表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼と彼女と夢物語  作者: 伝説の自宅警備員
第一章―夢物語のはじまり―
9/32

七話―堂島少年の恋心―

今回スポットを翔の憎き相手、堂島淳史くんに当ててあげます。

 時は少し遡る。

 とある中学に一人、少し学力の乏しい人物がいた。クラスでいうところの常に平均以下。下の順位から数えた方が早い学力。五段階評価の成績も基本的に二か三がメイン。唯一体育のみが五であったのだが。


 閑話休題。 

 そんな少年は、家からそれほど近いわけでもなく、担任教師からは「お前の今の成績じゃかなり厳しいぞ」と言われながらも、それでも「いや、俺、受けます!」と頑なに諦める事なく、その少年の学力ではかなり厳しいとされる学校――翔の通う事になる橘東高校に受験する意思を固めていた。


 彼がそんな意思を固めたその日から、彼の今までを考えると到底考えられない程に勉強に勤しんだ。両親に頼んで家庭教師を付けてもらい、遊びの誘いを全部断ってでも、必死に勉強をしていた。



 ただ一つ。


 “綾瀬紗結と同じ高校に通いたい”


 その思いで一心に。




 ◇◇◇




 彼の名は堂島淳史。当時十二歳。

 その春、淳史は赤崖(あかがけ)北小学校を卒業し、中学へと進級していた。

 その中学には赤崖北小と赤崖東小の二つの小学校から半々の生徒が通う事になっており、当時の淳史はかなりのわんぱく小僧で、『絶対俺がこの学校の頂点を獲る!』と、東小から進級した生徒に睨みを利かせながら、そう息巻いていた。

 淳史はそう息巻くだけあって、彼と同じ小学校から進級した男子生徒の中には、彼に敵うものは一人もいなかった。

 そのため、東小の生徒を手中に治める事が出来れば、淳史は実質的に同学年の中で頂点を獲ったと言えよう。



 その頃、淳史の耳に妙な噂話が流れ込んできていた。

 その話によると、東小の生徒の中にとんでもなく“可愛い子”がいる事。

 また、それと同時にその子を守るかのように同学年はもちろん、先輩の生徒ですらも薙ぎ倒したという、かなりの“イケメンな男子”がいるという話だ。


 その話を聞いた時、淳史は正直始めの話には全く興味がなかった。

 それは、淳史はこれまで恋をした経験が一度もなく、また正直女というものに未だ興味がなかったためである。

 そのため、いくら“可愛い子”がいると聞かされても淳史は「あー、そうー」とそれだけの反応しか示さなかったのだ。


 しかし、その後の話には淳史はかなりの興味が注がれた。

 もちろん“イケメン”という部分にではなく、先輩をも倒したという話だ。

 自分でもまだクラスの粋がっていた東小の奴を倒しただけだというのに、そいつはもう先輩に手を出した、という事はもしかしたら自分と同じ野望を持っている奴なのかもしれない。もしそうでなかったとしても、それだけの力を持っているという事は事実である。

 興味をそそられないわけがなかった。


 淳史は同じクラスの東小出身者にその人物の話を聞き、どうやら名前は鮫島雅也だという事が判明した。更にどうやら空手を習っており、黒帯の実力者だという事も。

 淳史は胸の奥に何か熱いものが滾るのを感じ、『よっしゃー! そいつをこの手でぶっ潰す!』と、話もそこそこに雅也のいる教室へと駆け出していたのだった。




 ◇◇◇




 現在、時刻は夕日が落ち始め、影がだんだんと長く伸び始める、そんな時間。

 体育館裏に、そんな影が三つ存在していた。


 一つは心配そうな表情を浮かべている人物。

 一つは脱ぎ捨てていた制服の上着に付着した砂埃をぱっぱと払いながらそそくさと身支度をし、心配気に待ってくれていた人物の所へと歩み寄る人物。

 そして、最後の一つはというと両腕を大の字にして仰向けに倒れ込んでおり、その場から全く動く様子はなく、その表情はそれまで浮かべていたギラギラとした表情とは打って変わり、視点の定まっていない瞳で茫然(ぼうぜん)と空を眺め、今日の事を思い出していたのだった。





