#020 機械vsキカイ *
衝突、激突、そして甲高く鳴り響く金属音。動く限り腕脚を回し、放たれる鋼色の拳をいなす。隙が見えればすかさず突き蹴りで打撃を与える。
戦闘に集中するうち、通路の内部まで進んでいた。相手の脚を見ると、攻撃を加えつつ引き足で後退している。
横幅、高さ共に狭く、両側を金属の格子が覆っている通路。その内側で攻撃を躱すのは困難を極める。相手はその狭い場所に誘い込み、広さに余裕のない戦場で戦おうとしている訳だ。
T字路を曲がった後、相手は下がるのを止めて前進気味の姿勢を取った。天井の破られた場所から離れ、脱出路を塞いだ形になる。
しかしステラは、不利になったとは考えなかった。狭い通路に誘い込まれたなら、それを利用するまで。ステラはカメラアイを暗視に切り替え、敵の初動を待った。
それから間もなく、眼前にハイキックが飛んできた。この狭さで躯を思い切り動かす身のこなしは流石戦争兵器と言えよう。逆に言えば、大胆な攻撃を可能にする為には少々無理な姿勢を取る必要がある。ステラの目測では天井までの高さが2.3mも無い。ただでさえ相手には動きずらい空間なのだ。
ステラは後ろへ避け、次の挙動へ移る途中に上半身を反らせた敵機体へ体当たりを掛けた。機体の背と地面が摩擦し、削れるような音を鳴らす。
そこで油断してしまったのが命取りだった。その機体は有り得ない姿勢から空中で後転し、はね上げた脚で前傾姿勢のステラを蹴り上げた。両腕でのガードが辛うじて間に合ったが、腕の損傷を更に酷くする結果となってしまった。
背中から天井に激突し、否応無しに落下する所で拳が目の前に現れた。胴体を直撃、飛ばされながらも姿勢を整える。膝から広範囲に渡って地面と摩擦を起こし、外装と共に人工皮膚まで擦り切れる。だが、その程度の事で立ち止まることは許されない。
そこから先は、防御優先にならざるを得なかった。
相手の攻撃は容赦無くステラの頭を、胴を、脚を目掛けて繰り出され、姿勢を崩そうと企んでいるのが分かる。その速度はやはり、集団のどの一体と比較しても速く、かつ狙いも正確だ。
先程までは相手の腕を取ってそのまま地面に叩きつけたり、装甲の薄い胴体の脇に蹴りを打ち込んで機能を停止させたりと、半ば力技で対象しきれていた。しかしこの相手は一筋縄ではいかない。
横目で両側を確認すると、1部格子が壊れて鉄柵が突き出していた。奥には部屋らしき空間がある。
(あそこへ出れば、少しは余裕を持って戦えるかも……)
その鉄格子はまだ完全には破壊されていない。自分で壊したのでは余計な損傷を被ってしまう。
そこでステラは壁側に身を寄せ、鉄柵の歪んだ部分を背にした。銀色の左拳が顔の前まで迫る。衝突するすれすれまで動かずに、躱すことのできるタイミングを算出し、達すると共に右へ頭をずらす。対象を失った拳は真っ直ぐにすり抜け、複雑に曲がる鉄柵へと直撃する。
衝突した後に続き、何か倒れるような音が鳴った。見事に枠ごと柵を取り除いたらしく、人が通過できる大きさの穴が空いていた。
戦闘型より早く、ステラは小部屋の中へと後退した。見渡す余裕はほとんど無いが、短い時間でも部屋がそこまで広くないことは把握可能だ。天井に小さな窓が設けられていて、僅かながら光が室内を照らしている。
何か硬い物の引っ掻くような音で正面に向き直る。相手は倒した鉄柵を分解し、右手に持って構えを取っていた。リーチの長い棍棒として使うつもりらしい。
音が機体の前進と共に迫り、ふと消える。何ヶ所も曲げられて凶悪さを増した金属の柱が煌めく。
顔の横を高速で空気が流れる。ステラが横に飛び退いた頃には、元いた床は粉々に粉砕されていた。同時にステラは改めて体感した。この機体は、本気で自分を"排除"しようとしているのだ。
