#012 休息 **
その後3日間は何の動きも見られなかった。
街中で戦闘行為が起きることもなく、何かが盗み出されることも無かった。ダナクが確認した限りでは研究所から試料が盗まれたという報告は無く、他の地域の案内所から得た情報も同様だった。
あの機械人形を誰がどこから入手したのか、そしてなぜ人のいない中層部を破壊したのか。問題解決の先は長い。
そんな彼等も無休で働いているのではない。仕事中は常に周囲を警戒していなければならないが、一日中集中していたのでは休まる時間もない。そういう意味で、この休息も必要なものだといえる。
その日の勤めを終えた4人は、案内所の最寄り駅前の大通りを歩いていた。雲が多めだが赤い陽は表に出ていて、微風が通りの脇に植えられた木々を揺らしている。彼女等の先に建つのは以前にも足を運んだショッピングモールだが、今回は少々目的が異なっていた。
「本当にいいんですか?」
「いいのいいの。エルちゃんの為だし、たまには贅沢したいでしょ?」
「それは、まあ……」
エルミナは遠慮がちな顔色で、左隣を歩く茶髪美人を見つめていた。3歳しか差がないとは思えないほど、外見から内面までえらく大人びて見える。背が高いだとか物静かだとかではなく、纏う雰囲気が異なっていた。
「そうそう。エルはオシャレに疎いんだから、私がちゃんと指導してあげるね!」
そして、右隣から前のめりになって話すステラを見つめる。彼女もエルミナより背は高いが、髪色や服装のせいもあるのか寧ろ子供っぽく感じられる。本人に伝えると拗ねるので、胸の内に留めておくことにした。
「これでも私、一応服には気を遣っているつもりなんだけど」
「ホントかなぁ。なーんかいっつも似たようなパーカー着てるし、下は相変わらずズボンだし」
彼女はさらに姿勢を前傾させて、ジロジロとこちらを観察する。
「だって……動きやすいから」
「ほら、やっぱり!」
口篭って言うと、ステラは何か納得がいったのか声を大にした。演技をしているかのように両手を合わせている。
「どんなに動きやすい服装でも、可愛いくなかったら意味無いじゃん。ズボンでもいいけど、もっと明るい色にしたりとか、上着もカーディガンにしてみたりとか、色々あるでしょ」
先程からこれと似たようなことを何度も言うので、エルミナもすっかり聞き慣れていた。
事の発端はステラの発言だ。「もっと色々な服を着てみた方がいい」という意見にシェリーが賛成し、集団でぞろぞろと店へ向かっている訳だ。
エルミナはあまり乗り気ではないものの、雰囲気で行くことになった。特に見た目の良さに拘る気は無かったが、友人の発言を全くもって無視するのもいい気はしない。
その更に右には、もう1人連行された人物がいる。彼の背丈は屈んだステラの顔よりも低く、表情は確認しづらい。代わりに声の調子が彼の気分を物語っていた。
「うぅ……なんで僕までついて行くのかなぁ」
「それはね、アスちゃんにも可愛い服を……」
その発言が終わらない内にアストの頬が痙攣し始めた。
「なーんて、冗談よ。アスくんには男の子としての意見を言って欲しいなぁ」
「僕、AIなんですけど」
「細かいことは気にしない気にしない!」
「いやいや、僕全然オシャレとか分からないですよ? それなのに、い、意見だなんてそんな……」
自信なく俯いた彼の動作をどう解釈したのか、シェリーはからかいのこもった笑顔で彼を見つめた。
「もしかして、また恥ずかしがってるのかなぁ~。ま、仕方ないよね。エルちゃん美人だし」
「"また"ってなんですか! 僕は別に恥ずかしくなんてないです!」
アストの反論などシェリーは気にも留めずに歩みを進める。このペアにとっては恒例のやり取りが交わされる中で、何気なく発せられた言葉がエルミナの耳にも届いていた。
「……シェリーさん、今さり気なくとんでもないこと言いませんでした?」
「あら、何かおかしなこと言ったかしら? 私はただ、美人だなぁって思ったから言っただけよ」
「……」
彼女もまた、反応に困って灰色の地面に目を下ろした。聞き間違いではなかったことを確かめる結果となり、一度に羞恥が湧き上がる。
それを見逃さずに、ステラが更なる追い討ちを掛けてきた。
「そうだよねぇ、エルは美人さんだもんねぇ」
「そんなことない。って、アンタの方がよっぽど美人でしょ」