「おぉい! 鮫島雅也って奴はぁ、どいつだ!?」


 急いで駆け込んできたためか、淳史は息を荒くしながら雅也のいる教室の扉を力強く開けるとそう叫んでいた。

 周りのクラスメイトは皆一様に唖然とした表情で淳史を見つめ、次いである一人の人物にその視線を移していた。

 淳史がその視線の先を辿ると、短髪でガタイのしっかりとした鋭い視線をこちらに向ける、確かにイケメンと称していい男子生徒がそこにいた。



「ふっ、お前が鮫島だな?」


「――そうだがなんや?」



 淳史はにたっと悪い笑みを浮かべながら雅也に問い掛け、雅也は面倒くさそうにしながらそう尋ね返していた。



「俺は一組の堂島淳史だ! 鮫島! 俺と勝負しろ!」



 左手を腰に当て、右人差し指を雅也の方に突き立てると、淳史はそう言い放つ。



「......は? なんでそんな面倒くさい事せにゃあかんねん」



 淳史の言い放った言葉の意味は分かっても、「はいそうしましょか~」なんて、雅也にとってはただ面倒臭い事であり、そんな言葉は当然出てくることはなく、嫌々そうに淳史に告げるのだった。

 淳史は単細胞な頭であったためか「なんで?」という言葉にどう理由付けすればいいか分からずにいた。

 しかし、その時『そういえば......』とある事を思いだし、雅也に嫌な笑顔を向けた。



「――お前、確か“綾瀬”って子と仲が良いんだったよな?」



 その言葉を淳史が言った瞬間だった。淳史は突然背筋に冷たいものを感じた。

 世界がまるで凍りついたかのように周りの空気も変わっていた。 

 それは、淳史が“綾瀬”と言った瞬間に、雅也からとてつもない殺気を籠められた視線が淳史へと突き刺さったからである。

 そして、周りの生徒も雅也がどれだけ紗結の事を大切にしているか、ここ数日で理解していた。また、一部の生徒は既に雅也によって理解させられていた。

 そのために、淳史が言い放った言葉でフリーズしてしまったのである。


 淳史の頬をつー、と嫌な汗が流れた。



(こんな殺気の籠った眼、初めて見るや......。これはとんでもない奴に手出しちまったか......)



 初めて感じる死の恐怖に、淳史が内心で(おのの)いていると、



「――堂島って言ったか。いいだろう、放課後体育館裏に来い。生きてることを後悔させてやる」



 ――


 ――――


 そうして現在、淳史は雅也に仰向けにさせられていたのだった。


 淳史は雅也の視線に思わず尻込みしながらも、それでも果敢に挑んでいた。

 放たれる拳はその威力を物語るかの如く、ゴオっと空気を切り裂くような音をさせ、もしその拳に触れようものならば、確実に雅也は何かしらの被害を被っていただろう。


 しかし、実際は淳史から放たれた拳、蹴りは(ことごと)く避けられ、または()なされ続け、淳史の息が荒くなり、一呼吸置こうと淳史が手を止めた瞬間だった。雅也から目にも止まらぬ速さで正拳突きが放たれ、淳史の鳩尾を捉えていた。

 雅也の放った空手で培ってきたその強力過ぎる一撃。淳史は目が(かす)む程の衝撃で、鳩尾を打たれたことで呼吸が出来ず、苦しくなって思わず背を丸くして顔を下したところ、今度は雅也の右膝蹴りが淳史の顎に鋭く決まっていた。

