#023 世界は巡る *
「完全ふっかぁーーーつ!」
はつらつとした声色で言い立て、喜びを全身で表現する少女を、エルミナは少し遠ざかった位置から眺めていた。
「あんまりはしゃぎ過ぎると、どっかにぶつけるよ」
「大丈夫! 直して貰ったから全然痛くないもん」
「それはそうだけど、アンタの場合はぶつけて物を壊す方が心配……って、遅かった」
忠告したそばから書類棚に腕をぶつけて痛がっている。幸いにも書類の雪崩は起きていない。戦闘状態ではないので痛みは持続するが、それもいいクスリになるだろう、とエルミナは苦笑した。
現在、案内所の仕事は通常通りに回っている。というのも、例の1週間はかなりの危機的状況に置かれていた為に、案内所の面々もフル回転で仕事をこなしていたのだ。
中層部に戦闘型が出現してからは警戒を強めるべく厳重な警備に勤め、都市内で騒動が発生した時には素早く敵戦力を鎮圧し、その上本拠地を探すべく警備隊と合同で総力調査に当たった。普段の業務からは考えられない程のハードワークであったが、それも案内人の仕事に含まれている以上は義務である。
因みに総力調査に関しては、案内人側は一応拒否権を持っている。だが実際のところ効果は薄い。本気で断ろうと思えば不可能でもないが、その拒否権は半ば形骸化していて、結局何かと理由を付けられて参加させられる事必須である。「駆り出される」というのはそういう訳だ。
「エルちゃん、皆連れて来たよー。えっと……全部で4人ね」
「ありがとうございます」
思考を中断し返事をする。入口の方を向くとシェリーとアストが並んでおり、その後ろには4人の転移者を連れていた。事件の当事者、というよりは巻き込まれた者達だ。
「あの、エルミナさん!」
そのうち1番後ろにいた人影が前へと出てきた。転移直後とは異なり、腰の横にリボンの付いた薄青のワンピースを着用している。先日と似たカーディガンの姉とは服装までもが対称的だった。
「ノエルちゃん、どうしたの?」
「その……こ、この前は助けていただいて、あ……ありがとうございました!」
不慣れな口調ながらも礼の動作は丁寧で、上品さを感じさせるものだ。後ろでは姉が暖かく見守っている。
「お礼、まだ言ってなかったから……えっと、その……」
「うん、どういたしまして」
未だ不安げに辺りを見回すノエルに、エルミナは短く簡潔に返した。仕事と言えばそれまでだが、ノエルの伝えたい気持ちは内面的、精神的なものだろうと思ったからだ。
人が多い場所が苦手なのだろう、それでもまだ心細い様子でいるノエルの肩を、アリアが後ろから支えた。
「この子ずっと、『エルミナさんに助けてもらったお礼を言えなかった』って落ち込んでたのよ。良かったわね、ノエル」
「……うん」
まだ都市に慣れきってはいないが、以前のように常に怖がりながら周囲を眺めてもいなかった。
先程不安げだったのは、周りの人の注目を集めていたのと、感謝を伝える事に緊張していたのだろう。転移者としての不安ではなく、彼女自身の大人しい性格の影響だ。そう考えながら、少し自分に似ているかもしれない、ともエルミナは感じていた。
「いや~参った参った。利き手使えねぇと飯もマトモに食えねぇぜ。オマケにせっかく手に入れた仕事もまだ出来てねぇしなぁ~ハッハッハ」
「マサキ君、腕は痛くないの?」
「何のなんの、この程度の痛みで寝込んでられるかって……っててて」
隣の机からは活気に溢れた声が聞こえる。骨折して固定具を付けていながらもあれだけ声量が大きいのは、少し気楽過ぎると思えなくもないが、少なくとも怪我で不調になってはいなかった。
隣には彼の連れていた少年、カイもいた。一時は重体であったらしいが、その後特に問題は起きずに退院したという。マサキに勝るとも劣らない活力である。
「俺、マサキさんのお陰でホントに助かったんです。ありがとうございます、この恩は一生わすれません!」
