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彼と彼女と夢物語  作者: 伝説の自宅警備員
第二章―変わりゆく何か―
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第六話―何よりも大事なもの―

忙しさにかまけてここまで執筆が遅れてしまって読んでくださっている方に本当に申し訳ない。これからなんとか復帰します。

「はぁ......くそっ」



 子供達の楽しそうな笑い声が其処彼処(そこかしこ)で響き渡り、騒がしさで溢れかえっていた昼間の喧騒とは打って変わり、時刻は既に八時過ぎ。完全に静まり返っている公園のベンチで一人、溜息を吐きつつその感情を露わにさせる少年――鮫島雅也。

 彼が抱いている感情、それは果たして誰に対してのものなのか......いや、もしかしたら自分に対してのものなのかもしれない。

 多分、誰かに対しても、自分に対しても、その両方共がその言葉には込められていたのだろう。


 そもそも、何故彼がこんな感情を抱いているのか......。

 それは昼間の出来事に話は戻る。




 ◇◇◇




(......ん? 今、なんか......水滴? か、何かが落ちたような音がしたような......)



 紗結を心配そうに見つめていた雅也が、紗結の方から発せられた音に訝しそうに眉根を寄せる。

 一瞬、何の音なのかさっぱり分からなかった雅也だったが、次いで再び耳に届いたその音に直ぐにその正体が気がついた。



(......泣いてんのか?)



 雅也は戸惑う。今のどのタイミングで泣かせてしまう原因があったのか......。

 いや、雅也も分かってはいるのだろう。今日はそれが原因で紗結は雅也に話があったのだろうから。


 しかし、泣いていると気がついた雅也だったが、そんな紗結に声が掛けれずにいた。

 正直、どうしたらいいか分からない......それが雅也の本音だった。


 紗結と幼なじみである雅也。当然幼い頃から紗結の事をずっと見てきたし知っている。

 天真爛漫であり、感情表現豊かで直ぐに何を考えているのかが分かってしまう素直な女の子。それが雅也がずっと一緒に居続けてきて、ずっと見続けてきた彼女の性格である。


 なので、今回も何か隠しているのは直ぐに気が付いた。

 いや、正確には直ぐにではない。

 今日、この日。雅也は紗結と休みの日に二人きりで会えることに興奮していた。それは当然だろう。好きな人と二人で会える。しかも、もうその想いを(とど)めておかなくてもよくなったのだ。自分で決めた枷から漸く解放されたのだ。興奮しない訳がない。

 そのため、興奮しすぎて周りがあまり見えなくなってしまっていた雅也には、始め紗結のその機敏に気が付くことが出来なかった。

 しかし、それでも長いこと一緒にいた二人だ。そんな有頂天になってしまっている雅也でも、対して時間も(よう)することもなく、紗結の変化に気が付いた。



『――で、紗結......今日はどうしたんや? なんか......元気なさそうやけど......?』



 だから告げた言葉だったのだが、まさか涙を流すほどのものだとは思わず、そして、なんて声を掛けてもいいかも分からず、雅也は一気に高揚していた気分が霧散し、目に見えて狼狽してしまう。

 こんなとき、紗結の親友の楓ならなんとかしてあげられてるのにな......と、歯噛みしながら、雅也は必死に言葉を探す。



(大丈夫か......? 俺が相談に乗ってやる......とか? はぁ......こうゆうの苦手なんだよなぁ)



 雅也は「ん゛ー」と、頭を掻きながら考えを巡らせ、そして漸く投げ掛ける言葉が決まった。

 雅也が紗結に言葉を投げ掛けようと紗結へと視線を移すと、そこには潤んだ瞳で雅也を覗く紗結の姿が。その表情に、こんな時に何故? と思いながらも思わずドキッとしてしまう雅也。それは、仕方ないだろう。好きな人の潤んだ瞳だ。しかも相手は誰もが認める美少女。可愛くて仕方がない。雅也でなくても思わずドキッとしてしまっただろう。

