#010 仕事探し *
エルミナとステラが案内所を後にし、マサキの相手は残った2人に任された。
ブロンズの髪を右下で結び、カジュアルな服装の女性、シェリー。そしてシアンに輝く切り揃えられた髪を持ち、制服のようにも見える服装の少年、アスト。外見から内面までほとんど正反対の2人が、ペアを組んで仕事しているという。
シェリーはディスプレイを見つめ、険しい顔をした。
「そうねぇ……。この時期だと、特に人手不足って所もないのよねぇ」
「やっぱ、厳しいんですかね」
「転移者を進んで取り入れている仕事場もあるにはあるのだけれど、数は少ないわね」
自身のアクセス機能で同じことを調べているアストも、成果は得られずに首を捻っている。AIは情報収集を速く、効率的に行うことができる為、コンピュータを使っているシェリーよりも多く情報を得ている。
そして、後ろに所在なさげに立つマサキ。2人に任せきりで何もできず、彼の気まずさは増していくばかりだ。
「あの、ちなみにシェリーさんって、どのくらいこの仕事をしてるんですか?」
こんな発言をしたのも、気まずさを紛らわせる為だった。彼女はそれを聞いて、さして考え込む様子も無く答えた。
「3年くらいかな~。ちょうどこの案内所が出来た頃に、この仕事を始めたわ。年齢はまだまだ下だけど、仕事歴ならここの人達と比べても先輩よ」
彼女にとってもいい気分転換になったらしく、ウインクまでしている。その仕草も様になっていて、マサキは思わず見とれてしまった。
彼女の視線が不思議そうなものに変わると、彼は慌てて視線を逸らす。
「3年間、か。じゃあ、そっちの"男の娘"は?」
「なんか引っかかるんですけど……。僕がここに来たのもその頃です。それからはサポーターとして、ずっとシェリーさんとペアを組んでます」
アストは少しムッとしかけた後、平静を取り戻して言った。彼の言うように、基本的にペアが変わることはない。
しかし、先程のやり取りを見ていたマサキは、疑問に思うことがあった。どうもこの2人の関係はそれだけじゃない、と。
「ペアっていうと、その、どんな感じなんですか?」
「どんなって言われても……」
アストは彼の言いたいことが分からず、答えに窮していた。だが──
「それはもちろん、特別なカンケイよ!」
「……えっ」
2人の反応が被る。探りを入れたはずのマサキまで、唐突な発言に惑わされている。何か、とんでもないことを尋ねてしまっただろうか。
両手を机に着いたまま、彼女は聞かれていないことまで話し始めた。
「アスちゃんと初めて会った時にね、もう私、すぐに一目惚れしちゃったのよ~」
「ひ、一目惚れ!? まさかそんな関係だったとは……」
「誤解です! ただの仕事上のペアで、別にそんな……って、シェリーさんも変なこと言わないで下さい!」
彼の抗議にも取り合わず、彼女は思い出語りを続行する。
「それからというものの、アスちゃんと会う度に心がときめいて、見た目だけじゃなくて優しいところにも気がついて、そこもまた好きになって……もう、毎日が幸せだわ!」
恍惚とした表情を浮かべてその姿は、さながら恋に目覚めた少女である。最初の方こそ芝居がかっていたが、自ら語る幸せに埋もれてしまったのか本気で両眼を潤ませている。頬に当てていた手も、ぴったり張り付いたまま。
あまりの力の入りように、普段は饒舌なマサキが何も口を挟めずにいると、アスちゃん──もといアストが彼女の腕を揺さぶって反論した。
「だーかーらー!! そんな適当な事言ったら、マサキさんが勘違いしちゃうじゃないですか!」
だが、妄想または空想の世界に浸っているシェリーは、全く彼の意見を聞き入れようとしない。それどころか、まだ話を盛ってくる。
「適当な事なんて言ってないわよ? 全部本当のことじゃないの。この前も、アスちゃんが微笑みながら私に──」
「ぜーったい嘘ですよね! それに、僕とシェリーさんじゃあ全然……その……」
