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彼と彼女と夢物語  作者: 伝説の自宅警備員
第一章―夢物語のはじまり―
3/32

一話―夢見る少年―

(――――此処は......何処だ............?)

 


 ぼやけた視界の中、意識を覚醒した彼は、そんな事を思うと周りの景色へと視線を彷徨わせた。



 ――目の前に映るはチョークの跡がうっすら残る黒板

 ――端の少し欠けた木の板と軽く錆び付いた鉄で出来ている机と椅子

 ――後ろの方では聞き慣れたクラスメイトの楽しそうな笑い声



 ――そして......隣には............



 ――彼が恋する彼女の姿............





(......って......えっ? 綾瀬さん!? ......えっ!? ......何!? ......えっ!?)


 

 一瞬にして彼の意識が覚醒する。

 彼は意識が朦朧としている中、思考があまり働かず、自分のこの状況が、この状態が、まるで理解が出来ていなかった。そのためきょろきょろと周りを見渡していたのだが......

 

 不意に視界に映り込んだ姿。

 

 彼の隣に普段通りの美しい姿で腰掛ける彼女――綾瀬紗結。

 その姿を見るや否や彼――雨音翔は意識を覚醒したのだった。





 翔は意識が覚醒すると、目の前の人物をまじまじと眺めてしまっていた。

 流れるように艶やかな髪。雪のように白くて透き通った肌。涙袋のぷっくりとした大きな瞳。くるんと伸びる長い睫毛(まつげ)に清楚感溢れる凛とした姿。

 そんな眩しい程美し過ぎる紗結の姿に、翔は思わず目を背けてしまう。



(......うっ、美しい......) 



 それが翔の正直な感想だった。

 翔はそんな美しい紗結の姿をずっと眺めていたい衝動を必死に抑え、とりあえず自分よ落ち着けとばかりに首をぶるぶると左右に振り、一先ずは紗結のことは頭の片隅に無理矢理追いやって、翔は今のこの状況を振り返ることに専念する。

 

 周りの景色は普段見慣れている景色となんら遜色がないように見える......が、よく見ると時折うっすらと靄がかかっているような場所が存在している。



(......此処はどう見たって学校なはずなんだが......この靄みたいのは......なんだ?)



 いったい全体、此処はどこなんだと再び思考を巡らした翔だったが、暫くしてなんとなくこの世界がどこなのかが理解出来た。



(......夢......なのか......?)



 そう思った瞬間だった。

 急に脳裏を駆け巡るかのように彼の記憶は呼び覚まれていったのは......。





 ◇◇◇




 

 遡ること一週間程前でのこと。

 翔は運命の相手、綾瀬紗結と出逢った。

 その女の子......いや、凛とした美しい姿は既に女性と見紛う程の大人の色気みたいなものが存在する人物。

 それに加え、時折垣間見せるあどけなさの残る可愛さ。

 そんな二面性を併せ持つ存在。


 それが綾瀬紗結という女生徒だった。


 そんな紗結に速攻で恋に落ちてしまった翔だったが、そうして初めての恋に絶頂の気分を味わっている中、突如として奈落へと叩きつけるかのようにその人物――鮫島(さめじま)雅也(まさや)が現れたのだった。

 彼は翔とは他クラスだったためにその存在は帰る時になって(ようや)く知ることとなった。

 紗結を気安く『紗結』と呼び捨てで呼ぶ存在。

 そして紗結も『まーくん』とあだ名で呼び、明らかに仲の良さが(うかが)える二人。

 更に二人はまるでお似合いかのような美男美女ときた。

 当然その時、翔の脳裏を()ぎったのは紗結と雅也が彼氏彼女の関係ではないかということ。

 そして、それと共に先程まで胸にあった恋の燈火(ともしび)が消え去ってしまったかのような虚無感。


 その日、翔はその現実に耐えられずに逃げた。

 走って逃げた。

 そして、家に着くなりふて寝していた。

 

 その後の翔の数日は、まるで世界から色が消え去ったかのように、目の前の景色が真っ暗になっていた。


 時折、翔は隣の席から視線を感じていた。

 授業に関することを彼女から聞かれたような気もした。

 しかし、元々極度の人見知りで緊張しいの翔である。

 そんな翔が女の子と会話をする?

 しかもその相手は生まれてこのかた見たこともないような絶世の美少女?

