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ワールド・エラー ―境界と案内人―  作者: 藍乃木是羅
第1章 境界と案内人
16/24

#016 闘う決意

 案内所の2階、会議室。広い部屋の中央には長方形の大きな机があり、その中心に薄青のホログラムで地図が映し出されている。そこに全員が集まっていた。ある"作戦"についての会議である。

 緊急会議は相当長引き、既に窓の外は暗闇だ。廊下から役員が慌ただしく動き回る足音が聞こえてくる。


「空から現れた……それは、目撃情報なのか?」

「はい。目撃者の証言は全て一致しています」


 訝しむ他のガイドに対してそう返答し、シェリーは再び抱えた端末に目を下ろした。画面を軽くタップすると、机上の光が形を変え、赤い光でポイントが示された。


「確認された敵機体の出撃位置です。境界の歪みが発見されたポイント、つまり転移者の現れた位置と近似しています」


 室内から何度目かのどよめきが起こる。隣のサポーターと顔を合わせる者、脇目も振らずに情報端末を叩く者など、様々な反応を見せている。

 そんな中でエルミナは何も発言せず、ひたすらスクリーンを注視していた。すぐ後ろで、自身の端末を使って会議中の情報を見ていたステラがそれに気づく。


「エル……どうしたの?」

「……」


 声を潜めているとはいえ、この至近距離で聞こえていない訳は無い。しかし、彼女の意識からは一切の騒音が締め出されていた。

 今度は声量を上げて言った。


「エル?」

「っ、ステラ……別に、何でもない」


 エルミナは下ろしていた腕を上げ、手早い操作でディスプレイを立ちあげる。その様子にステラが違和感を感じ取ったのは当然だ。


 中央の卓上では青い光が立体を描いている。徐々にディテールが顕になっていくそれは、今日、彼女等が何度も出くわした鋼鉄の躯だった。

 ステラやアスト、同行したアンドロイド達の記録した視界情報だ。相手が機械銃の射撃を受け、少し停止した後に再度動き出す様子も明確に映っている。先程より反応こそ落ち着いているものの、誰一人"理解"はできていない。


「この通り、1部の機体のみ攻撃を受け付けないのです。詳しい説明は……エルミナさん、お願いします」


 普段の会話調とは違う、畏まった言葉遣いで声を掛けられ、エルミナは2重の意味で驚いていた。急に説明を一任されたことと、シェリーの意味ありげな笑顔だ。


 ステラに文字通り背中を押され、そのまま部屋の前へと出てきてしまった。内心かなり緊張している。人前が苦手であるというのもあるが、何より彼女に向けられる視線が原因だ。

 エルミナは16歳、案内所に所属する人間の中では最年少だ。周囲は大人だらけで、前面に見えるのは背の高い男性ばかり。対して彼女は背も低い。強面ではなくとも、身長差からくる威圧感にも似た感覚が襲ってくる。


 「大丈夫なのか?」と誰かが呟いたように聞こえた。

 話し出す勢いが付かずに視線を宙に彷徨(さまよ)わせていると、再びシェリーの顔が目に入った。笑顔の色味が少し変わり、申し訳なさが付加されている。


「えっと……」


 彼女は周囲の注目を一手に受けながらも、ゆっくりと口を開いた。


「機械銃の能力はアンドロイドに搭載されているAIを停止させることで、本来、相手の外装や機種に関係無く効果を──」


 自分でも驚くほど頭の回転が速い。周囲の目も自身の緊張も、話し始めてしまえば気にならなかった。思いのほか口は滑らかに動き、言葉に詰まって焦ることもない。始めの内はどこか試すような眼差しでエルミナを観察していたガイド達も、その過不足のない説明と毅然(きぜん)とした態度に目を見張った。

 エルミナが端末片手に後ろへ下がっていく頃には、前列にいた男性のほとんどが呆気に取られていた。小さく唸り声を上げた者も数名。


「今回はペアで行動しましたので、戦闘行為による無力化をすることができました。しかし、こういった機体がまだ都市内部に残っている可能性は極めて高く……」


 話し手はシェリーに受け継がれた。一瞬ウインクしたのは、上手く説明をこなした事への賞賛だろうか。

 エルミナは元々大人数の場所は不慣れであり、自分が率先して行動するなど考えたことも無かった。彼女が何を思って説明役に推薦したのかは分からないが、少なくとも気遣いのようなものはあったのだろう。


