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ワールド・エラー ―境界と案内人―  作者: 藍乃木是羅
第1章 境界と案内人
13/24

#013 事件は突然に

 事件から4日。昨日より風が強いが、普段通り多くの人が道を行き交っていて、立体交差の車道を多くの自動車が走り抜けている。


 マサキが東区の駅前から少し離れた脇道を通ってきたのは、特に何かを意図しての事ではなかった。案内所へ向かう途中に道を間違えたのが、偶然にも近道になっていると気づいたのはつい数分前。それからは少し駆け足気味で通路を進んでいる。

 両脇を囲むコンクリートを通り過ぎ、曲がり角を右に逸れたとき、何か物を落とす音が聞こえた。後ろを見ると、彼より体格の小さな少年が視線を地面に這わせていた。


 マサキには連れがいた。この都市ではまだまだ少数派の、獣の耳が頭に付いた種族の者だ。毛色は赤味の茶色で、見たところ犬の耳に近いもののようだ。加えて服装のあらゆる部分が破れかけている。


 仕事場を訪ねては面接を受けるという、かつて思い描いていたファンタジーな生活とは程遠い生活を4日も続けていた時、この少年を目にした。

 独り寂しく道路で膝を抱えていた彼は、外見もその仕草も転移者であることを示していた。その場所が都市の中心部ではなく、滅多に人の通らない中層部近くであったこともあり、声をかける街人は誰一人現れなかった。


 正直、マサキも疲れていた。前も見ずに周辺を徘徊するくらいには。

 仕事などそう簡単に手に入れられるはずがない。現実世界でもそうであると知っていたが、別世界ともなると事態は深刻だ。話し言葉が通じるという唯一の救いが無ければ、彼もまた獣人の少年と同じように頭を抱えていたに違いない。


 人助けに()く余裕など持ち合わせておらず、一度はその場を通り過ぎた。だがその後、言いようのないモヤモヤとした感覚に襲われ、引き返して泣き腫らした少年に手を差し伸べたのだ。


「なあ、君。大丈夫か?」

「……お腹、すいたよ」


 アウトローな一言目に違和感を感じつつ、可能な限り優しく問いかけた。


「……そうか、そりゃ腹減るよな。少し歩けるか? 近くに美味しい店知ってるぜ」


 "美味しい"という言葉に身体ごと反応し、マサキは反射的に少し後ずさった。期待する気持ちが半分、急に声を掛けられたことで疑う気持ちがもう半分だろう。


「心配しなくても大丈夫だ。金なら俺が払ってやる」


 やけ気味に放った一言で顔の緊張が和らいだが、もう一声といったところ。


「あの店はステーキが上手いんだったなぁ~」

「……食べたい、ステーキ食べたい!」


 突然立ち上がり我慢し切れないという顔で言いながら、加えて足踏みまでし出した。それを見たマサキは自然に笑いながら、頷いて答えた。


「だろ。そんじゃ早速行こうぜ。ああ、俺のことはマサキって呼んでくれよ」

「はい! 俺はカイっていいます、よろしくお願いします!」


 カイと名乗る少年は深々と頭を下げ、差し出されたマサキの手を取った。2人がお互いに顔を合わせると、どちらからでもなく笑いがこみ上げてきた。

 そうして疲れを忘れた2人は元気よく歩き出した。面接に行った店とは反対方向に進み、地下への階段を降りていった。


 恐らくこの世界での初めての食事に満足し、すっかり機嫌を良くした少年は、鼻歌交じりに自分の世界でのことを話し出した。自分の住む街には大きな城があり、代々王族が国を治めていたこと。騎士団と呼ばれる護衛の剣士が数多くいて、その内の最強と謳われた1人がある日姿をくらましたこと。

