#014 喧騒の中で
「エルミナさん……」
彼女は持ち物を下ろしてマサキの方を向き、意外そうな表情で言った。
「マサキさん、どうしてこんな所に?」
「その……なんか、迷っちまって。この子を案内所に連れて行こうとしたら、そこの変な機械みたいなのが出てきたんだ」
彼の後ろ、道路に倒れる少年を見つけ、エルミナは顔を顰めた。薄茶色の毛を纏う尻尾が服の後ろから伸びている。ここまで目立つものを見落とすことはまず無い。
彼女は即座に少年の元へ駆け寄り、状態をマサキに告げる。
「この子、転移者だよね。──気を失ってるけど、怪我はないみたい」
「そりゃ何より。ってやっぱ痛ぇ」
「マサキさん、その腕もしかして……」
服の袖部分が破れ、隙間から皮膚が赤く腫れ上がっているのが外にも見えていた。背後の光景と合わせれば想像は容易だ。
「ハハハ……これは流石に無理し過ぎたかぁ」
平静を装っているのも楽ではない。それでも笑顔を保ち続ける彼の中には、形容し難い意思のようなものが確かにあった。
「とにかく、その子を病院まで連れて行かないと。マサキさんも」
「なぁに、まだまだ……とか言ってみたかったんだけど、こりゃダメだな。スマン」
何事もなかったかのように軽口を叩くが、全身の痺れる感覚が傷の重さを物語っている。肩が下がってきているのも同じ理由だ。
エルミナが何かを考えている間にマサキは動き出し、少年の身体に手を回し始めた。
「よし、何とか……ってて」
「マサキさん、無理しないで。ちゃんと呼んであるから」
「え? 呼ぶって、誰を」
彼が首を傾げた直後、通りの方から盛大な破壊音が襲った。白銀に輝く物体が勢いよく塀に衝突し、それが何だったのか分からない程に分解されていた。
「エルー、終わったよ」
軽快な小走りでこちらに向かうのは長い赤髪の少女。勿論見覚えはある。
「ステラ、悪いんだけどこの子を運んでくれる? 気絶してるから慎重にね」
「オッケー。エルも、1人であんまり無茶しないでね」
言い終える前に少年の頭と足を抱え、体重をものともせずに持ち上げた。滑らかな動作にマサキが呆気に取られていると、ピンと張った声で呼び掛けられた。
「マサキ君、歩ける?」
「ああ……多分な」
質問に対する答えもあやふやなままで、足速に道を進むステラの後ろをおどおど着いていった。後ろでもう1つの足音が去っていく。街を包む雰囲気が急激に変化したことを感じ取り、何か異常が発生していると理解した。
都市の中心部にある市営病院。高層建築物が連立する中では目立たないものの、敷地面積は一段と広い。内装は広間から廊下までほぼ白で統一されていて、白衣を着た人達が絶え間なく動いている。ここに連れてこられた者は、ほとんどがこの騒動に巻き込まれたのだろう。
治療室の前の白い椅子にもたれかかったマサキの左腕には、フレーム状の固定具が付けられていた。必死でカイを助けようとしていた為に気づかなかったが、足にも擦り傷があったらしい。穴の空いたズボンからも、体勢を崩した時に道路に擦り付けたと予想できる。
隣には傷1つ無い少女の姿があった。あの破壊音は彼女が起こしたものだと聞き、正に「人類を超えた強靭さ」だとマサキは感じていた。
「ねぇ、その腕大丈夫? 骨折してるって」
「そうみたいだな……。骨折ったのなんて、結構久しぶりかもしれない」
「久しぶりって、前にもあるの?」
「まあな。昔はしょっちゅうヤンチャしてたから、多分10回は折ってるな」
「そんなに……」
口に出した後で、彼は自分でもその多さに驚いていた。子供の頃の記憶なので曖昧ではあるが、そのくらい大怪我をしていれば、病院に通うことにも自然と慣れてしまうものだった。
ただ、この街で傷を負ったのは初めてであり、昔の記憶よりも遥かに痛みが強かった。ステラによれば、戦闘型アンドロイドの攻撃をまともに受けるなど考えられない、ということらしい。
