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序曲 来訪者

序文

 いつの世も人は争いを繰り返す。

それは人が手に入れようとするものが等しいほど、願いが狂気へと変わる瞬間である。

広大かつ深遠なる時間の中で、人は知り、悲しみ、憎しみ、殺し、失い、伝え、そして忘れていくことを当たり前としている。

魔法は現実を消し去り、時に夢を殺す。かつて、空想と現実の狭間で子供たちが見ていた魔法は遠い、遠い理想郷の一片だったのかもしれない。

魔法は再び人々を導こうとする。その深遠なる闇の奥地への切符を用意して・・・・。

 せわしい銃のセッティングにうんざりしつつ、一人黙して魔道具の調整に入る。

魔援隊指令のリガルドの許可も得ている。芽衣と行動を共にすることに何ら問題はない。

「お姉ちゃん」

「芽衣、ここでは魔術顧問よ、あなたの指揮下の兵でもある。」

手慣れたライフルの装填をこなす鞠を目の前に、ただ天井を手にかけて立っている。

今、ここに彼女がいることを許せないでいる。

「このまま残ってくれれば、基地に戻ってくれますよ。」

「なぜ、ここに座っているかわかる。」

「贖罪と責任を果たすため、」

「違うね」

「・・・・・違うって・・・。」

ライフルを傍に置き、眼鏡をはずしたその瞳には一片の曇りもない。

「私は探しているの、失った母と父の時間を、」

「・・・思い出、」

そう、と答えた鞠の足元を強く蹴りこんだ。

「結構です。あなたのような盲信者を生かそうとした私が馬鹿でした。どうぞ、お好きに」

強く唇をかみ締めて、鞠を睨んだ。

「大丈夫、私一人で決着をつけるから、あなたには迷惑をかけさせないわ」

芽衣は顔を横に振って、うんざりしたと言いたげに顔を背けた。

「勝手にさせてもらうわ」

どうぞ、とか細い声で言うと体をハッチのほうへ振り向け歩き出した。

「対艦ライフルを」

「はい、」

部下の差し出した長さ一・二メートルにもなるライフル「一七式自働砲」を軽々と手にし、整列する部下の前に立った。

「北海道では取り逃がしたが、今度は逃がさない。魔援隊突撃中隊の初任務だ、思う存分にやれ。」

一斉の敬礼と共に、背中に取り付けた飛行装置を展開し、後部ハッチから次々と飛び出していった。落下傘部隊さながらの機敏さである。

「川島中隊長殿」

「なんだ、」

「降下した先に機甲猟兵大隊が展開しているとの報告が入りました。」

「よし、着地地点を東十キロのアバンタ草原に変更。」

「諒解。」

「あと、山田顧問殿の降下を助けてやれ」

「諒解」

「勝手にしろじゃなかったの」

完全武装の山田は少しの緊張も見せず、落ち着いていた。

「上からすれば私の生死なんか適当でいいのよ、必要なのは確実に殺したかどうか。それだけなんだから」

「生きて帰ってきてください。誰も喜びはしませんよ。」

「ありがとう、芽衣」

そう返すと駆け足でハッチへと駆け出していった。

「たった一人で何万という命を奪ってきた自分とさらに数億人を殺した私とでは背負っている物の重さが違うんだね。お父さん。」

口にしてしまったことは仕方がない。戦って生き残ってそれから考えればいい。それが誤った選択であっても・・・・・・。


山田は飛行装置を展開しハッチから空の中へと飛び出した。

空は美しい群青色をしている。台地はすべての物事を飲み込むように美しい緑を輝かせている。今見ている光景ほど美しい光景があるだろうか、感傷に浸るその目には静けさをたたえる一筋の雲が浮かんでいる。

「くるなぁ!」

その断末魔は炎の中に消える。地対空ミサイルが魔術兵士を殺したのである。

「来るのよ、人を殺すために、」

光の翼は静かに光を失い、体は自由落下を始める。そして「かぐや」と短く呼びかけた。

一筋の光が山田を包み込み、解き放たれた姿は空想じみた格好をしている。

彼女めがけ飛んでくるミサイルをその両手に持った剣で切り落とし、ミサイルが幾つもの火球となって空を赤く染め上げる。異様な空気が背中にまとわりつく、それは一瞬のうちに自分の感じた全てを消し飛ばしていく、例えれば「恐怖」だろうか。

