蟻地獄
vectorccと申します。
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では、どうぞ!
その日は例年通り雨が降っていた。そして僕の目の前では、更に激しい雨が降っていた。
その人は泣いていた。
まるで、この世の終焉を表すかのように。しかし、美しかった。何故泣いているのかは、わからなかった。僕は反射的に声をかけた。
「人生そういうこともありますよ。」
彼女はこちらを見た。そのうるうるした大きな瞳で。その目は泳いでいた。口を震わせ、肩で泣いていた。それでも美しかった。長すぎるくらいの黒髪は手入れが施されていて、艶が際立っていた。しばらくの沈黙の後、彼女は言った。
「私もそう思います。」
なんとも単調な返しだった。その後、彼女は去っていった。
これが彼女との最初の出会いだった。
時計の針は、真上を向いて重なっていた。今日は土曜日だ。仕事は休み。僕は、あの印象的な出来事を、忘れられずにいた。状況が状況だけに、連絡先はもちろん、名前も聞けなかった。
「綺麗な人だったなー」
僕は、そうぼやいていた。ただそんなこと言ってても、なにも起こらないので、近所を散歩していた。
そのとき、偶然にも僕の目の前にあの人は現れた。髪はバッサリ切っていた。大きな瞳は変わらない。
「美しい。」
僕は、再びそう思った。今度は、前よりも「彼女自身」にそう感じた。しかし、彼女は、一人ではなかった。男がいた。見るからにカップルだった。意外なような、意外ではないような感じだった。確かに、見た目で判断すると当然かもしれない。しかし、あの出来事から照らしあわせて、なにか違和感を感じた。それは、自分の気持ちを正当化するためという部分もあったかもしれない。でも、引っかかる何かを、僕は消化することが出来なかった。
彼女は、僕に気づいた。どうやら覚えていてくれたようだ。彼女は、男と別れ際だったらしく、別れてから僕に話しかけてきた。
「この間はどうも。」
うつむき加減に顔を逸らしながら言った。僕には、聞きたいことが山ほどあった。何故泣いていたのか?名前はなんていうのか?ハワイに行ったことはあるのか?その中から、ひねり出して返した。
「あの人は彼氏ですか?」
まずいことを聞いてしまった。かろうじて初対面ではないものの、突拍子もないことを聞いてしまった。
「そうです。3年も付き合ってるんですよ。」
彼女は自慢気に言った。口角があがっていた。目は座っていた。続けて言った。
「デリカシーのない人ですね。」
彼女は笑っていた。その後、他愛もない話を少しした。僕は、一瞬にして現れる彼女の光と闇に虜にされていた。少し経って連絡先を交換した後、彼女は去っていった。
彼女の名前は「ハル」。僕は気づいたら、ハルちゃんのことばかり考えているようになっていた。彼女には男がいる。そんなことわかっていた。でも僕は、彼女が幸せではないことも知っていた。時々、かいま見える暗闇。決まって彼女は、そんな表情を見せたあと、それを覆い隠すように笑っていた。それが僕には、深海からSOSに送ってるようにしか見えなかった。
おひさまが、一年で最も高いところにいる季節。僕の携帯電話は、熱中症にかかったように痙攣していた。ハルちゃんからだ。その頃には、すっかり仲良くなっていた。聞けば彼女は、僕と同い年らしい。
「元気してるー?」
「まあまあかな。どうしたの?」
「プール行こうよ。一緒に行く人いなくてさー。」
僕は、小さくガッツポーズした。ハルちゃんから誘ってきてくれるなんて!そして、明日の12時半に現地集合することにした。
実は、メールではやりとりしてたものの、実際会ったのはあの2回しかなかった。僕は興奮で、全然眠れなかった。
夜はさまざまなことを考えていた。
「やっぱり僕の考えは当たってたんだ。だったら明日告白しちゃおうかなー。」
そんなことも考えたりしてた。
翌日、時計の針が真上を向いて重なり、真上を向くと、太陽がこれでもかというくらいにアピールしてくる頃、ぼくは早くもプールの入場ゲートの前に立っていた。しばらくすると、彼女はやってきた。白いワンピースに麦わら帽子。髪は肩にかかるくらいまで伸びていて、金のネックレスをつけていた。いかにも可愛らしい女の子だった。僕は、緊張しながら話しかけた。
「やあ。久しぶり。」
「久しぶりだね。どう、似合ってる?」
「うん。すごく似合ってる。本当に。」
