55 火炎狼煙
「赤い火が九割、青い火が一割……。これは標的に向かって突撃、の合図よ」
ヴェルがそう言う。
「突撃って……」
「ほら、あたしがいることにひるんで、リンダしかこっちに突っ込んでこなかったでしょ。向こうにもキッサと同じ法術能力者はいるんだから、それに気づいた騎兵旅団が突撃の合図を出したのね」
なるほどね。
「えーっと、残る敵はどのくらいだっけ……」
俺がそう言うと、ヴェルは、ハーーっと深い溜息をついて、
「あんたねー……そこを把握してないでよく戦士やってられるわね……。あんた、今や我が帝国の第五等準騎士なのよ。知行認められて領主やっててもおかしくない地位よ。戦略的な目を持ちなさいよ」
いやいや。
んなこと言われたって、実際のところはつい数日前まで落ちこぼれ営業マンだったんだ。しかもオタクの。
生まれついた時から封建領主の跡取りとして育てられ、そしていまや立派に領主を務めているヴェルのようにはいかねえぜ。
「あーあ。あんた、ほんと強いけど……あんたの能力、汎用性ありすぎてほぼ無敵よね……でもねえ。この反乱鎮圧できたら、今度は多分、あんた領主になるのよ。ミーシア……ごほん、陛下の御心次第だけど。あんたね、あんたが陛下の御御足に接吻した瞬間から、あんたは準騎士なんだから。騎士としての……」
「いやいやわかった、わかった、うん、お説教はいいからまず今どうにかしようぜ」
くそ、なんでいきなり説教モードに入ったんだ、こいつ。
「とにかく、キッサ、もう一度索敵頼む、急いでな」
「はい、かしこまりました」
キッサもずっと法術を使いっぱなしだから、さすがに疲れた顔色で、だけど厳しい表情で詠唱を始める。
「我を加護するキラヴィ、我と契約せしレパコの神よ、我に闇の向こうを見せしめよ!」
キッサが報告してくれた現在の状況。
それは、俺が思っていたよりもさらに深刻だった。
まず、俺たちを囲むように配置されている騎士団。
やつらはヴェルの火球を見た時点で、びびっていったん引いていたが、今の花火……火炎狼煙を見て反転、またこちらにむかってきているそうだ。
北東からジュリー・ア・ケイビー・ギャルビンの騎士団三〇〇騎。
北西からカロル・ア・ミルテ・ヘイジの騎馬二〇〇騎。
南から星と花の紋章の騎士(トゥオミ・ア・ヴオッコ・イソリンネ、とかいうらしい)の騎馬四〇〇騎。
そして。
東からこちらにむかってくる騎兵旅団。
帝国の正規軍、ヘルヴィ・テ・イルタ率いる第ニ軍の騎馬二〇〇〇騎。
リンダは倒したにせよ、これはかなりまずい。
結局包囲されてることには変わりがない。
しかも。
花火――火炎狼煙はさっきからあちこちから何発も発射されている。
やつらはあれで連絡をとりあっているのだ。
「あの……おそらく、あと五分ほどで、ほぼ同時にここに襲いかかってくるものと思われます……」
キッサが険しい表情で言う。
対するこっちの戦力は――
俺とヴェル、それにプネル率いる山賊たちをあわせても、十数人。
「同時か……まともに戦っても勝ち目がなさそうね……」
「そうなのか? 俺とヴェルが全力でもって当たれば……」
「騎士どもの騎兵だけならいける。でも、騎兵旅団は腐っても正規軍よ。中には十人を超える法術障壁士がいるわ。あんたが山賊たちから法力を補充しながら戦ったとしても、四方から同時に攻撃を受けるとなると――勝つビジョンが思い浮かばないわ」
「いやでも、俺が全力で……」
「こっちはパミーヤしかまともな障壁士がいないのよ! 正規軍の一斉攻撃に耐えられない。あたしやエージも防御にまわんなきゃいけない。敵の、そしてあたしたちの勝利条件は陛下をお守りできるかどうか、なんだから。たとえあたしとエージで敵を全滅させても、そのとき陛下がご無事であたしたちのそばにいなかったら、それは負けなのよ」
「わかってるよ」
「わかってるんだったら考えなさいよ、どうするか……」
俺とミーシア、ついでに言うならシュシュも、一人で馬に騎乗することはできない。
そんなスキルはない。
となると、騎馬よりもスピードの劣る馬車で逃げるか、またはここで踏みとどまって闘うかだが……。
「正直、ここで闘うのは不利だと思う」
「ま、そうね、だからといって馬車で東に逃げるというのも……」
どちらにしても不利だ。
うーん……。
「なあ、今俺たちが持っている馬で、一番馬力があるのはどれだ?」
「そりゃ、馬車を引いてきた馬よ、馬車用の品種だから力があるわ、でもスピードはそんなにでないわよ」
「それでも、馬車を引くよりは早いだろ?」
「エージ、あんたまさか……」
仕方がない。
俺には、この方法が一番陛下が逃げられる可能性が高いように思えるのだ。
「キッサが手綱を引いて、俺とシュシュが一緒に乗る。馬力があるんだから三人乗りできるだろ? で、陛下とヴェルが二人乗りで一番はやい馬に乗る、その周りを護衛がついて西に向かって全速力で走る、馬が潰れるまでだ、とにかく走る。一番近い街までどのくらいだ?」
「……そうね、全速力なら半日……いやもっと早いわ。今からなら、太陽が登り始める頃にはたどりつくかも」
「街についたら馬を捨てて街に潜伏してくれ、潜伏できるだけの規模がある街か?」
「いえ、そんなに大きくないわ。……でも、分家のセーフハウスがあるの。私と陛下だけならそこに逃げ込めるかも」
「分家?」
「あたしの曾祖母の妹が分家として帝国直臣の領主として認められたの、今の当主はリーサ・ア・カリタ・イアリーよ、あたし個人とは仲悪いけど、妹のエステルとは気が合って文通してる仲だから、本家と分家の間柄としては悪く無いわ」
「よし、じゃあ決まりだな」
「ちょっとまって。それって……エージ、あんたが実質一人で殿をつとめるってことでしょ?」
「ああ、そうだ、キッサとシュシュには悪いが、俺と一緒に死んでもらう、しかない……。すまん、キッサ、シュシュ」
俺にそう言われて、キッサはコクンと頷く。
「……仕方がありません。私たちはエージ様と死ぬまでともにあるしかないのです……。でも、シュシュを死なせるかもしれないのは……私としては……」
少し押し黙ったあと、キッサはおずおずと言った。
「条件だしても……、いいですか?」
キッサの言葉に、ヴェルが反応した。
「ちょっとあんた、奴隷のくせにご主人に向かって条件ってなによ」
「いいんだ」
ヴェルを遮って俺が言う。
「つい数日前に俺の奴隷になったばかりなんだ、小さい頃から俺が育てた奴隷ってわけじゃないし、もともとは自由の身だった二人だ。ほんとはいつ裏切っても……いや、キッサたちにしてみれば、俺たちに従っていることがハイラ族に対する裏切りだ、ここまでついてきてくれて感謝してるぜ、キッサ。で、条件って、なんだ」
「……はい。ありがとうございます。それは……」
キッサは一途な瞳で俺を見つめながら言った。