 今度こそ視界が霞む程度では収まらず、意識を手放してしまった淳史は、気が付いた時にはいつの間にか地面に大の字になっていたのだった。


 格の違いを思い知った淳史は、『この学校の頂点』という夢は無謀だったなと「ははっ」と乾いた笑いを上げる。


 そうして淳史が思いに耽っていると、不意に顔に影が掛かった。


 先程まで戦闘の興奮と、荒くなった息で激しく鼓動していた心臓だが、倒れた勢いで普段通りの鼓動に戻っていたはずの心臓。


 しかし、影の掛かった方に視線を向けると淳史の心臓の鼓動は今まで経験した事もない程に激しく鼓動していた。



 夕日の光を反射する、長くて艶のある髪。透き通った肌。

 心配そうに淳史を覗き込む様は、まるで聖女様を彷彿とさせた。

 垂れさがった髪が風に揺られ、淳史の鼻腔へと漂う仄かな匂い。

 少女のそんな様に淳史の心は打たれていた。



「......あ、あの......大丈夫、ですか?」



 そうして視線を彼女の瞳へと向けると、彼女は躊躇いがちに淳史にそう尋ねていた。

 淳史はその癒しの効果のありそうな声に心が弾むように踊り、顎やお腹の痛みも忘れ、ばっと起き上がった。



「これしきのこと、全然へっちゃらですよ!」



 起き上がると彼女へと向かい合い、やたらと綺麗な白い歯をきらっと見せ、顔を若干赤くさせながらも右手を敬礼ポーズにしつつ、淳史は彼女へと笑顔を向けるのだった。


 その時、淳史の後頭部に重い衝撃が走り、その拍子にだんだんと淳史の意識は再び薄れていく。



「な、な、なにやってんのまーくん!?」


「ん? そいつの顔がムカついたからついな」



 意識を手放す前、二人がそんな会話しているような気がした淳史だったが、今は聖女様みたいな彼女に心配され、更には声まで掛けてもらえた事が何よりも嬉しく、幸せそうに顔を蕩けさせながら淳史は意識を手放すのだった。


 そして、淳史が目を覚ました時、既に辺りは真っ暗で二人の姿はそこにはなかった。




 ◇◇◇




 次の日、淳史はあの聖女様こそが、入学して直ぐに噂になった“可愛い子”と評判の綾瀬紗結であるという事をそこで知った。


 つまりは、雅也が常に守り貫いている少女、紗結である。


 淳史は昨日初めて感じたときめきと、雅也への強さからか、それとも二人の仲の良さからか、はたまたその両方からかは分からないが、雅也へ羨望と嫉妬の念を胸に抱きつつ、それが紗結へと恋い焦がれている気持ちなのだと気が付いた。


