52 掌底
ライムグリーンの巨大な扇が、出現した。
正直、自分でもびびるほどの大きさだ。
サッカー場でいえば、三面分以上の面積の扇。
もちろん、敵の騎兵団たちも全員ではないが射程に入っている。
思い切り――だけど殺してしまわない程度に――感情を爆発させる。
うろたえる騎士たちは、逃げるのも間に合わずにグリーンの光の中に包まれた。
ギャリギャリ! という法術障壁が破壊される音、そして上がる悲鳴。
当たり前だが、聞こえるのは女性の金切り声に近い悲鳴ばかりだ。
そして一拍おいたのち、すぐに辺りは静寂に包まれる。
「やった……のか?」
俺が呟くと、
「まだよ、油断しないで!」
ヴェルの鋭い声が飛ぶ。
その通りだった、さきほど岩をあっさりと溶かしたレーザー光線――リンダの法術だ!――が、耳鳴りに似た高い音とともに俺をめがけて発射される。
「うお、危ねえ!」
すんでのところでそいつをかわす。
レーザーは俺の肩をかすめていき、俺の後ろにあった巨大な岩を溶かす。
右の上腕あたりが火傷をしたようにひりひりと痛む。
見ると、服ごと俺の皮膚が焼け焦げていた。
ほんとに危ねえ、あと数十㌢ずれていたら直撃くらっていた。
「三人ほど、まだ生き残っています!」
キッサの声が聞こえる。
人聞きの悪いこと言うなよ、生き残ってるもなにも、殺してないはずだ、多分。
ある程度の手加減はした、はずだ。多分。
と、またもや赤く輝くレーザー光線が俺を狙ってくる。
今度は落ち着いてライムグリーンの扇でそれを叩き落とした。
月の光しかない暗闇で、位置関係がよくわからん、リンダはどこから撃ってきている?
「キッサ、敵の詳しい場所を教えてくれ!」
「はい……距離百五十マルト、いまエージ様のむいている方向から……騎馬でそちらにまっすぐに向かってきています!」
俺の法力の威力を目の当たりにしてもなお、攻撃をやめないのか。
っていうか、この方向と距離だと、さっきの俺の攻撃を一度は防いだってことだよな、なかなかやるじゃねえか。
真っ暗な草原の中、もうリンダの駆る馬の蹄の音までわかる。
「反逆者、ヴェル・ア・レイラ、私と勝負せよ!」
リンダらしき人物の声が響く。
「あんたの攻撃に耐えるなんてね――殺すのは惜しいわ、エージ、あんたがやりなさい」
ヴェルがそういうと、彼女は小さめの火球を空に向かって発射した。
それは明るく輝き、照明弾の役割を果たす。
ヴェルと同じ、金髪碧眼の騎士が、まさに死を覚悟した表情で突撃してきた。
俺は硬貨を握りこんだ拳を、まるでパンチするかのようにリンダへと突き出した。
「おっっらああああ!」
その瞬間、俺の拳からは直径一メートルはあろうかというライムグリーンの光球が発射され――リンダを乗っている馬ごと包み込んだ。
馬が嘶き、リンダを背にしたまま崩れるように地面に倒れ込む。
草原に静寂が戻った。
「……エージ、あんた、ほんとにすごいわね……」
いつの間にか俺のすぐ隣にきていたヴェルが呟いた。
「正直、今のあんたなら……もしかしたらあたしよりも……いや、あたしがあんたごときに負けるわけないけどさ、でも、これは……」
「といっても、俺も今のはわりと本気だったしな……。へとへとだよ」
「あんたなら、すぐに法力を補充できるじゃない……。このレベルの出力を連続で達成できるとなると……。ふふん、いいわね、頼りがいがあるわ」
「好きなだけ頼ってくれよ。いっただろ、陛下をお守りするお前ごと俺が守るって」
ヴェルはぱっと頬を赤らめたかと思うと、