「や、止めろよ、俺そんなすげぇ人間じゃねっての。あれはなんて言うか、勢いっていうかヤケクソっていうか……」
マサキは照れる振りで頭をかこうとし、左手が使えない事に気づく。
「本当に危ないんだからね、今後はあんな無茶しない事!」
「……すみませんでした」
ステラが珍しく厳しい顔で叱りつけるが、マサキが百パーセント悪いと言っているのではない。事実、マサキの無茶な行動は意味があってのものだったからだ。
会話を聞いていたエルミナは、柄にも無くマサキを褒めてあげようと考えた。座った椅子を回して横を向く。
「……でも、あの時のマサキ君はカッコ良かったよ」
「そうそう、私だって正面から攻撃受けたら吹っ飛ばされちゃうのに、マサキ君防ぎってたもんね」
流すように呟いたエルミナの台詞にステラがすかさず乗っかった。マサキは気恥ずかしさに顔を逸らし、今度は右手で頭をかこうとしたが、その手首をステラが掴んで引き寄せたものだからすっかり平静を失くしていた。
「え、ええぇぇっ!!」
「私からもありがと、マサキ君」
「……まあ、あれだ。ステラさ……じゃなくて、ステラが頑張ってたんだから、こんくれぇなんてことねぇよ!」
「そっか。フフッ」
「ハハハ……って、やっぱ呼び捨てって恥ずい!」
少しステラが力を緩めた瞬間にマサキは手を引っ込め、また目を逸らしてしまった。
「それでエルちゃん、話しておきたい事っていうのは?」
それまで静観していたシェリーがそう言った。本題からかなり逸れていたが、その一言で全員の集中がエルミナに向いた。
「ええっと、事件の経過を説明しておこうと思って
──」
今回の騒動は、多くの謎を残したまま幕を閉じた。
事件を起こした犯人──"ザド"と名乗る男は、身柄を都市防衛センターに引き渡され事情聴取を受けている。
彼が実行したのは、都市を襲う為の戦闘型アンドロイドを調達する事、外周部に残されていた施設跡に目をつけ、地下にある大型コンピュータをクラックしてアンドロイドを自動操作させる事。これだけの行動を全て1人で行ったとすれば、言うまでもなく、大戦前または大戦中にアンドロイドに関わっていた人間だ。
しかし、大量のアンドロイドを何処へ保存していたのかを聞かれると、途端に沈黙してしまうらしい。共犯者や背後関係などにも答えず、「自分の意志でやった」と言い張っている模様だ。
事後調査により判明した事もある。
まず、都市を襲い調査団を迎え撃った戦闘型機体の集団のほとんどが、実際に使用された機械兵器ではなかった。本物の機械兵器は一体のみであり、ステラの撃破した機体がそれだ。その他の機体は、外装の金属から内部に搭載されたAIに至るまで、本物の機体からコピーして造られていた。
装甲や駆動系の細かな構造が異なっている事からそれが判明したが、どのようにしてそれだけの材料を整え、どこで製造が行われたのかはやはり不明である。
エルミナの発見した、機会銃の効果を妨げるコーティングについても、ザドが意図的に行ったものであった。北区の研究所群に尋ねたところ、過去にそのコーティングの研究が行われていた、という事実を認める回答がなされた。
抑止力として開発された装置だが、何らかの理由によって更に機械銃に対する抑止力が必要になった、と予測できるが、こちらも不明瞭な点が多い。
全機体にコーティングが施されていなかったのは、本人によれば単純に資金不足らしい。もし全機体が機械銃への抗体を持っていたとしたら、場合によっては都市崩壊の可能性もあったが、彼はそれを悔しがる様子も見せなかったとか。
投下未遂の大型爆弾については、まだ詳しい情報が判明していない。兵器であるというのは確かだが、プレスティアに存在するどのデータベースにも同型のものが存在しないという。
今回の騒動の混乱はかつてないほど大規模であり、まず都市中心部の整備に丸10日間が費やされた。まさかその間、全ての都市機能を止めてしまう訳にはいかないので、3日目からは徐々に人々が出歩く様子が見られた。
