SS01 手を差し伸べて
*この話はSS、本編の裏話となります。補足としてご覧ください。
マサキは決して、人とのコミュニケーションが苦手な訳ではない。いつもアレだけ喋っている事からして、寧ろ自分からどんどん話したいタイプだ。話しすぎて相手が困っているのにも気づかず、更に話し続けて引かれてしまう事も珍しくない。
それが面接になった途端、こうも萎縮してしまうものか。表情が固まっているのは言うまでもない。背筋は反り返るくらいに張っていて、両手が膝の上で絶え間なく震えている。
まだこの時点なら救いようもある。見た目の印象としては"やる気"が感じられ、良い方に傾く可能性は十分にあるからだ。
だが、話し出すともうダメだ。
「それでは、志望動機を教えて下さい」
「ははは、はい! えっと、何だけっけ……あ、えっと、その……」
まず、内容を言う前に10秒ほどのタイムラグ。
「理由は、こ、この店の雰囲気が、その、い、良いなって思って……それと、せ、接客も興味あって」
理由を述べるも曖昧な言い回しで、全体として脈絡が無い。噛み噛みな発言のせいで、その曖昧さすら伝わっていないようにも思える。
「具体的に、どのような印象を受けましたか?」
「はい! ……えー、はい、明るい空気がいいなと思いました。雰囲気というか、て、店員さんの対応も丁寧だと思いました」
大嘘である。店を何度か利用する時間があれば、返答するだけでここまで焦らない。
予定では、前日の内に店の様子を確かめておくはずだったのだが、あろう事か綺麗さっぱり忘れていた。そのまま店の名前すらまともに覚えず、この場に来てしまったのである。
「貴方の長所は何ですか?」
「はい。私の長所は、明るく振る舞うことができることです。色々な人とコミュニケーションを取り、相手を楽しませる自信があります。なので、こちらのお店でもそのスキルを遺憾無く──」
いきなり話し方が滑らかになったと思えば、今度は暗記丸出しである。
覚えてきたことをペラペラと際限なく述べることは、往々にして良い印象を与えない。熱意は認められるかもしれないが、彼のように微動だにせず言い切ってしまうと、その"熱意"というのも怪しくなってくる。
終始この調子で見事に悪いお手本を演じ切り、マサキは店を後にした。
都市部から電車で3駅、人通りも多い街並み。思い通りにいかずにとぼとぼ道を歩いていると、上着ポケットの端末が反応する。タップすると空中に画面が展開し、シェリーからのメッセージが表示された。
『面接上手くいったかな? 良い報告を待ってます』
ため息すら出ない。彼女の励ましの言葉も、今の沈み込んだ気分には逆効果である。
このキツいスケジュールを組んだのは彼女なのだから、そのせいでまともに準備出来なかった、という見方もあるだろう。しかし実際、早く仕事を確定させておかなければ、今後苦しい思いをするのも事実だ。転移者はマサキ1人ではない、そして転移者を採用してくれるような親切な(余裕のある)仕事場も無限にはない。
何よりこの1週間、彼女は誰よりも面接対策に尽力してくれたのだ。手助けこそしてもらって、今更八つ当たりなど子供みたいではないか、と。客観的に考えればすぐに分かる事である。
それに加え、アレでは幾ら対策する時間があっても直らないだろう、とも思っていた。人前で緊張するというよりは、公の場で話す事に緊張するという不可解な現象である。何故"いつものように"振る舞えないのか、自分のことながら理解できなかった。
この店で3件目。1件目は3日前、2件目は2日前に終了し、ご丁寧にも昨日揃ってメールが来た。「今回は採用を見送らせて頂きます」と。
(俺は異世界に来たんじゃなかったのか……? こんな現実的過ぎる異世界があってたまるかっ)
ふと生じた怒りに身を任せて道端の砂利を蹴り上げるが、抵抗なくサラサラと流れるだけだ。それがまた、相手にされていないような錯角を生み出し、彼を余計にイラつかせた。