ここまでにいたるには少しばかり時を遡らなければならない。


彼女がその身を救われて、しばらくすると周辺は一変した。

各務原決戦から一ヶ月、山田を戦争犯罪人として裁くべきか国連内で論争がおき、ジーンズの司令官職を達郎が辞する代わりに山田はジーンズの監視下に置かれることとなった。この司令官職には、魔術協会から左遷されてきた、魔術界の異端児「クラウディア・フォン・ファウスト」が司令官になり、同時に魔術評議会の指示で日本人中心の部隊も次々と改変されていった。

これはジーンズを国連直属の統制部隊とすることを目的とし、そこから独立する一部隊が、魔導統制機関アイル・デルンとなる。

一年前の四月十日の昼、国連から各務原基地に一人の男が派遣される。

専用の垂直離着陸機に乗ってきた眼鏡をかけた男を一人の女性将官が出迎えた。

「安田さん、お久しぶりです。」

「まったくね。つい三年前にスイスを発って以来ね。」

「そうですね。」

一室に通されると男は慎重な態度を崩すことなくジーンズ艦隊の指令である安田と言葉を交わした。

国連主席調整官山本達弘。戦争中の国連の発言力を守り、東欧諸国に協力を呼びかけ

東欧連合(ルイ・ツァーリー)を結成し、NRM軍を降伏に導いた敏腕外交官である。

「そんな奴が一介の指揮官になんの用かしら。」

「そうですね。魔術評議会からの提案なのです。」

「へぇ、魔術評議会の」

「国連は近いうちに魔導組織を監視する実行組織を組織するところとなりまして、

名を竜の卵、アイル・デルンといいます。独自の判断で魔術を取り締まる。魔術の最高諮問組織になる予定です。」

「それで、私とその組織に何があると、」

「組織の総統になっていただきたいのです。」

「わたしが、ね。」

何一つ驚くそぶりもなく、山本に聞き返した。

「平井のようにか」

安田はいつになく上機嫌な表情を見せながら笑った。山本の顔が青ざめていくのが面白いのだ。

「私が知らないとでも思った。」

「いえ・・・まさかとは、」

「ミルスドリア民主政権が東側よりの共産主義化をしたために、各国はミルスドリアへのODAを停止、この規制緩和を条件に評議会はアイル何とかに入ることを承認させた。平井はもともと日本に亡命してきたミルスドリア王の孫娘であり、今までその事実を隠して生きてきたがミルスドリア民主政権が西側諸国に歩み寄りを見せたところで、散々国内を荒らされた周辺国はこれを機に経済的圧力を加えてきた。いまや、海洋国家の中で最貧国となったミルスドリアを王の息子、アレンハイム・ミルスドリアは強く意識し、気にかけて支援を呼びかけたりした。娘の唯も遠い祖国のことを考えない日はなかった。

それを逆手にとって評議会はジーンズの脱退を条件に規制緩和、アイル・デルンに入れば経済支援をすると持ちかけられ、それを承認した。そうでしょ、山本」

「こればかりは・・・どうにもならなかったのです。もう私一人で解決できる権限はないのです。それほど、評議会は強力なのです。」

「それは違うわ」

安田自身、国連でさまざまな交渉や政治的駆け引きを経験してきた。山本の言い分は自分の切り口とは若干違うことに気づいていた。

「山本、お前は評議会の裏工作を調べたか、」

「いえ・・・。」

「なら弱音は吐かないことね。評議会の力が強くても内側から瓦解すれば力なく崩れ去る。まだ敗北したわけじゃない。」

「それなら、」

「なにかあるのね、」

「はい、評議会で政治力のある安田さんがジーンズの総司令になるのは、あまりよろしくない傾向であると、話し合われたそうです。」

「何よ、知っているじゃない。」

「噂ですよ。噂。」

「でも、やつらの流れに乗ってみるのも手ね。いいわ、アイル・デルンの総統になってあげる。」

「よろしいのですか。」

「なにが、よろしいのですか、よ。元々あんたが持ってきた話じゃない。それに、魔術師たちに人の領分を踏み荒らされるのは気に入らないわ。」

「それなら書類はまとまっています。」

「あいかわらず仕事が速いわね」

「でも・・・・これは、」

「わかっているわ、あちらさんが用意したのね。」

すべて算段がついていたことが気に入らなかった。しかし、安田の内心は余裕があった。

彼女は自らの手の内を見せることなく、今まで戦ってきたのだ。


時はまた動き、数週間後の五月二日。フォレナインとルウスは第二次世界大戦以来、国境を接しており、魔術による世界融和を説くフォレナインとダピト人の土地を守り、魔なるものを消したがるルウスとでは対立が続いていた。