室内に逃げ場所は少なく、次々と発生する打撃の波を、身を低めたり短く跳んだりと慌ただしく回避する。それも長くは続かず、部屋の隅へと追いやられた上に鋼鉄の棍棒が翳された。
ステラのAIが演算速度を限界まで引き上げ、思考が焼けるように熱く加速する。視界にノイズが混じり、技の軌道が連続的に映し出される。
躯を捻って横薙ぎを躱し、振られた手元を蹴り上げる。敵は間に合わせの武装を手放さず、空いた左手で脚を捉えて投げ飛ばそうとする。
ステラは身を回転させつつ、敵機体を踏み台にして天井まで跳躍。剥き出しになった空調のパイプを掴み、鋼鉄の柱が真っ直ぐに突き出されると同時に支えを手放し、機体ごと蹴り返す。
以前、ステラはこの機体と対峙した時、「この機体の行動全てが戦略的」と評価していた。寸分の誤りもなく的確な攻撃を繰り出し、鉄壁の防御を誇る超人的性能である、と。
だが、こうして2度の遭遇を経て、それは誤りかもしれないと考えて始めていた。少なくともこの機体に関して言えば、冷徹な機械ならばしないであろう行動もとっている。
胴体に攻撃を受け、後退した後に顔を向けてから壁を蹴って突進してくる。単なる反撃にしては挙動に手が込んでいる。脚を攻撃されれば蹴り返し、顔を狙われれば腕を取って壁へ叩きつけようとする。
折れ曲がった鉄骨を振り回す姿といい、"正々堂々"と言うには乱暴過ぎる、手段を選ばない戦法ではあったが、何か意思があるのではないかと疑わせるくらいに人間的な動きだった。
刺突を前転して避けると、ステラは傍に倒れている鉄格子を枠ごと持ち上げ盾とした。鉄骨が半壊した格子と衝突し火花を上げる。左右に何度も振り回すのに合わせ、角度を調整して防ぎきる度に、橙の火線は勢いよく弾け飛ぶ。
部屋の壁が無数の傷に埋め尽くされ、唯一の窓ガラスが砕け散る。床には木材やセラミック材や金属、加えて少量のガラスの破片が散らばり、足の踏み場も無い。それらの光景はステラに、言い表し難い生理的嫌悪感を生み出させていた。機械に嫌悪感を感じさせる程に異様で無惨な有り様。ここは火花という炎をたぎらせ、破片の積み重なった針山を尖らせる地獄か。そう錯覚してしまう程に。
熱を持ち始め歪みが酷くなった鉄柵を捨てると、ステラは鋼鉄を構える機体の懐へ飛び込み、再び腕を蹴り上げた。今度こそ獲物を引き剥がすことに成功したが、コンマ数秒も経たずに反撃が飛んでくる。窮屈な体勢からは回避のしようもなく、ステラは両手で相手の両拳を受け止める。
相対する顔が刻々と近づく。薄く日射を受けて黒光りするマスクの下に、狂気とも怒気とも判別のつかない赤色が灯る。
同じアンドロイドであり、違う目的を持つモノ。本来ならばこうしてぶつかり合う必要も無い2つの機体。
ステラは不思議でならなかった。大戦中の兵器は戦後に解体され、部品の塊となったはずだった。彼等の存在する意味は、絶対的な力を尽くしてただ戦場で闘争する事のみ。長い年月をかけて、不完全ではあるが辛くも平和を手に入れた人類に、戦うだけの兵器は無用であるからだ。
ならば、一体なぜ……。なぜ彼等は、人の消えた荒れ果てた街跡でひたすらに暴れ、壊し、無声の咆哮を轟かせるのか。
幾ら考えようとも答えは導かれない。いや、その答えはきっと彼女が見つけ出してくれる。
「──なら私は、コイツを打ち倒す!」
瞬間、全身の感覚が研ぎ澄まされる。互いに力を加え合い、痙攣したように腕が震える中で、ステラは目の前の冷徹な機械に内在する"意識"を読み取っていた。どう動くべきか、相手はどのように対応してくるか、目まぐるしく頭脳が回転する。