 剣士の特徴を聞いてみると、心当たりがあった。少し前まで店にいたはずだったが、2人が店に居た時には見かけなかった。


 それから案内所へと連れていく為、列車も使わず道に迷いながらも、目的地まで辿り着こうとしていた。その途中でカイが立ち止まった。


「どうしたんだ? 何か落としたみたいだけど」

「……お守りが」


 少しの沈黙の後一言だけ呟き、また視線を下ろした。必死の形相と脇目も振らない探しぶりからして、相当大切な物だったらしい。

 カイがこの場に留まる限り先には進めない。仕方なくマサキは捜し物を手伝うことにした。


「そのお守りってのはどんなヤツなんだ?」

「手伝ってくれるんですか? えっと、丸くて赤い宝石が()められていて、大きさはこのくらいで……」


 片手の指でその大きさを示す。作られた輪の面積は想像以上に狭い。


「そんな小さなものなのか……。脇道に飛んでったり、建物の隙間とかに入り込んでるかもしれねぇぞ?」

「でも、大切なものなんです。失くしちゃったら大変だから」


 特に急いではいないが、人、車両共に通行量の多い場所で小さなお守りを捜す、というのは中々に骨の折れる作業だ。


「全然見つからねぇな」


 道路の隅に数分目を凝らしただけで、マサキは早くも疲れていた。


「もう誰かが拾ってたりして」

「そ、そんな! あれはずっと持っていないといけないのに」

「肌身離さず、ってところか。この木の根元に埋まってたり……はしないか、流石に」


 カイの真剣さと比べると、若干面倒だという気持ちが入っていることは自覚している。細かく先の見えない作業が苦手という性格のせいもあり、ほんの数分であっても集中力が続かない。

 まさか、「面倒だ」などと言葉に出すことはできない。思考が霧散するのをどうにか抑え、再び目を見開いた。


「なんだ、あれ?」


 見たこともない銀色の物体が視界に入り込んだ。いや、正確には"実際に"見たことはないものだ。

 人型のそれは通りの真ん中に立ち塞がり、前後には急停止した自動車が乱雑に停まっている。歩道を歩く人も車から出てきた人も、皆揃って驚愕の表情だ。


「あれは……?」


 カイも気づき、通りの光景を確認した。その人型は機械のような硬い外殻に身を包み、頭部の目に当たる部分が赤く光を放っている。周囲を見渡す度に小さな機械の動作音らしきものが聞こえる。

 転移者の彼等もすぐに分かった。あれは人間──生物ではない。


「き、機械兵器! まだ残っていたのか?」

「あれって、戦闘用のアンドロイドだよな。どうしてこんなところに」

「兵器だろ? 逃げないとマズいんじゃないのか!?」


 周囲がざわめき出し、その場から離れていく。ある男性は車を置き去りにして逃げ、また子供を連れた親らしき女性がその子を抱えてその場を去った。加えて数人は悲鳴を上げ、助けを求めるように騒ぎ立てた。

 人々の反応から、マサキもこの機械が相当危険なものであると察しがついた。同時に、何かが記憶の糸に触れる感覚を覚えた。そう、機械兵器といえば、彼が買った図鑑にも載っていた大戦中の主戦力だ。

 とにかくこの場を去ろうと後ろを向き、同時にカイに声を掛ける。だが、反応しない。


「カイ、いいから逃げるぞ!」

「……あれだ、俺の落としたお守り」


 振り返って機械の足元を見ると、赤く小さな宝玉が太陽の反射光を放っていた。道路に投げ出されたにも関わらず、奇跡的にタイヤに潰されてはいなかった。

 急に赤色の光が強まり、目の端に残光が写った。相手に補足されてしまったようだ。人型のロボットは足元を確認することもなく、捉えたエモノに向かって一直線に歩いてくる。


 本能的に危険を感じたマサキが今度こそ立ち去ろうとした時、カイが反対方向に足を踏み出した。


「おい、早く戻れ! 危ないぞ!」


 それは忠告というよりは命令だった。彼はその言葉に耳を貸さず、混沌とした車道に飛び出した。見た目にそぐわない速さで道を横切り、鋼の足がそれを踏み潰すギリギリの所で拾い上げ、呆然とするマサキに投げ渡す。

