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ワールド・エラー ―境界と案内人―  作者: 藍乃木是羅
第1章 境界と案内人
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#003 ニホンから来た少年 *

 真っ黒の頭髪に、若干平たい顔つき。輪郭は細めだが肌色は濃く、いかにも少年といった雰囲気の顔だ。

 イケメン寄りの普通顔、という表現が似合う少年──マサキは、手に何かの入った袋をさげてエルミナの正面に立った。名前からして、彼が3人目の依頼人だと思われる。

 そこへ、目を覚ましたステラがよろめきながら歩いてきた。15分ほど爆睡していたが、疲れはまだとれていないようだ。


「エルー、その人誰?」

「あ、やっと起きた。ちょうど今依頼人──」

「おおお! こ、これは……」


 エルミナの言葉を遮ってマサキが叫んだ。かと思うと、ステラの姿を凝視しながら固まってしまう。


「私に何か付いていますか?」

「いいい、いやそうじゃなくて。なんというかこう……綺麗だな、と?」


 なぜか語尾が疑問形だが、彼はしどろもどろに答えた。綺麗という言葉がステラに相応しいことは、エルミナもよくわかっている。

 整えられた長く赤い髪を持ち、目鼻立ちもまた当然の如く整っていて、スタイルも良い。肌色も健康的な色味を帯びていて、これこそ美少女というものを体現している。彼女は"外見だけなら"完璧な美少女といえるのだ。


「綺麗って、ここの建物ですか? 掃除ならアンドロイド達が丁寧にしてますからね」

「え……っと、そう! そうですね!」


 しかし、彼女はその意味を把握していない。そして、マサキは慌てたような顔でそれに同調している。綺麗という言葉は思わず出たものだろう。

 彼は硬直したままで話し出す気配がない。加えて目線が安定せず、あちらこちらを見廻している。


「私、ステラっていいます。あなたのお名前は?」

「あ、はい! えっと俺、じゃなくて、私はツカト・マサキという者です。どうぞお見知り置きを」


挿絵(By みてみん)


 なぜか途中から口調が変わり、丁寧に膝をついて姿勢を低めているが、その格好とチグハグなのが滑稽さを増すだけだ。その不自然な挨拶を受けて、ステラは思ったままの疑問を口にした。


「なんで、そんなに可笑しな挨拶をするんですか?」

「可笑しい? いえいえ、これこそ私の精一杯の挨拶ですとも」

「さっきと全然違うじゃん……」


 苦笑気味に小声で呟いた後、エルミナは話を先に進めるべく説明を始めた。


「……えっと、貴方が案内を依頼したツカト・マサキさんですね」

「ああ、はい。多分そうっすね。つい昨日この街に来たばかりなんで、その辺のことはよく知らないんすよ」


 このような場合、一から常識を教えなければならないので、仕事としては難しい部類に入る。それを確認し、更に疲れるであろうことを覚悟した。


 転移者が現れる場所はランダムだが、確認されている限りではほとんど都市内部である。体の特徴や服装、何より挙動を見れば一瞬で転移者であるとわかるので、都市を巡回している警察や通りかかった一般市民等が声をかけ、案内所まで連れてくるのが大体の流れとなる。

 転移者のために最低限寝泊まりができる場所はいくつか確保されているが、収容できる人数にも限りがある。そのため、この都市で生活するための情報を教える必要があるのだ。


「なんかいきなりホテルみたいなところに連れて来られて、『今日はもう遅いからここで寝て、明日案内所まで行け』ってさ。せっかく転生したんだから、もう少し丁寧に扱ってくれてもなぁ」


 後半は声が小さくなっていったが、"転生した"と彼が言ったのを聞き逃さなかった。だが、その疑問を追求するのは後回しだ。


「とりあえず基本情報を教えとこっか」


 そう言いながら、ステラはパネルを操作してディスプレイを出現させた。そこにはプレスティアの大まかな地図と施設名、そして国の歴史などが映されている。マサキはその画面を目を凝らして見ている。


