小鳥と見る夢
小鳥と見た夢の続編です。
前作を見ていないと分からないと思います。
私は、飢えていた。
物心ついた時から、満たされた記憶が無い。
平和で穏やかな村ではあるが、決して裕福な村ではない。そんな村に住んでいる以上、贅沢とは無縁だ。
その所為であろうかと考えたが、そのような理由ではないと私の一部が判断する。
美味な食事をお腹が膨れるまで食べても、美酒をあびるほど呑もうと、贅沢な衣装に身を包もうと、満足できるとは思えない。
では、女か。
それも違う。
美女を侍らそうとこの飢えが満たされるとは思えない。
実際に体験したことが無い以上、絶対とは言い切れない筈なのだが。
飢えが私を苛む。
これほどまでに苦しいというのに、己が欲する物が分からないのが口惜しい。
このままこの村で過ごしたとて、この飢えが満たされるとは思えない。
だが、村を出てどうるする?
ただ生きるだけであれば、なんとか仕事を見つけることは出来るだろう。
しかし、私の目的は村を出ることではない。どんな物かも分からない何かを探し、手に入れることだ。
村を出て、街で仕事を得たとて、現状が対して変わるとは思えない。
転機となったのは、村の唯一の魔法使いであるおじじの存在だった。
彼のおかげで、私に魔法が使えることが分かったのだ。
おじじは村では尊敬され、非常に頼りにされている。
だが、おじじは、自分は魔法使いとしては三流以下だと言った。
ひよっこから半人前になりかけた程度の腕しかないのだと。
だからある程度の規模の街であれば、見向きもされないレベルなのだそうだ。
それでも、まだ若いうちであれば、これから先の成長が見込める。だが、ある程度の年齢になれば、声もかからなくなるのだとか。
うちの村のようなところに、実力のある魔法使いは来ない。稼ぎにならないからだ。だからこそ、おじじのような魔法使いでも歓迎してもらえるのだ、と自嘲気味に言っていた。
幸い、私はまだ若い。成長できる可能性はある。
様々な魔法が使えるようになれば、出来ることが増える。探し物を見つけやすくなるかもしれない。
そして、魔法使いであれば、修練を積みながら旅をしていてもおかしくない。
私は、村を出ることにした。
幸い、私には魔法の才があったようだ。
初めて使う魔法も、不思議と以前から使っていたかのように使える。お陰で、生活に困ることはなかった。
そして、村にはなかった様々なことを知った。小さな町ですら、村とは比べ物にならかった。
大きな街を訪れたときは、これ程までに違うものなのかと思った。
しかし、人の営みというのは、基本的には殆ど変わらぬものだということも知った。
村に居た頃には想像もできなかったような生活を送っていても、やはり私の飢えは満たされなかった。それどころか、日々強くなる一方。
そんな生活の転機となったのは、やはり魔法だった。
その魔法はアイテムボックス。
アイテムボックスは、様々な物を収納出来る便利なものだ。
それを使うには、スキルか魔法しかない。
スキルの取得条件は判明しておらず、先天性のものではないかという説が有力だ。
従って、スキルがない物が使おうを思ったら、魔法を覚えるしかない。
もしくは、機能が限定された、簡易的なアイテムボックスの魔道具を使うか。
簡易的とはいえ、高価なそれはそう簡単に手に入るものではない。そして、スキルや魔法のアイテムボックスと決定的に異なる部分がある。
魔法やスキルのアイテムボックスは個人限定。他者からアイテムボックスに一切の介入が出来無い。アイテムボックスに物を入れたまま死んでしまえば、中身は永久に失われる。
だが、魔道具のアイテムボックスは、所有者登録こそあるものの、譲渡も共有も可能。
容量よりも何よりも、この差が違いを決定付けていた。
私が覚えたのは、魔法のアイテムボックス。
だから、覚えたばかりの私のアイテムボックスは、空である筈なのだ。
他の誰からも介入が出来無いのだから。
だが、私のアイテムボックスには、最初から大量の物が入っていた。
食料から家財道具、服に装身具、あらゆるものが入っていたのだ。この先仕事をせずとも十分暮らしていけるであろう、物が。
私は驚きながらも、それらを眺め……とある物を見つけ、息をのんだ。
イレイェンの髪×99
イレイェンの瞳×99
身体のあらゆる部位が、ある。
髪の毛ならいざ知らず、瞳や臓器が99個あるのがおかしい。だが、それよりも。
イレイェン……
私は無意識にイレイェンの心臓を一つ取り出した。
アイテムボックスの中の心臓は、減らずに99のままだ。そんなことをぼんやり思いながら、私は心臓に頬を寄せた。
「小鳥……小鳥…………私の、小鳥…………っ」
自分でも分からぬままに呟いていた言葉。あふれる涙を拭いもせずに、私は心臓に口付けた。
ああ、小鳥。
私の、小鳥。
どうして忘れていられたのか。
小鳥がいなければ、生きる意味などないというのに。
私の飢えは、小鳥がいないから。
小鳥がいないというのに、満たされることがある筈が無い。
探さなくては。小鳥を。私だけの、小鳥を。
だが、どうやって?
