第二楽章 方角
ジーンズの組織は三つの部隊に分けられている。陸戦専門の陸援隊、海上戦専門の海援隊、航空戦専門の空援隊、魔術戦専門の魔援隊である。
魔援隊本部は東京都上野にある古い洋館がそれである。この施設は元々、魔術協会が日本支部として使っていたもので現在は魔術学会として独立し名古屋に本部を置いている。魔援隊は魔術の戦闘および研究・分析を専門とした部隊で、その規模は一個師団にもなる。その2階にある司令部会議室には魔術指揮官が一同に会し、フォレナイン支援に関する一通りの方針決定がなされている。
「突撃中隊は全十三隊の小隊で編成し、そのうち三隊が司令部直属で独立する。中隊は実質、十の小隊で編成され、最前線および特殊任務等に送り出される。中隊長は誰にするかな、できれば大隊規模の部隊を運用したことがある佐官がいい。」
そう言ったのは魔援隊司令長官リガルド・エンター中将である。先の大戦で顔を負傷し重度の後遺症を負い、左目が大きく見開いた顔をしている。
「川島中尉はどうでしょう。」
「その理由は」
「中尉殿は戦時中にフォレナイン義勇軍の指揮を執っていました。規模は二個中隊クラスですから、十分な能力があります。」
「たしか・・・下の階で事務をさせていたな、呼んでこようか」
「中将、私が呼んでまいります。」
「頼んだよ、タシロ大尉」
タシロが生真面目な男であるのはよく知っている話だ。彼は魔術の腕は平凡だが、人を見る目は大きく、人事部の筆頭でもある。そして、隣に座る眼鏡をしたショートカットの女性が魔術顧問官という名目で監視下に置かれる、山田鞠である。本名は御堂鞠、
かつて日本の首相に祭り上げられ洗脳下で何万と言う人間を殺した稀代の名魔術師である。
「ところで御堂君、君のこれからをどうするか考えたい。」
「大学生じゃないンですから・・・・」
「考えなくてはならないことは、君が一番承知しているはずだ。」
「言わないでください・・・・いくつか考えて入るのです。」
「なら、あなたの考えているとおりに身を処してください。我々は支えることは出来ても理解することは出来ないのですから、」
「それは重々承知しています。でも、」
「これは解いた私自身の問題でもあります。」
ノックの音と共に芽衣がすばやい足取りで入室した。
この日から、後に魔援隊最強と呼ばれた第七突撃中隊の初代司令官に就任したのが金属器使いとして名を知られていた川島芽衣であった。苗字は違うが母親は同じであり、姉である鞠とは七ヶ月違いである。鞠救出戦で奮戦した彼女だが、三年という月日は彼女を変えるには十分であった。
「申告いたします。川島芽衣特務中尉であります。」
「君に新設される第七突撃中隊隊長になってもらいたい。異存はあるかな。」
「中将閣下、私は閣下の命令とあらば、進んで命を捧げる身の上です。私自身、閣下に命を差し出した人間でありますから、」
「受けてくれるなら、それだけでいい。」
中将は平静を保ちつつ、彼女の身のうちにある反骨精神が時々見え隠れすることに、腹立たしかった。
「自らを律しつつ、軍隊という括りに捕らわれない上下関係を築くのは、この組織の一つの形だよ。」
「それは組織の対面であり、個人の関係とは、左右されないものです。」
「そうムキにならんでいい。君が背負うことに強い責任を感じているのは周知の通りだ。中尉のその責任感が重要なのだ。辞令が降り次第、厚木基地で結成式を行う、以上だ。」
敬礼し、失礼しますと一言言うと、早々と議場を出て行った。
「御堂君、彼女は軍人ではないのだろう。」
「はい、」
「彼女は昔からああいう性格なのか。」
「いえ、明るくて元気のいい普通の女の子ですよ。」
「私が知る限りではあるが、反抗的な態度は彼女の自尊心の高さを表すのだろうが、主観性を欠いているように見えるのだよ。」
「どのようにでありますか。」
「自分の考えを受け入れないとね。」
「それは・・・・ないと思います。芽衣はああ振舞っていて人一倍思いやりの強い子です。むかしからそうです。」
「お姉さんである君がそういうなら私の言ったことは誤っていた。・・・・私も老いたな。」
彼の年は今年で五一才である。
本日はこれまで、という声と共に列席していた将官たちは立ち上がり、リガルド中将に敬礼した。去る将官の中から一人、鞠だけが引き止められた。
「御堂少尉、すぐにフォレナインに飛んでくれ、総司令クラウディア元帥が君を待っている。」
イスラエルが戦線の建て直しに出た直後、前線より東方のバルバット半島北部に位置する「ウイルラント共和国」が隣国「バルバット」宣戦布告する。
ウイルラントは元々バルバットと統一国家であり、第一次世界大戦時に協商側に就いていたことからヴェルサイユ条約の折、港を有する小国ウイルラントに北半分を分割してしまう。近年まで再統一の動きを見せていたが、ここに二十年前から独裁制をしく大統領が現れる。ウイルラント八代大統領アルマート・ケルスその人である。
彼はウイルラント一国支配を掲げ、バルバットに対し一方的な強攻策を持ち出し、領国の関係に傷をつけた。
アルマートはかねてより魔術協会と密接になろうとし評議会のマグノシュタット掃討に極秘合意、盟約のとおり五月二十一日に国境を突破し侵攻を開始する。
続いて朝鮮半島に残っていた北朝鮮の残党軍が半島内で決起、南北の差別意識の深さも加わり本格的な内戦と化した。
