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彼と彼女と夢物語  作者: 伝説の自宅警備員
第二章―変わりゆく何か―
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第五話―鮫島雅也の恋敵―

鮫島少年のお話が続きます。

 少年と紗結は家が近所だった為、幼い頃から親同士も仲がよく、お互いの家に行っては一緒に遊んでいた。

 当然ながら二人が幼い頃は、何も気にせず、何も考える事なく一緒にお風呂にも入ったりした事もあった。


 少年から見ると、紗結は昔からちょっと他の子とはどこかずれた、そんな感じの子だった。俗に言う天然? それでいて稀にみるほどの方向音痴の持ち主。

 その為、少年――鮫島雅也にとって紗結という存在は友達......というよりも、世話のかかる妹のような存在だった。



 そう。あの日、あの時までは......。




 ◇◇◇




 それは雅也が小学校六年生の頃の話。

 この頃は男女関係なく、誰しもが“恋”というものを僅かながらも心に抱き始める、そんな年頃だ。

 更にはちょうど紗結の可愛さがより磨きが増し始め、少しずつ女性らしい美しさが見え始めた、そんな頃でもある。

 そして、雅也がクラスの友達や他クラスの友達からも、やたらと紗結についていろいろ聞かれるようになった時期だ。


 やれ『お前ら二人は付き合ってるのか?』だの、『紗結に好きな人はいるか?』だの......。



「紗結とは“唯の幼なじみ”だし、好きな奴とか知りたかったら本人に聞けばええやん!」



 雅也はそんな質問の数々に、いつも面倒臭そうにそう返すだけだった。

 正直恋というものをまだ分からなかった雅也。

 しかし、周りから紗結との関係を聞かれるとどこか胸を擽られるような恥ずかしさを覚え、その恥ずかしさを紛らわせるかのようにそう乱暴に言葉を返していたのだった。


 実際、この時まで雅也にとって紗結という人物は唯の幼なじみであり、世話のかかる妹のような存在。全く恋愛感情なんてものは存在していなかった。


 いや......実際は薄々雅也本人気付いていないフリをしていただけで、その心の奥底では紗結に対して友達や妹に向けるような感情とは全く別物の感情を抱いていたのかもしれない。

 しかし、もしかしたら初めて抱くその感情に、雅也は困惑し、目を背けていたただけなのかもしれない......。




 ◇◇◇




 そしてある日、唐突に事件は起きたのだった。


 雅也と紗結は、普段登下校はいつも一緒なのだが、その日、雅也は習い事があった。

 その為早く帰らなければいけなかったのだが、紗結は美術の絵が満足に完成していないとかで、帰りが遅くなると言い出した。

 始めの内は、方向音痴の紗結が一人で家に帰れるとは思わず、自分も残ろうかと雅也は逡巡(しゅんじゅん)した。


 しかし、紗結にさすがにこの歳にもなって毎日通っている道を忘れる訳がないと窘められ、雅也もそれもそうかと若干の不安を抱きつつも納得し、結局二人は別々に帰る事にしたのだった。



 しかし、雅也はこの日の事を今でも後悔している。



(なんであの日、俺は習い事があったのか......


 なんであの日、紗結を待つ事が出来なかったのか......


 なんであの日、駆けつけるのにあんなに時間を掛かってしまったのだろうか......



 なんで奴と紗結は出逢ってしまったのだろうか......)



 その日の事件を境に、雅也は紗結が変わってしまった事に気が付いていた。

 そう......。それはまるで......恋する乙女かのように......。



(幼い頃から俺はずっと紗結と一緒だった......


 ずっと、ずっと一緒だったんだ......


 それなのに............)



