20 セーフ・ハウス
帝城の中には兵隊しかいないわけではない。
文官の役人たちも多数いるし、当然、たくさんの民間人もいた。
出入りの商人や城内の補修をする職人たち、たまたま訪れていた兵の家族。
もちろんその中には、奴隷商人もいるわけで。
俺たちは、奴隷商人になりすまして帝城を脱出することにしたのだった。
「この世界には女しかいないんだろ? 俺みたいな男、逆に目立たないのか?」
と訊いたが、ヴェルがいうところによると、
「大丈夫、あんた南のガルド族そっくりだから、ローブのフードかぶればわかりゃしないわよ。夜だし、かなり混乱してるしね」
だそうだ。
ふーん、俺にそっくりな部族がいるのか。
女なのに?
うわっ、可哀想!
………………。
いやいや、今の軽く自虐だぞ俺。
俺にそっくりだなんて、なんて美しく素晴らしく幸運な部族なんだ!
……悲しくなってきたので、もうやめよう。
さて、そんなわけで俺は四本の紐――犬をつなぐリードそっくりの奴だ――を持って、北の城門へと向かう。
リードは四人の少女の首輪につながっている。
正確に言うと、ヴェルの分の首輪はなかったので、ヴェルは首に縄(ほんとはミーシアを縛る予定だったやつだ)を巻き、その縄の先を俺が持っている。
キッサとシュシュは最初から奴隷の首輪をしているし、ミーシアも奴隷プレイのために首輪をしている。
四人の少女たちを犬の散歩みたいにリードで引っ張って城門に向かう俺は、どこからどう見ても城内から逃げ出す奴隷商人にしか見えないだろう。
突然の反乱に城内の人々はパニックに陥り、我先にと逃げ出していた。
その人混みにまぎれ、俺達はあっさりと城門から抜け出すことができた。
民間人が逃げられるようにと衛兵が城門を開け放していたのだ。
あの衛兵、無事だといいけどな。
本当は帝城を守るべき騎士であるヴェルと、そもそも帝城の主であるミーシアも同じことを考えていたのか、俺たちを逃してくれた衛兵の顔を暗い顔で見ていた。
石造りの家が立ち並ぶ帝都の道を、俺たちは小走りで北へと向かう。
深夜だというのに、道には人があふれていた。
魔王軍の襲来、反乱軍の攻撃。
民衆たちは皆怯えた顔で往来に出てきている。
不安そうに燃え上がる帝城を眺め、帝都を逃げ出すべきなのかどうか迷っているようだった。
というか、すでに馬車や荷車に荷物をのせて、逃げ出し始めている人々も大勢いた。
人混みをかき分け、大通りを北へ移動しながらヴェルが言う。
「あたしの邸宅が帝都の西側にあるの。でも、それはヘンナマリやリューシアも知っているわ、危険だと思う。帝都の城壁を越えて三カルマルト北西にあたしのセーフハウスがある」
「セーフハウス?」
俺が訊くと、
「そう。まあ、秘密の隠れ家みたいなところよ。帝都の北側は農場が広がっていて、農家の集落がいくつもあるわ。その集落の中にあたしが管理させている農家があるってわけ。……あのへん、皇帝陛下の直轄地だからほんとは駄目なんだけど、こっそりとね。武器も馬も馬車もあるし、そこで移動手段を手に入れたら、街道沿いに西へ行きましょう」
「……ヴェル、そんなとこ持ってたんだ」
ミーシアがすこし驚いたように言う。
自分の直轄地の中に、他の貴族が管理する場所があるというのだから、驚くのも当然だろう。
「ごめんねミーシア、でも多かれ少なかれ貴族なら帝都の近くにいくつかそういうところがあるのよ。とにかくそこに急ぎましょう。……あたし、寒くて風邪ひきそうだし」
そう言うヴェルの全身をミーシアはじろりと見て、
「ヴェル、そのローブの下に何も着てないんだよね? まっぱだよね?」
「……そうだけど」
口元をにやにやさせ、ミーシアは小さな声で、
「……………………ぃぃ……………………」
と呟いた。
「………………………………ああ、うん」
なんとも言えぬ表情をするヴェル。
「ね、ヴェル、どうなの、こんな街中を素っ裸で歩くってどんな感じなの?」
「どんなもこんなも、ローブ羽織ってるし……」
「でもそれ一枚だけだよね? ね? その下素っ裸だよね? 首に縄つけられて、エージみたいな従者にひっぱられて……うわ、私、ドキドキしてきた!」
皇帝陛下はあいかわらずだ。
ヴェルもつきあってやろうと思ったのか、
「まあ、変な感じではあるわね。ほら、こう、ローブの布地にこすれるし、……」
ちらっと俺を見、小声になってミーシアに言うヴェル。
まあ、聞こえてるけどな!