彼女に対して、無駄とも思える抵抗を続けていたはずのアストは……顔を真っ赤にして俯いていた。
「全然? ……もしかして、アスちゃんったら照れちゃってるの? フフッ」
彼女は魅惑的な笑顔を浮かべながら、小動物を愛でるかのように彼の頭を撫でた。
「『僕とシェリーさんじゃ全然釣り合わない』なんて思っているのかしら。大丈夫よ、私はずっと貴方のことを……」
「わぁーー!! 分かりましたから、もうこれ以上喋らないで下さい!」
大慌てで顔を上げ、手を激しく振って遮ろうとする。"分かった"と言うと、"受け入れた"とも捉えられかねないが、彼女も流石にそこまで意地悪はしなかった。
しかし、ニヤニヤして彼を見つめ続けている様子からも、からかうのを止める気は全く無いらしい。その視線を受けている彼は、恥ずかしさからまた俯いてしまう。
このままでは埒が明かないので、マサキはこの友達のような、恋人のような2人の間に割って入る決意をした。
「……えっと、そろそろいいですかね? 仕事、見つかりますか?」
彼としては早く話題を切り替えたかった。が、そもそもこの話を持ち出したのも彼自身なので、止めるべきか戸惑っていたのだ。
「ごめんなさい、話し過ぎちゃったわね。アスくん、どこか見つかった?」
「あ、はい! ありましたよ」
呼び方が(マシな方向に)変わったことに納得して、アストは元気に返事をした。
「少し離れていますけど、東区内に3件です。1つ目は工場ですね」
「工場……もしかして、アンドロイドの!?」
マサキは期待に目を輝かせるが、
「そうじゃなくて、電気自動車の部品製造です」
「えー、つまんないの」
すぐに元の寝不足の目付きに戻った。心なしか隈が増えている。
「で、その工場で何すればいいのさ」
「部品のチェックや運搬……集中力と体力が必要な仕事みたいです。あとは書類作業もありますけど、こちらは文字が読めないと無理なので、転移者向きではないですね」
「集中力に体力、両方俺には備わってねぇな」
何故か堂々と言い放つ彼を、アストは困った様子で見ていた。元の世界では、お世辞にも彼は成績優秀とは言えず、持久走のタイムも下から数えた方が早いくらいだった。
考えれば簡単に分かることだが、この世界の文明を知らない転移者達が、アンドロイドを扱う仕事をするというのは大分無理がある。
部品は精密なものが多く、その数は頭部だけで1万を超えるという。種類も多く、ある部品群は肉眼では区別出来ないが、50種類に分類されるという。
その上構造もかなり複雑で、説明するのに1ヶ月もの時間を要するという。そこまでの時間的余裕は転移者には当然なく、その説明というのも常識を知っている前提で行われるので、どちらにしろ彼らには不可能なのである。
「それじゃ、この仕事はあまり向いてないかしらね。アスくん、次々お願い」
「えーっと、2件目と3件目は運送関係です。範囲は東区の都市部ですけど……配達する仕事は電動バイクを使うので、まずその免許を取らないとダメですね」
免許の取得期間は、人にもよるが1ヶ月が目安だ。マサキも年齢的には取得可能だが、やはり時間が掛かることには変わりない。
「1ヶ月か……。所持金的に厳しいな」
端末から所持金を確認し、項垂れる。
「配達する以外にはあるのか?」
「荷物の仕分けとか、事務的な仕事もあるにはあるんですけど、これも文字が……」
これも言わずもがな。宛先を読めないのでは、仕分けなどしようがない。口頭では通じるが、一々確認を取っていたのでは双方にとって余計な手間だ。
2人揃って頭を悩ませていると、シェリーが何か思いついたように発言した。
「読み書きが壁になってるみたいね。それじゃ、こういうのはどうかしら?」
彼女が見せてきたディスプレイのウィンドウには、ある店の情報が掲載されていた。もちろん、内容はマサキには理解できない。画面の右上にある料理の写真から、飲食店の類だとは判断できる。
アストも彼の隣で目を凝らしていたが、読み終わると疑問の眼差しで彼女を見つめた。
