58 ギャロップ
生乳を揉んでいいっていわれて、揉まない男など男じゃねえ。
そんなわけで、俺はキッサの胸元に手を突っ込みながら、というアホな体勢で馬にのっていた。
なるほどなるほど。
キッサと夜伽三十五番のおっぱいの大きさは、だいたい同じくらいだということがわかった。
ちなみにキッサの方が若干弾力があり、三十五番の方が柔らかい。
「だからお前の乳の方がもみごたえって点ではいいよなー!!」
キッサの生乳を後ろから揉みながら、俺は彼女の耳元で叫ぶ。
「え、ほんとですか? やった! ざまあみろっ、ですっ!」
いやいや、ざまあみろって何だよ。
馬に騎乗したのはこれが生まれて初めてだったが、これ、なかなか怖いな。
視点が思ったよりも高くて、高所恐怖症だったら絶対に無理な気がする。
幸い、俺は高所恐怖症ではないが、それでも怖いのだ。
さらに、俺とキッサとシュシュ、三人も乗せているのに、案外スピードが早い。
とにかく視点が高く思ったよりスピードが出て、当然のことながら揺れまくるので、ジェットコースターに乗っているようなもんだ。
昔、競馬のゲームにはまったことがあり、少しだけ本物の競馬もかじったことがあるので、多少の知識はある。
なんとなくの比較だけど、俺たちが乗っているこの馬は、サラブレッドみたいな軽種ほど足が細いわけではなく、ばんえい競馬の重種みたいに馬鹿でかいわけでもない。
いわゆる中間種の中でも重種に近い感じの馬だ。スターク種とかいったか。
馬車をひいているときはずっとトロット、つまり早足でひかせていたが、今はキャンター、つまり駆け足で走っている。
ちなみにミーシアを乗せた馬は、俺たちのより一回り小さいがスピードはでるようで、襲歩であっというまに前方に消え去った。その周りを護衛する山賊たちも同様だ。
そして、俺たちを追いかけてくる、騎士を中心とした騎兵たち、それに第二軍の騎兵旅団も、当然全速力のギャロップだろう。
ギャロップでは長距離を走れないが、なにしろ俺たちとそんなに離れていないのだ。
で、当然、俺たちは追いつかれる。
そこで出来る限りの応戦をして、少女帝ミーシアが逃げる時間を稼ぐのだ。
ところで街道といっても当然、日本みたいに街頭があるわけじゃない。
月も星も雲にかくれてしまった夜の草原。
もう、道なのかそうじゃないのかすら俺にはわからない。
ただ、キッサには暗視の法力があるので、それでなんとか道を外さずに進んでいる。
しかし、暗視の能力を持たないヴェルは、よくもまああんなスピード出せたな。
さすが帝国一の騎士様だ。
「おい、キッサ、追っ手は今どの辺だ?」
俺は手をキッサの胸から引っこ抜きながら聞いた。
いくらなんでもいつまでも胸を揉んでいるわけにもいかない。
そうしたいのは山々だが、正直今はそれどころじゃないのだ。
「騎兵旅団の先頭が……あと……四〇〇マルトってとこですね、ほかの騎士たちは道のないところを走っているので、少しだけ遅れてるみたいです」
なるほど、街道を走って追いかけてくる旅団の方が早い、というのは道理だ。
っていうか。
「あと四〇〇マルトしかないのか!」
「……はい、もう、追いつかれます」
「…………よし、キッサ、このあたりで止まってくれ、ここで迎え撃つ! 三十五番! 止まれ!」
俺は隣を走る夜伽三十五番にも怒鳴る。
キッサと三十五番が手綱を引き、馬が嘶きとともにゆっくりとスピードを落とす。
俺たちはすぐに下馬し、敵が来る方向を向いた。
「いくぞ、キッサ、シュシュ、三十五番! 絶対生き残るぞ!」
「はい!」
俺の愛する奴隷三人の返事がいい。
俺のことを信頼しきっているのだろう。
よっしゃ、やってやるぜ!
もうすでに、追手たちの蹄の音が地面に響いてきている。
「俺から離れるなよ! キッサ、こっちの方向か?」
「はい! そうです!」
「いくぞっ……」
この世界に転生してきてから、いろいろなことがあった。
キッサとの対戦、ドM少女皇帝のはしたない(っていうかアホな)姿、飛竜、リューシア、ニカリュウの聖石、ヴェル・ア・レイラの危篤、粘膜直接接触法、山賊たちにリンダ、そして姿の見えない緑髪。
まだこっちにきて数日しか立ってないのに、俺の今までの人生以上の密度だ。
この戦いで俺の人生はさらに密度を増すだろう。
右手に、巾着袋に入った九百八十二円と十銭を握りこむ。
馬の嘶き、胸の奥に重低音で響く馬蹄の音、そして――
「来ました!」
「よっしゃいっくぜおるぁぁぁぁぁ!!」
俺の絶叫とともに、ライムグリーンの巨大な扇が出現し、騎兵たちを呑み込んだ。