「あんたね、あたしのことお前呼ばわりするとか、ちょっとありえないんだけど。あんただから許してんのよ、そもそもあんたはあたしの部下なんだからね。ほんと、あんたじゃなかったら奴隷身分に降格してるとこよ。……ああもう! なんでだろ、なんか調子狂うわね……。ま、いいわ、エージ、来なさい」
ヴェルに腕を捕まれ、リンダが馬ごと倒れた場所へと近寄る。
金髪の女騎士が、地面に転がっていた。
息はまだあるみたいだが……。
「起きなさい、リンダ・ア・グニー・アドルフソン」
そう言ってヴェルがリンダの髪の毛をぐいっと乱暴に掴み上げる。
かすかな月光に照らされて、リンダの整った顔が少し歪むのがわかった。
よく見ると、リンダの左腕の肘が、曲がっては行けない方向に曲がってプラプラしている。
うげえ。
いや、俺がやったんだけど。
かまわず、ヴェルがリンダの頬を思い切り平手でなぐる。
ビンタってもんじゃない、掌底だ、ゴッという鈍い音が響く。
うーむ、金髪の女騎士が金髪の女騎士を殴ってるこの光景――。
なんというかこの、胸の奥の辺りがモゾモゾする。
「……ちっ、起きないわね」
吐き捨てるようにそういうヴェルの頬を、月のほのかな明かりが照らす。
っていうか、今の掌底くらったら逆に失神しそうなもんだが。
女の子が女の子をガチで殴っているという、本来なら見るのも嫌な光景なはずなのに、どうしてだか、やけに幽玄な情景にすら思えた。
「情報を引き出したいわ、こいつをとりあえずミーシアのとこまで運んで尋問するわよ。……ほら、エージ、あんたが持ちなさい」
「え、いや、持つってったって……」
ぐったりとしたリンダは、そんなに体格がでかいわけじゃないけど、それでも軽々と持ち運びできるほど軽いわけじゃない。
しかも騎士らしく金属製の甲冑を身に着けているので、それもまた重いのだ。
板金でできたいわゆるプレートアーマーってやつじゃなく、小さな金属片をぬいあわせたラメラーアーマーってやつだが、これはこれで結構重量がある。
ちなみに今ヴェルが身に着けているのもラメラーアーマーだ。
ヴェルのは全身を覆うタイプではなく、上半身の急所だけを守っている簡易なものだけどな。もちろん、真っ赤に塗装されている。
しかしリンダのは全身を覆うタイプで、はっきりいってこれを身につけた人間一人を持ち運べるほどの筋肉なんて、俺にはない。
「おい、ヴェル、これ、脱がせちゃってもいいか?」
「うん? ま、捕虜だしね。手伝ってやるわ、急ぐわよ」
そうだな、捕虜に武装させておく必要もないしな。
ヴェルと二人がかりで気絶しているリンダの甲冑を剥ぐ。
と、それだけじゃなくて。
「あ、こいつけっこういい布使ってる戦闘服着ているのね……」
そう言いながら、ヴェルがビリビリッ! とリンダの胸元から服を破きだした。
「お、おい、なにやってんだよ……!」
「ん? だから、捕虜だし全裸にして辱めてやるんでしょ?」
「ちっがーーう!!」
ああ、そういやそんな風習があるとかキッサが言ってたな。
その風習のせいで、俺が帝城でキッサとシュシュにあったとき、二人は裸だったのだ。
「鎧だけだよ、鎧だけ! 重いんだよ!」
「あー……なるほどね、そっか、こんな戦闘中にいきなり裸にするなんて、余裕あるなーなんて思っちゃってたわ」
あほか。
ひとまず鎧だけ脱がせたリンダの身体を、ヴェルと二人がかりでひきずっていく。
ミーシアの隠れている岩のそばまできたときだった。
岩の前で歩哨に立っていた一人の山賊が、俺たちに気づいて目礼する。
だが突然。
彼女は、
「……がふっ!?」
と、叫んでもがいたかと思うと――
その場で、首から血を噴き出し、ばったりと倒れた。