「ここですか? 確かに転移者の方も募集してますけど、多少読み書きは必要ですよ。メニューが読めないんじゃ……」
「そうね。それでも、何万通りもの文章で書かれた書類を読むよりは楽なんじゃないかしら? ここ郊外の店だから、都市部の店みたいにずっと混んでることもないし」
「確かに……」
アストは何となく受け入れていたが、マサキには引っ掛かるものがあった。
「でも俺、文字はさっぱりですよ? 読めないことには変わりないですし……」
「種類、よ」
「ん?」
言外に含まれた意味を読み取れず、頭を傾ける。
「事務作業をするのに必要な語彙の種類と、メニューの種類。どっちが少なく済むか、ってことよ」
「なるほど、その店のメニューの名前を全部覚えちまえば、あとは会話で何とかなるってことか……」
読み書きの壁を乗り越えようとするのではなく、話し言葉が通じるのだから、それを活かせば良い。彼女はこの手の発想の転換で、今まであらゆる問題の解決を実現してきた。
付け焼き刃ではあるが、今の彼には役立つ可能性がある。
「それに、マサキ君明るい性格みたいだから、お客さんと話をするのも得意でしょ」
「いやー、それは何というか……。その場のノリみたいなもので、得意っていうのはちょっと違うというか」
「でもマサキさん、ステラさん達と仲良さそうでしたよね。1日だけであんなに打ち解けるなんて、マサキさんすごいですよ!」
「そうかな、ハハハ……」
頭をかきながら、満更でもない顔で答える。この単純さは彼の取り柄か、それとも欠点か。
「そういうことで、早速申し込まないとね」
「え?」
「他にも同じような店が3つあったから、採用面接の申し込みよ」
「な、面接……」
マサキは言葉を失い、頭を抱えた。
これまでに面接の経験はなく、初めての面接が転移後の世界になる。単に初面接というだけでなく、常識、文化の壁まで付いて回るのだ。
練習の経験はあるのだが、その時はガチゴチに緊張して、文字通り話にならなかった。いつもの調子はどこへやら、ぎこちない口調で志望動機を語り、自己PRでは竜頭蛇尾にして支離滅裂になってしまった。部屋を出た時には既に"意気消沈"だ。
「やべぇ、どうしよう。面接とか嫌な思い出しかねぇよ……」
「大丈夫。マサキ君は明るくて元気な人だから、あとはやる気をアピールすれば完璧よ」
「そうか、なんか俺やれる気がしてきたぜ」
マサキはそれまで蒼白だったが、シェリーの励ましを聞いた瞬間に勢いを取り戻していた。隣でアストがクスクスと笑っているのにも気づかずに。
この世界で、一から生活を始める。
まだたった1日しか経っていないが、彼はその1日の内に現状を認識した。嫌でも受け入れるしかなかった。転移の仕組みについては未だに信じられないが、生きる環境が180°変化したことは実感としてあった。
このまま何もしなければ、自分は周囲の人々に、社会に、世界に置いていかれてしまう。それならば、行き当たりでも今できることを全力でする。周りにこれだけ協力してくれる人がいるのだから。
「──フフッ、いい顔ね。その様子なら大丈夫よ。私たちも協力するから、頑張りましょう」
彼の表情をずっと覗いていたのか、優しく包み込むような笑顔で話し掛けてきた。
「は、はい、頑張ります!」
緊張しながらも、大声で決意を表明するマサキ。凛々しい、というには少し辿々しさが紛れているだろうか。目線だけは逸らさずに見つめ返している。
「じゃあマサキ君、明日の昼頃に1件目ね」
「はい! ──えっ、明日?」
「そうよ。今申し込みしたんだけど、もう返事が来たのよ。早速練習しないとね」
「いや、ちょっと……。それは幾ら何でも早すぎるんじゃあないですか!?」
今度はペアで揃って、隠そうともせずに笑い声を上げた。マサキは暫くあたふたしていたが、やがて笑い声につられてニヤリと頬を緩めた。時間的余裕は相変わらず無いが、心の余裕ができていた。
──後の"苦戦"を、夢にも見ずに。




