四話―身勝手で残酷なのが現実―
今回短めです。
悲しい気持ちにさせてしまったらごめんなさい。
その表情は、まるでこの世の終わりだというように血の気が完全に引き、蒼白となっていた。
「お~らよっと」
そんな掛け声と共に、翔は連れてこられたトイレの裏で、両腕を掴んでた二人に蹴り飛ばされて、尻餅を付いていた。
そんな翔に対し、薄気味悪い表情を浮かべながら淳史が問いかける。
「さ~て、雨音。俺らがお前に何の用があるかわかるかい?」
「......」
「あらら~、いつものだんまりか~い? そうゆう態度してると痛い目みるよ~」
「うっ......」
実に人を甚振るのが好きそうな笑みを浮かべながら、チャラ男風の健が翔の鳩尾に蹴りを放ち、翔は思わず呻き声を上げた。
翔は、こんな状況に陥っているのは紗結の取り巻き連中の四人組である事から百パーセント紗結関係であるとは確信している。
それでも、何故それがイコール自分を甚振ることなのかが理解出来ず、どうしていいか分からないまま蹲っていた。
「おーい、生きてますかー? しっかり返事しないとまた痛い目見るよー? じゃあもう一回聞くよ? 俺達が君に何の用だかわかるかい?」
「......」
「んー相変わらずなんも喋んねーやつだなっ!」
「あぅ......」
「ほんと、こうゆうとこ無性に腹立つやっ、っとぉー!」
「あ゛っ......」
「おいおい、あんま虐めんなってー。ほどほどになっ、とっ!」
「う゛っ......」
何も答えられない翔に再び、今度は太郎と貴志の二人から両脇腹に蹴りを喰らい、翔はまたその痛みに思わず呻き声を上げてしまう。
「おい雨音ー。なーんでおめぇがこうゆう状況になってんのかわかんないの? わかってるよなぁ......俺らがてめぇに腹が立ってるからだよー!!」
沸点が低いのか、そんな翔に完全に頭に血が上った淳史が思いっきり翔を横薙ぎに蹴り飛ばす。
すると、他の三人も笑いながら翔を甚振り始めた。
四方から蹴られ蹴られ蹴られ......翔はもう呻き声さえ出せずにいた。
(なんで......なんで......俺がこんな目に合わなきゃなんないんだよ......)
心中でそんな事を何度も何度も思いながら、目に涙を浮かべ、翔はその理不尽な暴力に必死に耐えるのだった。
◇◇◇
「これに懲りたらもう余計な事紗結ちゃんに喋んじゃねーぞ!」
意識が朦朧とする中、翔にしてみれば何の事やらまるで分からないそんな言葉が淳史から投げ掛けられ、四人の姿は翔の前から消えていった。
後に残るはあちこち傷や痣だらけになり、意識を手放す翔の姿のみだった。
――「あ、ありがとう......」
――未だに潤んだ瞳で顔を赤くしながらこちらを見据え、そう告げる少女がいた。
(確か......あの子は......)
それは、翔がここ最近よく見る夢に現れていた少女。
しかしながら、翔の記憶にはない、見たこともない美少女である。
そして、今回の夢では普段見ていた夢の中にはなかった光景があった。
普段の夢では、少女が「助けて......」と切実に零し、その潤んだ瞳と見つめ合った自分は、その後何か行動に移すのか否かって時にはいつも目が覚めていた。
『ありがとう』という言葉から連想するに、その後もしかしたらその少女を救い出せたのかともと嬉しさが込み上げてはくるが、それにしてもやはり翔にはそんな体験に記憶はない。記憶にないことで喜んでもしょうがないだろうという気持ちが湧く。
しかし、そんな少女の表情を思い出すと、どこか妙に心に残るものがあった。
それは、単にいつも助けられずに終わる夢が、どうやったのかはわからないが助け出したかもしれないという安堵からか......それともその少女にお礼を言われ、間近で見つめ合った時にどこか紗結と初めて出逢った時のような衝撃があったからなのか......。
「――それよりも此処は......って、いてててっ......」
夢の内容に悩んでいた翔であったが、ふと、周りを見渡すと既に夕日は沈みきっており、辺りはもう暗闇に包まれていた。
頼りの明かりはトイレに設置されてある蛍光灯と一本の街灯のみだった。
翔は先程の少女の事は頭の片隅に追いやり、それよりもどれくらい意識がなかったのだろうか......そんな事を考えている内に身体の節々から伝わってくる悲鳴のような痛みに、四人組にボコボコにされた情景が思い起こされる。
何故、自分がこのような目に遭わなければいけなかったのか......やはり理解出来ず、不条理だと怒りが沸々と込み上げ、そしてボコボコにされていた時の恐怖を思いだすと、怒りや悔しさが綯交ぜとなった涙が思わず溢れ出していた。
しかし、ここで泣いていたって仕方がないと、痛む身体に鞭を打って起き上がり、とりあえず顔と傷口くらいは洗っておこうかとトイレの洗面所へと向かった。