「ヴェル、こすれるって、どこが?」
「ほら、ええと、胸の先っぽとか?」
「きゃぁっ! えへへ、うふふ……あとはあとは?」
「うーん、胸からお腹にかけて直接空気がとおるから、こう、ちょっとスースーして、落ち着かないかな。無防備って感じ?」
「いいないいな……。私もやってみたい……ね、ほら、なんか、こう、ムズムズしちゃうとか、ある?」
「あたしはないけど。ミーシアならそう思うかもね」
「えー! やってみたいやってみたい!」
「そうねえ、どうしようかな、とりあえずセーフハウスにたどり着いてから、ミーシアが一番喜ぶ方法を考えようかしら」
ヴェルは丁寧に答えてやっているようだ。
俺も特につっこまない。
なんとなく、わかってきたのだ。
十二歳の女帝陛下、ミーシアがドMで変態なのは間違いない。
けど、この状況で、やけに露出プレイにこだわりすぎている。
周りの状況が目に入らないかのように、裸にローブだけを身につけたヴェルにまとわりつき、その格好をしていることの感想を聞きたがっている。
周りが目に入らない?
そう、それが答えなんだと、俺は思う。
あえてミーシアはそうしてる。
周りを目に入れないようにしている。
他のことを考えないようにしている。
だってさ、考えてもみろよ。
自分が十二歳で、皇帝で、そして、反乱が起こった。
反乱軍がまず最初に攻撃したのは、ミーシアが寝ているはずの宮殿だった。
――家臣が自分を、殺しにきた。
俺がまだこの世界に移ってくる前のこと。
飲み会の帰りで夜の繁華街を歩いているとき、グデングデンに酔っ払ったいかにも悪そうな若者の集団に絡まられたことがあった。
超びびった。
まあなんとか逃げ切れたけど、直接的な暴力が自分に向かってくる予感だけで、かなりの恐怖を感じた。
さてそのときの恐怖の値を十としよう。
今十二歳の女の子にすぎないミーシアにとって、数万人の反乱軍が自分の命を狙ってきている、殺そうとしてきている、その恐怖の値はいくつになるだろうか?
一〇〇?
一〇〇〇?
普通なら心が折れるほどの精神的ダメージなはずだ。
足がすくんで一歩も動けなくなる、いっそのこと殺されてしまえば楽になれる、そのレベルの恐怖。
だから、ミーシアはそのことを考えない。
自分の心が壊れないように、心にバリアを張っている。
普段から皇帝という地位にいることにストレスを感じて、半年に一度はヴェルと『秘密の遊び』をしていたくらいだ。
ちょっと気弱で、ヴェル以外には多分友達もいなくて、それなのにこの国で一番ストレスのある地位についてしまった十二歳の女の子。
数万人が、自分のことを殺したくて殺したくてたまらない、そんな現況。
俺だってそんなことになったら気が狂っちまいそうだ。
ずっと露出プレイだとか、SMプレイの話しかしていないのは、そんな現実からひとまず目をそらし、自分の心を守るためにわざとやっているんだと思う。
他人の俺がそれがわかるんだから、親友のヴェルはもっとよく理解しているだろう。
だから、ミーシアのあけすけな質問に、ヴェルはきちんと答えているのだ。
「ねーねー、おにいちゃん、さっきからちいねえちゃんはなに言ってるの?」
一緒に歩く妹奴隷、シュシュが俺の袖を引っ張って訊いてくる。
シュシュはミーシアよりもさらに年下の九歳、今なにがどうなってるのか、ほとんど分かっていないらしい。
ミーシアがこの帝国の皇帝である、ってことくらいは俺達の会話を聞いていればピンときてもよさそうなものだ。
でもこの大食い幼女奴隷は、年齢なり――いや、もしかしたらそれ以下の脳みそしかないのかも。
ミーシアのことは『ちょっと年上で、ニックネームが『ヘーカ』の奴隷のおねえちゃん』くらいにしか思っていないらしい。
馬鹿な幼女ってさ、……かわいいよね。
そんなわけでミーシアのことは、小さい方のおねえちゃんだから、『ちいねえちゃん』と呼ぶことにしたっぽい。
ちなみに実の姉であるキッサのことは普通におねえちゃんと呼び、ヴェルのことは『騎士しゃま』と呼んでいた。
舌足らずな呼び方がかわいい。
まあとりあえず、さすがに九歳の幼女に露出プレイについて説明するわけにもいかないので、
「大人になったらわかるよ」
とだけ答えておく。
それよりも、ちょっと気になっていることがあるので訊いておこう。
「シュシュ、お前はなにか法術とか使えるのか?」
「んー。ちょっとだけ習ったけど。まだまだ」
赤い瞳で謝るように俺を見て、プルプルとかぶりを振るシュシュ。
ウェーブがかかった銀髪が揺れる。
かわいいなあ。
姉であるキッサが口を挟んでくる。
「シュシュはエルプミィの加護を受けて生まれました」
「その加護とかってなんだよ、ヴェルやお前も言ってたよな」
「ああ、そうか、エージ様は異世界の出身でしたね……。この大陸では数十の神々が信仰の対象とされています」
なるほど、この世界は多神教ってことか。
まあ、多神教っぽいかなあ、とは思ってた。
だってそもそも、俺の宗教、訊かれたことないもん。
