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ワールド・エラー ―境界と案内人―  作者: 藍乃木是羅
第1章 境界と案内人
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#021 闘争の終着点

 頭上から地鳴りと発砲音が聞こえる。警備隊が突入したのか、地上でまだアンドロイド同士の争いが続いているのか。

 いずれにしろ、早く熱源の正体を突き止めなければならない。それが現在唯一の手掛かりなのだから。


 2つ目の階段を降りてから周囲はより暗くなり、見渡しが効かなくなっていた。地下2階までは地盤の破壊により外部に露出していた為、壁の亀裂から外光が覗いていたが、地下3階以降はほとんど光源が無い。

 ライトの光でも照らせる範囲が少ない。その上光が目立つので、敵にこちらの位置を教えてしまうことになる。


 最初の遭遇を皮切りに次々と戦闘型に出くわしていたので、エルミナは異常な程敏感になっていた。部屋から廊下に出て、足音の反響音が変化しただけでも銃を構えてしまうくらいである。

 角に立って警戒するのは当たり前だが、直線ルートを1ブロック移動する間にもレーダーを2、3回は見てしまう。画面を展開していなくても、敵影を感知すれば自動で知らせる仕様なので、常に画面を見る必要は無い。

 その過剰な意識のお陰か、ばったり敵に出会うということも無く、安全を保つことには成功していた。敵地へ赴くのだから、警戒し過ぎるに越したことは無い。


 地下5階。部屋の一角に身を潜める最中に端末が鳴った。単独行動開始から5分経っている。


「エルちゃん無事!?」

「えっ……ええ、大丈夫ですけど」


 シェリーの声だ。小さくもどこか切羽詰まった様子にたじろぎつつ返答すると、声の後ろから硬い動作音が伝わってきた。


「こっちの建物だけど……ハズレよ。熱源の方には建物は続いていない。オマケに戦闘型の大群を引き当ててしまったのよ。廊下に纏まっていて、突破するのは難しいわね」

「熱源はないのに大量の機体が? どうしてそんな配置に……」


 この配置はかなり不自然だろう。囮にしては数の偏りが激しく、本陣の守備につく機体の数があまりにも少ない。何か特殊なトラップが仕掛けられているのでもない。

 今はエルミナ1人で先行しているので、全ての機体を撃破するのではなく、何体かは避けて通っている。それでも総数は20体に満たないのだ。真っ先に警備隊が駆けつけていれば、この程度の防御では確実に打ち破られてしまう。


「とにかくエルちゃん、そっちが本命よ。残念だけど、私はここから動けそうにないの」

「警備隊は到着していないんですか? 戻らないと危ないんじゃ……」

「上からそれらしい物音は聞こえるんだけど、まだここへは来てないわ。……ごめんなさい、力になれなくて」


 彼女には珍しい、落ち込んだ声色でそう聞こえた。障壁に阻まれ、協力できないことを申し訳なく思っているのだろうか。

 だとしたらそれは違う、とエルミナは感じた。謝罪するべき責任は、寧ろこちら側にあるのだから。


「いいえ、私こそすみません。無茶な作戦を押し付けてしまって。それに、もともと別れて探索すると提案したのは私です。自分で考えた役割くらい、自分で果たします」

「……ええ、気をつけて」


 確固たる決意を込めて告げ、通話は終了された。エルミナは進行方向へと顔を向けた。


 どこまでも続くかのように見えていた長い連絡通路も、その終わりが見えてきた。先の部屋を出たきり道は一本のみになり、今までいくつか横に設置されていたドアもない。そして暗闇に紛れて奥に視認できるのは、長い間放置されていたであろう錆びた両開きの金属扉。

 横にはセキュリティのような装置がついていた。扉が破壊された跡はなく、本部によれば複合板である為に火器での破壊も困難を極めるらしい。当然1人で解除できるはずもないので、本部からコードを転送して貰う手筈になっている。

 シェリーから通話が来る前に、防衛センターへは連絡済みである。地下深くまで来たというのに電波は途切れない。最新式の端末のお陰か、それともこの建物が電波を遮らない造りになっているのか。要因は不明だ。


 端末の画面をじっと見つめていると、独りでにウィンドウが開かれ、30桁以上もの文字の羅列が表示される。

 量の多さに多少驚きはしたが、エルミナは空いた右手で淀みなく番号を入力していく。コンピュータ用のキーボードと似たものであるが、片手で広範囲のキーを叩き、顔は端末の方へ固定して文字列を目だけで追う。一切の無駄を排した動きだ。

 約十秒で打ち込みを終え、最後に端末をパネルへと(かざ)す。この一連の流れは、防衛センターが緊急時に使うドアロック強制解除の手順であり、所謂"マスターキー"のようなものだとか。