そして1ヶ月経った現在も、後始末はまだ終えられていない。中層部には未だ機体の抜け殻が転がっており、道行く人々は動き出すのではないかと恐れているらしい。
外周部に存在する施設跡については、今回の騒動をきっかけに全て解体される予定である。もっとも、前から早く解体するべきだとの意見が案内所ほか各方面から飛んでいた為、都市政府がツケを払わされたとも取れる。実状としては手が回らなかったと表現する方が近いだろう。
そして、敵機体との戦闘中にステラが感知した"境界"の痕跡。単なる誤作動か、それともこれが騒動に関係しているのか。その結論はまだ出ていない。
一通り説明を終えた頃、入口から見覚えのある大柄な人影が見えた。約1ヶ月、同じようにこの案内所に姿を見せた獣人である。
「よっ、この前はサンキューな」
いち早く気づいたのはステラだった。
「ヴァルドさん、こんにちは。車の免許取れました?」
「おう、お陰様でな! 今日はその礼に来たんだ」
一方、カイはその姿に目を丸くしていた。
「えっ、も、もしかして……ヴァルド・オークスさんですか!?」
「ん? ああ、そうだぜ」
「すげぇ、本物だ!! お、俺、カイ・ポーターって言います。その……握手してください!」
突如飛びついた彼は周囲が呆気にとられる程に熱弁し、握った手を離す気配がなかった。その両眼からは尊敬、畏敬の念がひしひしと伝わってくる。
マサキは何か事情を知っているらしく、2人の会話に割り込んでいった。
「なあ、カイ。この前言ってた騎士団最強の剣士ってこの人か?」
「そうですよ、このヴァルドさんは1番強かったんです! どんなヤツらが攻めに来ても、ヴァルドさんがいれば──」
「おお、兄ちゃんじゃねぇか。っと、マサキだったか」
「あ、どうも……」
マサキは遠慮がちに頭を下げ、ヴァルドはその隣に座り込んだ。
「マサキ君、ヴァルドさんの事知ってるんだ」
「まあ、な。ちょいとお世話になって……」
ヴァルドからの質問の嵐に見舞われながら、エルミナの問にそう返した。
別々の知り合いが更に知り合い同士であった、という事はよくあるのだろうが、エルミナにとっては初めてだった。内向的な自身の性格をよく自覚しているので、知り合いが増えた事は素直に嬉しく思えた。
「エルちゃん、あれから平気?」
対面にシェリーとアストが腰掛ける。作戦行動中、エルミナの顔色が悪いのをずっと心配していたらしい。
「1人で行くって言い出した時は本当に心配したのよ?」
「エルさんだったら大丈夫かなって思いましたけど……それでも、1人で行くなんてやっぱり危険ですよ」
「そうだね、あれは僕もハラハラしたよ」
シェリーが、アストが、いつの間にか傍にいたダナクまで、揃って同じ意見を口にした。こうも正論を述べられてしまうと、エルミナとしては言い訳の余地がない。
「うっ……ごめんなさい」
「そうそう、エルはもっと自分を大切にした方がいいよ」
「ステラだって危なかったじゃん、このおてんば娘っ」
「痛っ! いきなり叩かないでよ」
「アンドロイドなんだから頑丈でしょ。平気平気」
「この前とおんなじ事言ってるよぉ」
手刀を喰らったステラは、頭を抑えながら攻撃の主を上目で見ているが、エルミナはそんな視線にも構わずにすまし顔を保った。その芝居のようなやり取りに場が湧き上がり、笑いが溢れた。
何気無い会話で笑い、些細な事で言い合いになる。そんな日常を送れる幸せを、エルミナは今もって体感していた。
夕方、案内所からの帰り道。エルミナは歩きながら、都市の真ん中にそびえ立つ尖塔を見上げた。
都市部に密集していた大企業のビルは多くが大戦中に戦火に浴びせられ、現在ではほとんどのビルが建て変わっている。その中でも唯一大戦前から変わらず所在しているのがこの建物、"都市防衛センター"だ。
あの建物の頂上から見下ろしたプレスティアは、どんな姿をしているだろう。どんな色が見えるのだろう。エルミナは5年前からずっと、そんな疑問を抱えていた。
