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落ちこぼれ営業マン異世界戦記 ~俺は最強騎士となり12歳のロリ女帝や脳筋女騎士や酒乱巨乳奴隷や食いしん坊幼女奴隷に懐かれながら乱世を生き抜くようです~  作者: 羽黒楓
第一部 第三章

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32 水晶玉

 もちろん、ヴェルをこのままにはしておけない。

 ヘルッタにシーツを持ってきてもらってハンモック状にし、その上にヴェルの身体を静かに乗せる。

 そして、俺とキッサとヘルッタの三人がかりでシーツの端を持ち、ヴェルをヘルッタの家へと運んだ。

 ヘルッタの寝室のベッドに、ヴェルの身体をそっと横たわらせる。

 ヴェルはもう痛みすら感じないほどなのか、声も上げず、ただただ荒い呼吸を繰り返していた。

 ベッドの上で横たわるヴェルの傷を改めて確認すると、くそ、これはひどい。

 見るのもためらわれるほどの重症だ。

 大量の出血、内蔵もやられているようで、はっきりいって現代日本の高度救命救急センターに運んだとしても助かる見込みはほとんどないんじゃないか。

 というか今現在で生きているのが不思議なくらいだ。

 ヴェルの呼吸は浅く短く、額には汗が浮き出ている。

 意識はほとんどないようだ。

 最期のリューシアへの攻撃、あれも無意識にやったのかもしれない。

 ミーシアはヴェルの枕元でぼろぼろと涙をながし、嗚咽(おえつ)を漏らしながら「ヴェル、ヴェル……」と名前を呼び続けている。


「これは……助けることは、できないのか?」


 キッサにそっと聞く。


「…………残念ながら……。今、騎士様は自らの法術の力でなんとか命をつなぎとめている状況です。ですが、体内に蓄積されたマナを使い果たしたら、それも……」


 使い果たすもなにも、ヴェルはリューシアとの闘いで法力、つまりマナのほとんどを失っていたはずだ。

 ってことはもう長くもたねーじゃねーかよ……。


「なんとか……ならないのか……」

「…………すみません、エージ様……。騎士様はシュシュを守ってこんな大怪我をしたのです……。私もできれば助けて差し上げたいのですが……方法が、ありません」


 ちくしょう。

 どうしようもないってのか。


「なんか、こう、回復法術みたいなのはないのか? そうだ! ほら、シュシュはそういう回復の術使えるっていってたよな?」

「……例えばシュシュに最上位の宮廷法術士ほどの力があれば、延命くらいはできるでしょうが……。シュシュはまだ九歳の訓練もしていない子どもです。こんな大怪我、シュシュ程度の力ではどうしようも……」

「……そうか……。そうだよな……」


 ゲームの回復魔法みたいに簡単に回復させられればいいのに。

 もう、どうしようもないってのか。

 ミーシアはヴェルの手を握り、それに(ほお)ずりするようにして泣いている。

 玉座に鎮座する、あのすました女帝陛下の面影はどこにもない。今はただ、親友の死の影に(おび)え、(おそ)れる、十二歳の女の子だ。

 そのようすをちらりと見てキッサは口をつぐみ、暗い顔で(うつむ)いた。

 シュシュも不安そうな顔で、ただ黙ってヴェルを眺めている。

 ヘルッタはいたたまれなくなったのか、泣きはらした顔で部屋を出ていった。

 俺も、もう何も言葉が出てこない。

 戦乱の世。

 現代日本とは違う。

 人を殺し、殺され、奴隷にしたり、奴隷にされたり。

 死や残酷さは日常の一部、いや、日常そのものなのだ。

 ヴェルは皇帝に忠誠を誓う騎士。

 愛する皇帝のために闘った。

 そして今、闘いで負った怪我で死のうとしている。

 たぶん、死にゆこうとしている本人にしてみれば。

 それは、本望、なのだろう。

 主君である――いや、親友であるミーシアを守るために死ぬ。

 ヴェルにとって、もしかしたら一番望んでいた死に方なのかもしれない。

 だけど俺たちはそんなこと、全然望んでないのに。

 沈鬱な空気が部屋の中に漂う。

 聞こえるのはヴェルの苦しげな吐息とミーシアのすすり泣く声だけ。

 俺は今しがた、俺達の命を狙ってきた人間の命をこの手で奪った。

 ヴェルはそいつの攻撃で命を奪われようとしている。

 そういえば、「補給袋」に入っていた奴隷達――彼女たちも命を奪われたのだ。

 あれも命、これも命。

 俺が生まれて二十三年間、日本で培った倫理観や世界観やなんというか根本的な「正しいこと」の基準やなんかが、ガラガラと音をたてて崩れる。

 もう、この世に絶対的な正しいことなんか存在しないんじゃないかと思えてくる。

 俺自身、みんなを守るためとはいえ、人を殺してしまったわけだし。

 この世界に来てからずっと頭が混乱しっぱなしだったけど、今が一番混乱の頂点を極めている。

 くそ。

 人が死ぬところなんか、これ以上見たくねえ。

 なんだか、この場にいたくない。

 俺もヘルッタのように部屋から出て行ってやろうか……。

 逃げ出したい。

 そう思っていると、そのヘルッタが何かを持って部屋に戻ってきた。

 手にしているのは、直径五センチくらいの、……これは水晶玉だろうか?