 パネルの上が緑色に点灯する。直後に扉が左右に開かれ、エルミナは隅に身を寄せる。レーダーは敵を感知していないが、身に付いた反射的な動作だ。

 真っ黒な銃身を握りしめ、入口に向かって銃口を向ける。安全を確認すると、少しの躊躇(ためら)いも顔に表さず足を踏み入れた。


 本部から送られた部屋の見取り図を頼りに、壁際を伝って進む。

 警備隊はエルミナの残した機体の処理、後ろから次々と侵入してくる機体の始末に手一杯になり、距離に大分差がついていたらしい。追いつくのは5~7分後との予測。彼等には悪い事をしてしまったが、それで援軍が遅れるのも自業自得であろう。


 地図の示す熱源体への距離が15mを切った。隙間から細く光が覗く。音は無く、鉄の冷めた匂いが鼻腔をくすぐる。

 残り10m。右側に茶褐色に変色したドアが出現する。勢いよく開き前方を警戒、物陰に注意を払いつつ進む。意外にも鍵は掛かっておらず、建付けの悪い他には特に支障は無かった。

 残り5m。目の前に光源が現れ、青白く部屋を照らす。足元に古びた本が落ちていたので、それを足で避けて歩く。


 そして目的の物体の前までたどり着いた。目の前にあるのは爆弾──ではなく、何のことは無いただのコンピュータであった。全体像を捉えようとエルミナは顔を上げるが、その大きさの違いは明らかであった。

 大きなスクリーンが中央、右、左と3つ浮遊し、キーボード一体型の机が正面に鎮座している。その横に備え付けられた目測2m以上もある本体からは、微かに動作音が鳴っている様子だ。耳を澄ませてようやく聞こえる程度のもので、不規則なリズムを刻むその音が不安を煽る。


「本部へ。目標地点へ到達しました。熱源体は……大型のコンピュータです」


 即座に本部へ電話を繋ぎ、連絡を取る。聞き慣れた男性の声。向こうで話しているのはダナクだった。


『たった今、情報が入った。君の目の前にあるコンピュータはクラッキングされている可能性が高い。その機械が、現在都市内外にて機動中の戦闘型を動かしている、だそうだ』


 改めて画面を注視すると、何やら多数の数字や文字などが入り交じりったテキストが下から上へと流れていくのが分かった。遠隔操作かプログラムに任せているのか、エルミナからすれば自動で動いているように見える。


「このコンピュータが、今回の事件を……」

『細かい説明をしている時間はない。こちらから送信するコードを、目の前の機械へ入力してほしい』

(わか)りました」


 了解の合図と共に、端末へ膨大な文量のコードが送られてきた。これを全て手打ちで入力するなど到底不可能である為、手持ちの端末とコンピュータを接続する必要がある。

 エルミナは立ったままキーボードに指を走らせ、多重に開かれた画面を閉じようとした。しかし、キーボードは入力を受けて明滅するものの、画面の方には一向に変化が起きない。


「……ダメです、入力を受け付けません。これでは接続不可能です」

『機械銃は使ったかい?』

「い、いえ」


 焦りのせいで1つ手順を踏み忘れていた。機械銃の停止命令はアンドロイド以外にも、様々な機械に効果を示す。白い銃身のそれを抜き打ち、大まかに狙いをつけると引き金を引いた。

 スクリーンに若干ノイズが発生するが大きな変化は無く、隣の本体からの動作音も止む様子はない。


「……機械銃でも停止できません」

『参ったな……。手動で停止できないとすると、他に停止方法は──』

『構わん、破壊せよ』


 その時、通話に別の声が混じった。低く響く、常に冷静で威厳を感じさせるその声は、東区総合案内所の所長のものであった。


『ですから、それでは不正利用の証拠が──』

『そんな悠長な事は言っていられん。これ以上被害を拡大させる事は許されないのだ』


 押し問答が電話越しに聞こえる。会話の様子からして、大分前から言い争っているらしい。こちらとしては早く行動を起こさなければならないので、エルミナは内心かなり焦燥していた。


『今すぐコンピュータを停止できない以上、強行手段で破壊させてもらう。……ダナク氏、破壊の通達を』


 言い争いに決着がついたのか、所長が堅く宣言した。

 エルミナは結論が出される前から銃を持ち替え、照準を定めていた。角度は斜め下向きで固定。狙うのは机上のキーボードではなく、未だに慌ただしい音を鳴らす本体の方。

 外見からは判別できないが、表面は相当加熱されているらしく、近くにある本棚が焼け焦げて黒ずんでいる。このコンピュータはいずれにせよ、もう使い物にならないだろうと予測できた。