 プレスティアは上から見ると円状で、中心から外側に向かって放射環状路が通っている。


「こんな感じなんですけど、わからないところがあったら聞いてくださいねー」

「あ、は、はい! 了解っす!」


 まだステラに慣れていないらしく、つっかえながらなんとか返事をしている。


「ステラ……ちゃんと説明しなさいって」

「えー、だって読めばわかるじゃん。わざわざ言わなくたっていいでしょ」


 彼女の悪い癖として、疲れると行動が雑になることが挙げられる。他に当てはまる人は多くいるだろうが、彼女の場合は普段の仕事が丁寧である分、今のような雑さが際立つ。

 しかし、今はそれより大きな問題がある。


「読めばわかるってあんた、マサキさんは──」

「あのー、すいません、全然読めないっす」


 開き直りとも取れる軽さで言い放った。当たり前のことではあるが、彼には文字が読めないのだ。

 普通に会話できることから音声言語は同じらしいが、違う世界ならば当然文字は異なる。音声言語が一致しているだけでも大分手間は省ける。


「……じゃあ説明しまーす。えっとぉ~」

「露骨にめんどくさがらないの」


 彼女はさも億劫そうに説明を始める。

 マサキが特に興味を持ったのはAI、アンドロイドの技術について。その部分の説明に入ったとき、彼は一層目を輝かせた。


「AI技術? アンドロイドって……まさかあの、人型の喋って動くやつか?!」

「……大体合ってますね。人工知能を搭載した人型のロボットです。電力を主なエネルギーとして自立稼働するんですよ」


 AIとアンドロイドを混同しているようだが、今の時点ではその認識で問題ない、と2人は判断した。AIは人工知能、アンドロイドは人工生命体の意であり、正確には両者のニュアンスは異なる。


「でも、ここに来るまでそんなのは見かけなかったけど」

「そりゃ、見ただけじゃわからないでしょうね。生身の人間とアンドロイドは、外見だけじゃあまり区別つかないですから」


 エルミナがそう補足し、マサキは何となくわかったような表情で頷く。そして、少し背伸びしたかと思えば、疑うような目付きで周囲の人を見渡し始めた。

 全員人間だと思っていたものが、その中にアンドロイドが混ざっていると知って驚いているのだろう。


「やっぱり全然見分けつかねぇ……すげぇなアンドロイド。これじゃ文明的には俺の方が下か」


 頭を掻きながら呟くその行動からは、予想以上の技術に驚いている様子が伺える。彼の住む世界にもAIの技術自体はあるが、こちらほどは発展していない。エルミナはそう考えた。


 次にマサキが疑問を持ったのは"境界大戦"について。この都市について語るためには欠かせないワードである。


「ん? 5年前まで戦争してた? にしては復興が早いような……」

「来月でちょうど5年です。プレスティアはあまり被害を受けなかった方ですけど、周辺部はまだ荒地になっているんです」

「へぇ……」


 どうも腑に落ちない部分があるらしい。境界の存在については疑問に思っていないが、なぜそれが戦争に繋がるのかわからないのだろう。

 だが、その疑問に詳しく答えられる者はここにはいない。戦争の始まりを目撃した者はほとんどが争いに巻き込まれていて、そのまま帰って来なかったからだ。

 それらの詳しいことを省いて簡単に言えば、異国の者が侵入してきたので撃退した、となる。


「──説明は以上です。あと、文字が読めるように、音声認識対応の辞書をインストールしておきましょう。マサキさん、端末出して下さい」

「はい、これ……かな? スマホに似ているような……ちょっと違うか?」


 ボソボソと呟きながらも、ステラの指示通りに操作する。端末は転移者に支給されるもので、彼も昨日貰ったばかりだ。画面が浮上した時は少し驚いていたが、早くも慣れたらしい。


 作業を終えると、マサキは素早く立ち上がってステラの方を向いた。


「よし、この世界の基本的なことはわかりましたんで。ス……ステラさん、早速案内よろしくお願いします!」

「えっと……こ、こちらこそ」


 彼が物凄い勢いで頭を下げてきたので、それを向けられたステラはやはり困惑している。そして何故かエルミナの存在が忘れられているが、本人は大して気にしていない。ただ黙って遠目から眺めるだけである。

 礼を続ける少年を前に居心地が悪くなったのか、ステラは「それじゃ行きましょー」と言って早足に出口へ向かっていった。マサキは当然のごとく早足で後を追い、ロビーにはいつの間にか休憩を終えたダナクの笑い声が響いた。




 東地区には商業施設が集中しており、飲食店や衣料品店、家電品店に娯楽施設まで一通り揃っている。街へ出た3人は、近場にあるモールへと足を進めている。

 道中の商店街では多くの店が看板を出していて、呼び込みもかなり積極的に行われている。マサキは当然この街を歩いたことがないので、目にするもの全てが新鮮といった様子だ。


「なんか、あそこにメイドみたいなのが沢山いる。あの、あれって……」

「ああ、確か最近オープンしたっていう店ですよ。確か、メイドカフェって言ったっけ」


 あまり興味のないエルミナが曖昧にそう答えると、マサキは納得した様子で頷いた。その単語に聞き覚えがあったらしい。


「こっちにもメイドカフェあったんだ。すげぇ」

「へぇ、マサキさん知ってるんですか? 私、その辺は全然知らなくて」

「ええ。友達の付き添いで行ったことあるんで! ま、まあ、俺は正直乗り気しなかったんですけど」


 知らないものだらけだと思っていたところで、初めて自分の知識が役立った為か、彼は得意気に言った。"乗り気しなかった"の部分が妙に浮ついているのはステラの前だからか、或いは嘘を誤魔化しているからか。