トイレの洗面所にある鏡を見れば、顔はさすがに蹴らなかったのか痣はなかった。あるのは始めに転んだ時に受けた顎の傷痕が、血と砂利が固まっている状態で残っているだけ。
それに不幸中の幸いか、もしくは意図してなのかは本人達ではないからわからないが、身体中打撲や打ち身といった痣が多数あれど、極端に腫れていたり、曲がっていたりしない事からどうやら骨が折れていたり、罅が入っていたりはしない事が分かった。
とりあえず傷口を洗おうと少し錆びた蛇口を捻り、水を掬って顎の傷を重点的に洗い流す。
そして、次は腕や脚の傷を洗ってしまおうと服の袖やズボンの裾を捲っていると、翔の耳にザッザッザッザッと、小気味よく砂を蹴る音が聞こえてきた。
その音からして誰かが走っているのだろうと想像ができ、それと同時にだんだんと音が大きくなっていく事から、どうやらこちらに向かっているようだ、と気付いたものの、どうせそのまま前を通り過ぎるだろうと翔は洗い流す作業に専念した。
しかし、そんな翔の予想は外れた。
その走っていた人物は近くまで来るとそのまま翔のいるトイレへと入ってきた。そのため、思わず翔はその人物に視線を向け、自然と二人は見つめ合っていた。
その人物は、翔が見上げてしまう程の身長があり、腕や胸がよく鍛えられていると分かる程の筋肉が付いていた。
髪型は短髪で、顔は目が切り長であるのが特徴の、十人中十人の人がイケメンだ! と、胸張って言えるような、翔と同年代だが同年代とはまるで見えないような凄味のある男性。
橘東高校に通っている同年代の生徒ではまず知らない者はいないだろうと思われる人物。
それでいて、クラスメイトの名前さえ未だに知らない翔でさえも知っている有名な人物。
翔の想い人である綾瀬紗結の幼なじみ――鮫島雅也。その人がそこにいた。
しかし、何故雅也がそんなにも有名人なのか......それも友達のいない翔の耳にも伝わる程の有名人。
その理由はもちろん、紗結の”幼なじみ”であることが一つ大きな要因だろう。
なんせ幼なじみであるために、絶世の美少女である紗結と気安く喋っているのだ。それだけでもそいつは誰だ? と紗結を狙う男達から目立つ。
それに加え、女子を魅了する程のルックスの持ち主であり、更に背の順で常に一番後ろか二番目になるかの長身で、スポーツ万能である。
そりゃ有名になる事間違いないだろう。
だが、雅也が有名な一番の理由はそこではない。
中学の頃、女子達の間で命名された雅也の代名詞とも呼べる名『天使の騎士様』が原因であろう。
紗結はその美貌に似合わず、天真爛漫で天然でうっかりとした性格から老若男女に好かれるのは当たり前だったのだが、それに加え年齢を重ねる事に悪い虫も寄ってくるようになった。
その相手が雅也にとって先輩だったり、時には変出者であったり、とにかくいろいろな輩が群がってきた。
雅也は小学校高学年の頃から空手を習っており、その類稀なる肉体と運動神経で直ぐに黒帯をつける程となった。
中学校に上がる頃になると周りからの紗結へのアプローチが激化した。
そんな中、明らかに紗結に対して邪な考えを持つ者達を、雅也は空手で培ってきたその実力で、先輩後輩関係なくバッタバッタと薙ぎ倒していき、そうしていく中で雅也はいつの間にか周りの女子から『天使の騎士様』と呼ばれるようになり、雅也の知らぬ間にそれが広まっていったのである。
同年代はもちろん、先輩をも圧倒するほどの実力を持ち、更に長身のイケメンだ。
まずモテないわけがない。
それでいて、雅也には今まで恋人という存在がいなかった。
そのため中学の頃から『天使の騎士様』という異名が付けられると共に、紗結同様ファンクラブまでもが出来る程のモテっぷり。
そんな雅也であるからこそ、まだ高校入学して間もないというのにその噂は他校の中学に通っていた者達にも直ぐに広まり、実際に紗結へとちょっかいを出そうとした同年代や先輩達を薙ぎ倒した事もあって、紗結と共に一躍有名人となったのだった。
そんな有名人と翔は目が合ってしまって固まっていた......のだが、何故か雅也の方も同様に固まっていたのだった。
そして、一瞬の驚きの後、雅也の口から声が漏れていた。
「な、んで......お前、此処にいるんだ......?」
それは、思わずといったような呟き。
しかし、その直後、何故だかわからないが翔を見る視線が鋭くなっていた。
そんな鋭くなった視線に翔は少し身体が震えつつ、先程雅也が呟いた言葉に内心で首を傾げる。
そう。雅也が呟いたその言葉......それはまるで翔の事を知っている上で、何故ここにいるのかと尋ねている、そんな聞き方だったのだから。
いじめ、かっこ悪い。
基本的に理不尽な理由が大半なんですよね、いじめって。
そしてここで再びイケメンライバル? 登場ですね。