一神教国家だとしたら、もう少しその辺をヴェルやミーシアが気にしそうなものだけどさ。
多神教国家だから、宗教的に寛容だったんだろう。
「人は産まれるとき、その神々のうちどなたか一柱に加護される、とされてます。どの神に加護されるかによって、その人間が使える法術の方向性がだいたい決まるのです。例えば私はキラヴィの神の加護を受けてこの世に生を受けました。これは遠くのものが見える遠視の法術に力を発揮する神です」
「ああ、さっき西の塔で使ってたやつだな」
「はい。シュシュはエルプミィの神の加護のもと産まれ、怪我の治癒の法術を使えますが、……正直、まだ使い物になるレベルではありませんね。直接接触して法術を使っても、擦り傷がかさぶたになる程度です」
そうか。
うーん、考えると、ちょっと惜しいな。
九歳の幼女に何かを期待する方が間違ってるけどさ、ヴェルの戦闘力やキッサの偵察力に加えて回復スキル持ちがいればかなりバランスのとれたパーティだったのにな。
俺は……まだ自分でも自分の力がよく分かっていないからな。
あれ。
でも、キッサもヴェルも、もう一つ、神様っぽい名前を叫んでたけど。
俺が尋ねる前に、キッサが話してくれた。
「さらに、この大陸の人間は十歳前後で、加護の神とは別の神と契約し、洗礼を受けることになります。ターセル帝国の貴族様は寺院で洗礼を受けて洗礼名をもらうようですね、レイラとかミカとか。我々獣の民は長老に洗礼を受けるだけですけどね」
この世界の仕組みって、ほとんどキッサに訊いているような気がする。
ゲームで言えばチュートリアルに出てくる案内キャラだよな、と思ってちょっと笑ってしまった。
いやだってさ、ローブをヴェルに貸したせいで、キッサは薄着になっている。
奴隷用の麻でできた衣服は、なんかしらんけど胸元が甘いんですよ。
ってことはだよ、隣を歩くキッサのIカップがさ、たゆんたゆんと揺れるのが見えるわけで、こんなリアルな質感を持ってたわんで弾むたわわな女子の柔肉の持ち主に対してゲームのキャラ呼ばわりだなんて。
……おっぱいに対する冒涜だよな。
うん、俺はいったい何を言ってるんだ。
いやまあでもなるほど、わかった、ヴェル・ア・レイラ・イアリーのレイラは洗礼名ってことか。
日本の仏教でいうところの、戒名とか法名とかみたいなもんだな。
いやあれって死んでからつけてもらう名前じゃないんだぜ?
別に死なないうちに普通にもらえるんだよ、お寺さんで修行するなりして認められればね。
きちんと仏教徒になった印にもらうもんだからな。
さて、このおっぱい奴隷……じゃなかった、キッサは聞けばなんでも答えてくれそうだ。
「じゃあ、ヴェル・ア・レイラの、『ア』は? ただの前置詞?」
「『アルゼリオン』の略です。騎士を表します。エリン・ル・ミカの『ル』は『ルミシリール』の略、荘園の所有を許された上級貴族の称号です」
「ほんとにおっぱ……キッサはいろいろ知ってるなあ」
「本読むの、好きですから。男の人は、大人になっても女性の胸に触ったり吸い付いたりするのが好きなのも知ってますよ? 触っても、……舐めても吸ってもいいですよ」
「い、いや……」
バレてた!
だっぷんだっぷんと揺れるキッサのIカップを見てたの、バレてたよ!
キッサはくすりと笑うと、俺を上目遣いで見て、
「獣は春だけですが、人間の男性は常に発情期って事も知ってます。……シュシュには手を出さない、ひどいことをしないとお約束してくだされば、……私に、発情してくださってもかまいません」
「えっ」
「私のことはお好きに使って下さい。私はエージ様の道具ですから、どちらにせよ、拘束術式のせいで私たちは離れられませんし、……『ムラムラ』したら、私の身体で解消なさってください。私の身体のお好きなところを触ったり舐めたりしてもいいですし、言いつけてくだされば、私はエージ様がそうしてほしいところを触ったり舐めたりします。……もちろん、その、あの、シても、いいです…………でも! でも、お願いですからシュシュだけは……」
ほんとに妹のことが大事みたいだなあ。
ま、今〇.一秒の間で、俺の頭の中ではキッサにあんなことしたりされたりする二〇〇〇通りのエッチなプレイが駆け巡ったけど、うん。
そおゆうのはいやなんだってば。
今、『エージ様が好きで好きでたまらないの、だから私を好きにしてぇ!』って言われてたら多分そうしてたと思うけどさあ。
妹のために私が犠牲になります的な理由ならさあ。
そんなん、男としてのプライドが傷つくっていうかさあ。
「いいよ、シュシュは妹みたいで俺もかわいいから、そんなことしなくても大事にしてやるよ」
と言うと、キッサはほっこりとした安心した笑顔で、
「ありがとうございます。私、エージ様の奴隷で良かったです」
と言った。
紅い瞳に夜空の星がうつりこんで、ものすごく綺麗に見えた。
うわあ……。
俺、この子に惚れそう。
「ご、ごほん、それより、洗礼の話はどうだったっけ」