「またまた、そんな謙遜しちゃって~」
際限なく話を盛り上げる快活な少女と、優しさと面白味の入り交じる目で見守る女性に挟まれ、エルミナは顔も上げずに電子看板の下を通った。
建物に入ってすぐに1軒、そこから幾つか洋服店が続いている。マサキの買い物で来た時は次々と店を飛ばして行ったが、流石にまた同じような事はしない。
店に入ると、ステラとシェリーはすぐさま商品棚へ向かっていった。アストはシェリーに手を引かれている。エルミナはすることも無く、特に意識せずに棚の前に飾られているマネキンを見やった。
体型は当然、顔の作りや頭髪まで人間そっくりだった。機械が街を歩く時代では驚くことでもないが、こちらを射抜くような瞳は得体の知れない恐怖を感じさせる。手脚を全く動かさず表情も微動だにしないが、かえってそれが不思議な程だ。
洋服店のマネキンにはアンドロイドの古い部品が流用されることもある。これは必要性よりもコスト面での利点を重視しての手段だ。技術の進歩と考えることもできるが、実際は使い回しされている文字通りの"人形"である。
黙ってマネキンの顔を見上げていると、奥の棚から歩いてくる買い物客の会話が聞こえた。
「ねぇ聞いた? 大戦時代の兵器が出てきたって話」
「怖いわよねぇ。アンドロイドだって言うけど、街によくいるのと全然違うもの。あんな機械出てきたら怖くて逃げちゃうわよ」
「まさかとは思うけど、ここに来ちゃったりしないよね?」
「ちょっと、冗談でもそんな事言わないでよ! 怖い怖い」
ここ数日持ち切りになっている話題だ。彼女等もニュース等で耳にしたのだろう。現実味を感じさせない口調は、違う世界での話をしている風にも取れた。
(冗談……それで済めばいいけど)
情報媒体に映る戦闘型の画像はどれも大戦関係の資料から抜粋したもので、録画された映像は映されなかった。場所等の具体的な情報は伏せられている。
エルミナが不思議に思ったのは、何故不完全な情報のまま報道したのかという事である。現状何も対策らしい対策を取れないにも関わらず、市民の不安を煽るだけではないか、と。全くもって伝えないというのも具合の良くないものなのだろうか。
思考する彼女の視線は段々と下がり、帽子がずり落ちた所でそれに気づいた。杞憂かと考え、帽子を手で抑えて被り直すと同時に声が掛かった。
「エルー、こっちこっち!」
手を振るステラと、両手に何着もの服を持ったシェリーが目に入った。あれを全て着るのかと気が重くなる。後ろにいるアストの目は、大量の荷物に釘付けになっている。
「それじゃ、まずはこのトップスに、下はフリル付きのスカートね」
「えっ……いきなりハードル高いんですけど」
「大丈夫、ぜーったい似合うわ。私が保証するから、騙されたと思って着てみて」
「私も保証する!」
ステラの付け足し発言が一番不安を呼び起こした。彼女のAIの飛び抜けたセンスは、抜け過ぎていて人間には理解できない。
まだ隣に、服装のセンスに信頼の置ける女性がいるのが救いだろう。これが2人だけでの服選びとなっていれば、間違いなく逃げ出している。
それから数十分の間。エルミナは本当に"騙された"気分になった。
「ほらほら、ロングスカートも似合うでしょ?」
「う……え……っと……」
これは本当に自分なのか。
鏡に段々と目を向けると、彩度の低いゆったりとしたファッションを着こなす少女の姿が映っていた。記憶にある中では生まれて初めて身に着けたもので、驚きと同時に違和感も発生していた。服装に対してではなく、自身が着ていることに対して。
「今度はミニスカ。うん、とってもキュートよ」
「なんか落ち着かないし、脚が寒い……。ステラ、こんなの履いてたんだ」
「動きやすさなら抜群だよ。エルもどう?」
「やめとく。なんていうか、いつまで経っても慣れなそう」
シェリーが「そっか~、勿体ないなぁ」と小声で漏らしながら、次の用意に取り掛かっている。ステラも嬉嬉として服装を選んでいる。
ステラの持ってくるものはかなり奇抜なデザインのものが多く、色も濃く明るい為に目立ちすぎている。袖を通すのも躊躇われる程だったが、不思議なことに、上下の組み合わせによって調和がとれている。彼女がそこまで考えていたのか、それともシェリーの業によるものか。恐らく後者だろう、と考える内に着替え終わっていた。
