#011 深まる謎と解けない謎
「──それは大変だったね。2人とも、無事だったのかい?」
「ええ、何とか。ステラも、エネルギー切れ起こしちゃいましたけど、システムは大丈夫です」
ダナクは首を傾げながらも、まずは彼女らの安否を確認した。心配する表情の中に、申し訳なさが垣間見える。
戦闘が行われた翌日、例の話題は都市中に広まることとなった。現在は案内所のガイドやサポーター、職員達で会議が行われている。
2人が遭遇した戦闘型アンドロイドは行方を眩ませた。
ステラの観察した外見や動作のパターンから、大戦が始まって数ヶ月もしない内に造られたものだと判明した。だが、東区に設置されていた兵器などの格納施設は既に壊され、保存されていた可能性はほぼゼロだという。
疑問点はそれだけではない。あの機体が戦闘を仕掛けてきた理由だ。
戦闘型アンドロイドに搭載されるAIは、基本的に独断で動くことはない。人為的に命令を下さない限り、勝手に躯を動かして戦闘することなどは有り得ないのだ。
ステラが首を傾げているのは、そのシステムを良く理解しているからだった。
「それじゃあ、誰かがこっそり動かしたのかな。でも、そんなことが出来る人なんて……」
「確かに考えにくいね。彼らのセキュリティは、そう簡単には突破できないから」
エルミナはその意見に概ね同意するが、その一方で不安も抱えていた。もし、彼らのAIをジャックしていたとしたら……。
アンドロイドが人間と共に生きる社会で、彼らの"頭脳"に不正にアクセスして操る行為は重罪に当たる。セキュリティが掛かっているとはいえ、技術者、或いは開発者ならば不可能ではない。
発言を聴いたシェリーが手を挙げる。
「あの、他の区の施設に保存されていて、それが移動してきたっていう可能性はどうでしょう」
「うーん……。それにしても、今まで目撃情報は無かったのはおかしいんだ。東区はともかく、他の区に無人の街はほとんど無い」
答えるダナクも、今ひとつ確信が掴めないようだ。
というのも、案内所や警察は24時間全域を見張っている訳では無い。どうしても転移の多い場所に人材が割かれてしまうのだ。そこに隙がある、とは彼としては信じたくないが、隙をつかれるとも考えられる。
「アスくん、この都市で戦闘型が保存されている場所ってわかる?」
アストは数秒と経たずに調べ終え、返答する。
「はい、唯一戦闘型が保存されているのは、北区の"人工骨格研究所"だそうです。研究用の資料として、大戦後に残された戦闘型の一部が提供されています」
「そこは確か、軍の施設があった場所だね。製造ラインは流石に無いだろうけど、設計図のデータくらいならあるかもしれない」
アンドロイドと共に設計図まで盗難されていた場合、戦闘型を量産できてしまう危険性がある。そうならない為に、都市が責任を持って管理している。政府の内部にスパイでもいない限り有り得ない話だ。
これまでの話を含め、エルミナ達は結論を出した。
「バレずに保存する、もしくは盗み出す。どっちにしても、この世界の人間でなければ無理なはずです」
「今は情報が少なすぎるわ。こちらから仕掛けるのも無理そうよね」
「……よし、僕の方で研究施設には確認をとってみるよ。暫くは都市部での警戒も強めよう」
ダナクの発案に全員が賛成し、そのまま会議が終了するかに思えたが──
「あの……」
それまで聴きに徹して沈黙していた少女、ノエルが口を開いた。これには隣にいたアリアも驚いている。
まだ慣れない環境のせいか、緊張しているらしい。一斉に向けられた皆の顔色を伺っている。
「今の話とは関係ないかもしれないんですけど……」
「大丈夫、何でもいいから言ってみて」
シェリーが優しく促すと、彼女は控えめながらも先を続けた。
「あの銀色の人、私を追いかけてくる前も建物を破壊していました。壁を破って、柱をメチャクチャに折って……」
「ああ、あのビルのことね」
