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ワールド・エラー ―境界と案内人―  作者: 藍乃木是羅
第1章 境界と案内人
2/24

#002 仕事続きの日

「疲れたよー、足が痛いよー、眠いよぉ……」

「私だって疲れてるよ。それと眠いのは自分のせいでしょ」


 机に倒れ込むようにして椅子に座っているステラと、その向かいで伸びをするエルミナ。案内所の人たちは既に昼休憩を終えたらしく、ダナクがいないこと以外は朝と変わりない。


 現在15:34。予定時間の14:45を大きく過ぎて2人目の案内を終え、エルミナとステラは相当疲れた様子で案内所のロビーへ帰ってきた。次の案内まで残り30分もないが、僅かながら休憩時間を確保することができたのだ。

 道中の店で買ったサンドウィッチの袋を開けながら、エルミナがつぶやく。


「まったく。あのエルフさんは相当買い物好きみたいだけど、紹介するだけであんなに歩き回るとは思わなかったな……」

「獣人さんの方も、やたらテンション高かったよね。流石にあれには着いていけないよ……」


 2人揃ってため息をつき、個性の有り余る依頼人たちの行動を思い返した。




 ヴァルド・オークスは大柄な男性の獣人で、その耳と尻尾は狼のものとそっくりであった。また、性格も見た目通り豪快で、今回の依頼も「ゴージャスな車が欲しい」とのことだ。

 そのテンションの異常な高さもあり、依頼の内容を聞くだけで一苦労だった。


「車のカスタムなら、中心部から少し離れたところにありますよ」

「カスタム? それはつまり、俺の車を超ゴージャスにできるってことかぁ!?」


 彼はその鋭い目を一層輝かせて、大声で聞き返してくる。見た目に加えて声までもが豪快であり、聞き取るだけで疲れてくるほどである。


「そうですけど、車は持ってるんですか?」

「買うのはもう決めてるんだけどよぉ、店のヤツの言ってることがよくわからねぇんだよ」

「はぁ……」


 車の購入から付き合うハメになったのだが、苦労はまだ始まったばかりだった。


 店員の聞いていることは単純に車の大きさや用途についてなのだが、オークスはそもそも車の詳しい利用法を知らなかった。知っていたのは、人が運転する乗り物であるということだけだ。本人によると、「ここだと車?にのれるって聞いたからよぉ、試しに買ってみることにしたんだ!」ということらしい。


「この走行距離ってのは何なんだ?」

「どのくらい遠いところまで行くのか、ということです。それぞれの距離に適した車があるんです」

「なるほど。んで、容量ってのは何だ? 大きいのが速ぇのか?」

「それもありますけど、何人で乗るかってことですよ。オークスさんだけなら1人か2人乗りで大丈夫です」

「なぁるほど。んじゃ、この電気ってのは?」

「動力源です。これで車が動くんです」


 目の前で繰り返される押し問答。ステラが的確かつ簡単に解説しているが、なぜか質問は段々と根本的なものに向かっている。常識を知らないまま車を買おうとしているのがエルミナには信じられなかったが、住んでいた世界が違うから何とも言えない。


 と、ここでエルミナにある予想が浮かんだ。

 今までは雰囲気に流されていたが、これを確認しておかないとエラいことになる。聞くのが恐ろしい、という気持ちを押し切って、目の前の獣人に尋ねた。


「あの、オークスさん。車の免許って持ってるんですか?」

「め、免許? 何だそれは?」


 嫌な予感は、ものの見事に的中してしまった。

 異なる常識とはいっても、ここまで違ってくると困りものである。彼が悪い訳ではないが、このような認識違いが案内する際の大きな障害となる。

 開いた口が塞がらないステラを横に見ながら、無理やり笑顔を向けてこういった。


「……まず、免許から取りましょうか」


 後で店員に聞いたところ、まさか免許も取らずに車を買いにくる客がいるとは思わなかったので、わざわざ確認しなかった、ということらしい。




 アリア・ロト・クラヴィーアは小柄なエルフの女性で、カールのかかった黄金の長髪をもつ美人であった。こちらもまた見た目通り綺麗なものが好きで、頭には黄金に輝くサークレットのような飾り、更にイヤリングやネックレスなどの装飾品を多く付けていた。

