60 命の力
さすがあのリューシアのお気に入りだった子だ。
夜伽三十五番のもつ法力は、量だけでいえば、もともと俺が持っているものよりもはるかに多いのかもしれない。
そのおかげで、激しさを増す敵の攻撃にも俺はまだ耐えられている。
だが、騎士の兵力が騎兵旅団に加わってから、攻撃のパターンが変化してきた。
というより、騎兵旅団の攻撃方法自体は変わらないのだが、そこに騎士たちの側面からの攻撃が加わるようになったのだ。
ジュリー、カロル、トゥオミの三人の騎士たちが、自らの手勢を率いて騎射をしてくる。
おかげで、三方向からの攻撃に耐えなければならない。
なんてことだ、きつすぎるぜ。
ここでふんばっている勢力が、実質俺一人しかいない、ということを敵が把握しているのかどうかはわからない。
だがどちらにせよ、いずれここを突破されることは間違いない。
突破される、ということは、つまり俺が死ぬってことだ。
俺が死ぬ、ということは、つまりキッサやシュシュや多分三十五番も死ぬってことだ。
くそ、まだ死ねない。
正面から槍が降ってくる。
それを法術の扇で受け止める。
かと思ったら右方向から騎射。
それに対応しているあいだにも、さらに左方向からも矢が飛んでくる。
さっきまでと違って、反撃する暇すらない。
ただひとつ、幸いな事に、敵にはリューシアどころか、リンダほどの力をもった法術の使い手もいないらしいってことだ。
いや、実はものすごい能力を持っているんだけど、こういう暗闇での戦闘向きではないだけかもしれない、緑髪みたいに透明になれるとか。
いずれにせよ、現時点ではサソリの尾みたいな凶悪な攻撃はなく、投げ槍と矢の投射だけですんでいる。
あともうすこし、もう少し粘りたい。
「キッサ、陛下とヴェルたちは?」
キッサの索敵範囲は、方向を絞れば十五キロ。
「まだ見えるか?」
「やってみます!」
キッサが西の方向にむけて能力を発動する。
と、キッサの顔がみるみる青ざめていくのがわかった。
まさか。
「どうした、キッサ!」
「そ、そんな……こんなのって……」
「どうしたんだ?」
キッサは震える声で言う。
「陛下の馬が……そちらの方向から騎馬三千……そんな……あ、あ、あ、逃げて! 逃げて! ……あ、ああ……飲み込まれる……」
…………!!
そんな……!
馬鹿な……ッ!
と、突然、天空に大きな花火があがった。
いや、ちがう、花火は花火でも、火炎狼煙ってやつだ、色は……さっきと同じ、赤九割の、青一割。
突撃の合図だ。
「騎士の部隊、三つがこちらに直進してきます!」
なんだこれ、ちくしょう、どうしたらいいんだ、どうしたら……。
騎士が突撃してくる、肉弾戦になったら一発アウトだ。
しかもなんだよ、西から三千騎って?
ヘンナマリに与する騎士はここにいるだけで全員じゃなかったのかよ。
「エージ様、どうしますか? まだ私達が乗ってきた馬は無事です、陛下を助けに西へ行きますか?」
考えろ、ちくしょう、くそ、こんなのもう絶望じゃねえかよ。
だが待て。
飲み込まれる?
「おい、キッサ、西でヴェルの反撃が見えたか?」
「索敵距離ギリギリなので……でも、なかったように見えます……三千騎を前にして反転しましたが、そのまま……飲み込まれて……あとはわかりません……三千の騎馬はまっすぐこちらに向かってきます……」
おかしい。
おかしいぞ。
ヴェルが反撃してないのもおかしい。
敵の第一の目標である、皇帝陛下ミーシアを手に入れたのならば、三千の騎馬はいったんそこでとまって身柄の確実な確保やらなんやらするはずだ、なぜそのままこっちに向かってくる?
槍が飛んでくる。
それを扇で受ける。
だがもうだめだ、そろそろ俺の法力も底を尽く。
キッサから法力の補充もできるが、それをすると以後キッサは法術を使えなくなって索敵が不能になる。
いや索敵とかいっている場合か?
どうする、どうする……?
「エージ様、どうしますか?」
「おにいちゃん!」
シュシュが叫ぶ。
「ちいねえちゃんを助けにいこうよ!」
それも大きな選択肢の一つだ、なにせミーシアの身柄がただひとつの勝利条件なんだからな。
だが無理ゲーには違いないぞ。
ここで死ぬか、馬で脱出を図って途中で死ぬか、三千騎に押し潰されるか――
三千騎……どこから……。
「賭ける」
俺は言った。
「はい?」
キッサが聞き返す。
「生き延びる、ただそれだけだ。キッサ、補充を頼む」
「……わかりました」
身を守るために法術を展開している俺に、キッサが身を寄せてくる。
いやもともと俺たちは身を寄せあってたんだが、さらに顔を近づける。
「可能性、あるんですね?」
「わからんが、可能性はあると思うんだ。だから、ここで、生き延びる」
「……お任せします。……ここで死んでも、仕方がないですね、ふふ、ほんとはあの時、私もきっとシュシュも処刑されてたんですもの、エージ様が助けてくれた……エージ様、ここで死んでも……どうか、ファラスイの御使いが私をエージ様とともに冥界につれていってくださいますように……」
そしてキッサは目を閉じる。
白い肌、白い髪。
しかし、今までの戦いで顔にも傷がいくつもあり、こんな美人なのにかわいそうに、と思って、でも俺たちはどうせここで死ぬのかもしれないのにな、でもどうせなら美人のまま死なせてやりたかったな、いや、大丈夫、大丈夫だ、俺はこの子たちを――守るんだ。
そして俺はキッサにくちづけをした。
途端に目の前がピンク色に染まる。
キッサの暖かな感情がそのまま俺の中に流れ込む。
右手をキッサの胸に。
痛くならないように、ゆっくりとやさしく揉み込む。
「んは、んちゅ……んん……」
キッサの吐息は甘く、その法力も甘かった。
全身にキッサの法力が行き渡る。
空気中のマナを吸い込み、呼吸することによって法力は産まれる。
呼吸とは生きること。
これは、キッサの、命の力だ。
「ありがとな」
俺はそう言いながら口を離す。
時間がない。
すぐに騎士たちが突撃してくる。
俺は法術の扇をいったん棒状に変えた。
そして、それを地面に叩きつけた。




