第三楽章 血戦
ガーオがウイルデントに加勢したという報がもたらされたのは、あれから一週間後の五月二十三日。国連軍ことジーンズがトルコ軍とともにルウスへの早期講和を呼び掛けた直後であった。
山田はフォレナイン首都アダーファに置かれたジーンズ軍司令部で特殊魔法被害者担当官として日々を過ごしていた。
彼女の魔術顧問という役職は特殊で、軍事面の助言よりも民間向けの助言や協力のほうが多かった。
第三次世界大戦以後の統計の中で、魔術による被害例は魔術による殺人が四十%(内、軍事的攻撃によるものは三十六%)、軽犯罪が二十%、その他が二十%、そして性犯罪におけるものが二十%である。魔術の普及により護身系魔術を身に着けた女性でさえ安易に犯されるようになり、戦前は大問題であると議論や対策が行われていた。それを破るように第三次世界大戦が起き、戦場での魔術兵士が民間人の徴兵に置き換わるにつれ精神的錯乱と欲求不満から、魔術や魔道具を用いた民間人女性への暴行が起こった。これは女性魔術兵士に対しても、その逆もしかりであった。モラルの喪失である。
安易な例として、捕虜用の魔術封印式拘束具を使用しての行為、魔術による精神操作と記憶削除による、自我意識の喪失。媚薬が魔法で簡単に作れたのも戦前からだが、普及したのは戦中である。特に悪質だったのは、精神操作と記憶削除で、犯された記憶を消され身も知らぬ子を孕んだ例は多いが、この中には完全に削除されず逆に拡大誇張されて精神が崩壊した女性、そして
「人間不信に陥ったり、家族友人を忘れたり、しまいには自分自身を失って言葉さえ失った子もいます。しかも、その最悪の事例の子がまだ十六歳の少女なのです。」
「戦場での被害以外に、難民キャンプで、連れ去られ街で売られ、自我を保っていても自殺・・・・・。ひどいものね。」
総司令クラウディアは庶務室で報告に来た山田の言葉を聞きながら、渡された書類を読み上げていく。淡い絹色の髪を一つに束ね、蒼白の美しい顔には赤い瞳が光を反射して輝いている。
「わかった、提案の通り私の命令で規律を徹底させる。国連への呼びかけもアイル・デルンを通して行う。タブーとしてではなく公然の問題として正す。理性が理を守り続ける限り。」
「どうか、お願いします。これは私の願いでもあります。」
「この話も含めてもう少し聞きたい。紅茶は好きか、」
「はい、」
「なら、席について暫し待つように、」
彼女の淹れる紅茶は非常に丁寧なもので、葉もマイナーながら良い物を使うので彼女を訪ねる将校や役人からは評判がいい。
「いつもながらおいしいです。カップを片手に、皿を左手に、こういう時間も良い物ですね。」
「そう、そうね。」
彼女が一杯の楽しみを知ったのはイギリスに正式に招かれてから、淹れ方や楽しみ方を教えてくれたのは下町に住む老夫婦だった。
そんなことを思い出しながら、ふとカップが置かれた瞬間を見て口を開いた。
「川島芽依、あなたの妹だけど、あの子は本当に御堂高行の娘なの」
その一言に、山田からの寒々とした視線が彼女に突き刺さった。言ってはならないことかもしれない。だが、確かめねばならない。
「言いなさい。あの日、何があり。そしてあなたたち姉妹がどうしたのかを」
だが、山田は答えなかった。沈黙の中でただ、頑なに介入を拒否するのは妹を守るためなのか、それとも自己を守るためなのか、おそらく両方であろう。