 紗結の浮かべるその表情は、幼い頃から隣で見続けていた雅也でさえ知らない顔だった。

 思わずぎゅっと抱きしめたくなる、そんな表情。

 その表情を見た瞬間、雅也は胸の奥をぐっと締め付けられるような感覚を覚えた。


 それは、初めて経験する痛みだった。


 初めて抱く感情だった。


 その感情は、紗結がその表情を作り出している者に対しての嫉妬心......。


 そして、その感情こそが自分自身が知らぬ間に胸に抱き、心の奥底で芽生えていた恋という名の蕾なのだと......日々を重ねる毎、雅也の心に嫌という程突き刺さっていったのだった。




 ◇◇◇ 




 それからというもの、雅也は紗結を守った。

 適当にしていた習い事の空手を本気でやるようになり、その一年で黒帯を着ける程までに成長していた。


 ただただ、紗結を守りたい......それだけを想って一心に。



 中学に入ると、年齢の為にあどけなかった紗結の可愛さは、徐々に徐々に大人の美しさへと磨きがかかり始め、同年代はもちろん、先輩からも「誰あの可愛い子!?」と、人一倍目を惹かれるような存在になり始めていた。


 雅也はそんな彼女の(そば)から決して離れる事はなかった。

 二度と同じ過ちをしないように......また、どこの誰とも知らない者に紗結が汚されてしまわないように......その一心で、多少紗結にやり過ぎと言われようが関係なく傍に居続けた。


 そうして常に紗結の傍に控え、彼女に下心や悪意といった感情を抱く者を見つけると、雅也は誰彼構わずにばったばったとなぎ倒していた。


 その相手が同年代であろうと先輩であろうと、教師であろうとも......。



 雅也自身もこの頃から紗結に負けず劣らずモテにモテていた。

 それはそのはずで、元々雅也は十人中十人の女子が「イケメン!」という程のイケメン。

 更には常に身長はいつも背の順から言うと一番後ろか、もしくは二番目くらいの長身。

 それでいてスポーツは何をやってもすぐに出来、誰から見てもスポーツ万能。

 これだけでもモテる要素しか持ち合わせていない人物なのに、極めつけは今まで培ってきた空手や持ち前の運動神経の良さで、同年代はもちろん、先輩をも圧倒してしまう程の実力。


 となれば、当然モテない訳がなかった。


 それでいて雅也には恋人という存在が一人も居なかった。

 常に幼なじみの紗結の傍から離れず、紗結に悪意や下心を持つ者に眼を光らせていた。

 その様はまるで姫を守る騎士を彷彿させ、雅也がハーフ顔のイケメンであった事も合わさり、いつの間にか『天使の騎士様』という異名が付けられていた。

 その為、紗結同様ファンクラブも生まれるようになっていた。



 しかし、雅也にとってはそんな事は正直どうでもいい話だった。

 どんなに周りから『綺麗だ』『可愛いだ』などと言われる女性からの愛の告白を受けても、雅也の気持ちは変わらなかった。



 (ただ)一人......


 (ただ)一人で唯一無二......


 紗結への想い......


 紗結への想いだけ......


 紗結が己へとその気持ちを向けて欲しいと切に想うだけ......



 唯、それだけだった......。




 ◇◇◇




 そうして時は過ぎ去り、雅也も紗結も高校に進学した頃、雅也は無情にも出遭ってしまった。

 出来ればもう二度と遭いたくなかった人物。


 天然パーマで前髪がくるっと横に流れていて、極度のあがり症だか人見知りだか知らないが、誰かと話す時にはいつも顔を赤らめては顔を伏せている。

 どう考えても誰からも好意を持たれる事はないだろうと思われる、そんな少年。


 

 だがしかし、唯一、一人の人物を除いては......。


 

 傍から見たら、普通に考えて何故その人物がそんな少年に対して恋心を抱くのか理解に苦しむだろう。


 何故、人は眠ると夢を見るのか......という謎よりも、不思議に思う人の方が多いかもしれない。



 そう、そんな男に恋した謎の少女。


 それこそ雅也の想い人......綾瀬紗結だった。



 そんな現実に雅也はどうしても理解が出来なかった。

 何故、紗結はあの何処にも取り柄の無さそうな、むしろマイナス要素しか無さそうな、そんな翔に対して恋心を抱くのか......。

 何故、いつも一緒に居て、近くで見守っていた自分ではなかったのか......。



 しかし、雅也もその理由は重々分かっている。その少年は雅也が駆けつけられず、紗結の危機に助けて出してくれた人物であるのだから。


 そしてその時、紗結があの何処か儚げで愛しいと......抱き締めてしまいたいと、そう胸に抱かせてしまう表情を唯一作り出した人物である。



 そして、そんな表情を見た瞬間に、今まで自分では気付かなかった......いや、気付かないフリをしていた紗結への気持ちを気付かせてくれた“男”でもあるのだ。



 紗結の恋した人物。

 そして、紗結を助けてくれた事実。

 己の想いに気付かせてくれた人物。

 雅也の心の中で抱きたくなくても抱かずにはいられない感謝の気持ちと、しかし、自分の想い人が好きな人物であるという事への嫉妬心......。



 雅也は嫌いで嫌いで憎らしかった。


 それが.....