『エルミナさん、コンピュータを実弾銃で破壊してくれ』

「はい」


 司令を受けてすぐに、エルミナは引き金を絞った。

 1発目の銃弾が外装を貫き、2発目で内部へと届く。回路がショートしたような破裂音が一瞬、しかし構わずに3発目を撃ち込む。

 アンドロイドのように呻きを上げる事も無ければ、四肢を振り回して抗う事もしない。画面は急に閉じられ、キーボードの光が静かに消えていく。端末に映された熱センサーを見ると、内部の熱が急速に下がっているのが分かった。

 そして、動作音が完全に停止した。


「……停止を確認しました」


 エルミナの報告から数秒程開いて、電話越しに歓声が上がり、多くの拍手が鳴り響いたのが聞こえた。


『全ての戦闘型の停止が確認されたよ。おめでとう、大手柄だよ』

「あ、ありがとうございます」


 実感が持てなかった。より正確に言えば、これで終わりだとは思えなかったのだ。

 多くの機械兵器を操っていたコンピュータを破壊し、地上では戦闘が止んだ。本来の目的は果たされ、これで街に平和が戻る。万事解決のはずだ。


 しかし、エルミナの感じた違和感はまだ消えていない。コンピュータ周辺に戦力がほとんど集まっていなかった事。何らかの方法で強化され、機械銃の効果を減衰させる敵機体の装甲。最初にステラが対峙した機体と、他の機体との戦力に差があり過ぎる事。そして何より、主犯人物の顔を見ていない。

 エルミナが恐れを振り切って前線まで飛び出した理由。その1つには、プレスティアを混乱に陥れた人物を見つけ出す事も含まれている。そうでなければ、彼女は自分の過去と向き合うことができない。

 今後もし同じような騒動が、今回よりずっと大きな規模で発生したとすれば、プレスティアは間違いなく崩壊する。同じ過ちを繰り返す結果になる。それでは駄目なのだ。


『……さん、エルミナさん。大丈夫かい?』

「あ、はい」

『なるべく早く撤退するんだ。今そっちに警備隊が向かっているから、合流すれば安全に脱出できるはずだ』

(わか)りまし──」


 耳を刺激する破裂音が鳴った。火薬の匂いが辺りに立ち込める。


 すぐに銃声だと(わか)った。後ろから何者かに狙われていることも。しかし頭で考えるより先に、エルミナは片手で後ろへ拳銃を向けていた。無論、黒い外装を纏った方の銃を。


「ほぅ、あのネックレスの姉ちゃんがくると思っていたんだが──」


 どこかで聞いた声。ここ1週間の記憶を探りつつ、銃口の向きを固定したまま振り返った。


「──まさか、帽子の嬢ちゃんだとはなぁ」


 彼女の予感は正しかった。漆黒のフード付きのマントに身を包んだ人影がこちらへ銃を突きつけている。暗いせいではっきりとは見えないが、拳銃にしては大型の物らしい。

 端末から声が聞こえるが、もう対応してはいられない。少しでも声を出そうものなら撃たれる、それ程の殺意を黒マントの下に隠していた。


「なぁ、おめぇはなんでここにいるんだ?」


 ごく短い問い掛けと共に男は足を踏み出す。自身もまた狙われているにも関わらず、舐めるような視線でエルミナを観察しながらじっくりと距離を詰めてくる。


「……」

「簡単な質問だろ? 俺が訊いてんのはおめぇがここにいる理由、それだけだぜ」


 エルミナが答えずにいると、男はさらに口数を重ねてくる。互いの距離が5mに近づいたところで足を止め、足元の本を遠くまで蹴飛ばしてから、空いた方の、黒手袋を付けた手で頭のフードを払う。

 まず目についたのは、額から頬まで斜めに刻まれた傷跡。朧気ながら見える輪郭は細く、声から想像していたよりも幾らか若い。あちらこちらへ尖った髪に、黒く険しい眼光。その目線を当てられ、エルミナはもう1つ忘れかけた記憶を思い出した。


 6日前、ステラと共にマサキの案内をしたあの日。彼がぶつかった相手は、確か全身を黒い布で包んでいた。加えてフード越しでも分かるあの鋭い視線も一致している。同一人物だろう、と直感が伝えている。

 

 エルミナは相変わらず口を噤んでいた。この男の出自、経歴、事件を起こした動機──それが理解できるような気がした。

 エルミナが何も言わないつもりだと見抜いたのか、彼はある1点で止まり、再び口を開いた。


「ああ、まだ俺の自己紹介をしてなかったなぁ。俺が何者か……いや、"誰か"を聞いてるんだったか、知らねぇけど。教えてやるさ」


 そこで1度口を閉じる。一切の騒音が消え去り静寂が訪れたかに思えたが、それも一瞬のうちに破られた。


「俺の名はザド……あの戦争の生き残りだ」


 男の口がにやりと歪んだ。

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