あの日もそうである。十年前の東京駅で、もしもの時は私を頼りなさいと空港へ向かう前に言った。そして、つい一年ほど前の再開した日。山田は迷うことなく、母親を殺すのです私のこの手でとはっきりと言った。
彼女のうちに母親に対してどのような感情を持っていたか一切わからなかった。その口からも、表情からも、何一つ告げようとはしなかった。
「紅茶が冷めるわ、飲んで今日は宿舎に戻りなさい。」
知らずのうちに飲み干されていたカップを置いて、山田は退出していった。
「いい香りね。」
彼女は山田に余計な気を使わせるのではなく、山田自身の行動がそうさせていることを知っていた。だが長年の交友の中で互いに強い信頼を持ち合わせており、秘密を漏らすことはなかった。いつか話してくれるだろう、そう信じて血の匂いのする手を紅茶でかき消していた。そのカップに再び一杯分を満たして、
ルウス軍はトルコからの宣戦布告に応戦の構えを見せ、フォレナイン方面の兵力を割かねばならない状況となった。国民の士気は高いが、国土が小さく技術力と外交力を武器にしてきたため、あまり巨大な軍隊とは言いがたかった。さらに国連軍最精鋭とよばれたジーンズも参戦した。
五月二十五日早朝、ルウス北東部の軍港をトルコ軍の戦艦2隻、巡洋艦4隻が艦砲射撃を実施、五日前からトルコ軍のレーダー妨害長周期波が発信され、ルウス軍は目を失った状態の中奇襲を受けることとなった。それと同時にフォレナインは攻撃準備をしていたリープシェルのルウス軍ダビデ機甲軍団を奇襲し、これに合わせて前線各地で攻勢を開始しフォレナイン軍総司令アルタ・マルス元帥の計画した包囲作戦へと動いた。
このトルコ・フォレナインの共同作戦をハルバード作戦と呼ぶ。
フォレナイン魔導機甲軍団は、ルウス軍の魔導防壁陣地を突破し、約十キロを四日間追撃戦で奪取し、ルウス軍の捕虜を8000人収容し、国境八キロの地点で攻勢を停止し、再び講和を呼び掛けた。フォレナイン軍の士気は高く、ルウス軍は半ば敗走の徒となった。
ルウス軍はことを焦り急遽被害の低かった第二機甲師団と第三機甲師団に攻撃を指示したが、上空から移動中の戦車隊を奇襲。全滅の報を各師団の司令部が聞いたのはそれから二時間後のことであった。そして、彼らはジーンズ軍魔援隊第十七突撃中隊の存在とその攻撃力をその身をもって知ったのである。
「天より雷を受け厚い装甲板で覆われた戦車の首が次々と吹き飛んでいく、そして高々と燃え盛る炎がハッチから飛び出す。まるでサーカスの曲芸ショーのようだが、ピエロは炎から逃げきれず全身を火に覆っている。」と、戦車隊全滅に遭遇した作家が書き残している。
ルウスが劣勢の中、六月十日午後一時十七分。
「全艦突撃せよ、忌まわしき虫の羽音をかき消してやれ。」
ルウス航空艦隊第二任務前進部隊、第一および第二機動部隊がトルコ国境を突破、前線基地を蹂躙しつつ、妨害装置を発信し続ける前線空軍基地ヒィエップに向けて機動部隊が侵攻、トルコ軍の前線軍港の攻撃に第二任務前進部隊が向かった。
トルコ軍総司令ケマルがこの報を受け取ったのは前線攻撃開始三十分後であった。トルコは自前の航空艦隊を持ちあわせていないのである。
「何、ヒィエップに。よしジーンズ空援隊に救援を要請しろ、基地は全力で持ち場を守れ」
機動部隊はトルコ軍の執拗な対地空防御ラインに攻撃を阻止され、機動部隊司令長官リップアラド中将は全攻撃機に隊防壁ミサイルの搭載を指示。
午後二時四十七分、再び攻撃を開始したルウス機動部隊航空部隊は軍港を強襲していた第二任務前進部隊が全滅したとの報を受けた。攻撃したのはジーンズ軍空雷戦隊こと、第四駆逐艦隊であった。