 だが、そこまでだった。受け取られたことで油断したカイのすぐ後ろに、その陰はあった。


「なっ……!」


 悲鳴を上げる暇も与えられず、彼は顔を塞がれた。アンドロイドは大きな右手で頭の上半分を包み込み、更に無理矢理持ち上げようとしている。かなり強く握られているらしく、引き剥がそうと抵抗するも全く動かない。

 マサキの足は動かなかった。力を入れようとしても、その方法すら忘れてしまったかのように微動だにしない。


 つかの間の出来事にマサキは混乱していた。今ここで助けるべきか、助けを呼ぶべきか。

 前者はとてつもなく危険な選択肢だ。元いた世界の常識と照らし合わせても、機械により発生する力がどれほど強力なものか想像はつく。周囲の騒ぎの通り"戦闘型"のアンドロイドならば、握力ひとつとっても並大抵のものではないはずだ。

 後者の場合、これは賢い選択ではあるが、"最良"の選択であるとは限らない。助けを求める間に彼が何をされるか分からないからだ。その為に助けられなかったとなれば、悔やみようが──


 だが、そんなことは彼には関係なかった。彼は一瞬で答えを出して走った。

 車道の方に。


「クソッ、離せ!」


 機械の手を掴み、引き剥がそうと腕に力を込める。予想通り頑丈で握力も強く、指一本に全力をかけても動く気配がない。それどころか逆に押し返されているようにも感じられる。

 頭部を見上げると、黒く冷たいマスクとその合間を縫うように迸る赤い閃光が眼前まで迫っていた。恐怖を抑えられずに引き下がってしまい、抵抗が無くなったところで右手が上がり、カイの身体が宙に浮いた。

 持ち上げると同時に、その機械は空いている左腕を振るった。狙いは当然マサキだ。


「うわ!? あっぶねぇ、ってかマズい! 本格的にどうしようもないぞ……」


 力だけで抵抗するのでは到底適わないと身をもって知り、弱点を探そうとした。機械の弱点、つまりフレームに覆われていない部分──頭部のセンサー。


「ちっ、これでどうだ!」


 自信も確信も持たないまま、マサキは上斜め方向へ蹴りを繰り出した。少し間があってからつま先に硬い物が当たった。目を凝らすと、若干仰け反った敵の姿と、偶然にもその手から逃れたカイの姿が見えた。運良く成功したようだ。


 しかしそれも大打撃とはならず、すぐに体勢を立て直したアンドロイドが、またもマサキに狙いを定めて襲い掛かってきた。後ろにはカイがいて、痛みからか倒れている。逃げることも下がることもできない。

 加えて先程の攻撃で自分も足を痛めているので、あまり自由には動けないのだ。そんな事情にも構わず、容赦なく相手の右拳が振り下ろされる。


「ぐっ……!」


 交差してかざした両腕に衝撃が集まり、鈍い音がした。攻撃を受け止めきれずに足が数歩分下がるが、倒れた少年に被害はない。

 途端に両腕が痛み出した。直接相手に触れた左腕の方が痛みが酷く、キリキリと入り込むように神経を刺激し続ける。


「ち……くしょう、こんなんで俺は……」


 尚もマサキを視認し続け、2撃目を加えようと反対の腕を引く機械人形。マサキも決して目を逸らさずに睨み返す。腕の痛みに耐えるよりも、痛みを意識から追い出そうとするように、視界に映る銀色の躯のみに集中した。


「……」


 その状態が続いたのもせいぜい1、2秒の間で、容赦なく拳が突き出される。腕を動かすこともままならず、マサキは顔を伏せて来たるべき打撃を待った。


 次の瞬間、その横を何かが通り過ぎた気がした。物体とは異なる、空間を揺るがす大きな振動波。その後、金属が打ち付けられる鋭い音が響いた。

 目を開くと、前方には1ミリたりとも動かず地面に伏す銀色の躯が見えた。そして後方には、拳銃に似た装置を持つエルミナの姿があった。

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