何度目になるか、試着室の黄色いカーテンを開くと、目を輝かせる2人と後ろにもう1つ視線を感じた。偶にこちらを見ては逸らし、また目を向ける。それを目敏く見つけたシェリーが彼の肩に手を置く。
「ほら、アスくんも何か言って」
「えっ! いや、僕からは特に何も……」
催促されるが、咄嗟に何か言えと告げられても難しい。何かを思い浮かんではいるが、口にする勢いがつかないといった様子だ。
「アスくん酷いなぁ~。せっかく色んな服を選んだのに、何にも言ってくれないんだぁ」
「ええっと……うぅ……」
彼女はわざとらしく俯いて見せると、泣き真似で手を顔に当てる。それを本気だと思ったのか、または泣いたフリだと知ってか、アストも隣で項垂れた。何とも形容し難い謎の光景に、ステラもこれまた謎のツボにハマり腹を抱えている。
「アストくんっておもしろいね~。私も笑いのセンスを見習わないと」
「ス、ステラさん! こっちは大変なのに……それと、そんなことに学習機能を使わないで下さいよ」
「別にいいじゃん、他にも見習うことはたくさんあるんだから。アストくん面白いし、真面目だし、ちっこいし、可愛いし」
「最後の1つは覚えがありません!」
「そうよね、ステラちゃんも可愛いって思うわよね!? じゃあやっぱりアスくんにもスカートを……」
「やめてぇー!!」
(……夕飯、何にしようかな)
絶え間なく騒ぎ立てる愉快な3人を横目に、1人ワンピース姿のまま取り残されたエルミナは夕食のメニュー決めに没頭していた。
服のついでに食材を買い済ませたエルミナは、駅前でステラと別れるとほぼ一直線に帰宅した。
今日のように、帰り際にどこかへ寄るのは珍しいことだ。自宅から駅までの通り道にこれといった施設がないのも原因ではあるが、あったとしても彼女はさして興味を示さない。
夕食の準備だけ済ませ、自動で浴槽に張られた風呂へと向かう。給仕用のアンドロイドがいれば家事等を自動でやってくれるが、彼女の家にはいない。とてもそこまで金銭的余裕がないのと、自身で家事を行うのが習慣になっていることが理由だ。
浴槽に寄りかかって腕を組み、ブラインドカーテンの間から差し込む月光をぼんやり眺める。浴室内は白く染まり、彼女の肌もそれに溶け込む程に色白い。
あの月は全ての世界から見えていて、同時に全ての世界を見ている──などと非科学的なことを考えてもみたが、すぐに頭を振った。自分の働いている意味を否定してしまうように感じたからだ。
警戒体制が続いてからというものの、案内業務と見回りを隙間のないスケジュールでこなしていた。行儀は悪いが仕方なく昼食を食べ歩きすることもしばしば。流石に食べながら仕事をするのはマズいと食事を抜かしたときは、腹を鳴らしてステラに笑われた。
今日は早めに終わったので趣味の読書に費やす時間を増やす……と予定していたが、予想外のイベントが割り込んだ。といっても嫌にはならず、引っ込み思案の彼女も十分に楽しめた。いい休息だったと言える。
だが、違う意味で心に残ったこともあった。あのマネキンだ。
別にその存在は大して驚くことでもない。印象に残ったのは、その抜け殻のような細い体躯と、どこまでも向こうを見据える透明な瞳。中身が入っていないせいか生気を感じなかったのだ(機械に対して使う表現ではないが)。
彼女はまた別の所でも思考を働かせている。人間型アンドロイドの存在価値というもの、それがどう定義されるのか。
アンドロイドと人間がほぼ等しく扱われる社会において、それは難問であるかもしれない。それでも、人間に利用されるだけの"操り人形"か、自分の意思をもって動く"イキモノ"か、考えずにはいられない。
転移者との関係もまた複雑なものだ。人間の作り出した機械という無機物が社会で活躍し、生物である転移者が生活に苦しむのは、ある種の皮肉だろうか。屈辱を感じるかもしれないし、時には殺意すら起こるかもしれない。平和に見えて、この街は矛盾と混乱に満ち溢れている。
頭の中が纏まらず、湯の熱は次第に冷めていく。らしくない長風呂だと思いつつブラインドを緩めると、白い輝きが増して一室を包み込んだ。そのままこの部屋ごと吸い込まれてしまう錯覚に陥り、彼女は慌ててブラインドを閉め直した。