 そんな雅也の内心を知ってか知らずか、紗結は「ふふっ」と、目を赤くしながらも小さく笑う。



「なっ、何笑ってんだよ!?」



 突然笑われてしまったことに、雅也は自身が胸に抱いた想いを悟られたのかと思い、焦って乱暴に言葉を返してしまう。

 しかし、先程までは紗結を心配しての言葉を投げ掛けるはずだったのに、何をやっているんだと雅也を言ったそばから後悔を始める。

 紗結はそうして、やってしまった感の溢れる表情を浮かべる雅也を見て、再び「ふふふっ」と、笑いが込み上げてしまう。



「......紗結、いい加減笑うなよ。怒るぞ?」



 再び笑われてしまったことに、さすがに雅也もイラッときたのか、沸点の低い雅也は機嫌悪いぞオーラを出し始める。

 完全に慰めるどうこうといった話を忘れてしまっているようだ。



「ふふっ、ごめんね。まーくんが私の事心配してくれてるのが伝わってきたんだけどね。必死に言葉を探そうとしてくれている様子を見たら、なんだかおもしろくなっちゃって......」


「てっ、てめー紗結! それはどうゆう意味――」



 そうしてまた「ふふっ」と、雅也の怒気など柳に風の如く紗結は目の端の涙を指で拭きながら小さく笑い、その様子に更に怒りのボルテージの上がった雅也が声を張る。完全にファミレスにいることさえも忘れてしまっているようだ。



「ちょ、ちょっとまーくん。しーー。もうちょっと声のボリューム落としてよ」


「......っ、悪い」



 そして、紗結が周りを見て慌てて雅也の口元を自身の手で覆う。雅也は先程の怒気はなんだったのやら。紗結の手が触れている口元から伝わるその温もりや、女の子特有の仄かな甘い匂いに一気に顔が熱くなるのを感じ、雅也は必死に悟られないようにと顔を背けて紗結へと言葉を返す。


 紗結は雅也のその表情に、声を張り上げてしまったことに恥ずかしくなったのだろうと思い、それがまた可愛く今度は雅也に分からない様に微笑む。



 どうして紗結は今日、楓ではなく雅也に時間をとってもらったのか。それは、当然自身の恋路を知っている雅也に相談したかったという理由もある。

 ただ、それは理由の一つでしかなく、それよりも雅也は紗結にとっての”大事な人物”なのだ。

 それは、女性が男性に対して抱く”大事”というよりは、兄弟姉妹、家族に抱くような感情のそれに近いだろう。

 紗結と雅也は幼い頃から常に一緒に居た。楽しい時も辛い時も、雅也は常に傍で一緒になって笑ってくれたり、悲しんでくれていた。

 そんな相手だからこそ、今回も紗結の”一番大事な”雅也に”一番始め”に話を聞いてもらいたかったのだ。

 そして、そんな時、いつだって雅也はいつもそのリアクションで紗結を笑わせてくれる。悲しい気持ちを吹き飛ばしてくれる。だから雅也に真っ先に話したかったのだ。



 初恋が終わってしまったという事を......



「まーくん、ありがとう」



 だからだろう。いつものように笑わせてくれる雅也に――本人の意思ではないが――紗結は感謝の言葉を述べるのだった。

 その表情を見てしまった雅也は、言葉を返すことも出来ず、ただただ言葉を失う。

 普段の天真爛漫な表情から一転。その表情は正に女神――と表現してもいいような慈愛の籠った微笑み。まるで包み込まれるような優しさがあった。

 


(......あれ? 確か紗結を慰めようとしてたんじゃなかったけか? その後突然笑い出した紗結を咎めるんじゃなかったっけか? それがどうして......?)



 雅也は紗結のその表情に、紗結のその言葉に理解が及ばず、ただただ美しいその表情を眺めるのだった。




「......紗結、とりあえず何があったのか、教えてくれるんだろ?」



 やっとの事で現実世界に戻って来れた雅也は表情を引き締め、意を決して本題に触れる。



「......うん、実はね......」



 そうして述べられた言葉を聞いた雅也だったが、その内容を咀嚼するのにはかなりの時間を有した。

 それは当然だろう。その話があまりにも突拍子もない話だからだ。


 (いわ)く、同じ夢を見続けてきた。

 その夢にはいつも同じ少年が居た。

 その少年はあの時の少年で、あの事件の後毎日のように見続けてきた。


 そして、最近その夢に変化が生まれた。

 今まで変化の見られないその少年に、意志が灯った様に会話も出来るようになったと。


 ここまでは先日紗結から直接話は聞いており、雅也はその日から(はらわた)が煮えくり返る思いでありながら、それでもなんとか耐えてきた。

 しかし、紗結があまりにも楽しそうに、そして、嬉しそうに話すものだから、雅也の苛立ちが沸点を超え、般若の形相に様変わりしていたのだが、紗結はそんな表情には全く気付いていなかった。