エルミナが呟くとほぼ同時に、ステラが画像を展開する。戦闘型と争いになる前の様子だ。彼女の眼──即ちカメラが捉えた映像を映し出している。
「確かに、手当り次第破壊しているみたいね。何か施設でもあったかしら?」
「いえ、この場所には特に何も」
「そう……」
その一言の後会話は停滞し、これ以上意見は出ない様子だった。シェリーの言うように、今は圧倒的に情報が少ないのだ。
ダナクが先に述べられた結論を復唱し、会議は終了となった。
今回の件の対策として、第一に都市部での体制強化が挙げられた。警備は案内所だけでなく警察も担当している為、警察にも録画した映像と共に事件の概要が共有される。
しかし警備といっても、まさか都市の中心部で境界の出現領域を封鎖するなどできない。人通りの多いことも理由だが、何より居住区まで締め出してしまうからだ。都市部の社会活動を止めることなく、何かしらの襲撃があった時には都市部への被害を最小限に抑えなければならない。
既に転移現象発生から5年もの月日を経ているにも関わらず、一時凌ぎの対策にならざるを得ない状況であった。
会議の終了後、エルミナは新たな転移者、ノエルと会話していた。木材と異なり滑らかな質感の椅子と机に、彼女はまだ慣れない様子だ。その隣にはアリアが座っているが、彼女は既に慣れている。
「それじゃあ、エルミナさんはここで働いていらっしゃるんですか?」
「うん。案内所って言ってね、ここには色々な世界から来た人達が集まってくるの。エルフとか獣人とか、……魔族とかもたまに」
「それじゃあ、姉さんもここに?」
「その通りよ。最近も色々とお世話になっているわねぇ」
にこやかに笑いかけてくるが、最近の依頼内容は専らお買い物である。確かに転移者の利用は自由だが、転移直後の必要な案内と、それ以外の個人的な依頼では扱いが異なるのだ。都市側からの資金により前者は無料だが、後者は基本的に有料である。
エルミナも詳しくは知らないが、彼女の収入はそれなりに安定しているらしい。転移して時間が経っている人達は収入が高い傾向にあり、個人的に何かを頼みに来ることもある。
「それで、ノエルさんのことなんですけど」
笑顔を絶やさない姉と、よく似た顔ながら微妙に違う笑みを浮かべる妹を見つめ、話を続けた。
「アリアさんにお金の余裕があれば、生活のことは任せても大丈夫かな、とは思うんですが……」
ほんの僅かな確率で、今回のように転移者同士が知り合いの可能性もある。その場合、わざわざガイドが付かずとも、知り合い同士で教え合うことで解決する。当然ながら都市側からの保護は他の者と同額だ。
「私は大丈夫よ。他に何かあるのかしら?」
「いえ、こちらでも案内はできますので。それと、他に何かサポートが必要ならば、遠慮なく言って下さい」
「ありがとうね。いつでも頼らせてもらうわ」
アリアは髪を整えつつ礼を言い、その場を去るつもりで立ち上がった。
「……あの、エルミナさん」
ノエルが細い声で話し掛けた。音量は小さいが、その透き通った高い声を聞き逃すことは無いだろう。それを見た姉は椅子に座り直した。
「質問ばかりで申し訳ないですけど……」
「大丈夫、何でも聞いて」
不安を取り除く為に掛けた言葉だったが、その内容は予想を超えていた。
「転移現象は境界の歪みが原因と聞いたのですが、それならば何故、転移者達は元の世界へ帰ることができないのでしょう?」
エルミナは返答に詰まった。過去にも何度かこの質問を受けたが、答えを出すのは困難であり、完璧に返答できた試しがない。
まず、"元の世界へ"帰るということだが、この例は確認されていない。もし街中から人が突然消えれば、転移したことは分かる。だが、行き先が元の世界とは限らず、こちらの世界からは確かめようがない。