依頼内容は、「洋服店を案内して欲しい」とのことだ。


「この世界のお洋服ってとってもオシャレじゃない? だから、街中のお店を見て廻らなきゃ決められないのよ」

「そうですか……希望はありますか?」

「そうねぇ、それなら華やかなお洋服がいいわ」

「わかりました。ステラ、周辺の店を検索して」

「はーい」


 そう言うと、左腕のパネルを操作して地図検索を始める。案内所のAlには必ず備わっている機能で、依頼者の要望や距離などをもとに、自動で候補を挙げてディスプレイに表示することができる。


 続いて、ステラが襟元にある半球状の装置を起動すると、3人の周りにホログラムのように立体地図が表示された。候補となるポイントが赤いマークで示されていて、現在地からの最短ルートが店ごとに示されている。アリアはその立体地図を見て驚きを隠せないようだった。


「これは……一体どうなってるのかしら」

「この周辺の地形を映像化……絵にして、この機械で移しているんです」


 ステラが自分の首辺りを指差して説明すると、アリアはわかったようなわからないような表情で頷いた。1年もこの仕事をしていると、こういった質問もよく聞くものとして慣れてくる。


「ここから近い店だと、駅前通りにある2軒です。どちらも主に女性向けの衣服を扱っていますよ」

「それじゃ、早速その店に行きましょう!」


 検索結果を聞くなり、アリアは藍色の眼を輝かせ、スキップしながら通りを進んでいった。すれ違う人の多くがアリアの姿に見とれて──いや、呆気にとられていたのは気のせいではないだろう。


 店に着いてからは、それはもう完璧に彼女のペースだった。


「この上着もいいけど、こっちの方が動きやすいかしら? ガイドさん、どうかしら」

「えっと……左の服が似合ってますよ」

「そう? あ、でもこのドレス風の……」


 こんな会話が10回は続いている。時間にして30分弱。エルミナは服装には疎いのだが、どちらが良いかと聞かれて選ばないのも申し訳ない気がして、雰囲気に任せて答えている。

 隣に立っているステラといえば、いかにも退屈そうに店の天井を見つめて固まっているばかりだ。その彼女を腕でつつきながらエルミナが言った。


「ねぇ、ステラも協力してよ」

「だって私、服のセンスとかわからないし……」

「そっか。確かに、アンタの絶望的なセンスに頼るのはダメだね」

「ちょっと、絶望的ってどういうこと!?」


 アンドロイドと人間の感性は若干異なるらしく、特に服装にはそれが現れている。ステラは特にセンスが特異的だ。今着ている服もエルミナが選び直した結果であり、元々彼女が選んだものは──

 と、エルミナが考えを浮かべていると、アリアがこちらへ来て尋ねて来た。長い金髪を指でくるりと巻きながら微笑んでいる。


「さて、次の店に行きましょ」


 いつの間にか会計を済ませた彼女は、両手に大きめの袋を抱えていて、おそらく10着以上は買っているように見えた。それほど服を買う余裕があることにも驚いたが、更に驚くべきことに彼女は"次の店"に行こうとしているのだ。


「あの、クラヴィーアさん」

「アリアでいいわよ」

「じゃあ、アリアさん。あと何軒くらい買い物する予定ですか?」


 エルミナが聞くと、彼女は少し考え込んだ後、連射砲のように言葉を発射し始めた。


「可愛い感じの服はここで買ったから次は少し大人しめの服を買って、その次は……ズボンなんかも買った方がいいわね。後は帽子とかバッグとか、それに海もあるっていうから水着も……」


 言葉が出ない。かけるべき言葉が見当たらない。

 このようなタイプの人は何がなんでも爆買いするものだ。笑顔で店の出口へと向かうアリアの後ろ姿を眺め、取り残された2人は同時に諦めのこもったため息をついた。


 彼女が満足して店巡りを終える頃、案内人たちの顔には笑顔の仮面が張り付いていた。「またお願いしちゃおうかしら」という悪魔の囁きが聞こえたとき、その仮面は少し揺らいだようだった。




