#015 静寂を裂く黒い影
17:30、腕時計の時刻を確認する。都市の中心部で最初の個体が発見されてから数時間経っていた。
まだ明るいが、ビルの間には影が出来始めている。その一角に、何やら蠢くものを見つけた。金属片が腕に刺さり、装甲が大きく剥がれている。まだ完全に停止していない壊れかけの機体だ。
認めるや否や、エルミナはそれに角型の銃口を向け、引き金を引いた。弾道が僅かに煌めき、音もなく対象へと当たった。耳に障る鋭い音で立ち上がろうとするも、途端に力が抜けたように座り込み、やがて上半身も路面に伏した。
「これで21体目。あとは……」
帽子を被り直し、地図を開いて現在位置を確認する。
プレスティアは放射環状型であり、北を上とする地図で見ると、区境となる一際大きな道路が斜めに走っている。ちょうど、各区の大通りと約45度で交わる位置。一括りに東区と呼ぶが、その地域は広域に渡る。
東区最大の商店街。辺りは異常な程の静けさに包まれ、人の歩く姿はほとんど見受けられない。普段なら商人達が激しく呼び込みをし、それに誘われた人々が我先へと店内に駆け込むのだが、その喧騒が嘘のようだ。警備システムが異常を感知した時点で、市民へ速やかに非難勧告が出されたのだから、当然と言えば当然だ。
無人の中に派手に発光する電子看板がいくつもある光景は、無音と相まって街の不気味さを増していた。心霊のような何かが出てくる、という考えは流石に無かったが、得体のしれない恐怖が纏わり付く実感はあった。
エルミナは先程から1人で見回りをしているが、アンドロイドがやったと思われる、壊れかけの機体の後処理をするくらいだった。外部からの停止命令を全く受け付けなかった個体も、一撃で嘘のように止まってしまう。
余計な手間を掛けずに済むのは有難いことだが、それとは別に、エルミナはどこか不安を抱えていた。
不安の原因は多数あるが──まず、機械銃の効果が薄いという時点でおかしいのだ。
この拳銃型装置は機械のAI、つまり内部に直接干渉して機械を止めるものであり、物理的ダメージを与えるものではない。逆に言えば、例えば実弾銃のように、威力が相手の防御力に左右されることもない。幾ら装甲を厚くしたところで、威力が弱まる事など起こりえない。
対戦闘型ではない為に何らかの不具合が発生した、彼女はそうとも考えた。だが、それならば効果が薄くなるのではなく「全く効かなくなる」ほうが自然だ。
マサキ達がアンドロイドに襲われている現場に遭遇する前、それと同型の2体が行く手を塞いでいた。エルミナがそれらに向かって機械銃を放つと、2体とも少しよろめいた後、姿勢を整えてこちらへ迫ってきた。
様子からして、少なくとも影響は出ていた。不具合によるものとは考えづらい。彼女の知る限りの情報からは、他に考えられるような事象は無かった。
「エルさーん!」
下向き加減だった視線を上げると同時に、遠くからでもよく聞こえる高い声が前方から掛けられた。口調からしてステラではないと分かる。
「あれは……アスト君?」
人影が見えるが、彼の立つ地点までかなりの距離がある。店が立ち並ぶ為に看板も多く、見通しが良いとは言えない商店街だが、彼らしき姿が遠い割にはっきりと見えた。
こちらも駆け足で近づくにつれ、その理由も判明した。青白い髪色が夕陽を反射していたからだ。アストに限らず、人間型のアンドロイドは明るい色の髪をもつ者が多い。この事も、人間とアンドロイドを外見で区別する手掛かりになるだろう。
「エルちゃん、無事だったのね」
「シェリーさん。まあ、何とかなりました」
その後ろからはシェリーが表れた。今回の臨時戦闘体制でも、基本的にはペアで行動することになっていた。が、エルミナの後ろには誰もいない。
「あれ、ステラちゃんはどうしたの? 一緒にいたんじゃ……」
「それは──」
エルミナは2人に伝えた。戦闘の途中、マサキともう1人の転移者が戦闘型アンドロイドに襲われていたこと。彼らは重症を負っていて、敵機体を停止させた後にステラが2人を病院まで連れて行ったこと。