 そう、これが初恋だと淳史は知ったのだった。



 それからというもの、淳史は『頂点を獲る』なんて事は綺麗さっぱり頭から消え去り、中学三年間想い変わらず、ずっと紗結へと恋心を抱き続けた。

 しかし、三年間淳史と紗結は運悪く一緒のクラスになる事は一度もなく、また淳史が紗結へと近付きたくても常に雅也が傍にいて、話し掛ける事さえ叶わずにいた。


 それでも諦め切れずにいた淳史が三年生になった時、紗結の志望校が橘東高校だという事を風の噂で知った。

 その事実を知るや否や、淳史は遊びも寝る間も惜しんで、一心になって勉強に勤しんだのだった。


 その結果、見事淳史は紗結と同じ橘東高校に合格できたのだった。




 ◇◇◇




 そうして時は橘高校始業式の日となる。

 淳史がいざ自分のクラスへと行くと、やっと恋の神様が微笑んでくれたのだろう。遂に紗結と同じクラスになれたのだった。

 更には、強敵であり、究極の邪魔者でもある雅也は、なんと別のクラス。


 淳史は、思わず涙する程歓喜した。


 そして、紗結を見守るという名目で一心に紗結を眺めていると、朝のHRが始まるギリギリの時間になって、やっと紗結の隣の席になる男子生徒が現れた。

 見るからに頼りなさそうな少年。そして、やけにおどおどしていた。

 そんな少年がある一点を見ると、まるで時が止まったかのように彼は固まっていた。


 淳史にはその視線の先に何があるか、なんで固まってしまっているのか、その理由に直ぐ気が付いた。

 その先には紗結が居る事、そして紗結を見て見惚れているのだという事。

 何故ならば、その少年以外にも紗結の方に視線を送り、その少年のように固まっている者を何人も見てきたからだ。


 この日、淳史は紗結へと恋心を抱くものは全て排除、(もとい)教育してやろうと考えていた。

 それは、三年間くすぶっていた恋心が、やっと一緒のクラスになれた事で爆発したのだろう。

 そして、淳史は斜め後ろの席から観察していた為よく分かったが、どうやらその少年は、紗結の方をちらちらと視線を送っている事に気が付いた。


(こいつは早めににしめといた方がよさそうだ)


 そう抱いた淳史だったが、そうこうしている内に紗結が翔の視線に気が付き、翔へと話し掛けていた。

 これだけで、淳史は中学三年間一度も話す事が出来なかった事から、ただ隣の席だけで話し掛けてもらえた事に強烈な羨望と嫉妬の念、激しい憤りを抱き、思わず今すぐにでも殺してやろうかと思った。

 そして、当の少年はというと恥ずかしかったのだろうか、そのまま返事も返さずにうつ伏せになってしまっていた。


 その気持ちは淳史にもなんとなくは理解できた。あんな絶世の美少女にいきなり声を掛けられれば誰だって緊張してしまうだろうと。


 しかし、それとこれとは別の話。


 紗結を無視した事は絶対に許せない事だ。


 あの少年は必ず粛清する......淳史はそう心に誓っていた。




 ◇◇◇




 そうして始業式が終わり、帰宅時間になると淳史はその少年が帰る時を見計らっていた。

 当然、その日の内に粛清するつもりだったからである。


 そうして淳史が見計らっていると、肩で空気を切りながら堂々とクラスに一人の人物が現れた。淳史の恋敵――淳史が思っているだけ――雅也である。

 その登場に淳史は驚き、周りのクラスメイト同様思わず雅也を目で追っていた。

 雅也の突然の登場に(おのの)いていた淳史だったが、中学の頃から雅也と紗結は登下校を共にしていた。

 そのため、淳史は紗結に近付く事も、話し掛ける事も出来ずにいたのである。

 当然、この日も一緒に帰るのだろうと思い至った淳史は、雅也へと羨望と嫉妬の視線を送り、そして雅也の登場による周りの様々な反応を窺う事にした。


 雅也の『紗結』という紗結への呼び捨て。紗結の『まーくん』という親しげな呼び方。

 どうやら周りはこの親しく接する二人に意識を奪われているようだと感じ、これをきっかけにライバルが減ってくれればと淡い期待を抱きつつ、視線を雅也へと戻す。

 すると、雅也は紗結の(もと)におり、そして隣の少年に一瞬の驚き、そして淳史自身も向けられた事があった、殺気の籠った鋭い視線を少年に送っていたのが窺えた。


(さすが“天使の騎士様”だこと)


 淳史は少年が紗結へと恋心を浮かべている事に気付いたため、殺気の籠った視線を送ったのだと思った。

 そして、少年はその視線に耐えられなかったのかその場から逃げ出していた。

 ざまぁみろと淳史は思いながら、そのまま少年を始め追いかけて予定通り粛清しようと思ったものの、暫し逡巡する。


(あれは気が弱そうだし、どうせライバルにゃなれない。まぁあんな小物は今は放置でいっか)