 昼食を食べ終えたエルミナは、カウンターの側に配置されているコンピュータでもう一度3人目の情報を調べていた。ステラに頼めば早いのだが、生憎彼女はテーブルに伏して休憩中である。


 アンドロイドは1日1度の燃料補給(充電)で済むので、人間と比べてもエネルギー効率は良いはずなのだが、彼女はどうも燃費が悪いらしい。あるいは、今日寝坊したせいで何かシステムがおかしくなっているのかもしれない。人間にしろAIにしろ、生活リズムを守るべきなのは変わらない。


 彼の基本情報がプロジェクター型ディスプレイに映し出される。出身地の"ニホン"が気になっていたが、それ以外の情報は普通の人間のように思える。他には名前が変わっているくらいだ。


「ツカト・マサキ……ツカトなんて名前聞いたことないけど、どんな人なんだろ?」

「ごめんくださーい。案内所ってここですかー」


 急に入り口の方から妙に腑抜けた声が聞こえたかと思うと、そこに1人の少年が立っていた。

 この街には珍しく髪色は真っ黒で、髪型はボサボサしていてまとまりがない。服装はどこかで見たことある気がしたが、エルミナがそれを思い出す前にその少年が歩み寄ってきた。


「あのー、案内所ってここであってます?」


 唐突にエルミナに向かって話しかけてきた。カウンター近くでコンピュータを操作していたエルミナを見て、少年はここの関係者だと想像したようだ。

 本来この辺の説明を担当するはずのダナクは昼休み中でいない。彼も今頃遅めの昼食をとっていることだろう。


「はい、そうですよ。転移者の案内を扱っています」

「そっか、良かったぁ~。迷ったときは本当に焦ったぜ」


 頭を掻きながら安心した表情を見せる少年。ふと気がついて時計を見ると、予定の時間よりまだ10分も早い。案内を開始する時間に間に合うように早く来る人は多いが、ここまで早めに来る人も珍しい。真面目な人とも考えられるが、先程の台詞からするとそれも考えにくい。


 そしてその少年は、目を大きく見開きこちらの手元をじっと見つめている。エルミナはコンピュータの操作パネルから手を離し、少年に尋ねる。


「受付はそちらですけど……どうかされました?」

「あ、すいません。そのパソコンみたいのが気になって」


 パソコンといえば、この世界では少し古い機械になる。しかしエルミナが気になったのはその言い方ではなく、彼がこのコンピュータを一瞬で"機械"だと見抜いたことだ。転移者はだいたいこれを見て、"魔道具"だとか"秘術"だと言うものだ。


「パソコン……確かに似ている機械ですけど」

「へぇ~、やっぱこれも新型のパソコンってやつかぁ。ちょっと見てもいいすか?」

「……良いですよ」


 ウィンドウをいくつか閉じ、席から立ち上がってそう言った。許可を得た少年は更に側まで詰め寄って、下のパネルや画面を食い入るように見つめ始める。特に、画面が浮いて表示されているところに興味を示しているようだ。


 積極的に話しかけてくるこの少年に対して、エルミナは困惑気味だった。道に迷ったり、コンピュータを珍しがったりする辺りはどう見ても転移者だが、それにしては会話に慣れているように見える。

 転移者のほとんどが、いきなり元の世界から投げ出されてしまったことに混乱するのだが、彼の目からはそんな様子を感じることもない。むしろ自信に満ち溢れている。


「あの、私はここで働いているエルミナ・ネストといいます。あなたは?」


 エルミナがそう言うと、彼は体勢を戻してキリッとした目付きをこちらへ向けた。


「ああ、そういえば自己紹介とかまだだった。俺はツカト・マサキ、マサキでいいっすよ。どうぞよろしくっす!」


 彼は親指で自分を指しながら、自信満々にそう名乗った。

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