2人は驚いた顔をして聞いていた。まさか、アンドロイドに生身で立ち向かう人間がいるとは思わなかったのだろう。
「それは何というか、すごいですね」
「マサキ君、そんなに強気な性格だったなんてねぇ。相手の頭を蹴りあげるなんて、幾ら何でも無茶よ」
引き気味ではあったが、彼の行動を良い方向に捉えていることは分かる。転移者であるからには知識面で不利なのはやむを得ない。だが、重要なのはそこではない。
あの危機的状況において、無謀と理解していながらも身を呈して誰かを護るなど、到底容易にはできない。そう考えているからこそ、彼の"勇敢さ"というものを評価していた。
「そうね、落ち着いたらお見舞いにいこうかな。花束とかも用意しないとね」
「花束……」
マサキが両手に花を抱えるというのは、想像しにくい所がある。彼ならば──
「珍しい本とかの方が喜ぶかもしれませんよ。彼、結構読書好きみたいですから」
「あら、そうなの。元気そうだし、体を動かすのが好きなのかな、って思ってたんだけど」
「それはどうでしょうね……? 訊いたことないから何とも言えないですけど」
「それから、戦闘中のことなんですけど」
危うく忘れかけた、最も重要な話題を提示した。機械銃による銃撃が効かない機体について。
今回、サポーターが同行するのは念の為であったが、彼等がいなければ撃退は困難を極めたに違いない。人間の力のみでは、機械兵器を押さえつけるなど不可能に等しい。
「それ、私たちにもあったわね。何体くらいだったかしら」
「銃による攻撃を受けつけなかった機体は5体です」
シェリーが記憶を辿ろうとする前に、アストが速やかに解答した。エルミナも5体遭遇している為、全体の4分の1程は所謂"強化型"だったと考えられる。
「その5体は、どうしたんですか?」
「僕がやっつけました!」
アストがここぞとばかりに言い立て、腰に手を当てた。大人しい彼にしては珍しいポーズだ。それに反して隣のシェリーの表情は険しい。
「全く、私のアスくんに暴力を震わせるなんて。酷いわ!」
「いや、暴力じゃないですよ。ちゃんとその、背負って投げましたから」
「それでも同じじゃない。本当はアスくんに、力づくの争いなんてさせたくないのに……」
過保護、というのだろうか。心配する気持ちは理解できるが、その心配のしようは重度の溺愛にしか見えなかった。彼の行動が制限されているのではないか、という錯覚さえ生み出す程に。
エルミナはどちらかと言えば、アストがその小さな躯で全長2m超の機体を投げたことの方が気になっていた。どれだけ協力な力を生み出せたとしても、体型の差からして、そもそも背負うなど不可能に思えるのだ。
頭を悩ませる内に、彼女の溺愛振りは度を越したようだ。シェリーに頭を優しく撫でられ、アストはAIでありながら、まるで判断力を失ったような顔をしていた。
「無事で良かったわ~。アスちゃんが怪我したらと思うと……」
「ちょっと、止めてくださいよ。それに、僕アンドロイドですから、怪我とかしません!」
「本当に心配したんだから。1人で走って行った時なんて、途中で転んだらどうしようって心配になって」「心配なのはそこですか!?」
「2人とも、一応警戒中……」
言い掛けて口ごもった。声を掛けたところで、今のこの状況では聞く耳を持たないだろう。
アストにとっては、エルミナを除き誰も見ていないのが唯一の救いだ。粗方片付いたとはいえ、一応現在も警戒体制は続いているので、このペアは少し油断し過ぎではないかとも思える。だが、アンドロイドの検索機能と電波通信を応用すれば、少なくともエリア内の敵機体を見逃すことは無いはずだ。
「にしても……戦闘型アンドロイドがこんなに沢山いるなんて、聞いたことも無いですよ」
「やっぱり、どこかに隠し場所があるんじゃないの? 見つからないだけで」
シェリーが会議の時と同じ意見を主張する。隠し場所となり得る場所があれば、例の北区の研究所以外には中層部、または外周部だ。発見されていないが、建物の残骸に紛れて存在している──考えづらいが、可能性はゼロではない。
「それだけじゃありません」
エルミナはさらに疑問を提示する。