 そうして話は続き、本当つい先日の事、どうやらこの夢......信じられない事にその少年――雨音翔と共有していたのが判明したと告げてきたのだ。



「いやいや、まさか。そんな訳あるかよ」



 そんな言葉が雅也の口からポロッと零れ出たのだが、紗結はその言葉を受けてもいたって真剣な表情を浮かべていた。

 紗結のそんな表情を受け止め、雅也は悟る。

 

 ″これは本当の事なんだと″

 

 紗結の幼なじみの雅也だからこそ分かる。紗結の浮かべているその表情には嘘は含まれていない。全て真実なんだと如実に語っていた。

 

 だから雅也は信じられないと思いながらも、一旦はその言葉を受け止め、紗結に話の続きを促した。


 しかし、そこでいきなり紗結の言葉が止まる。

 すると、先程の楽しそうな雰囲気が一気に様変わりする。紗結はとても悲しそうな声色でぽつぽつと語り始めた。



「......けれどね、違ったみたいなんだ。私の勘違いだったみたいなんだ。あの時の子......私はずっとね、雨音くんを見た時から彼がそうなんだと思ってたんだ。けどね、彼......雨音くんはね、身に覚えがないんだって......」


「......うん」



 『そんなはずはないだろ......』という言葉を雅也を飲み込み、話を促す。

 実際に雅也も翔を見た瞬間、あの時の少年だと確信した。ただ覚えていないだけなんだろ......とは思いつつも、そんな言葉は言わない。何故ならそれがきっかけでまた紗結が翔の事を想ってしまうのではと脳裏を過ぎったから......。



「そんなことあるわけないよね? 私......あの時のことはたぶん、一生忘れない。それ程怖かったし、それだけ......嬉しかったんだもん......」



 そうして顔を俯かせながらひっくひっくと嗚咽を漏らし始めた紗結を、雅也は何とも言えない表情で紗結の頭を優しく撫でるのだった。




 ◇◇◇




「......ごめんね、まーくん」


「......気にすんな」



 涙で目を腫らした紗結が、どこかスッキリした表情で雅也にそう告げると、雅也も頬をぽりぽりと掻きつつ視線を外しながらそう答えた。

 正直雅也としては、話された内容が突拍子もない話であり、一から十まで信じていいのか悩みどころではある。

 

 ただ、それでも一つだけ分かったことがある。


 未だに紗結はあの時の少年――つまり翔が好きである。

 そして、そんな紗結の事を自分は大好きである......と。


 もう、雅也は師範を倒した事で、自分自身に課していた枷を取り払っている。

 だから、もう誰彼に憚れることなく、紗結に想いをぶつけても何も問題はないだろう。今日はそのつもりでいたのだから。



「紗結......また話を聞かせてくれな」


「......うん、ありがとう。まーくん」



 されど、雅也は想いを告げることはなかった。いや、紗結の表情を見て、告げられなかったというのが雅也の正直な気持ちである。


(好きだよ......なんて言葉。まだ翔へと想いを残している紗結に、今言ってどうする? 振られてしまうことは間違いないし、紗結を困らせるだけだ。それで紗結との関係がどうにかなってしまったら......)


 そう思うと、雅也はそんな言葉を飲み込む。何より大事なのは紗結と一緒に居られる事なのだから......。



「帰ろっか」


「......うん」



 そうして雅也は複雑な心情のまま、大好きな紗結と共に帰路へと向かうのだった。

 

幼なじみという人がいないですが、言ってしまったら今の関係が崩れてしまうかもしれない......そう思うと踏み出せないなんてこと、よくありますよね。

私もよくありました。それで結局踏み出せず、何度後悔したことか......


なので私は鮫島少年を心から応援しています。


......ってあれ? 主人公の存在??笑

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