 ヘルッタはその水晶玉をヴェルにすがるミーシアのもとへと持っていく。

 それが視界に入ると、ミーシアは顔を(ゆが)め、


「う……く……ふ……ふぅー……うううー!」


 とさらに大きな嗚咽を漏らしつつも受け取った。

 そして水晶をヴェルの両の手に握らせ、その手をヴェル自身の胸の上へ。

 そうしてから、ミーシアとヘルッタはヴェルの枕元に(ひざまず)き、頭を垂れ、二人同時に、なにか呪文のようなものを唱え始めた。


「ファラスイの()使(つか)いよ……聖石を持ちし者がその者なり……この者が迷わぬよう、導かれんことを……。この者の心と身体の痛み、心の臓とマナの鎖から解き放ちたまわんことを……」


 シュシュもその隣に跪き、ミーシアたちと合わせて詠唱し始める。

 キッサもそれにならおうと膝を床につこうとする。

 俺はそのキッサの袖を(つか)み、詠唱の邪魔をしないよう小声で()いた。


「キッサ、これは……なんだ、なにか、回復の効果がある法術なんだろう? 俺に手伝えることはあるか?」


 俺の質問にキッサは一瞬目を見開く。その(あか)い瞳は涙で充血していた。闘いで法術を連発して疲労が濃いのだろう、せっかくの美人なのに顔色も悪く、肌のツヤもなく、でもその目には涙を(あふ)れさせていることに、俺は少しだけ救われた気持ちになった。

 あんなにヴェルのことを嫌っていたキッサも、今はヴェルのために泣いていたのだった。


「……そうでした、エージ様はご存知ないですよね……」


 とキッサは静かに言い、そして、とてもとても寂しそうな笑顔で、


「いいえ……これは、死にゆく者が安らかに天界へ行けるよう、神にお祈りする儀式です」と続けた。


 聞こえていたのか、ミーシアがいったん詠唱をやめ、顔をあげる。

 そして、涙声で俺にこう言った。


「エージ……タナカ・エージ……。あなたも……ヴェルのために祈ってあげてくれませんか……。せめて、せめてヴェルが先に亡くなったお母上様のところへ迷わないでたどり着けるように、祈ってあげて下さい……」


 まだ幼さの残る十二歳の皇帝陛下は、そう俺に懇願するのだった。

 両耳の赤く巨大な聖石、国家の秘宝マゼグロンクリスタルが揺れる。

 窓から差し込む太陽の光を受けて、それは深い輝きを放っていた。

 ああ、そうか。

 ヴェルは、死ぬんだな。


 ――生命が生まれ、そして時がくれば死ぬ。


 あれ、これはどこで聞いた言葉だっけ、そうだ、俺がこの世界に蘇生(そせい)召喚された時、女帝陛下――ミーシアが初めて俺にかけた言葉がこれだった。

 元いた世界でもここでも、生命が生まれて死ぬ、それだけは変わらない真実だ。

 あれ?

 でも、俺は生き返ったわけで。

 どうやって?

 法力を蓄積し、増幅させ、放出する、特異な力を持った聖石、マゼグロンクリスタルの力で。

 それを思い出した時、特に考えもせずに言葉が口をついて出ていた。


「陛下、そのマゼグロンクリスタルで、ヴェルのことをなんとか助けてやれませんか」


 ミーシアは一瞬、キョトンとした顔をした後、すぐに視線をヴェルに戻し、ゆっくりと首を横に振った。耳のマゼグロンクリスタルと一緒に黒々としたおかっぱの髪の毛も揺れる。

 少女は自分の気持ちを落ち着かせるように大きく深呼吸をし、


「あなたを蘇生させるのに、五年の歳月を費やしてこのクリスタルに法力をこめました。その力を解放し、あなたはここにいるのです。このクリスタルにもう法力は残っていないでしょう」


 ミーシアの声は、泣きすぎたせいなのか少しガラガラしていた。


「しかし、陛下、マゼグロンクリスタルは法力を増幅させるはずです。蘇生と治療では必要な法力の量は違うはずです」

「……確かにそうです。ですが、長い年月をかけて修行を積んだ宮廷法術士がやっとのことでコントロールする国家の秘宝……。それをここにいる誰がどう使うのですか……? 治癒の神、エルプミィの加護を受けているとかいう、そこの妹の方の奴隷? 無理です、絶対に無理です。コントロールを失って絶命するのが目に見えてます。飛竜や我が帝国の将軍、逆賊リューシアを打ち倒したあなたですか? あなたならある程度のコントロールはできるかもしれません、でも、エージ、あなたは治療の法術なんて使えないでしょう? 第一、その前にまずは少しでもこのクリスタルに法力を蓄積させなければなりません。あなたもそこの奴隷も、先ほどの闘いで法力を使い果たしているはずです」