「よくあんな強い攻撃に耐えられたね。私だって吹っ飛ばされたのに」
「それ、マジかよ。じゃあ何で俺は生きてるんだ……?」
疲弊しているせいか、思考もかなり混乱していた。答えは出ずに一際大きなため息をつく。
「──でも、マサキ君にそんな怪我させちゃったのは私にも責任があるから。ごめんなさい」
「そんな、謝られても。これは俺が無茶したせいだからさ」
「それは、そうかもしれないけど……」
頭をかく素振りをして、腕が使えないことに気づく。彼女と目を合わせるのも気まずく感じ、目の前の大きな引き扉に目をやる。
腕の痛みが少し和らぐと同時に、あの少年は無事に意識を取り戻すだろうか、という不安が生じた。
見たところ外傷は無かった。しかし、意識を失う程の圧力を掛けられたのだから、場合によってはマサキよりもダメージが大きい可能性もある。床に落ちた時の衝撃も原因に含まれているだろう。
カイを目にした時の医師は驚いた顔をしていた。彼が獣人であることではなく、意識が無いながらもあのお守りを強く握りしめていたことだ。無意識の中でも"肌身離さず"持っていた。
患者が廊下を通り過ぎる音で思考を引き戻される。速度はかなり速かったが、カイと同じような獣耳が付いているのが辛うじて見えた。被害を受けたのは転移者が多いということか。
ふと右を見ると、ステラは空間ディスプレイを眺めていた。右手で忙しなくパネルを操作している。
「何が起きてるんだ?」
「実は、街中にあれと同じ機体が出現していて暴れてるみたいなの。案内所の方でも何とか対応してるみたいだけど……」
「それじゃ、ステラさんも行った方が──」
「それはダメ!」
彼女は言葉を遮ってまでそう言った。顔ごとマサキの方を向き、大きな瞳が鋭く引き絞られる。
「だって、マサキ君のこと放っておけないもん」
「ええっ!?」
驚きのあまり壁に後頭部をぶつけ、「痛っ」と短く呻く。
「こんなに怪我しちゃってるし……それに、1人にしたらまた無理しようとするでしょ」
「……何だよ、そういうことか」
「そういうことって何?」
「いやいやいや、こっちの話。気にしないでくれ」
急いで反対を向いて目を逸らす。彼女と至近距離で顔を合わせたことに加え、非常事態にも関わらず馬鹿馬鹿しい勘違いをしたことで、マサキの顔は真っ赤に染まっていた。
ふと窓の外を見下ろすと、機械の残骸が数体ほど転がっていた。交通網はほぼ完全に止まり、街を歩いていた人はどこかへ非難したらしい。普段は人で賑わう都市の中心部、建物に囲まれた広い交差点を、僅かに数人のみが行き交うばかり。
すると新たに3体もの機体が現れ、無人の自動車の座席部分を外装ごと壊し始めた。その後ろから人影が現れ、エルミナの持っていたのと同じ物を構えた。そして、目の前の目標へ一撃。
交差点から病院の窓までの距離は長いが、機械が動かなくなったことで、その引き金を引いたのだと直感した。
たった1度の射撃によって、怪力かつ堅固な機械兵器が打ち倒される様は、マサキの常識を覆すに十分だった。アンドロイドと人間の圧倒的な力量の差を埋め、更に上回る力を与えるあの拳銃のような装置が、マサキは気になって仕方なかった。
「さっきエルミナさんが持ってた拳銃みたいなヤツは何だ?」
「あれは、アンドロイドが暴走した時にシステムを強制終了させる装置、かな。相手に向かって撃つだけでね」
「強制終了……なるほど、どうりで戦闘用のマシンがバタバタ倒れた訳だ」
マサキが一人納得していると、ステラが空間ディスプレイのウィンドウを新たに開き、マサキに見せてきた。マサキはそこに載っている画像と説明文に目をこらす……が当然読めず、機械音声の読み上げに耳を澄ました。
正式名称は"フォースド・ターミネイション(強制終了)"、名前の通りの性能を持つ装置、或いは武装だ。略称としては単に銃と呼ばれることが多いが、実弾銃と区別する為に"機械銃"とも呼ばれる。外装は白いフレームで覆われていて、持ちやすいように銃身は短い。