 淳史はそう思い直し、それよりもクラスで紗結へと未だ熱い視線を送っている奴を粛清しようかと周りを探る事にしたのだった。



 そうしてその日、淳史は最後まで諦めず紗結へと熱い視線を送り、声を掛けようとしていた少年三人を粛清した。そして、そのまま手懐けた。

 その三人こそ、今では紗結の取り巻きの久保田健、郷田太郎、上島貴志であった。


 そして、紗結へとちょっかいを出しそうな者を淳史と共に三人は血祭りに上げるようになったのだった。




 ◇◇◇




 数週間が過ぎた頃、紗結の隣の席の少年、雨音翔がどうやらまだ紗結へと恋心が残っている事を淳史は悟った。

 ついこの前まで翔は見るからに抜け殻のようになっていたため、淳史は粛清せずに放置していた。

 しかし、淳史は常に紗結の事を見ているために気が付いたのだが、最近になってまた翔が紗結をちらちらと見ている事に気付いた。そのため、いつ粛清してやろうかと淳史が胸に抱いていた。

 そんなある日の朝、いつも通り紗結の周りに集まっていると、突然紗結から話し掛けられた。

 紗結から話を振られた事に、天にも昇るような幸福感を抱いた淳史だったが、しかし、その内容に腹を煮え繰り返されるような思いを抱いた。



「あ、あのね、堂島くん。それとみんなも聞いて欲しいんだけどね、どうやらわたしたちがこうやって集まる事によって、その......雨音くんに迷惑を掛けているかもしれないなって思って、ね? ほら、いつも休み時間、雨音くんは席に居ないでしょ? それってもしかしてわたしたちが集まってるから居づらいからなんじゃないかって思ってね......。それで相談なんだけどね、雨音くんが席にいる時は集まらないか他の所に集まってお話するようにしない?」



 可愛く小首を傾げて尋ねる紗結に、淳史含め紗結の取り巻き一同ずきゅんとハートを撃ち抜かれた。


 しかし、その内容は紗結が翔を気遣っての事だった。その事に淳史は無性に腹が立った。

 紗結は心優しい持ち主である事を淳史は知っている。初めて紗結と逢った日も、自分が喧嘩を吹っかけたというのに、そんな自分へと心配そうに声を掛けてくれたのだから。


 しかし、それを気の弱いどうしようもない人物に向けている事が、嫉妬心からか、どうしても許せなかった。許せないがあまり、淳史の心の中では勝手に翔が紗結にそう言わせたのだと決め込んでいた。


 そしてこの日、翔を粛清しようと淳史は心に決めたのだった。




 ◇◇◇




 淳史が翔を粛清し、次の日気分良く登校すると紗結は自分の席でなく、友達の桐崎楓の席のある方へと居た。これは昨日紗結が言った事を守っているのだと淳史は悟り、紗結に気を遣わせている翔に再び怒りを覚えた。

 しかし、昨日はいつもの粛清とは違い、かなりのものを翔に与えていたため、今回はまぁ許してやろうと紗結の下へと向かったのだった。



 しかし、その心も直ぐに翔が教室に現れ、席に着いた時には失われていた。


 淳史は紗結の一挙手一投足を見逃さず、いつも欠かさず見ているのだが、翔が登校してきた瞬間に紗結の表情が変わった事に気が付いた。

 どこか嬉しそうにする表情、そして翔が席に着くとその表情はより一層深まり、聖女様を彷彿させる微笑みへとなっていた。

 淳史はその美しさにときめくも、その表情は自分に向けてではなく、翔に向けている事に腹が煮えくり返り、その表情は自分に向けるべきものだと勝手に激しく憤り、翔へと殺意の籠った視線を送るのだった。