ジャミングの影響下で、軍港上空を周回しながら攻撃という古典的で単純な戦闘を行っていたため、高速で接近していた第四駆逐艦隊に気づかず、対艦ミサイル「蜻蛉玉」を集中的に浴び、艦隊は三十分もしないうちに壊滅した。
リップはその長い髭を触りながら、参謀の言葉に耳を傾けた。
「ここは攻撃機を対戦闘ミサイルに積み込みなおし敵駆逐艦隊を討つべきと存じます。」
「よかろう、各飛行隊は順次着艦し、上空に移動する。」
攻撃機が次々と着艦し、積み込み作業を行っていく、この間三十二分、熟練された技能を持つ整備兵たちは迅速に積み替え作業を行う。全72機を整備し終えるのは午後三時四七分、池田慶介中将率いるジーンズ機動部隊に発見の報が入った十分前である。
ジーンズ機動部隊旗艦「大鳳」の重々しいハッチが開き、カタパルトから同時に二機の攻撃機「ユニコーン」が発進する。その十二メートルにもなる巨大な攻撃機はユニコーンのごとくその首周りを長くさせている。巡航速度マッハ1で雲上に居座るルウス艦隊に雲の下から攻撃を開始する。
発進準備完了一分後のことである。
ジーンズ第一波攻撃隊全二十七機が、艦隊旗艦ソロモンに四発の命中弾をあびせ雲を切り裂き艦隊の前に姿を現した。ソロモンは機関部がエネルギー融合を起こしその船体を真二つにして爆発した。その他空母リルは甲板損傷、駆逐艦二隻撃沈、その間わずか十七分、旗艦を引き継いだ空母サウルが直ちに攻撃機を発進、救援を要請し艦隊を反転させて撤退を開始する。だが、西から侵入してきた第四駆逐艦隊が救援部隊の侵入を阻止してしまう。第二波攻撃隊が逃走中の三隻を攻撃、サウルは大破して落下、リルは攻撃機能を喪失、ザドクは回避行動をとり後部甲板使用不可のみであった。
この三隻の空母から発った攻撃機はジーンズ機動部隊を発見、迎撃機に四割を落とされながら、航空戦艦扶桑を撃沈、空母大鳳に甲板使用不可の損害を与えた。
だが、空母サウルは午後四時二十一分、山に衝突し大爆発、森は焼け落ちた。
午後四時五十分空母リルは総員対艦命令により放棄される。十五分後に味方駆逐艦のミサイルで撃沈する。唯一、第二機動部隊所属の空母ザドクが痛々しい傷を装甲板につけながら帰還したものの、この空戦により総勢一万八百四人人空母三隻、巡洋艦二隻、駆逐艦十二隻、攻撃機百二十七機を失い、大敗北を喫した。
後にリープシェル空戦と呼ばれるこの戦いはルウスの勝利を完全になきものにした。
作戦失敗の報を聞いたルウス軍総司令マルス・リア元帥は大統領ケチェに攻勢を控え防戦に入るのがよろしいと進言、ケチェは激怒し彼にこう言い放った。
「ルウスは神の御正義のために戦っているのだ。フォレナインやトルコのような邪教徒の国に負けるわけがない。元帥、これは一時的なものだ。すぐに、フォレナインを落とせトルコなど無視してもかまわん。さぁ行くのだ。」
この後、大統領官邸を出たマルスは秘書にこう漏らしている。
「もしかしたら、もう一度ルウスはなくなるかもしれん。」
かつて古代に巨大な国家を築き、一時はフォレナインでさえ手中においたルウス帝国は侵略で滅び去り、ダピトの民は世界を流浪し約四千年、散り散りで生きてきた。時には弾圧され何十万というダピト人が死んだ。だが、こうして国家は再建し、かつての領地を取り戻すべく戦っている。だが、フォレナインももともとは独立した国である。
マルスは民族というくくりの恐怖を今、一番感じていた。