ろくに前も見ずにフラフラと道を進む。特に宛はない。
端末に何か打ち込もうとしたが途中で止め、無言でメッセージウィンドウを閉じた。しっかり返信するべきなのだろうが、とても報告する気にはなれなかった。
「あーあ、どっかに楽な仕事ねぇかなぁ……てか、何で俺が……」
働かないといけないのか──そう言いかけたが、これも途中で口を噤んだ。そんな事は言っても始まらない。寧ろ言い出したら終わりだ。
一定の年齢になったら、働かなければならないのはどこの世界も同じだ。ただ、この世界では少し早かっただけ。
もちろん学校等の施設はあるが、転移者用の施設は現在準備中だとか。1、2年で出来れば早い方だろう。募る不満も、この都市の状況を目の当たりにして尚言えることではない。
すすり泣く声が聞こえた。
思考が脳内を渦巻く中、それは僅かに耳に入ってきた。掠れた音で、通り過ぎる自動車の音にほとんど掻き消されてしまう。
無機質なコンクリートの舗装の上に、この暗い空気に似合わない色鮮やかな人影を捉える。あれは……人間、にしては動物のような尻尾が垂れている。何度か目にした獣人とやらであろう、と考えた。
「転移者、か……」
すぐに理解が及んだ。この辺りを歩き回り、場所を把握しようとしたのだろうか。ぐったりした様子で座り込み、時々しゃくり上げる肩以外は微塵も動かない。
「見かけたら案内所に連れてくのが、市民の義務ってヤツなのかねぇ」
その人物の座る場所に近づき、マサキは少し歩く速度を緩めた。だが、この人を助けようとは思えなかった。
自分は今それどころじゃない。そんな事に時間を使うなら、一刻も早く次の店を探さなければならない。次はしっかり下調べもして、話す練習もして、受け入れて貰えるように訓練しないと……
「……何処なんだよ、ここ……」
気のせいではなく、ハッキリそう聞こえた。心に生じた迷いを振り切り、立ち止まることはなく歩いていく。歩く速度は徐々に速くなり、あっという間にその人影は見えなくなった。
天井からの黄色い明かりが、ぼんやりとテーブルを照らす。壁には石のようなレンガのような模様。テーブルは木製に見せかけた金属製であり、その証拠にパイプの断面が塗装の上から飛び出ている。机の横にはメニュー表が立て掛けられている。当然読めない。
こんな怪しい雰囲気の店に、いつから入っていたか覚えていない。ろくに金もないのに、ともすると高くつきそうな店で何が食えるのか。水1杯すら飲めなそうだ。
周囲の話し声にも気づかずに、ただぼうっと机に伏していた。道端に座り込んでいたあの人のようだ。
再び、考えるだけ無駄な物事ばかりが浮かぶ。もうここで生きていく術は無いのかもしれない、自分はここから消えゆく運命なのかもしれない、と。
"大袈裟な考えだ"と、どこからか客観的に言う自分がいる。確かに大袈裟だけど、逆に"生きていけるという前提"だって無いじゃないか。そう言い返す。
一体いつから後ろ向きな性格になったのか。
いや、もうそんな事はどうでもいい。どうせ希望が無いのなら、いっそこのまま──
「よう、兄ちゃん」
右肩を叩かれた、というよりど突かれた。
「ってぇ! な、何だ急にっ?」
少し前までの思考が一気に吹き飛び、マサキは飛び退く勢いで壁に衝突した。左肩が痛むと同時に、男の太い声が響く。
「あ、悪ぃな。そんなに力入ってたか?」
「っ……いえ、急で驚いただけです」
声の主を見上げると、犬のような耳が着いた背丈の高い獣人だった。耳や尻尾は茶色く、目付きはかなり鋭い。相手は目を向けられるだけで、睨まれたような感覚ももつのではないか。
相席を願われたので、威圧されたように緊張しながら許可した。彼は悠然と席に腰掛けると、グラスの中の飲み物を勢いよく呷る。
「いやー、最近は忙しくてなぁ。ここで飲むのも久しぶりだぜ」
「……大変ですね」
「ん? ああ、大変も大変よぉ。何たって、免許の取得に1ヶ月も掛かるっていうんだからな」