この都市における矛盾や混乱は多岐に渡る。大戦による大勢の犠牲者は言うべきにあらず、肉体的、精神的な傷を負った者は更に多い。逆に言えば、大戦において何のダメージも受けなかった人間など、この都市には存在しない。
荒れ果てた焼け野原から再興した都市の環境は、少なからず大戦前と変化していた。アンドロイド技術者は変わらずに必要とされたが、現在は人間型アンドロイドを優先して製造している。その為、戦闘型を初めとする多種類の機械兵器の製造は急に止められ、職を手放しざるを得なかった者も多い。
加えてそこに、異界から突如飛ばされてきた転移者が流入してくるのだから、事態は極めて困難なものである。転移者を助けたいと考える者、邪魔者扱いする者、敵と観る者、果てには転移者を助けるエルミナ達を恨む者までいる。
また、同種族間での格差も存在する。転移者の多くはエルフと獣人の2種族が占めるが、それらと同種族でありながら転移者でない者がいる。つまり、大戦前に移住した人々だ。
社会における扱いが同種族でありながら異なるという事実に、転移者は理不尽さを感じるだろう。またその逆に、同種族の移住者は転移者流入の影響を受け、今までとは一転して不当な扱いを受けるかもしれない。
そしてこれら全ての混沌の元を辿ると、8年前に始まり3年に渡り続いた境界大戦に行き着く。
過去は変えられない。
どんなに願ったところで、1度起こった事実が消え去ることはなく、そのたった1度の記憶が永遠に心を縛り付ける。境界大戦の勃発、また戦後の混乱の中で誰もが痛感させられたことだ。
同じ過ちを繰り返さない為に、自分にできることは何か。それを考え続けなければならないのは確かだろう。だが、それだけでは足りない。
あの男は憎悪に囚われていた。生きる理由を奪われ希望を失くし、そして人間の心を捨て去っていた。その原因は、もうどうでもいいと自身を虐げた末に生まれた狂気か、自身の抱えた不幸を理不尽と捉えた怒気か。それは分からない。
エルミナも他人事ではないのだ。ステラやシェリー、アスト、ダナクと言った仲間達に恵まれなければ、怨みを周囲に当たり散らし、破滅の道を歩んでいた可能性は十分にある。
では、何の為に生きているのか。
大戦当時の彼女は何も考えられなかった。未来など存在せず、自分等はこのまま滅びゆく運命なのだ、そう定められたのだと考えた。奪っていった全てを怨んだ。
だが、エルミナは自ら死を選ばなかった。このままでは死ねない、そう思った。
皆の為に頑張らなくてはならない、というような美しい理念を、その時から持っていたのではない。命を無駄にしてはいけません、という昔聞いた大人達の言葉に従ったのでもない。ただ、死ねないとしか考えなかった。
生きる目的──生涯を掛けてでもそれに挑み、必ず成し遂げたいと思えるようなものを、エルミナはまだ見つけ出せていない。
ならば、せめて前を向いていよう。
皆が手を取り合い、共に未来へと歩んでいく。そんな綺麗過ぎる理想を持つのは早過ぎるだろうし、すぐに実現するのはおおよそ不可能な事だと知っている。
それでも願い続ける。誰が何と言おうと願い続ける。困難に心を折られそうになった時に、その信念が支えになってくれると信じて。
「……エル、何か考え事? なんか、すごく真剣な顔してるけど」
「少しね。まあ、悩んでる訳じゃないから大丈夫」
「あっ、そうだ! エル、この前ワンピース買ってもらったよね。明日はアレ着て来てよ」
「えっ?!」
「可愛いエルも見てみたいから。じゃ、先行ってるね~」
「ステラっ! ……まったく」
赤く染まる澄み渡った夕焼けの中、突然駅へと駆け出した赤髪の少女の後ろ姿を、エルミナは微笑みながら見つめていた。
(第1章 終)
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