 シェリーは何かと後輩であるエルミナのことを気にかけている。昨日の買い物のように、若干行き過ぎたサービスをしてくれることも多いが、今回の作戦への参加については真剣に考え込んでいるらしかった。自分がではなく、エルミナが参加することについてだ。

 エルミナは普段、その気遣いに遠慮したり困惑したり、それ以上に感謝しているのだが、今回ばかりは彼女に頼る訳にもいかないのだ。


 ──この決意だけは、決して揺るぐことはない。変えることは許されない。


 脅迫じみた観念、自分の行動を支配する"見えない意思"。彼女は戦後からずっと、何かを成し遂げなければならないという考えに縛られていた。


 報告が終わり、1人の初老の男性が壇上に出た。顔には深いシワが刻まれており、鋭い眼光で周囲を見渡す。この案内所の長であり、エルミナも何度か顔を合わせている。


「それでは、これより作戦行動の概要を述べる」


 彼は厳格な表情を崩さずに話し始めた。

 案内所のもう1つの顔。"戦闘行為"を含む脅威の排除だ。警察等の手だけでは対応しきれない場合、案内所の役員も不足分の戦力として駆り出されるのだ。

 戦後、都市は軍隊を解散し、戦力の保持を全面的に禁止した。その結果が今の状況だ。"案内所"という名は転移者が分かりやすいように付けられたものであり、その実、転移現象や境界に関する事件全般を担う"何でも屋"のようなところである。


 4日前、エルミナとステラが遭遇した戦闘型アンドロイドは一体のみであった。それと比較すると、今回の襲撃は一体ずつの戦闘力こそ低かったが、集団での攻撃力は(あなど)れない。実際、無力化するまではかなり危機的状況に置かれていたのだ。

 そのような襲撃を何度も受ければ、いずれ被害は甚大なものとなる。実現してしまう前に対策を打たなければならない。


「今回の作戦には、他の区の案内所も全て参加する。目的は敵勢力と思われるものを捜し出し、全て無力化することだ」


 この騒動が単なる機械の暴走か、人為的に起こされたものか。断定できる要素はないが、ほとんど後者であると皆確信していた。暴走にしてはあまりにもタイミングが一致しすぎている。何者かが複数のアンドロイドの"脳"、即ちAIを乗っ取り街中に放った。そうとしか考えられない。

 その人物の手掛かりはほとんどない。今日遭遇したばかりの黒いマントの人物がそうであっても、エルミナはその素顔まで確認していない。

 結局あの時、その男には逃げられてしまったのだ。煙幕が薄れた頃には何の痕跡も残さずにその場を去っていた。


「我々は何としても、プレスティアを守り抜かなくてはならない。覚悟は良いな」


 大勢による返事が返される。雄叫びまでもが上がる中、エルミナは決意を固めていた。




 会議終了後。誰もいないはずのロビーの隅から、青白い光が洩れている。指でパネルを叩く音が微かに響く。

 目に疲れを感じ、画面から距離を撮って背伸びをすると、後ろから足音が近づいてきた。


「……エル、何してるの?」


 エルミナが振り向くと、光を浴びて青みがかった顔が見えた。髪の赤みは、青い光を受けても尚目立っている。


「あの機械兵器に停止命令が通らなかったのが気になって、集めた情報を見直している所。多分、装甲に何か停止命令を無効化するコーティングが施されているんだと思う」


 言いながら画面に向かい、再び作業を始める。ただし、作業といっても明確に宛があるのではなく、何度も似たような画像を検証するだけだ。単純さ故に疲れるのも早い。


 録画した映像へ意識を向ける。繰り返し映像を確認するうちに、エルミナはたった1つ、ヒントになり得るであろう情報を得ていた。機械銃が敵に着弾する瞬間、装甲の表面が歪んで見えるのだ。

 実弾ではない為、所謂"弾"を目視することはできない。また、停止命令を含む"情報体"のようなものを相手に投射するので、空気抵抗を受けることも無く、引き金を引いてから着弾までの時間差はほぼゼロに等しい。

