不幸の手紙はラブレター!?
「兄さんっ、起きてくださいっ。」
安らかな睡眠を妨げるように耳元で誰かかが声を掛けて来る。
「んんっ、あと……5分だけ。」
「もうっ。悠斗兄さん、遅刻しても知りませんからねっ!」
そう言って声の主は、タタタッと軽快な足音を響かせながら階段を駆け下りて行った。
「うぅ~~~ん。今、何時だ?」
重たいまぶたを擦りながら手元にあったスマホの時間を確認する。
「まだ7時前じゃないか、相変わらず、椎名は朝起こしにくるのが早いな……。」
まだ寝起きでフラフラする頭を何とか持ち上げ起床して、ドンドンと重たげに階段を下りてリビングへ向かった。
「もうっ、やっと起きて来た!おはようっ、兄さん。」
「んんっ……おはよう。」
「もうちょっとで朝食の準備出来るから、顔洗ってきたら?」
ブレザーの制服、肩まで掛かる長めのポニーテールを赤のリボンで結んだ妹が、クマさんエプロンを着て、テキパキとテーブルに皿を運んでいた。 我ながら良く出来た妹だと思う、うん。
「あれ、母さんは?」
悠斗がリビングを見渡すと、いつもなら朝御飯の準備をしてくれているはずの母親がいなかった。
「もうっ、ほんと兄さんは人の話を聞いてないよねっ!?昨日言ってたでしょ?お母さん、今日仕事が早番だから朝早く出て行くって。看護士さんも大変だよねぇ。」
「あーっ、そんな事も言ってたなぁ。」
頭をボリボリと掻きながら曖昧な記憶を蘇らせる。と言っても、所詮はうろ覚えなので、適当に相槌を打っているのが本音なのだが。
実際の所、妹と2人の朝食の光景は珍しい物ではなかった。悠斗の父親は、外資系の仕事で海外に単身赴任中で、母親は都内の大きな病院で看護の仕事をしている為、朝が早い。そのため、何でもこなせるハイブリットシスターの椎名が朝食を作ってくれている。
「ほらっ!早く顔洗って!あと、”いつものお願い”。」
ポンポンと背中を叩かれ、洗面所へと促された。
「はいはい、りょーかい。」
「それにしても、昨日始業式があったってのに、まだまだ寒いな……。」
洗面所で顔を洗ってから口に歯ブラシをくわえて、悠斗は玄関先にある郵便受けの確認をしていた。
悠斗の実家、白沢家では、妹と2人だけで朝食を過ごす際には、悠斗と椎名で家事の役割分担が決められており、妹である椎名が朝食を作り、兄である悠斗はゴミ出しと、新聞を取ってくる事だった。
「あ~~~っ、何で椎名は、こんな文字いっぱいの紙を読んで楽しいなんて言うんだ?」
まるで小学生が大人に聞くような事を、玄関先で高校生がブツブツと文句を言いながら目的の物を回収していた。
そして新聞を取り出そうとしたとき、下から一枚の黒い封筒が落ちた。
「んんっ?何だコレ?」
封筒を拾い上げ、差出人を確認するが、何も書かれていない。
「子供のイタズラか?」
そう思い、さらに細かく調べると、そこには”白沢悠斗様へ”との文字が記されていた。
どうやら、自分宛てのものらしい。
「イタズラでは無さそうだな。だとしたら……、まさかラブレターかっ!いや、待てよ。メールやチャットが発達したこの時代に、ラブレターなんて前時代の遺産の様な物が存在するのか?しかもこんな古典的なやり方で……。」
様々な思考が悠斗の脳裏を駆け回り、ある一つの可能性に辿り付いた。
「これは……不幸の手紙だっ!ラブレターなんて甘ったるい物じゃない!俺は知っているぞっ!」
忘れもしない、悠斗が中学2年生の夏、終業式の事だった。
これから夏休みが始まると、意気揚々に下校しようとしていた時のことだ。下駄箱の中にピンク色をした、いかにも女子が使いそうな手紙が入っていた。しかもハートのシール付きで。
そして内容を読んで見ると、案の定、告白の内容と差出人の名前が書かれてあり、「会って話しがしたい」と場所の指定がされていた。
悠斗は空にも飛んで行ってしまいそうな気分で指定場所に向かうと、携帯にメールが届き、その場にヘタリ込んだ。なぜなら……、
「ふっ、ふふっ……。何が『ごめんね、ラブレター送ったのは女子同士の罰ゲームだったの。だからウソ!てへぺろ。』だっ!あの日の後、俺がどれ程切ない夏休みを過ごした事かっ!だからコレも不幸の手紙だーーーっ!」
っと、勢い良く黒い封筒の中身を開いた。
「…………えっ?」
中には一枚の紙が入っており、その内容に思わず目を疑ってしまった。そこには……、
『あなたの命の価値が1000円を下回りました。それにより、あと10日であなたは寿命を迎えます。』
冗談かと思っていた不幸の手紙は、正真正銘の『不幸の手紙』だった。