アイル・デルンは評議会の命令を完全に無視する形で、独自の行動を始める。彼らの旗艦は組織の本部そのもの、ジーンズ艦隊から七隻の航空戦艦を移譲、中には安田が指揮していたナガトも含まれていた。また安田の求めで人員もまとめてアイル・デルンの傘下に移った。
「元帥・・・・いえ、公爵」
安田はいつものように艦長席に座りつつ、首を横に振った。
「いつものように元帥でいい、公爵なんて古臭い名前は好きじゃないのよ」
「私は好きですよ」
「ふふ、なら譲ってあげてもいいのよ」
「ご冗談を、」
相変わらず眼鏡をかけ、そばかすの目立つ女性は安田の代わりに司令官を請け負っているアイル・デルン航空艦隊司令坂本真琴である。安田からの信任は厚く統率者としての能力は未知数である。
「閣下、平井子爵が到着しました。」
「すぐに行く、真琴進路はそのままガダルカナルへ」
「諒解」
艦長席からのレールを降り、エレベーターで中二階構造部分にある会議室に向かう。
「平井、よくきてくれたわ。」
「自分から向かったのに、」
「いいのよ、話したいことがあるからね。」
「話・・ですか。」
平井を伴いながら、ノンパネルフォン(携帯の代わりに普及したもので、コンタクトレンズタイプのモニターと左腕に刻印された魔術式が通信装置およびコンピューターそのものになっている。) で、もう一人を呼び出し、第三ブリーフィングルームに入った。
「もう一人、国連から連れてきた子がいるのよ。ただ、」
「ただ?」
「一週間仕事も与えず暇をさせているのよね。」
「その方の担当は」
「外交官、私の知る限り交渉力は一番よ。ただ、本部でも使いようがなかったから」
「ほんとうですか」
「会えばわかるわ、嫌でもわかるから」
扉が開くと、白銀の髪にツインテール、そしてゴスロリファッションを着た、とうてい外交官とは思えない風体の女性が現れる。
アナスタシア・クロノイト。ドイツ人とロシア人のハーフで安田に爆弾屋と言わしめるその人だが、その見た目からは静かで育ちのいい女性にしか見えない。
「アナスタシア・クロノイト外交調整官参上いたしました。平井唯さんでありますね。御名前はつねづね聞いております。」
「はい、どうぞよろしくお願いします。」
「どうぞよろしく」
「平井様がアイル・デルンに入ってくださることは、私の庶務しか出来ない者にとって大変嬉しいことです。お互い力を尽くすことを願うものです。」
「私もたいして変わらない類です。どのようなことでもお力になれると思います。」
「ええ、そう願います。」
「願うのですか?」
「私、脳筋は嫌いですので、」
「随分、直球ですね。」
「あなたが慎重であるなら、脳筋ではないでしょう。」
「・・・・・からかっているのですか」
「ふふふ、これは失礼しました。悪い癖です。人をからかうのが昔から好きでして、」
「だからって、言葉選びがあるでしょうに」
「ふふふふ、」
安田さん、と半ばあきれたように見た。
「いつもと変わらないわねアナスタシア、これで悪くないってわかってくれたかしら。」
待ってください何がです?と平井が問いかけた。
「平井さん、あなたは庶務・軍事両面において卓越した能力を持っています。ただ、瞬時の状況に追いつくあまり、言葉遣いの広さを狭めている。私は精神分析とはいきませんが、外交で必要な能力は持っているつもりです。今後ともお見知りおきを平井子爵様」
「ということ平井、彼女に秘密ごとは無駄よ、」
「閣下。こちらへ進路を向けている理由、ガーオに会うためでしょう。」
平井が驚きをもって安田に顔を向けた。
「ガーオと講和し、協力を仰ぐ、」
「昨日の敵は今日の味方と・・・いきますか。」
「私の見方が間違ってなければ、ね」
「なら、話は早いです。評議会の連中が黙っているとは思えないので、周辺警戒に移ります。」
「来たばかりなのにいいのですか」
「アナスタシアさん、私の仕事はあなた方が全力で職務に当たれるよう、守るのがそれですから、」
そう言うと、早々とブリーフィングルームを退出していった。
安田はアナスタシアを引きとめ、暗くなった部屋の中央に地図が表示され、所々が赤く塗られていた。
「朝鮮、バル―カ、フォレナイン、イギリス・・・・・。今思うとなんだったのでしょうね。第三次世界大戦って、私たちは早く戦争を終わらせるために軍人に、為政者に睨まれながら、正論を言い続けた。」
「戦争をしている人間は眼前しか、見えていないと誰かが言った。なら、そのとき言った自分自身の姿を見たことがあるのだろうか。人にとって利害や損得は人間の生命活動そのもの、生命としての活動を維持し続ける。占いや運を信じるのは人間が一時、一分、一秒の中で誰よりも利を得たいがための欲求の一端。人情や思いやりもそういう環境下で自他の関係性の安全性を確かめるためにある。それは社会が人間同士の共存態になってから、当たり前のように成されてきた。」
「でも人間性と戦争においての人間性はことなるもの、環境は本来持っている人間性を変えてしまう力を持っている。」
「人はその環境に触れることを恐怖しそれをアダムイブの楽園の果実にした。その身を口にしたときから堕落の定めを負うことを一番のタブーとしてね。」
「人は甘い果実に誘われる。戦争もその果実の一つ。手をつけずにいられないのですか」
「なら、なぜ戦争は終わらないのかしら、」
アナスタシアはその問いに答えることが出来なかった。
次回は四月十一日です。