 そして、何よりも一目見て恋に落ちた初恋の相手だ。

 そんな相手に......確かではない。しかし、翔の中では既に失恋してしまったと思い込んでしまっている相手だ。

 

 翔は......言葉を返すことはなかった。否......返せることは出来なかった。


 そのため、隣の席で向こうから話し掛けてくれるという、周りの男子からしてみれば羨まし過ぎる状況。それなのに翔は一切彼女に言葉を返せずまま、まるで魂が抜けたかのような状態で数日の日々が過ぎていったのだった。  




 ◇◇◇




 しかし、彼のそんな日々は、数日の内に終了していた。

 どうやら恋の神様はまだ翔を見放してはいなかったようだ。




「ねぇ、紗結ちゃん。あの大きくてかっこいい人って......もしかして紗結ちゃんの彼氏だったりするの?」



 そんな言葉が腑抜けになっている翔の耳へと届いた。

 皆が皆気になっていても聞く勇気が持てず、聞けないでいた言葉(ワード)を、どうやら紗結の取り巻きの中の一人が何気なく尋ねたようだった。

 

 翔はその言葉に思わず耳を潜めた。


 紗結は一瞬きょとんとした表情をしたが、直ぐにあっとした表情に変え、勢いよく首を横に振っていた。



「それってまさか、まーくんのこと? 違う違ーう! まーくんはただの“幼なじみ”だよ」



 そう言って笑うのだった。

 その言葉を聞いた者達は翔を含め、目に見えて瞳に光が戻っていた。

 あの誰もが羨むような完璧過ぎるイケメンは、紗結の彼氏ではなかった。

 しかも、紗結のその言い方は、明らかに恋愛感情が微塵も感じられない、本当に唯の幼なじみだという声音だった。


 今この瞬間。

 恋の強敵(ライバル)がいなくなったのだと、紗結を取り巻く男子一同が皆、歓喜した瞬間だった。


 そこからは情報が広まるのは早かった。

 鮫島雅也はそのルックスや長身、ガタイの良さなどといった要素から、紗結同様直ぐに有名な存在となっていた。同時に紗結同様にファンが多く生まれ始めていた。

 だが、仲睦(なかむつ)まじい二人の姿を見たものは、紗結のファンも雅也のファンも二人の関係を聞いて、知ってしまうのが怖く、聞くに聞けないでいたのだった。


 しかし、勇気あるもののひとりが二人は“幼なじみ”であるという情報を入手した。

 それ以来、(たちま)ちとその噂は人々の間へと駆け巡り、今では翔の耳にも伝わってくる程、二人の情報は其処彼処(そこかしこ)に流れていた。


 その結果判明したのが、どうやら雅也と紗結は“幼なじみ”であるということ。

 そして、更にこの二人は今まで付き合ったこともないらしく、本当に純粋に幼なじみな関係であるという事だった。


 それを知った瞬間、翔の瞳に光が戻り、目の前に広がっていたモノクロの景色に色が戻ってきたのだった。



 それからというもの、翔の紗結への(くすぶ)っていた恋心が再発し、少しでも紗結の美貌を目に焼き付けたいと横からちらちらと覗いたり、遠くの方から眺めたりと可愛らしくもストーカーチックな恋する少年になっていた。

 しかし、どうやらこの一週間翔が無視し続けてしまっていたためか、紗結から視線を送られることも、もちろん声を掛けてくれることもなくなっていた。

 

 翔は悲しかった。

 自分からは恥ずかしいから当然として、紗結の方からも声を掛けてくれないことが悲しかった。

 それが自分の所為(せい)であるということも理解すると尚、悲しかった。

 

 しかし、実際もし今彼女から声を掛けてくれたとしても返事を返せるかどうか怪しいところ。

 いや、普通の女子ならともかく、紗結みたいな絶世の美女じゃたぶん無理だろう。

 そう思うとどこか安堵してしまっている自分がいて、そんな自分が情けなく、不甲斐なく、翔は空を見上げると溜息を吐くのだった。




 ◇◇◇




 そんなちぐはぐな感じで、二人は何も進展がないまま数週間の時は過ぎていた。

 当然そんな状態に翔は塞ぎ込んでいた。

 しかし、せっかく恋に落ちたのだ。

 出逢ったあの日以来、遠めで、しかもちらっとしか目視出来ていないそんな悶々とした日々。



(卒業してやる!)



 翔は眼の奥に光りを灯し、決意の表情を浮かべていた。


 しかし、そう決意はしたものの、結局は何も行動に移すことは出来なかった。

 出来ることといえば、ただただ寝る前に紗結のことを考えることだけだった。



(はぁ~綾瀬さんと話したい......

 綾瀬さんのことを知りたい......

 綾瀬さんはどんな話なら興味持ってくれるんだろう......

 いやいや、そもそもなんて声を掛けたらいいのだろうか......

 まずは「おはよう、今日はいい天気だね」とかか?


