1.
春の訪れは、固い蕾を綻ばせる。
それはわたし自身も例外ではなかった。
それは少々気まずくて、目を逸らしていたとき。
目に焼きついた上半身下着姿の彼女の肩甲骨のくぼみを、わたしは見ないふりしていた。
「かすみはさー……好きな人とか、」
「いないの? 」
振り返った彼女は薄い緑色のブラを晒しながら、小首を傾げる。
天然パーマの栗色の髪が揺れた。
「す、好きな人なんて……」
いるわけ、ない。
また目を逸らし、もそもそと着替える。私の前だと格好を気にしない親友の、白い鎖骨やお腹を見なかったことにするためだった。
一人感じる、気まずさがまた増した。
「んー……」
余り納得していないような顔をして、シャツを羽織る。
「なんか、最近……可愛くなった」
ぎゅ、と心臓を掴まれたような苦しさ。手を握りしめて堪える。
こちらに背を向けたので彼女の表情は読み取れなかった。
「可愛くなんて、ないよ」
可愛いのは彼女の方だ。
色白でくるくるの髪。覗き込むと茶色い瞳はぱっちり平行二重。目尻はすこしだけ上がっていて利発的な彼女を表している。
容姿も性格も良いから、新しいクラスに上がってからも告白は絶えないようだ。
正直、嫉妬してしまう。
私なんて、黒い髪の毛のせいでもさくみえるし、一重だし、胸もないし……なで肩だし。
彼女といると劣等感を感じる場面は多い。最初の頃は、引き立て役だなんて思っていたけど。
今でもずっと三年間、一緒にいるのにはやっぱり理由がある。
いや、今は高校三年生の春を迎えたばかりだから、二年間か。
「かすみは元から可愛いよ」
「私よりずっと女の子って感じじゃん。性格とか、それに華奢だし。
でもなんか……最近すごく可愛くなった気がする」
桐はその"可愛いさ"がシャンプーの香りを変えたからとか、新しいグロスを使ってみたからだとか、そういうことを言いたいわけではなさそうだった。
「それで……好きな人でもできたかなーと」
恋は女の子を綺麗にする。クラスの女子たちをみればそれは明らかだけど。でも。
「……いないよ、好きな人なんて」
そう桐に言いつつ、自分にもそう言い聞かせているのは、私が人には言えない恋をしてしまったからなんだろうか?
それともこの恋が、暖かい陽だまり下でそっと綻ぶ瞬間まで、隠しておきたいからなのだろうか……