彼はまた違うところで悩んでいるようだった。マサキには贅沢に聞こえるものだが、思っただけで口にはしない。
「んで、兄ちゃんはそこん所どうなんだ?」
「俺ですか? 別に、どうもしない……」
「ハッハッハッ! 誤魔化す必要なんてねぇんだぜ。おめぇさんもアレだろ、"転移者"ってヤツだ」
何故分かったのか、その疑問は声に出すまでもなく顔に表れていた。威勢の良い声が、乾いた空気を振動させる。
「俺くらいになると、そんくれぇ簡単に分かるぜ。……って、そんな長かぁねぇけど」
「はぁ……貴方はどのくらい前に?」
「んーとなぁ、ここの単位だと、3ヶ月くらい前っていうのか? そんくらいだ」
3ヶ月前──現実に"転移"するなど全く信じていなかった。何度も夢みてはいたが、それも空想のお話としてだ。本気で願う程ではなかった。
その頃の彼は、ただの少年だった。
何となく平和な高校生活を送り、友達もそこそこいた。クラスを引っ張るリーダー的存在とまではいかないが、友達の間でもかなりうるさい方だと言われていた記憶もある(好印象か否かはさておき)。
その一方、所謂オタクと言われる要素もあった。趣味は小説やアニメ、それも中高生向けの異世界ファンタジー物。"転生"や"転移"などという文字を何度目にしたことか。
話題作から新作に至るまで、彼は時間を惜しまずに読破した。読んだ中で特に印象強い作品をリストアップし、纏めて友人にオススメするくらいにはのめり込んでいた。
このように、何事も無い日常に生きていて、あわよくば"転生"などというものを望んでいた、ただの少年だったのだ。
「──なのに、実際の異世界がこんなに大変だとは思わなかった……」
気がつけば、見知らぬ獣人を前に独りでに語っていた。
慌てて口を閉じ観察すると、獣人は目を瞑り、グラス片手に頷いていた。が、突然声が途切れたことを不思議に思ったのか、釣り上げるように片目を開けた。
「それで、今はどうしてんだ?」
「その……なんというか、仕事探しを」
「へぇ、若ぇのにもう仕事かい。おめぇさんも苦労してんだな」
腕を組み納得した顔で、今度は少しばかり落ち着いた声色で尋ねてきた。
「んで、希望はどんな仕事なんだ?」
「えっと、今の所は飲食店かなぁと。俺、接客は得意ですから。……多分」
「俺みたいな客でも平気なんかぁ?」
「うっ、それは……」
わざとらしく顔を寄せ、正しく鬼の形相で睨みつける。マサキは思わず身を引いてしまうが、背もたれが邪魔をする。いたずらにしては長く、そして険しく睨んだ後、彼はまたも笑いながら言った。
「ハッハッハッハッハ、すまねぇな。今のは意地悪だったか。とにかくよ、あんちゃんが真剣に考えてるならいいんだ」
「どういうことですか?」
すると目の前の男は、音を立ててグラスを置き、指をマサキに突きつけてきた。
「仕事ってのは、どこの世界でも楽じゃねぇ。俺も前んとこじゃ、剣と盾持って暴れてたんだがなぁ。この世界じゃサッパリだぜ」
「剣ってもしかして、城を護る兵士とかですか?」
「おう。巷じゃ実力ナンバーワンなんて言われてたらしいなぁ」
彼は腕を曲げ、アピールするような仕草を取った。力の込められた腕からは、隆起した筋肉がぎっしりと張り付いている様子が分かる。
「……ま、それも昔の話さ。今は本屋でひたすら在庫整理とやらをしてんだ。この仕事のお陰で、結構ここの言葉にも詳しくなったんだぜ」
「すごいですね。……俺なんかまだ全然読めないですよ」
マサキはまたも俯いていた。
この人はもう、自分が躓いた壁を乗り越えている。自分より有利な彼に、この悩みなど分かるまい、と。
言語の読み書きはマサキにとっての大きな壁だ。話し言葉は通じようとも、文面でのやり取りができないのでは仕事以前に生活すら困難だ。それができればここまで苦労はしない。──と思わず愚痴を言いかけたが、それより相手の言葉が先だった。