 ......いやいや、そんな台詞(せりふ)アニメでさえもなかなか聞かないって............)



 翔がそんな妄想をしていると、だんだんと眠気が襲ってきた。

 普段、翔は就寝する前に妄想をすることを日課にしていた。

 何故眠る前に妄想するかというと、時々ではあるがその妄想した夢を実際に見ることが出来たからである。

 例えば、誰しもが一回は夢見たであろう空飛ぶ夢や、アニメの主人公のように敵と戦っていく夢等々。翔は妄想を夢にすることを特技としていた。

 まぁ、最近では身の覚えのない事象を体験する謎の夢ばかり見させられていて、全くもって見たい夢を見れていない日々が続いていたのだが。


 それでも、紗結と普段の学校での夢でもいいから見られたらいいなと淡い期待を込め、眠気に逆らうことなく、そのままゆっくりと意識を手放したのだった。




 ◇◇◇




 そうして翔は現在此処に至る。

 今、この場所が夢の中だということには気がついた。

 しかし、現状を理解した上で翔は首を傾げてしまう。

 

 いつからだっただろうか、毎日のように見せられ続けていたあの夢。

 汚いおっさんと、いつも涙目を浮かべているがとても可愛いらしい少女。

 最近眠るとその二人が出てくる夢を毎日見せられていて辟易していたはずなのだが、此処はどう考えてもあの夢の中ではない。

 やっとあの夢の呪縛から解放されたのだと、翔は胸に嬉しさが込み上げてきたものの、それと共に更におかしなことに気が付いた。


 普通夢というものは夢だと気付いた瞬間に目が覚めてしまうものだ。

 それなのに今この夢は、夢だとはっきりわかっているのにどうやら目が覚める様子がまるでない。

 いや、一応夢とわかった時点でも目は覚めず、逆に空を飛びたいと願えば空を飛べたりと何かを願うとその思いのまま夢を操れたりとした経験自体翔にもある。

 つまり、明晰夢の事だ。


 通常、人は夢を見ている時、自分で夢を見ていると自覚できないことがほとんど、覚醒するまではこれが夢であるとは分からない。

 だが、これに対して夢の中でもここが夢だと認識している夢が明晰夢。

 しかもこの明晰夢、実は夢の内容をコントロールすることも可能であると言われていたりする。



 閑話休題(それはさておき)

 そんな明晰夢だが、しかし翔には、この世界はなんだか妙に現実感のある夢に思えてならなかった。

 まず、夢というものは普通モノクロの世界。もしくは一部だけ色合いがあったり、また関係性のない人や物とかがごちゃごちゃになっていたりする。


 しかし、今翔が見ている景色には現実にあるものの配置や色が統一されていたり、後ろを振り返ればクラスメイト達も現実のクラスメイトそのままの姿だ。

 更に机と椅子に関しては普段の感触となんら変わりようがない。というよりも夢の中であるにも関わらずこうして触感さえもしっかり存在している。



 明らかにこの世界は翔が普段見ている夢とも明晰夢とも違っていた。


 

 そんなことを逡巡する中、翔は一つ心を決め、隣の席へと視線を移した。


 夢の世界とはいえ、現実の世界となんら変わらないその美しさ。

 艶々とした長い黒髪や清楚感溢れる綺麗な横顔。

 触ったら滑々していそうな透き通って白い雪のような肌。

 叩いたり殴ったりしたら、すぐポキッと折れてしまいそうな細い、守ってあげたくなるような華奢な腕。

 その美しさに、ごくっと唾を呑み込む、そんな音が聞こえた。

 翔は普段なら恥ずかしくて直視できないが、この世界はいつも見ている夢とはどこか違う。違うようだが、夢であるということはわかっている。わかっているが故に今ならば直視出来るはずだ、普段彼女を見られない分、存分に見てやろうという気持ちで紗結を眺め始めたのだった。


 しかし、やはり現実の紗結と見紛う程、なんら変わらない美しいその姿。

 いや、実際には翔は直視したことが初めて見つめ合ったあの時の一回しか経験がないため、正直しっかりとは分からない。

 それでも分かる、まるで神が直接創り出したかのようなその美貌。


 現実となんら遜色はないだろう、そう感じていた。



 そうして、翔は間近で紗結を見ているということに緊張をしているのか手に汗を浮かべ、鼓動を早くさせながらも紗結を眺め続けていた。

 しかし、ふと翔は思う。



(今してる俺の行為って......綾瀬さんに対してあまりにもデリカシーが欠けていないか......?)