 そうして淳史が憤り、殺意の籠った視線を翔へと送っている間、いつの間にか朝のHRとなっていた。

 そして、HRの内容も耳に残らないままHRは終わっていて、また紗結の下に集まっていた。

 淳史はその間、紗結へと熱い視線を送り、そして翔へと殺意の籠った視線を交互に送り続けていた。



「よっ! かっける~、来たぜ来たぜ~!」



 淳史が視線を紗結と翔を交互に行き来していると、そう陽気な声でクラスへと入ってくる人物が現れた。


 淳史はその言葉に一瞬理解が出来なかった。

 見るからに女性にモテるであろう爽やかイケメン。そんな人物がクラスに一人の友達も、話す者もいない翔の下へと親しげに向かっていくのだから。


 そして、クラス中の視線を浴びる中、そのイケメンと翔はクラスから出て行った。


 淳史は、二人はどうゆう関係なのかもの凄く気になった。

 しかし、今はせっかく紗結と一緒に居られる時間なんだとそんな思いは振り払い、紗結へと視線を戻し、また紗結の一挙手一投足を楽しむ事に気持ちをシフトした。すると、紗結も二人の関係が気になるのか、翔と爽やかイケメンが消えた方へと視線を注いでいる事に気が付いた。

 淳史はまたも紗結の心を惑わす翔に憤りを覚え、苛立たしげに翔が消えていった方へと視線を送っていると、不意に横から声が掛けられた。



「えーと......ちょっといいかい? お前とお前とお前とお前。ちょっと話したい事あるからこっち来てくんない?」



 消えていった前のドアの方に視線を送っていた為に気付かなかったようだが、先程の爽やかイケメンがにこにこと、されどその瞳の奥に全く色を感じさせない、そんな瞳で、淳史、健、太郎、貴志を見据えながら、廊下の方へと親指を向け、そう告げていた。


 こいつは何を言い出すのやらと思い、怪訝な表情を浮かべながら顔を覗き込んだ淳史だったが、その表情の奥に隠されている何かに知らず知らずの内に身体が身震いし、何故か額から一筋の汗が流れていた、そんな矢先の事。



「なんじゃい我は!?」



 爽やかイケメンに向かって、貴志が眉間に皺を寄せながらそう吐き捨てていた。



(よくもまぁその身長と体格であんな底の見えない眼光をしているイケメンくんに物怖じせずいけるよな......)



 半ば感心、半ば呆れた表情を淳史は浮かべながら、そういえば自分が初めて貴志を粛清した時もこんな感じに威勢だけはよかったなぁと思い出す。


 爽やかイケメンのスマイルと、それに伴って目の奥の鋭さがより一層深くなり、野生の勘なのか、只ならぬ気配を察した淳史は、これは何かやばいと淳史の第六感が警鐘を鳴らし、自分が話を通さなければと焦る淳史。



「貴志、お前はちょっと黙ってろ。その話ってのは向こうで話さないといけない事、なんだな?」


「あぁ。俺もこんなとこで話したい事じゃないし、それに、お前らにとっても......だと思うぜ?」



 淳史も成長している。昔の単細胞はどこへやら。

 先程翔と共に居た事から、淳史は話の内容を何と無く察した。淳史がそう尋ねると、爽やかイケメンはほんの一瞬紗結の方に視線を向け、そう告げていた。その視線の先に居た人物が紗結だと気付いた淳史は、どうやら自分の予想が当たっていると確信し、小さく「ちっ」と舌打ちをすると、健、太郎、貴志に視線を向け、最後に爽やかイケメンを見て顎で廊下の方へと差し示すと、爽やかイケメンは理解したのか反転して廊下へと向かい、それに淳史達四人も続いたのだった。





