慣性の法則
政男はこの春一人暮らしを始めた。
彼は高校卒業後、就職をすることもなく、34歳になるまでずっと実家で両親に面倒をみてもらっていた。いわゆる世間一般で言う『引きこもり』というやつである。
母親は意を決して、政男を近くのアパートに引っ越させ、そこで自活の生活を送らせようとしたのである。
それでも親として、当然多少の不安はあるものだ。
その解決策として、母親は次男の惣二郎に政男の様子を観察するようにと、彼が住むアパートの隣の部屋に住まわすことにした。
惣二郎は兄に似合わず大変働き者で、毎日決められた職務をこなしては、定刻通りにアパートへと戻ってくる。
つまりは、その性格を見越して、長男政男の動向を見張らせようとしたのである。
ところが、一週間経っても、一ヶ月経っても政男はそのアパートから出てこようとはしない。見かねた母親がアパートを尋ねると、初めに持ち込んだ食料品を食べ尽くしては、後はただゴロンと横になって昼寝をしているだけである。
いっぽうの惣二郎の方はというと、これまた毎日決められた職務をこなしては、定刻通りにと戻って来ると言う生活を繰り返している。たまには気晴らしに居酒屋で飲んでくるとか、パチンコをして来るなどと、そこにはまったく入る余地など無いといったようにである。
(何で同じ兄弟なのに、こうも全てが違うのであろうか?・・・)
母親は目の前で寝転がっている政男に、そっと毛布を掛けてあげるしか術がなかった・・・
【慣性の法則】
「ニュートンの運動の法則」のひとつで、運動の第1法則とも言う。
物体は他から力がはたらかない限り、静止している物体はいつまでも静止し続け、運動している物体は、そのままの速さで等速直線運動を続けるというもの。