「じゃ、じゃあ……じゃあヘルッタさん、あなたは?」


 このおばさんはさっき、法術障壁のようなものを展開していた。つまり法術を使えるはずだ。

 だがヘルッタも首を横にふる。


「もともと私はそこまでの法力を持ってないのです。申し訳ございません……」


 キッサが補足するように付け加える。


「エージ様、戦闘に使えるほどの法力を持っている人間はそもそもそこまで多くはないのです。ましてやその聖石に法力をこめられるほどの人間なんて、素養を持ち、訓練を積んだ者でないと」


 こんなことを話している間にも、ヴェルの呼吸はだんだんと細くなっていく。

 ミーシアは震える唇で、


「タナカ・エージ……。あなたのヴェルに対する思いはわかりました……。ありがたいと思います……。私も、ヴェルをファラスイの御使いになんか渡したくない……。でも! もう、こんなの、駄目だよ……やめて……やめて……やめてよっ!! 期待させるようなこと、言わないでっ! やめてよっ! もっとつらくなるだけだよぉっ!!」


 最後の方はもはや絶叫だった。


「やだよ、やだよぉ、ヴェルゥ……もうやめて……静かに、静かにヴェルを、送ってあげようよお……ヴェルだっていろいろあったけど今まで頑張ってきたんだからぁ、もうこれ以上頑張らせるのもかわいそうだよぉ……私なんかのためにぃ、馬鹿ぁ、ひっく、ヴェルゥ……ごめん、ヴェル、ありがとおヴェル、……ごめんなさい……ひ、ひ、ひぃ……ごめんなさいぃ……ひっ、ひっ、ひっく……」


 慟哭(どうこく)が過ぎてミーシアまで倒れてしまいそうな雰囲気だ。

 ヴェルの親友にして主君の皇帝陛下がそう言うのだ。俺もこれ以上は強く言えない。

 皆で再び跪き、ヴェルを天界に送るための詠唱を始める。

 悪い、ヴェル。

 俺のことを生き返らせたのも、戦闘で俺たちの命を救ったのも、みんなヴェルだった。

 でも俺にはヴェルに、何もしてやれない。

 十代の女の子に命を救われて、その女の子の生命を救えない。

 くそ、男になんて生まれてこなければよかった。悔しすぎる。

 だが、無理なもんは無理か。

 ちくしょう。

 まずは法力の供給源がない。俺もキッサも力はほとんど使い果たしてる。

 治療の法術を使えるのは九歳のシュシュだけ。でもシュシュではマゼグロンクリスタルをコントロールなんてできない。

 俺ならコントロールできるかもしれないが、俺は治療の法術が使えない。

 そしてなにより。

 ここの場所はリューシアや飛竜にばれていたわけで、あいつらはそれを仲間にも伝えていた可能性が極めて高い。ヴェルが守ったミーシアの命を守り続けるためには、本当はすぐにでも移動を始めるべきなのだ。

 俺かキッサの法力が回復するまで待つなんてこともできない。

 それまでヴェルのマナがもつとも思えないしな。

 打つ手、なしだ。

 俺はがくっとうなだれた。

 せめて、せめて法力を補給できる術さえあれば。

 そして、俺が治療の法術が使えれば。

 いや、無理なもんは無理なんだ、あきらめろ。

 くそ。

 ゲームじゃあるまし、MPを補給する方法なんかない……。

 補給……。

 ……ん?

 補給?

 どこかで、それもついさっき、聞いたワードのような……。

 補給……。


「あっ!!」


 俺の突然の大声に、キッサがびくっとして、


「どうしました?」


 と訊く。

 疲れた表情のキッサ。

 唇までカサカサだ。

 あのときは潤いに満ちたぬるりとした感触だったのにな。

 そう、俺はそれも思い出した。

 甘噛(あまが)み。

 この十七歳の美少女に、むにゅむにゅのIカップを押し付けられつつ、俺は耳を甘噛みしてもらったんだった、人生最高の素晴らしい経験だった。

 ところでそれはなんのためだった!?

 そして、麻袋。

 あれだけの力を持つ帝国の将軍の力を補充できるほどの。

 まだ三つあって、俺の前でリューシアが二つ刺し貫いて。

 もうひとつ、まだ転がってる……?

 気がついたら俺は、ドアを蹴破るほどの勢いで寝室から駆け出していた。

 


 

 

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