小鳥の一部があれば、それを元に探すことは出来るだろう。
だが、私がもはやラーシュではないように、小鳥はイレイェンではない。
私は、まだ温もりを残すイレイェンの心臓を見つめた。
心臓。
心臓。
もしかしたら、いけるかもしれない。
心臓は、身体の中で一番心に近しい。
ならば、心臓に残る小鳥の心の残滓を元に、今の小鳥を探れるかもしれない。
確実ではない。賭けに近い。
だが、ほんの僅かであろうと可能性があるのならば、それに賭けるしかない。
そして、私は賭けに勝った。
詳細な場所は分からなかったが、確かに小鳥の存在を確認出来たのだ。その上、おおまかな位置も分かった。距離が近づけば、場所の特定も出来るだろう。
私は、小鳥を目指して街を後にした。
そこは、小さな村だった。
私が育った村と大差ない、小さな、村。
態々訪れるものはそういないのであろう。随分と珍しがられた。
気の良さそうな男から、村の特産品の話を聞きながら、私は小鳥を探し……見つけた。
思わず駆け寄ろうとしてしまったのも、仕方がないだろう。
何故なら、小鳥は殴られそうになっていたのだから。
男の話によると、小鳥を殴ろうとしていたのは、小鳥の腹違いの妹。小鳥の母が他界し、迎えた後妻との間に生まれた娘なのだとか。
殴ろうとしたとのを止めたのは、その後妻。
聞こえてくる会話から、小鳥に傷がつけば商品価値が下がるから止めたのだと分かる。
子供を売らねばならぬ程、この村は貧しいのかと問えば、そこまでではないらしい。
ただ、小鳥の父親が死に、あの家族の生活が苦しくなったのだそうだ。血の繋がらない娘をやっかいばらいして、金が手に入る。そのような算段なのだろう。
ようやく見つけた小鳥。その小鳥を娼館に売る? そんな事が許せる訳が無い。
汚れた衣服。がりがりの身体。身奇麗にしている妹との差は歴然としている。
ああ、小鳥。
どれだけ辛い思いをしてきたのだろう。
私が、もっと早く見つけていれば。
小鳥は、私が引き取った。稼いだ金は失ったが、惜しくは無い。また稼げば良いだけの話だ。
村からある程度離れたところで、小鳥に浄化魔法を使う。そしてアイテムボックスから服を取り出して着替えさせた。
その服を見て、小鳥は少し驚いた顔をしていた。
かつて小鳥が来ていた服。今の小鳥には体形が異なることもあり、あまり似合わないが、あのぼろぼろの服に比べればましだろう。街に着いたら、早速小鳥の服を買わなければ。
そして、簡易テーブルを取り出すと、軽食を取った。内部で時が止まるアイテムボックスは、非常に便利だ。あつあつの肉汁と、肉や野菜を挟んだ麺麭。食後には無花果。
「どうして……」
小鳥――ラウラがぽつりと呟いた。
「私は、綺麗じゃないし、身体だって貧相です。どうして私を……」
理由など、小鳥が小鳥であるという他に、何もない。
「私は……小鳥じゃありません」
ラウラが、震える声で言う。
「髪や目だって茶色いし、歌だって巧くないです。声も綺麗じゃありません。金糸雀とは、似ても似つかないんです」
イレイェンは良く、金糸雀のようだと言われていた。確かに、ラウラを見て金糸雀だと思う者はいないだろう。
「小鳥とて、色々であろうに。その胡桃色の髪も、榛色の瞳も、愛らしい。それにラウラの言葉は、小鳥の囀りのようではないか」
そう、愛らしい、小さな小鳥だ。
「私とて、銀の髪でもなければ、天色の瞳でもない」
ラウラは勿論、私の容姿も全く変わってしまっている。
「私には何も無い。お金もなければ、力もない。貴方を待つだけで、何の行動も出来なかった。貴方なら、もっとずっと素敵な人だって選べるのに……っ」
私は、小鳥の口を己が口唇で塞いだ。
「小鳥、私の小鳥。小鳥がいなければ、この世界に意味など無い。私にとって、小鳥以上の存在などない。それとも、小鳥……私では厭なのか? この見目ではお前と共にあることを望めないのか?」
小鳥はふるふると首を横に振った。
「そんなことはないわ。黒檀色の髪も、松葉色の目も綺麗だわ」
小鳥の言葉に、私はほう、と息を吐いた。小鳥を抱きしめる腕に力を込める。
「本当に……私で、いいの?」
「小鳥……ラウラでなければ、駄目だ」
ゆっくりと、小鳥の腕が私にまわされた。
小鳥、私の小鳥。
私だけの小鳥。
漸く、逢えた。
前のような失敗はしない。
今度こそ、二人で暮らすのだ。ずっと。
もう二度と、離さない。
小鳥…………
ようやく、小鳥と一緒に出来ました。
小鳥の義母とは、結構えげつない交渉してるんですが、そこらへんはカットしました。とっとと小鳥連れて村から出て、二人きりになりたかったようなので。