「よかった〜。けっこう思い切ったんだよ。じゃ、はやくいこ!」
そうして彼女は、僕の手を握りながらゲートを抜けていった。出来過ぎていた。本当に。
それからは、本当に楽しかった。一緒に泳いだり、バレーボールしたり、たくさんお喋りしたりした。
彼女は甘え上手だった。彼女が、
「これ買ってー。」
と言うと、どんなにやめとこうと思っても、買ってしまう。彼女は、それだけ可愛かった。あの瞳で見つめられるとなんでもしてあげたくなった。
日が沈みかけてきた時、僕達はプールのゲートを通過した。それからしばらくした喋った後、キスをした。また近いうちに会おうと約束した。僕達はもう付き合ってるほど親密度だった。事実、僕は付き合ってる気でいた。
僕は帰ってから、2人で撮った写真を見返していた。彼女は、どの写真でも笑っていた。しかしそれは、まるでお手本があるかのような笑い方だった。
「僕疲れてるんだな。」
そう思い、すぐに寝た。
その後、僕は彼女と何度かデートを重ねた。そして、彼女の魅力にどんどん引きこまれていった。
芸術、スポーツ、食欲、そして金欲(?)の秋、この頃ハルちゃんは
「父親が詐欺師に騙されちゃってさー。うち一文無しになっちゃったんだよ。だから、お金貸して」
ということを頻繁に言ってくるようになった。
最初のうちは、喜んで貸していた。彼女が甘え上手ということもあるし、何より、彼女の力になれることに少し喜びを感じていた。
しかし、僕だってそんなに、金銭的余裕があるわけではない。次第に抵抗を感じるようになっていた。
ある日、彼女はまた、「お金を貸してほしい」、と言ってきた。僕は、
「たまには、人に頼るばっかりじゃなくて自分で稼ぎなよ。」
と、突き放した。すると彼女は、
「ひどい!そんな言い方はないじゃない!もう会わない!」
と言い出した。僕は、おかしいと感じるべきだった。たった一度、そう「たった一度」お金を貸すのを断っただけで「会わない」という言葉が出るなんて。しかし現実の僕は違った。僕はこう返した、
「ごめん。貸すからさ。そんなこと言わんといてよ。」
僕はこの頃から、彼女が僕の周りからいなくなるという事実を避けるために、身を削ってお金を貸すようになっていた。彼女が詐欺師だと知ったのは、全てわかってからのことだった。
しばらく日が経った後、ついに僕は決心した。このままでは身がもたない。だからハルちゃんと別れるんだと。僕は彼女に電話をかけた。すぐにつながった。
「もしもし、僕だけど、、」
「....あー、君ね。...元気にしてるー?.....」
彼女は泣いていた。僕は、あの日のことが頭によぎった。そう、彼女との出会いの日だ。そんなことは無視して話を続けた。
「うん、元気だよ。一応。」
「突然だけどさ。別れよう。」
言い切ることができた。しかし、彼女の反応は、僕の決心を嘲笑うかのようなものだった。
「え、付き合ってないよね。」
僕は返した、
「でも、いっぱい喋って、デートもして、キスもして。何よりあんなにお金貸したじゃん!」
それを聞いて、彼女は言った、
「それだけじゃない。」
はめられた。はっきりと僕はそう感じた。ショックで声が出なかった。何より彼女の素顔が最もショックだった。なぜ僕は、彼女をここまで信じてしまったのだろうか?確かに彼女は、可愛いし、綺麗だし、甘え上手だし、でも最も大きな原因はそれらじゃなかった。それは、出会い頭に、彼女の最も弱い部分を見てしまったからだ。「守りたい」、僕には、そんな心理が働いていたんだ。
僕は声を振り絞って聞いた。
「答えてください。あなたはなんで、泣いていたんですか?」
彼女は平然と答えた。
「この際だから言うと、同情を得るためかな。泣いてると、お人好しが話しかけてくるんだよ。」
追い打ちを食らった。
「さようなら。」
僕はそう言って、電話を切った。
紅葉は見るにたえない姿に変わり、子どもたちがこたつにこもってゲームでもしてる頃、僕は散歩をしていた。精神的ショックの大きさに、生きがいをなくしていた。ぶらりと公園に入ると、自分と同じ匂いのする者がいた。僕はその男を、以前見たことがあった。あの詐欺師を2回目に見た時に、いた「彼」だった。
「なにしてるんですか?」
僕は話しかけた。
「吸いつくされちゃったよ。」
彼は応えた。
所詮、僕も彼も「蟻地獄」に呑み込まれた蟻の中の一匹ということだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