「今回の襲撃、同時に多数の敵が出現しました。それも、全く警備に感知されずに」
ここ5日間、監視カメラに加えて都市部全域を警察や案内所の人員が目を光らせていた。つまり、それ程大規模な襲撃があれば気づかない訳がないのだ。
「それとね、目撃者がいたんだけど──」
シェリーは目を細め、一層真剣な顔で告げた。
「あの戦闘型、空から降りてきたっていうのよ」
エルミナは自分の耳を疑った。
「空って、上から急に降ってきたんですか? そんな……」
「信じられない、よね。でも、そう言った人がいるのは事実よ」
宙に浮く、飛行するなどの機能は、大戦時に作られた機会兵器には搭載されていない。人間の平均を遥かに上回る脚力を持ってしても、せいぜい5メートル程の跳躍が限界だ。
都市部の建物に登らない限りは、上から降りるという動作は不可能であり、警備システムの網を逃れられはしない。
不完全ではあるが機械銃に対抗しうる機体の"強化"と、監視の目をかいくぐって大量のアンドロイドが1度に現れた謎、更に空から出現したという目撃証言。どの情報にも問題点が多すぎる。
「とにかく、1回案内所へ帰りましょ。情報を整理しないと対策も練れないわ」
シェリーが結んだ髪を払いながら言うと、エルミナもそれに賛同するように頷いた。
「ええ。分かりました、行きましょう」
3人は共に歩みを進める姿を、傾く陽が後ろから照らす。影は店に当たって直角に折れ曲がり、ほぼ等速で夕方の街中を進んでゆく。
そこへ、3人の物よりも一回り大きな影が1つ迫った。いち早く気づいたエルミナが振り返った時には、影の主は既にある物を構えていた。
「動くな」
その人物は短く低く告げると、唯一顔を向けていたエルミナの顔の前へナイフを突きつけた。陽光を反射して橙に輝く刀身を目にし、彼女は反射的に顔を引く。
何も言えない。言うどころか考えることすらできない。恐怖より先に生じた驚愕は彼女の身を固まらせ、刃物を構える人物の顔を見上げることすら許さなかった。認識したのは、その声色から男性であることと、目線の先に相手の首元があることから、背の高い人物であることだ。
「お前たち、こちらへ来て貰おうか」
勿体ぶることなく速やかに用件を告げ、硬直したエルミナの腕を掴もうと手を伸ばした。
「あなたは何者です?」
この状況にも関わらず、冷たく落ち着いた声が放たれた。もちろん、エルミナではない。眼前の男を恐れながらも横目で左を見た。予感どおり、そこには顔半分だけ振り返ったシェリーがいた。
「口答えか……随分余裕だな」
言葉が終わる前に、ナイフはしっかりとシェリーの方へ向けられていた。
「名乗るはずなどないだろう」
「"誰か"ではなく、"何者か"を聞いているのです」
エルミナにはシェリーの考えが理解できなかった。なぜわざわざ危険を犯すというのか。この手の脅迫に合ったことはほとんど無かったが、犯人に対して物を言うなど無謀でしかないとは考えがつく。
陽の光が強まり、赤みを更に帯びる。すると、シェリーが首にかけているペンダントが、ほんの一瞬だけ煌めいた。
「っ……それは」
束の間の輝きの後、男がそれに目を奪われた。横目越しでも視線の移動した気配が伝わる。
その僅かな隙を狙って、犯人の背後から強烈な蹴りが撃ち込まれた。男は姿勢を崩し倒れ込む。小さな体格ながら、高身長の男を蹴り倒す威力の蹴りを放つことが可能な人間──ではなく、アンドロイドの顔がその背中から見えた。
その時、初めて男の容姿を確認した。漆黒のフードを目深に被り、全身を覆うマント状の服装をしている。そして、隠れているはずの目からこちらへ放たれる、突き刺すような視線。
間もなく複数の足音が近づいてくる。案内所の方からだ。
「チッ……」
すぐに自身の不利を判断した彼はナイフを懐にしまい、身を翻して通りの脇に駆け込んだ。数秒後には大勢が路地になだれ込み、追っ手の姿も完全に見えなくなったころ、細い入り口から煙が巻き上がった。煙幕は辺りを包んで視界を遮り、エルミナの思考をも惑わせた。
灰色の幕の向こうにシェリーの姿を捉える。彼女は見通しの悪い中でもただ1点、男の逃げた先を睨んでいた。