「とりあえず俺は五組の長谷川亮だ。んで、どうやらお前は話の内容を理解しているみたいだな。それに、この中のリーダー的存在って感じか?」



 廊下へと出て暫く無言で歩き、周りに誰もいないところまで行くと、爽やかイケメンこと亮は、その表情を一転させ、全くの無表情な顔になり、淳史へとそう告げたのだった。

 淳史はその表情の変化に怖気が走る思いをしたものの、とりあえずは話を先に進めようと応答する。



「......あぁ、まぁそんなもんだ。んで、俺達への話って雨音のことか?」


「そうだ。翔は俺の親友だ。昨日みたいな事を当然俺は許すつもりはない」



 何と無く予想していた内容を淳史が亮へと問い掛けると、その言葉に亮は無表情に坦々と答えた。

 その瞳は何を考えているのかまるで分からず、見ている者に恐怖を抱かせた。

 既にチャラ男こと健と、いつも粋がっているが本当は小心者の太郎は、そんな亮の表情に顔を引き攣らせ、少し怯えているようだった。


 淳史はそんな二人を睥睨(へいげい)し、亮へと視線を戻すと、亮のその表情や口調に少しの恐怖を抱きつつも、たかが一人の人物が自分達四人をどうするんだと思い直し、虚勢を張る勢いで「ははっ」と笑いながら亮に告げる。



「許すも許さないも、お前一人で何が出来るって......」



(......言うんだ。)



 そう告げようとした淳史だったが、その言葉が紡がれる事はなかった。

 呼吸が出来なかったために、その続きの言葉が言えなかったためである。

 どうやら淳史が笑いながら告げようとした所に、亮が左脚で淳史の鳩尾に突き蹴りを喰らわしていたようだ。



「てんめー、このやっ......う゛......」



 単細胞な貴志は、亮が淳史に蹴りを喰らわせた事に気が付くと、怒声を張りながら亮へと拳を振りかざそうとしていたが、その矢先、再び亮の左脚が今度は貴志の横っ面を些かの手加減もなく蹴り飛ばし、貴志は体重が軽かった事もあってか、横っ飛びに吹っ飛んでいた。


 その光景に唖然と固まっていた健と太郎。そんな二人に亮は何の躊躇も容赦もなく、健と太郎の顎を捉えるようにそれぞれ一発ずつ蹴りを放っていた。


 顔面に蹴りを喰らった三人は、三人共に意識を手放し、淳史はその光景をお腹を押さえながら、只々見ている事しか出来なかった。


 意識を失った三人を睥睨した亮は淳史へと振り返り、無表情のまま近付いていく。

 その気迫に思わず後ずさりしてしまう淳史。淳史の目と鼻の先まで亮は近付くと、坦々と言葉を紡ぎ始めた。



「さて、実力の差はわかったか? 翔に言われてたし、正直手を出すつもりはなかったんだけどさ、お前らみたいな馬鹿はこれくらいしないとわからんだろ? 翔があそこまでヤられたんだ。お前らに一切お咎め無しってのはあんまりだもんな。それに喧嘩は止められたけど、これは喧嘩じゃなく一方的な只のお仕置きに過ぎないもんな」



 亮のその表情と腹部の痛さからか、顔を引き攣らせている淳史に向かって亮は無表情にそう語る。一拍置いて、「それに」と前置きし、無表情から一転、どこか悪い笑みを浮かべながら更に続ける。



「お前らさ、綾瀬さんの事が好きなんだろ? この事を彼女が知ったらどうなるのかな? 楽しそうだな? まぁ......これが最終忠告だと思え。もしまた翔に妙な真似でもしたら、今後生きている事を後悔させてやるからな」



 悪い笑顔から一転、鬼気迫るような表情で紡がれた言葉に、淳史の全身から寒気が走り、血の気の引いたような表情を浮かべる淳史。


 そして何も返せず、只々呆然と亮を見つめるしかなかった淳史に、亮は満足そうな表情を浮かべると、そのまま踵を返し、自分のクラスへと戻るのだった。



(それでも、俺は......)



 目の奥に依然として決意の光を(とも)しながら、亮の後ろ姿を苦虫を噛み潰したかのように表情を歪め、失神して倒れ込んでいる三人を面倒臭そうに舌打ちをしながら蹴って起こすのだった。



堂島少年の熱過ぎる恋心が嫉妬の塊となって周りなどお構いなしに傷つけているのですね。傍迷惑もいいとこですが、果たして悪いのは堂島少年だけなのでしょうか......? 

美し過ぎるのも罪って言いますよね? 紗結さん?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