加えて「この世界に"入ってくる"人等は大勢いるのに、なぜ"出ていく"人はいないのか」という疑問も発生する。理論上は、こちらから別世界へ飛ばされる可能性も考えられる。転移者が自分の居場所へ戻るどころか、プレスティアの住人が異郷へ飛ばされることすら有り得る訳だ。
にも関わらず、大戦後5年間で確認された現象は全て"異界人の流入"である。
「……えっとね、正確には分かっていないことなんだけど」
どうにか答えをひねり出そうと頭を回転させる。
「今のところは、境界の"向き"が固定されたっていう考えが1番有力かな」
「向き、ですか?」
「そう。これは境界が正常に動く前提の話なんだけど──例えば、エルフの世界からこちらへ転移する場合と、その逆の場合だと、境界の状態が違うっていうこと」
なるべく分かり易く説明したつもりだったが、どうも理解しづらかったようだ。姉妹揃って熱心に耳を傾け、また首を傾げている。
「仕組みは良く分からないけれど、開けば自由に行き来できる訳ではないのね」
「取り敢えず、そういうことで良いかと」
結局、曖昧な説明に終わってしまった。境界の仕組みについては現世界の人達でも解釈しづらいので、転移者ならば尚更だ。
境界の歪んだ原因についても同じことが言える。大戦時に大量の異界人が流入した結果、反対向きに境界を開くことが不可能となった、という説が現在は最有力だ。それでも説明のつかない事象は数多くあり、あくまで仮定に過ぎないのだ。
「……私は、ここで暮らしていくしかないのですね」
考え込んでいたせいか、元から白いノエルの肌色がほぼ白1色に見える程になった。彼女を慰める、という目的からまたも遠ざかっていることに気づく。
エルミナは沈んでゆく彼女の目を捉えながら、その両手で彼女の震える両手を軽く包んだ。
「ノエルちゃん、何か困ったことがあったら何時でも言ってね。ここの人達は皆優しいから、聞いてくれるはずだよ」
他人に気を遣える程、今のエルミナに余裕は無い。この案内所にしても、資金が不足気味である上に転移者は増え続けるので、常に万全の体制で迎えることは難しい。
そんな状況ですら、何とかしてあげたい、護ってあげたい、と思わせる何かがあった。この慰めも、場合によっては有言不実行になりかねないが、そうならないようにせめて努力はするつもりで言ったのだ。
彼女の心遣いが功を奏したのだろうか。顔の緊張が解けて、中層部で出会った頃よりも随分と落ち着いた顔になった。
「ありがとうございます。まだ不安はありますけど、姉さんもいるし、案内所の人も助けてくれるから、大丈夫……です」
「うん。良かった、ノエルちゃんが笑ってくれて」
「え?」
自身は気づいていない様子だが、彼女の表情は自然に和らいでいた。姉によく似た丸い目は大きく開き、口角も上がっている。この解放的な顔こそが、本来の前向きな性格を示しているように思えた。
「やっぱり、笑ってる方が可愛いね」
「えっ……」
無意識に付け加えた褒め言葉は、彼女の白い肌を一瞬にして紅に染め上げた。直接本音をぶつけるのは刺激が強すぎた、とエルミナは少し反省した。隣ではアリアが肩を震わせている。
笑いが収まると、アリアは髪を指で巻きながら独り言のように呟いた。
「フフフッ、エルちゃんったら、意外に積極的な所もあるのね」
「そ、そんなことは……」
知らないうちに愛称のように呼ばれているが、それもまた、この世界に慣れてきたことを示していた。
そして和やかな雰囲気のまま、姉妹は手を取ってゆっくりと帰路に着く──
「あら、もうセールの時間過ぎちゃってるじゃない! ノエル、早く行きましょ」
「行くって、どこに……って、ちゃんと説明してよ!」
と思いきや、返答を待たずに手を引いて、アリアは案内所を飛び出した。「ありがとうね~」という流すような台詞と「待って~」と必死について行こうとする声が聞こえた。
随分と慌ただしい去り際だが、寧ろこちらの方が"平和"な日常を効果的に演出しているのかもしれない。そう考えるだけの余裕を、彼女等から与えられていた。