力が少し弱まったその隙に、ステラの腕に一段と力が込められる。両拳を押し返すと、僅かに後退した敵機体の胴体を蹴り上げ天井へ吹き飛ばす。落下する前に真下まで移動し、有らん限りの脚力を生かして跳び上がり、高速で右拳を振り上げる。
「ハアアアアァァァァ──!!」
渾身の叫びが空間内を支配し、上方から白い光が洩れた。電灯ではない。一度に大きな力がかけられ、天板の耐えられる圧力を突破した事で、内側から割れつつあった。
天井が轟音を立てて破砕し、視界が一転する。現れたのは灰色に覆われた空。続いて自身よりも上空を舞う機械人形の姿と、陽光を反射しながら周囲を舞う欠片の集まり。
滞空時間は長くは続かず、ステラは穴だらけになった土砂へと着地する。敵機体は地面に墜落する軌道を描き、しかし直前で脚を下にして着陸、衝撃を殺す。
雲の合間から差す日光が絶えず形を変え、薄く砂煙が辺りを包む。その奥に閃光が明滅し、1つの影が立ち上がる。それは依然として機体を排除しようとする宿敵の姿。
奴の目的を考えれば、わざわざステラを機能停止にまで追い込む必要は無く、今すぐにでも地盤を突き破って潜り込めば良い。にも関わらず、律儀にもというべきか、機体は「侵入者を排除する」という命令を厳守している。
と、その機体は急に手足の装甲を自動でパージしたかと思うと、右腕から鈍い輝きを放つナイフを展開し、神速のごとき速度で前進した。咄嗟の回避、だが後方から再び突進。刃を掠めた服の袖が破け、頬に擦り傷が創られる。
「速い……っ!」
首を回しあらゆる方向を視認しようと努めるが、目が追いつく頃にはそこにいない。既に次の地点へと移動している。姿を捉えきれず、二重に重なった鋼の体躯が揺らぐ。残像を見ているように。
捉えられない、捉えきれない圧倒的なスピード。ステラのAIの処理能力を上回る移動速度で地上を駆け巡る。
そしてあろう事か、何度か斬撃を加えた後に機体は飛び上がった。遥か上空に留まり、落下する様子はない。
飛行している。そう気づくのは簡単であった。空から見下ろす格好の戦闘型アンドロイドの背中、腕、脚の各部にスラスターが設けられていて、外方向へ青白い炎が噴射されている。
奴はまだ、切り札を残していた。それがたった今オープンになった訳だ。
「そんな……」
ステラの動揺にも構わずに機体は降下し、拳を突き出し一撃を喰らわせる。間髪入れずに蹴り上げ、スラスターを使い姿勢を変えて横殴りにする。
反撃の隙を与えず、回避する事も、攻撃に対して受けの構えをとることすら許さず、一方的な連撃の嵐を吹かせる。
為す術もなくステラは打撃を受け続け、全身を構成する部品が衝撃で傷むのが分かった。次第に挙動にも支障が生じ、それによって可動部への直撃が増えることで、脚を持ち上げることすら苦行と化していた。冷たい空気が身に染み込み、躯の自由が奪われていく。
一段と強力な刺突が背後から襲いかかった。直線上に吹き飛ばされ、地面の擦過による減速や空気抵抗はほぼ無に等しく、割れた壁に激突する。壁は呆気なく崩れ去り、大小の破片がもたれ掛かるステラの全身を埋めていく。
痛みはない。苦しくもない。なぜならば機械であるから。全身の痺れも遠ざかりつつある。視覚が、聴覚が、嗅覚が薄れる。全てを感じなくなり、底無しの闇へと葬られていく。
このまま攻撃を受け続け遂に破壊されたとしても、機械だから何も感じない。どんな苦痛をも受けない。生物のように死ぬのではなく、永遠にその存在が消滅する。ここから消える。ただ、それだけ。
それなのに、自身の中から悲鳴が洩れたような気がした。聞こえるはずの無い声が。
──自分は戦争兵器じゃない。これ以上戦闘を続けるのは不可能だ。
もっともだ。前に遭遇した時から分かっていた事であり、決して動かせない事実。