「お客さんがご主人様か……なんか面白そう」


 一方ステラは早速興味を引かれているようで、メイドの服装を注視している。


「よろしかったら、こちらどうぞー」

「ありがとうございます。なるほど、やっぱりか」


 ちょうど店の前を通りかかったところで、その1人からチラシを受け取った。そのチラシを穴が開くほど見つめているが、それを見られていることに気付かないでいる。

 それから暫くチラシを眺め続けていた彼だが、説明のときのようにまた怪訝な表情を浮かべる。


「ん、この図解みたいなヤツ、何だ? って読めねぇ……」

「好みに合わせて髪型、顔つき、体型を変更できる、だそうですよ」


 隣を歩くエルミナが代わりに読み上げるが、彼の疑問は消えない。


「なんだそれ、そんなことできるのか?」

「勿論できますよ、アンドロイドには多くのタイプが用意されていますから。あれは最新型みたいですね」

「ああ~なるほど……って、あれ? アンドロイド?」


 ステラはごく普通に答えたつもりだったが、マサキには通じていない。先のように、住む世界が違うならば常識も違うのは当然のこと。


「え、あの人達ってアンドロイドなのか?」

「見た瞬間にわかりますよ。あそこまで美人な人達が大勢揃うなんて、普通有り得ないですからね」

「……ステラが言っても説得力ないんだけど」


 "人間離れした美しさ"という表現がそのまま当てはまる整った外見を持つ。ただし、この場合は本当に人間ではないので、誤用であるかもしれない。


 アンドロイドは当然製品であるから、パーツによって身長や体型、目付き、鼻の高さ、髪の長さや質感など細かい部分まで調整することが可能だ。

 これを利用して、アンドロイドが俳優やアイドルまで担うこともある。人間の俳優やアイドルもなくなってはいないが、全盛期の半分近くだといわれているくらいだ。


 そのような知識を理解し切れていないマサキは、念の為にかエルミナにも確認をとる。


「えっと、エルミナさんもわかったんすか?」

「すぐにはわからないけど、何となく。雰囲気で分かるようになる、って言えば伝わるのかな……」


 AIのような高度な識別機能は人間にはないが、この街に慣れれば感覚で判別することはできる。先ほどの整い過ぎた外見もそうだが、動きや発言なども人間とは少し違う。それらを総合的に見て違和感があればアンドロイド、ということになる。


「マジか。メイドが機械っ娘ねぇ……人間じゃないのは微妙な気もするけど、これはこれでアリなんじゃね?」


 再び自分の世界に没入し出したマサキは、前も見ずに人込みを進み続ける。3人とも横に並んで歩いていて、マサキは1番左側、道の中央に近い方を歩いている。つまり──


「痛っ」


 すれ違う人とぶつかることも不自然ではない。ずっと下を向いていれば尚更だ。ただでさえ不慣れな街で心細い彼だが、その上相手が全身を黒で包んだ大男ならば余計に怯えてしまう。


「あ、えと、その……すみません!」

「……気をつけろ」


 男は低い声で短く呟き、そのまま歩き去った。頭を下げたままのマサキは気づいていないだろうが、エルミナはその様子を見て引っかかった。


 ──確かにあの男の眼は、こちらの表情を捉えていた。

 視線の先が3人の内誰なのかはわからない。目元もよく見えないほど深くフードを被っていたが、その睨むような視線だけは何故かハッキリと確認できた。


「エル、どうかしたの?」

「ううん、何でも。ほら、いつまで頭下げてるんですか。先に行きますよ」

「え? あ、もういない……」


 マサキは相当恐縮していたらしく、男が立ち去ったことにも気づいていなかった。その場で落ち着かないように周りを見渡すが、やはりさっきの男はどこにも見えない。


「やっべ、こういうフラグ踏むと後でとんでもない目に遭わされるんじゃ……でも待てよ、これがきっかけで俺の能力が開花したり……」

「あの、マサキさん?」


 エルミナの声にも反応せず、ブツブツと独り言を続けている。聞いている限りは妄想の類だが、彼はどこか確信しているようなところがある。


「マサキさん、大丈夫ですか?」

「は、はい、勿論大丈夫です! このくらいじゃ俺はビビりませんよ。後で危険な目に遭うとかそんなの全然、ぜんぜんないっすから!」


 その割にはステラの声には即座に答えている。ツッコミ所が多すぎる彼のセリフだが、エルミナとしては彼のわかりやすい性格の方が面白かった。

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