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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

五万打(サイト)

いつの間にか世界は男ばかり

作者: 鼻息





 朝、起きたら、違う世界の住人でした。


 それは、酷く使い古されたような。または、陳腐な小説の冒頭を飾るような。たった一行である。だが、それを表すのにこれ以上ぴったりな言葉はない。

「おい、兄貴どうしたんだ」

「お前…誰?」

「は?寝ぼけてんの?」

「え、」

「可愛い可愛い兄貴の弟、葉都はとくんだろ」

 俺には、葉都子という妹はいたが、葉都なんて弟はいなかった。はず、いやきっと。多分。

 人に大分影響を受けやすい俺は、一瞬迷って、葉都の顔をみた。もしかしたら、友人に言われたことが何かしら影響しているのかもしれないと。

「え、お前スカートはいたり、化粧したりすんの?」

「はあ?どんな夢見てんだよ。つか何?その‘希望者’な行動。寝ぼけてんのか、兄貴の深層心理がどうなの」

「希望者ってなに」

「はああ?希望者は、あれじゃねえか。‘女希望者’だよ。頭打った?つか、そんなに明日の‘希望査定’嫌なわけ?」

 俺は、全く訳のわからないことを口走る見知らぬ…訳ではないちょっと見覚えのある顔立ちの少年をみて、ベッドに突っ伏した。あ、おい、いい加減にしろ!と布団を乱暴に剥がされる。お年頃の男子高校生らしく、ベッド脇に置かれた全身鏡に自分の途方にくれた顔をみた。あれ、別に俺が別人とかじゃねえ?と、色々斜めに走りそうだった思考は、下から湧いた「はーやーくー来ーなーいーとー飯ー抜ーきー」という聞き慣れた男の声に遮られた。

 父の声である。これが女だったら、一瞬考えこんで出しそうになった上の早とちりを信じ込んでしまったかもしれない。そう、もしかしたら違う世界?なんて非常識も甚だしい。妹もきっと弟だったのだ。おそらく何かしら影響を受けすぎる俺のことだ。友人が言った、「お前の妹可愛いよね」に惑わされたに違いない。そこで俺は首を傾げた。

 妹って言ってたよな?ちらりとみた曰わく弟の背は、学ランに着られた初々しい中学男子である。




 リビングの隣に、俺の部屋はある。因みに分譲マンションで、2階はない。3LDKの家族4人暮らしだ。

路示ろじ、やっと起きたか」

 言ってきた相手に固まった。細身で青白い、眼鏡の男がでんとリビングの食卓に伏せりながら此方をみてきた。見知らぬ…訳でもないのは、先ほどの葉都と同じである。

「すずちゃんどいて」

「良いじゃんかーこっちは寝てないんだよ」

「ゲームででしょうが」

「連戦で3回の、最強ボスで5回リセットしたんだよ」

「はい、どいて」

 頭を優しくだが有無を言わさずどかされている主婦というには難しい女…いや今は男。母である。いつもながら、なぜ父はこの人と結婚しただけでは飽き足らず未だに愛は冷めぬのか。不思議で仕方ない。いつもの光景。そう内容だけみれば。



 どうしよう。呆然としている俺に、いつの間にか家族の視線が集中していた。

「路示?どうした、早く席につけ。遅刻するぞ」

「おいおい、葉都。アイツなんかあったの?」

「あーなんか兄貴、査定鬱っぽい」

「まさかまさかで悩んでんのか!‘女’か‘男’かで」

 面白がるような母らしき男の声に、ぼんやりと頷いた。はっきりいってなんのことだかさっぱりわからない。何、ここ女か男か自由に変化できる、イリュージョンな世界なの?


 のろのろ席につく。綺麗に焼かれた目玉焼きと、艶々としたご飯に涙が出そうだった。




 学校に行くと、スカートが1人もいない。高校3年生、彼女は残念ながら様々な不幸にもいなかったが、春夏秋冬思春期に楽しませもとい目の保養となっていたスカートが絶滅していた。どうして。理解できない。ぐるりと辺りを見回し、指定スラックスばかりの光景から答えを見いだすことなど出来るはずもなく、教室に向かった。

 いや、実は、この時点で薄々気付いてはいた。


 もしかしたら、ここは。いや俺は。




「さて、皆さん。きちんとご両親や自身と話し合いましたか?」

 配られた資料には、男女希望査定とある。隣の席の青白い男子が俺にそっと話しかけて来た。

「山中君は、どっち?山中くんがそのまま希望なら、ぼく、か彼女に、立候補しても良い、かな?」

「……」

 俺は、深刻に希望査定の資料を見つめる振りをして黙殺した。




 世界は、どうやらとち狂って男ばかりになったらしい。図書室で借りた医療辞典にある女という種の抹消されたページに頭を抱えた。ふと、いつまでこの悪夢は続くのかと思考が逸れる。そうだ。悪夢だ。だって、俺には……

「山中?」

 振り向くと、背の高い男子が怪訝に、放課後の机に向かい頭を抱えている俺を見ていた。確かに、誰もいない教室で医療辞典を前に頭を抱える生徒がいたら訝しがるだろう。俺なら、絶対関わりたくないが。

 世界地図やプリントを抱えている様子から、これから準備室と職員室に行く途中であると予想される。俺は、何でもないと首を振り、その荷物を理由に遠回しに追い出そうとした。

 そして、視線を上げて男子生徒のネームプレートに気付いてしまった。境傘さかいかさ。絶対に、同性の他人であるはずがない。

「かさ…ちゃん?」

 俺は、恐る恐る別人である希望を乗せてそれを口にする。にかりと眩しい白い歯を見せた境傘は、おう!と返事を口にしながら教室に足を踏み入れる。なんてことだろう。女子特有の柔らかな肩のラインも、俺より少し下にあった視線も全て様変わりしていた。ああ、と絶望して俺は、机に突っ伏した。

 擦り切れた。張り詰めてギリギリまで保っていた何かが。それは、おそらく理性だとか冷静のあたりだろう。

「お前がせめて女なら」

「へ?」

 自分が口にした言葉に、俺は今更ながらに青くなる。なんてことを!だが、困ったような顔をしながら境傘は予想外の言葉を口にした。

「そりゃ、俺に‘希望者になれ’ってこと?まあ良いけど」

「いや、その別に深い意味は…っては?良いの?」

「体格が変わる訳じゃねえし、肉体改造する予定ねーから山中が永久引き取り手の責任負ってくれんなら」

 からりとした太陽のような、輝かしい笑顔だ。希望者…希望者と泳いだ目は、辞典の横に放りっぱなしだった査定の書類を追う。


 希望者とは、胎内に人工の子宮を植え、赤子を産む‘新女’になることを同意した者のこと。なお、後年、元に戻りたいと手術をする者もいるが成功率は低い為高校卒業時に念入りな確認と本人希望を査定する。

「は、早まるなよ?」

「うーん、まあ。どっちにしても、俺、生まなきゃいけない位置に居るんだよね。古い家で、長男は家継いだけど不能だし、次男は他家に嫁いでさ。一応直系らしいから血を繋げってよ」

 ヘヴィーな家である。だが、割と知ってたことだった。




 世界は、唐突に別の世界だった。俺が知っている世界に溢れていたものが半分なくなっている。いつの間にか男ばかりのそこで、俺はどうやら片思いしていた相手を手に入れたらしい。

 彼が女であったことは、些細なことなのかもしれない。




 

20120603

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