この日、早朝四時三十七分、ひそかにルウスが兵を国境付近に集結させていた。

ルウス機甲軍団(第二機甲師団、第三機甲師団、第二歩兵師団)が国境南方、ダビデ機甲軍団(第一機甲師団、第三十七独立戦車大隊、戦車教導師団、第三歩兵師団)が北方から侵入。これより十分前に最後通牒をフォレナインは突きつけられ、急いで緊急に国境付近に三個師団を国境沿いに派遣する。だが急速に魔導兵器をそろえていたルウス軍は簡単にフォレナイン軍を撃破した。

それは七時十分、戦闘が始まって三十分後のことであった。

フォレナイン軍総司令アルタ・マルス元帥は全軍にこう、訓令した。

「非道を許すなかれ、正しき道に導きたまえらん。と二代学院長は申された。

我々はルウスに屈せず融和を説いた。この戦いも彼らにその重要性を気づかせるための人間としての戦いなのだ。非道をゆるすなかれ、正義ある限り私も一歩も引かん。各個の奮励努力に期待する!」

ルウス軍の怒涛の進撃は四日後の午後五時頃、旧都学園都市から北方十二キロの地点で停滞をこうむる。これはフォレナイン軍が先発部隊を半包囲したからである。

これと同時期に国連では評議会の裏工作によりフォレナインにこそ非があると主張、評議会は公然と同調の姿勢をとった。

魔術評議会は国連の魔術に対する最高諮問組織として、第三次世界大戦終結時の魔法の統制を目的に創設された。だが設立から二年後に問題が起きる。

組織の委員議席は、魔術協会3、フォレナイン学院3、日本魔術学会1、中華紅帝魔術研究所1、その他2という内わけであった。

だが魔術協会英国派の上層部は議席数に反感を持ち、ひそかにフォレナイン以外の委員の懐柔を行った。

十月三日の定例会議で委員定数改正案が提出され、賛成が魔術評議会、日本魔術学会、その他の6票、反対がフォレナイン学院、中華紅帝魔術研究所の四票で可決となった。内わけが魔術協会4、フォレナインが2、日本魔術学会1、紅帝研究所1、その他2である。

フォレナインはこの決定に抗議したものの、協会は研究所以外の委員を味方につけていた。「我々が力をつけること、すなわちこれからの魔術の平和のために必要なのだ。」

とは口から出た蛇で、実際には賄賂や政治権力の強化を懐に忍ばせていた。これは第三次世界大戦によって、優秀な人材が次々となくなり、残っていたのはまともに魔術の出来ない権力欲に駆られた者しか協会に残っていなかった。稀にクラウディアのような優秀な人材がいたものの爪弾きにされるのがおちであった。

フォレナインの発言力が削がれたことで、正論家の落ちぶれた議場では魔術協会の弾圧が公然と認められることとなる。もはや評議会ではなく独裁者の演説場と化したのだ。

彼らは異端魔術、いわゆる黒魔術に対する弾圧を活発化、その手はフォレナイン保護下の黒魔術にまで及んだ。

そして、一年前の五月十二日、フォレナインは再三の改善策を排されたことを不服として魔術評議会を脱退した。

この時、フォレナイン学院代表議員マグネリア・リッペンシュタットは

「協会側の言動・行動は本評議会の運営方針および理念から甚だ逸脱したものである。われわれの言葉をもってしても道理を犯す。もはや貴殿らとの運営には賛同できない。フォレナイン学院は脱退をもって抗議の意を示すものである。」

と定例会冒頭で宣言し、フォレナインの代表三名および補佐官六名は議場を途中退出し、この一時間後に記者会見を開いた。彼らが抗議文書と脱退表明をすると同時に協会の意向を無視して国連は正当なものであると認めたのである。

これは国連が双方の顔を立て、和解の道を引き出そうとする腹であった。

だが、元々国同士の抗争であることが発火点となり、協会はフォレナイン排除のために国境を接していたルウス、フォレナインの融和方針に反感を持つ為政者と手を組んでいった。国連の対策は完全に裏目に出たのである。

これに真っ先に気づいたのが国連直属の組織ジーンズであった。



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