 つまり、銃撃と着弾の瞬間はほぼ一致すると考えて良い。エルミナはその瞬間を幾度と無く観察していた。


 エルミナが集中を解いた時を狙ったかのように、ステラが訊いた。


「明日、エルも行くんだよね。調査に」

「うん」


 振り返らずに答える。意識は既に画面の中。


「戦闘型アンドロイドが何体もいて、銃を装備してるかもしれない」

「うん」

「戦いになるかもしれない」

「そうだね」


 あくまで冷静、平坦な声で答えを返す。スクリーンを目視する表情も、そのまま視線を移動させずに呟くときの表情も、真顔からほとんど変化していない。まるで何も感じていないかのように。

 しかし、きっとステラには(わか)っているのだ。意図せずとも彼女には伝わっている。この"無表情"は、決して何も考えていない"無"ではないと。

 エルミナ自身も、恐らく彼女には見透かされていると思っている。それは彼女が事実を認識し、完璧に分析する機械だからではなく、彼女が自分の友であるから。


「ねぇ、怖くないの? だって、もし相手が武器とか持ってたら、その……」

「死ぬかもしれない」


 ステラが口ごもったその先の台詞は、エルミナからもたらされた。端末を叩く手が止まる。


「……怖いよ、すごく。調査に行きたいなんて思ってない」

「だったらどうして? エルが行かなきゃいけない理由なんて、どこにもないんだよ。そうでしょ?」


 理由──自分が命を懸けてまで、この調査という名の戦闘に参加しなければならない理由。自らの生活を破壊した敵をその目で確かめて、結末を見届けなければならない理由。頭の中で色々な景色が渦巻いていく。 


「理由は分からない。こういう理由って、後からついてくるものだから。ステラだって、理由もないのに1人で敵に向かっていったじゃない」

「うん……確かに、そうだね」


 明確に理由と呼べるものは無い。

 ステラも驚きはしなかった。彼女にも明確な理由のない行動の経験があるからだ。


「でもね、一つだけはっきりしてる」


 後ろを向き、ステラの目を真っ直ぐに見据えた。


「私は──私は、もうこれ以上失いたくない」


 理由、ではなく衝動。これが、今に至ってもエルミナを突き動かす衝動だ。


 5年前の終戦の日、世界は絶望と憎悪に包まれていた。日常を失い、住処を失い、友、恋人、家族を失い……肉体的にも精神的にも生きる宛を失くした者達が、次々と自らの道を絶った。

 生きることを選んだ者達もいた。荒廃した都市で生活するには大戦時以上の苦しみが付き纏い、何度も復興を諦めかけた。都市を直す以前に、自身の生活すらままならない状態なのだ。

 そして5年。中心部は大戦前とほぼ変わらない程に修復され、人々の生活も安定してきた。エルミナも"案内人"という仕事を手に入れ、外部から来た者、つまり転移者の為に働くだけの余裕は出来ていた。


 だが、まだ終わりではない。外周部には兵器や建築物の残骸が山のように積み重なっている。まだ生活に苦しむ人々が山ほど残されている。今後も復興の為に尽力しなければならない。彼ら全員が救われるまでは終われない。


「私1人の力なんて大したことないけど、行っても行かなくても、何も変わらないかもしれないけど……。でも、この街を滅茶苦茶に壊そうとするヤツは、許せない」

「エル……」


 無意識のうちに拳を握っていた。思いがけず力の込められた言葉に、自身も驚いていた。

 やがて下を向いてしまったエルミナを、ステラの両腕が優しく包み込んだ。彼女の繊細な指が、優しく丁寧に頭を撫でる。本物の人間同然に、指先から柔らかな温もりが伝わってくるのを感じ、エルミナはそっと目を閉じた。

 ステラが耳元に囁く。


「大丈夫、エルは私が守る。絶対に守り抜くよ。だから、安心して前に進んで」


 透き通った、それでいて強い意志を感じさせる声。


「……うん、ありがとう」


 短く感謝の意を伝える。それ以上、何も言う必要は無かった。今ここに自分が生きていて、傍にステラがいる。それがとてもありがたい事のように思えて、自分の決意に自信を持つことができた。

 エルミナは闘う。今を守る為に、そして自分の過去と向き合う為に。

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