「何もすごくなんてねぇさ。召還されたばかりの頃は、何も読めなかったし仕事もなかった。勝手が分からねぇから仕事探しもできねぇんだ。そんな時によ、案内所っていう所を勧められたんだ」
空のグラスを持つ手が僅かに動き、中の角氷が硬質な音を立てる。
「若い姉ちゃんだったかな。『貴方にできる仕事がこんなにある』って、全力で探してくれてよ。2ヶ月目までは色んな職業を転々としたけど、結局本屋に落ち着いたって訳よ。そりゃあ、あの子には感謝しかねぇぜ」
そう言いながら、巨体に似合わず両手を握り合わせ、祈るようなポーズをする。これが、彼の祖国における感謝を示す動作だろうか。
だが、マサキは別の所にも意識を向けていた。
何もこの人は有利なんかじゃない、この人だってイチから頑張ってきたんだと気付かされた。
自分はまだ1週間だ。2ヶ月もこの"苦戦"を続けた人が目の前にいるというのに、何を挫けているのだ。他にも同じ境遇の転移者など、幾らでもいるではないか。そう、幾らでも──
真っ先に道端に見えた人影を思い出した。あの人はどうだ。きっと混乱の真っ最中だろう。たった数日前、マサキも勝手に転移させられたのだから、その時の混乱や不安は忘れていない。
もっともマサキの場合は、普通の転移者とは違い呑気に構えていたのだが、すぐにこうして現実を叩きつけられる事になった。あの少年は理解が早かっただけだ。
夢は夢、妄想は妄想。現実は理想とは全く似つかないものだったが、それも受け入れなければ生きていけないらしい。理不尽だとしても、それが転移者の置かれた状況である。
マサキは顔を上げた。もうここに留まる理由は無くなった。
「俺、ちょっと用事ができたんで、失礼します」
「おう、そうか。またな」
そう一言だけ告げると席を立ち、出口の方へ駆け出した。しかし、道のり半ば程で引き返し、再び席へと戻った。例によって獣人は疑問符を浮かべている。
「ん? どうしたよ」
「あのー、最後に名前を教えて貰えませんか?」
彼は拍子抜けしたように瞬きを繰り返した。こう見ると意外とつぶらな瞳をしている、などとマサキは不覚にも考えた。
「ああ、いいぜ。俺はヴァルド・オークスってんだ。町外れの本屋の店員、オマケに今は自動車免許ってのを取ってる最中だぜ」
「へぇ、自動車まで。俺はツカト・マサキです。あ、名前がマサキですよ。その本屋、いつか行きますね」
「そりゃありがてぇ。んじゃマサキよぉ、来る時は是非ともたくさんのお客様をお連れしろよぉ~ハッハッハ」
「もちろん、大勢招待しますよ。それじゃ、ありがとうございました!」
赤面し始めている彼は浮ついた声で言い、後に口笛まで吹いた。商魂逞しい性格らしい。そんな愉快な男にもう一度頭を深く下げ、マサキは今度こそ地上への階段を駆け上がった。
渡された端末で時間を確認する。驚いた事に、面接が終わってから20分も経っていない。あの少年も、まだ同じ場所にいるだろう。
彼はまだ知らない。転移者がこの世界で生きていく為には相当の努力が必要であると。あの少年が自分と同じように困り果てた時、せめて話くらいは聞くことができるかもしれない。
そして彼が前を向けるようになったら、共に歩んでいけばいい。自分だって彼だって余裕が無いのは同じ。何か教えられる立場にはいないが、一緒に頑張る事ならできる。
すすり泣く声が聞こえた。
無機質なコンクリートの舗装の上に、この妙な空気に似合わない色鮮やかな人影を捉える。あれは……先程の少年だ。あれからまたこの辺りを歩き回ったのだろうか。それとも座り込んだまま動かないでいたのだろうか。
「見かけたら案内所に連れてくのが、市民の義務ってヤツなのかねぇ……でも、その前に」
その人物の座る場所に近づき、マサキは少し歩く速度を緩めた。だが、この人を助けてあげようとは思わなかった。そうではなく──
マサキは俯く少年に手を差し伸べ、声を掛けた。
「なあ、君。大丈夫か?」
(終)