人間型と戦闘型とでは構造から内部性能まで大きく異なり、生み出された理由も違う。ステラ達人間型は人間社会に適応する為につくられたのであり、戦場に生きる者でもなければ兵器でもない。人間型がどれだけ全力をかけて挑んだとしても、戦火に焼かれてなお立ちはだかる、鋼の体躯を持つ機体に適う道理はない。
同時に、"心"の中では正反対の事を考えていた。
──今ここで逃げたら、彼女は無事じゃ済まない。逃げちゃダメだ。
ステラは約束した。「絶対に守り抜く」と。
彼女は今も戦っている。この闘争を引き起こした原因を、犯人を、その目的を明らかにするために奔走している。
退けない、引き下がれない。絶対に逃げることはできない。信頼を裏切って生還するくらいならば、今この場で砕け散ったとしても使命を果たす。最期を迎える前に、最後まで守ってみせる。機械としての義務ではなく、心を持つキカイの"意志"で。
覚悟は決まった。
高度20mまで上昇し、勢いを付けて蹴りを繰り出す白銀の機体。ステラは今一度視覚に集中する。左足を下向きにして急降下する機体の動きが、コマ送りのように1つひとつ切り取った画像となる。目元が痺れ、荒れ狂う電撃が全身を蝕む。
「そこだっ!」
接地する寸前、ステラは脚を踏ん張って躯を固定し、すれ違いざまに左拳を繰り出す。ねじれ回転を加えた突きは、装甲の外れた左脚を直撃し、スラスター部へとたどり着く。確かな手応えの直後、小規模な爆発により黒煙が巻き起こる。
戦闘型は急いで距離を取る。ナイフの先端は折れ、装甲の損傷が広がったのみならず、スラスターを含めた脛から下を失っていた。一本足で壊れた地盤の端まで移動すると、背部の推進力のみで浮上する。
劣勢からは抜け出したものの、ステラの機体状況も決してクリアではない。補助機械をアストに預けてきたので確認する手段はない。寧ろ、余計な情報を取り入れないように彼に託したのだ。
右腕は痺れて攻撃には使えない。両足は内部で部品破壊が起こり、視界はノイズが酷くなり、制御も効かずに全身の震えが止まらない。だが、頭脳と動力源はまだ破壊されていない。まだ戦える。
ステラは左腕を水平に構え、睨むような目付きで前方を見据えた。
「もう、迷わない──これで決める!」
痛みも重さも感じない。今のステラが成すべき事はひとつ。目の前の機体を完全に停止させる事。
先にステラが地面を蹴った。戦闘型が瓦礫の壁を蹴り出し、スラスターで勢いをつける。ステラの脚は止まる事なく回転を続け、距離が瞬間的に狭まる。
助走の勢いに乗り、ステラは跳び上がった。目の前の赤い光が高度を合わせ、斜め上がりに前進する。景色が転換され、眼前に金属の暗い煌めき。
2体の影が入り交じり、すれ違った。
宙に高く突き上げられるのは装甲を身につけた機械人形。膝を着き、地面を擦りながら着地するのは布の服を纏った機械人形。雲の隙間から強い陽光のフラッシュが瞬き、中空の機体を照らす。
「いっけええええぇぇぇぇ──!!」
跳び上がり、絶叫の止まない間に左拳が押し出される。寸分先には戦火のごとく赤をたぎらせる黒面。
衝撃、続いて破砕音。砕け散った金属の欠片が空を彷徨い、閃光の輝きが失われる。
地面に落ちる鋼の体躯と、憎悪を刻んだような顔。頭部が完全に分断されていた。それまで、例え星が滅亡しようとも動きを止めなかったであろう操り人形は、断末魔すら残さずに沈黙した。
──約束を、果たした。
完全停止を見届けたステラは、曇天に向かって掠れた声で呟いた。
「エル……絶対に、守り……抜く……」
橙色の瞳は少しずつ色を失くし、立ち上がろうと力を込めたが、あえなく地面に伏した。
遠くに戦火が見える……。