アンドロイドに外側から直接撃ち込むことで、対象に搭載されているコンピュータの動作を妨害し、本体の挙動を強制的に止めることが可能だ。手動で停止させたり外装を破壊しなくて済むので、力で劣る人間にも容易に扱える。人間型アンドロイドが何者かに頭脳を乗っ取られた場合に、被害を出す前に対処する為に開発された。
本来の用途ではないが、現在も機械兵器に対する対抗手段となっている。
「だったら、何でステラさんまで闘ってたんだ? あの銃みたいなのを打ち込めばいいんだろ?」
「そのはずなんだけど、銃があんまり効かない相手がいるみたいで……。何回撃っても全然効かないから、直接壊すしかなかったんだ。対兵器用じゃないからかな……?」
「へぇ……」
マサキも大体の事は理解していた。しかし、なぜ案内所の人々まで戦闘行為にかり出されるのか、という疑問がまだ残っていた。ガイドの役割は、あくまで転移者の案内に関する事柄であるはず──マサキの知る情報はそれだけだったからだ。
それを訊く前にステラから質問が返ってきた。
「マサキ君、あれが戦闘用だって知ってたの?」
「図鑑で見たよ。境界大戦前期に活躍した機械兵器って書いてあったから、『ここにも人造人間的なのがいるのか!』ってテンション上がってたけど……実際に会って見るとシャレになんねぇな」
「そういえば、買い物した時に買ってたね。でも、読めるの?」
「全然読めねぇよ。ゲームと同じく辞書使って何とか、って感じだな」
勤勉な性格とは言えないマサキだが、自分が興味を持ったことについてはどこまでも知りたがる傾向にある。先の状況においても、その知識を役立てることができれば尚良いのだが、対処能力はあまり身についてはいないようだった。
「そ、それで、これからどうするんだ?」
「あの子、カイ君だっけ。その子が意識を取り戻すまではここにいるよ」
「その後は、また……行くのか?」
「うん。エルも今頑張ってるから、なるべく早く助けに行かないとね」
彼女はあくまでも任務を果たすと言う。
マサキは今回の件で、自ら敵へ向かっていくのは相当な覚悟を必要とするものだ、と思い知った。まだ環境に慣れていないということもあるが、いざ敵を前にした時に立ち竦んでしまったのは事実だ。
同じくらいの年(と推測している)の少女が今も脅威と闘い、自分の任務を果たしている。これがこの世界の現状だ。マサキのかつての理想、妄想とは掛け離れている。
自分にできることはあるだろうか? そう考えると、マサキは答えを何一つ思いつくことができない。新たな転移者を助けることで、何でもできる気になっていたのだ。
何もできやしないと結論を下し、俯き加減に廊下の白い床の一点を見つめていると──
「ありがとうね、マサキ君」
隣から突然お礼をされた。
「えっ、き、急にどうしたんだよ。別に感謝されることなんて……」
「カイ君のこと、助けてくれたから。マサキ君がいなかったら、もっと大怪我してたかもしれない」
「助けたって言ってもさ、まだ無事かどうかは──」
言いながら再び治療室の扉を見ようとした。しかしそこに扉は無く、数人の術者と目を開いたカイの姿があった。心なしか微笑んでいる。
良かった、と心の中に落ち着きが広がっていく。
確かに無力だったかもしれない。それでも、目の前に立つ少年を確かに救うことができたのだ。"力が無い"なりに努力し、必死に最後まで守り抜いた。それは敵に立ち向かった結果成し遂げたことだ。
まだこの世界に来たばかりだというのに、万能を望むのは早すぎる。自分にできること、するべきと思ったことから始めればいい。そう思った。
ステラは彼の明るい表情を確認するなり、戦場と化した街へ戻るべく廊下を駆けていった。マサキはその後ろ姿が見えなくなるまで、感謝と信頼を込めた眼差しを向け続けた。