 


 そう思うや否や、急に恥ずかしくなった翔は紗結から目を背けそうになってしまう。


 しかし、視線は外さないまま翔はまたも逡巡する。



(この世界は普段見ている夢とはまるで違う。 

 だが違っていたとしても此処は紛れもなく夢の世界。

 しかも夢とわかっていても覚めない夢だ。

 ならばだ、普段直視出来ない綾瀬さん......

 その綾瀬さんを夢の世界でもいいからこの目にしっかりと焼き付けておくべきではないだろうか。


 いや、出来ることなら永遠と眺めていたい......

 そして叶うのならば、現実世界の彼女でも恥ずかしがらずに眺めることが出来るように......


 それに夢なんだし......


 も、もしかしたら......触れ合う事だって、出来るかもしれないし............)



 そんないかにも男子高校生が抱くような一抹の期待を胸に、翔はとりあえず慣れるためにと暫く紗結を眺め続けていた。

 

 しかし、その時突然、顔を伏せていた彼女が、上目遣いをするかのように顔を伏せながら視線だけを上に上げ、少し潤んだ瞳で翔へと振り向いたのだった。



(やっべー! もしかして下心がバレた!?)



 翔は突然振り向いた紗結に思わずドキッとし、自分が抱いた下心がバレてしまったのかと心臓が破裂しそうな程焦っていた。

 それと同時に、紗結のそのあまりにも可愛らしい仕草に見惚れてしまっていた。



「あ、あの......雨音くん......、わたしの顔に......何か......ついている......のかなぁ?」



 そんな翔に向かって、紗結は少しおどおどしがらもそう尋ねてきたのだった。


 翔は更に驚きと衝撃を共に受け、今までの人生で一、二を争う程に目を見開いてた。

 そして、今度こそ翔は紗結から顔を背けてしまっていた。



(いやいやいや、反則級だろあれっ!

 ま さ か 振り向いてくるとは思っていなかったし......

 しかも語りかけてくるなんて......


 本当に驚きだ。


 いや......でも......夢でも誰かと会話するなんてこと自体は普通にあることか......?

 後ろでクラスメイト達もずっと何か話しているようだしな......


 でもそれより......


 何よりも......




 下心がバレたんじゃなくてよかった......!)



 翔は紗結の突然の行動に驚いて顔を背けてしまったものの、最大の懸念である下心が紗結にバレたわけではないことに安堵したのだった。


 しかし、それと同時に



(あぁ......また(・・)やってしまったよ......)



 そう後悔していた。



(夢の中だとはいえ、せっかく綾瀬さんが声を掛けてくれたのだ。

 

 会話するきっかけを彼女からわざわざくれたのだ。


 それなのに俺はというと恥ずかしくて......

 相手からしたら無視するように顔を背けてしまった......

 自分の不用意な行動でせっかくのチャンスをまた(・・)無に帰してしまった......


 初めて声を掛けてくれたあの日......

 

 恥ずかしすぎて俯いたまま言葉を返すことが出来なかった......

 

 その後も数回彼女から声を掛けてくれたことがあったが......

 


 結局......一度も返すことが出来なかった。



 それを俺は後悔していたはずなのに............)



 頭の中で、後悔の念が渦巻いていく。

 しかし、直ぐに気持ちを切り替える。



(なーに、此処は夢の中じゃないか!

 気楽に考えよう!

 ここは現実世界ではない!

 

 落ち着くんだ。

 

 これは二度とないチャンスだ。

 

 いつかの綾瀬さんと会話する練習になるはずだ。

 

 ......っていうか、現実世界となんら遜色(そんしょく)のない彼女と会話できるチャンスなんだ。

 

 これは、もしかしたら恋の神様がくれたチャンスなのかもしれない。

 

 このどうしようもない超絶人見知りを治すチャンス!

 

 このどうしようもない超絶あがり症を克服するチャンス!




 そして......



 彼女との恋に一歩、踏み出せるチャンス............




 ......は、いくらなんでも欲張り過ぎか......


 でも......そんな多くのチャンス達......


 必ずものにしなきゃダメだろ!


 とりあえず落ち着くんだ俺。

 


 落ち着け......落ち着け............)



 翔は胸に手を当て、心を落ち着せるように深く息を吐く。

 そして、意を決して紗結へと向き直る。

 

 彼女は先程翔に見つめられ過ぎたために恥ずかしかったのか、頬を軽く朱色に染めている。

 その表情は、やはり本当に現実の彼女が目の前にいるのではないかと錯覚を覚える程美しい。

 その姿に自然とにやけてしまう翔。


 しかし、よく見るとその顔にはほんの少しの陰りが窺えた。 

 浮かべている笑顔には、初めて見たときの天使のような微笑みがない。

 その微笑みの影には、まるで何かに落ち込んでいる、そんな表情が垣間見えた。


 そう、それは翔が作ってしまった表情。 

 翔の何気ない行動で作り出してしまった表情。


 翔は今まで何度となく恥ずかしさのあまりに彼女に返事を返さなかった。

 その度、彼女からしてみたら幾度となく無視され続けてきた事になる。

 

 その(たび)、今彼女が浮かべているような表情を生み出してしまっていたのではないか......

