに慌てて聞いてきた。


「何が、防ぐ手段とかないんすか!?」

「防ぐって言ってもね……一応個人認証システムはあるから、大丈夫だとは思うけど……100パーセント保証はできないです」

「そんな……いや、きっとどこかで落としたんだ。拾われる前に探し出せば問題ない!」


 エルミナが自信のない口調で尻すぼみに言うと、彼の顔はみるみる青くなってゆく。それでもまだ口先だけは活発さを保っている様子だ。

 カードを探すべく、マサキは今まで来た道を引き返し、隅々にまで目を凝らした。数歩歩いては辺りの地面を見廻し、また数歩歩いては見廻す。買い物客たちが怪しいものを見る視線で彼を見つめているが、本人はそれどころではない。


「エル……どうしよっか? マサキさん、すっごい必死で探してるけど」

「そうだね……まあ、一応お手伝いはしてみようかな。1人だけで探すのも無理そうだし。ステラはどうするの?」

「うん、じゃあ私も手伝うね……」


 そんな彼を放っておけず、2人も成り行きで手伝うことにした。が、同じように探したのでは時間が掛かり過ぎる。


「じゃあステラ、電波通信でカード特定できる?」

「できることはできるけど、マサキさんのカードIDわかんないから、特定までは難しいんじゃない? それに、カードなんでほぼ全員持ってるし……」


 彼女は小首を傾げるが、思い至ればそう難しいことではない。


「IDは分かんなくても、場所だけ分かればいいの。落としちゃう人なんてそうそういないでしょ」

「そっか、場所が動かないカードを見つければいいんだね。じゃ、やってみるね~」


 ステラは目を瞑り、電波通信を開始した。範囲はこの建物の内部と周辺部、カードの反応する特定の電波で検索する。本来、カードは近距離での通信に対応したものなので、遮蔽物が多いと電波が届かない場合がある。

 対象の数が多いだけに難航すると思われたが、彼女は開始してから10秒と経たずに通信を終えた。再び目を開け、結果を報告する。


「──あった、動いてないカード! 場所は入り口から入って4つ目、最初に来た店だよ」

「オッケー、それじゃ取りに行こう」


 2人揃って駆け足で目的の場所へ向かった。その途中、2軒目近くの通り道に屈み、看板の裏を低姿勢で覗いているマサキに声を掛ける。


「マサキさん、カード見つかりましたよ」

「あ、エルミナさん。こっちは今この看板の隙間を……え? 見つかった!?」


 彼は驚いた顔のまま立ち上がり、2人の後を急いで追いかける。

 そのカードは、1件目の店のかなり奥の方に落ちていた。近くの棚には帽子が陳列されている。いつ帽子を見繕っていたのかはわからないが、ポケットに入れていたであろうカードを落とし、それに気づかないくらいには熱心だったようだ。


「こんなとこに落としてたのか……てか、どうしてこの場所にあるってわかったんです?」

「電波通信で特定しました!」

「電波通信ねぇ……それで、どうやってできるんです?」


 電波通信の存在は知っているようなので、ステラは特定の手順だけを説明する。単純な方法なので理解に苦しむことはないはずだが、彼は方法ではなく別のことで引っかかっていた。


「でも、それって機械とか必要なんじゃないすか? なんか端末みたいなものとか……2人とも持ってないみたいだし」

「あれ、説明しませんでしたっけ? アンドロイドの機能の1つだって」

「それは分かりましたけど、そのアンドロイドはどこに……」

「あぁ、そういうことね」


 ステラとマサキの会話が行き違う中、エルミナは1人納得していた。彼の思考がどこで引っかかっているのか。この3人の中で、マサキだけが知らない事実といえば……


「えっと……そうか! つまり……」


 彼は少しの間考えていたが、思いついたようだ。指を立てて彼女へ向けると、いかにも自信あり気な顔で言い放った。


「エルミナさんはアンドロイドだった、てことか!」


 ──しかし、その答えが合っているかどうかはまた別。

 マサキがそう口にした直後に2人の表情は固まり、それによって辺りの騒がしさが嘘のように消えてしまった。それと同時に、急に人が通らなくなったのは偶然か。異様な空気をすぐに感じ取ったのか、「あれ?」と彼は顔を上げた。


「えっと……違ったっすかね?」


 指されたエルミナは固まったまま、隣にいるステラは強ばった笑顔で震えている。目に見える程焦り始め、何も言えずに頭を掻いていると、ステラが震えながら口を開いた。


「マサキさん、あの、その……エルは人間で……エ、エル? 大丈夫?」


 隣をチラチラと見つつ告げられる事実に、彼は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


 まず、機械を使用せずに電波通信ができるのはアンドロイドだけ。そして、人間と外見がほぼ同じなのだから、この2人のどちらかがアンドロイドであるということだ。彼の考えはここまでは正しかった。

 しかし、問題はその先。「アンドロイドは人間よりも口数が少なく、大人しいイメージ」という彼の思い込みが、この致命的な過ちを呼んでしまった。


 そこまで考えが及んだ時、マサキはエルミナの肩が若干ながら震えていることに気づいた。


「あ、その……えと……」


 彼女の口元は引きつっていて、何か恐ろしいものでも見たかのような恐怖とも取れる表情だった。アンドロイドと間違われるほど人間味がなかったのか、と落胆している様にも見える。


「……す、すいませんでしたぁぁぁ!!」


 彼は膝をついて脚を畳み、ボサボサの髪が潰れるくらいにぴったりと頭を地面に付けて謝罪を叫んだ。その行動で、彼はまた周囲の客の注目を集めていたが、それを気にする余裕などやはり無かった。

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