 その事に今更になって気付いた翔は、どうしようもなくやるせない気持ちになっていた。


 しかし、そんな自分の気持ちよりも紗結の悲しそうな表情を見ている事の方が辛い。

 翔は紗結の浮かべる天使のような微笑みを取り戻さなければという焦燥に思いを駆られた。


 そして、翔は必死に言葉を探した。

 ない頭をフル回転させ、彼女を傷つけないための言葉を探し、探し、探し、焦りながらも思い切って言葉を紡いだ。



「いっ、いやいや、なっなっなっ、なんもついてないよ! ごっ、ごめん! たったっ、たぶん、見惚れ*#$%@」




(......って、ぅおい!

 なぁーに見惚れちゃってたなんて言いかけてんだよ俺!?

 

 緊張しすぎて頭がおかしくなっちゃったか?


 いや、まぁ正直、正直確かに見惚れてたよ、見惚れてましたよ......


 見惚れてたのは認めるけど............




 だぁ~れがそんな臭い台詞言えるかいっ!!)



 翔は右手で額を覆うと、盛大に脳内で自分自身に突っ込んでいた。

 そうやって突っ込みながらも思考は続く。



(ってか......あれは言った内に入るのか? 入らないのか?

 んーわかんねー、わかんねー、わかんねー......


 けど......


 とりあえず此処が夢の中でほんとよかったー!!


 いや......てか、むしろ夢の中なんだからそんなに慌てるなよ俺............)



 安堵しながらも自分の情けなさに少し意気消沈してしまう翔。



 そんな翔の心の中の葛藤なんて露知らず。

 紗結は翔の言葉が伝わったのか伝わっていないのかわからないが、次第に表情は明るくなっていった。



「うん、ならよかった!」



 そして、紗結は翔を見据え、満面な笑顔でそう答えたのだった。


 紗結のそんな言葉に、翔は指の隙間からその表情を覗いてみると、いつの間にか彼女の表情には陰りが消えており、初めて見せた天使のような微笑みに戻っていた。



 そんな表情を見て、翔は再び顔を背けてしまう。


 それはそうだろう。


 その笑顔は今まで誰もが見たことのない程、無垢で、純粋な少女そのもの。

 そして、例えるならそこに一瞬にして花が咲き乱れたかのような、そんな錯覚を覚えてしまう程、可憐な笑顔だったのだから。


 その美貌と相反する超度級の可愛さに、もし此処が現実世界だとすれば確実に心臓は許容量を超え、一瞬にして破裂していただろうと大量の冷や汗を流す翔。

 

 そして、翔は冷や汗をかきながらも、此処が夢の中で本当によかったと安堵するのだった。



(いやー、言葉になってない言葉だったけど、とりあえず返事を返せれて本当によかった......

 こんなチャンスを与えてくれた恋の神様に感謝だな。


 でも......



 最後のあれは夢の中なのに表情豊かすぎっ!


 反則級の可愛さだろっっ!!)



 翔が再び脳内突っ込みをしていると、どこからか『ぱりんっ』という何かが割れるような音が響き渡り、その音と共に、翔の目の前の景色が次第に色褪せて消えていき、そのまま暗闇に閉ざされていった......




「またね、翔くん......」



 消えてく景色の中、紗結が翔に向かってそう呟いていたということを本人は気付かぬままに......。




 ◇◇◇




「んー......眩しい。あぁ......朝か......」



 翔が気付いた時、目の前の景色には教室の面影は一欠けらもなく、普段見慣れている自室の天井がそこにあるだけだった。


 その光景に、さっき見ていたのは夢だったのだと翔は改めて悟る。


 しかし、脳裏に鮮明に残る彼女の笑顔。

 

 そのあまりにも可愛い過ぎる表情を思い出す(たび)に顔は熱くなり、思わず顔は(とろ)け、傍から見たら相当だらしない表情になりながらも、これからの新たな日々へと思いを馳せるのだった。



 こうして、彼と彼女の夢の中での物語が始まった。


やっと翔と紗結の夢物語が始まりました。

温かく見守ってください。

翔も、紗結も、

そして作者も......えっ?w

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