 その少年こそが......雨音翔であった。




 ◇◇◇




 そんな翔と雅也は、高校の始業式の日に再開を果たす。


 出遭ってしまった......


 雅也は内心で焦っていた。


 そんなまさかという現実......


 その再開した場所は、愛する紗結の隣の席だったのだ。



 雅也はこの時、世界を呪った......運命を呪った......恋の神様を呪った......。


 今頃になって何故、翔は姿を現したのか......。

 更によりにもよって、何故その場所なのか......。



 雅也はその現実に絶望を抱いている頃......。

 しかし、当の本人の翔は、どうやら雅也の事を忘れているようだった。

 雅也は今まで自分はずっと嫉妬心からその顔を決して忘れる事はなかった。

 当時まだ幼かったとはいえ、しっかりと脳裏に焼き付け、覚え続けてきたのだ。

 だというのに、翔の方は全く覚えている様子がないときた。


 雅也は、相手は自分の事を全く覚えていないという事実に屈辱で(はらわた)が煮えくり返るのではないかと思われる程の怒りを覚えた。

 そう思うと雅也は眉根を寄せ、翔を睨みつけていた。


 しかしながら、その事実は雅也にとっても唯一の救いでもあった。


 それは、翔が雅也の事を忘れてくれているのならば、もしかしたら紗結の事も忘れているかもしれないという一抹の期待。



 その雅也の期待は、世界は......運命は......神様は......まだ、雅也を裏切っていなかったようだ。



 入学してから数週間が経った。

 雅也は紗結が翔に盗られてしまうのではないかと心配で、休み時間や放課後は紗結の下へとしょっちゅう会いに行っていた。

 しかし、その際翔と紗結の二人は席が隣同士だというのに仲良く喋っているところを一切見た事がなかった。

 むしろ翔が作ったのであろうが、お互いに壁があるようなそんな距離感さえ感じた。


 

 その為雅也は一安心していた。

 してしまっていた。

 もう二人の仲が進展する事はなさそうだと思い込んで......。




 ◇◇◇




 しかし、やはり運命は残酷であると雅也はその日思い知った。


 その日、紗結はここ最近陰りのある表情を浮かべていたのだが、雅也の知らぬ間にその表情は晴れていて、何処か幸せそうな表情を浮かべていた。

 雅也もその表情に幸せな気分になり、思わず何があったのか尋ねてしまっていた。


 そして、紗結から(もたら)されたのは、夢の話だった。


 その夢はいつも見る夢とは違う夢だったと告げられた。


 そして、その夢の中で、紗結の想い人、雨音翔がいた。

 普段と同じように教室の隣の席に座っていた。


 そしてほんの一言、会話になるのかならないのかわからないような一言を翔と交わす事が出来たと告げてきた。



(なんだよそれ......)


 そう思った雅也だったが、その内容を思い出しながらにこにこと普段以上に楽しそうな表情を浮かべている紗結を見て、雅也は心底居た(たま)れない気持ちになっていた。





(どうして......


 どうしてたかだか夢で......


 たかだか夢の中で一言言葉を交わしただけで......




 そんな表情(かお)をするんだよ......




 俺じゃその表情(かお)を作り出す事は出来ないのかよ............)






 紗結から夢の話を聞いたその日、雅也は習い事が無かった為、身体を動かす事が出来ずにいた。

 身体を動かせず、そんなむしゃくしゃした気持ちを発散する事が出来ずにいた雅也は、その気持ちを発散させる為に外にランニングしに行く事にしたのだった。


 そうして昂ぶったイライラが溜まっていた為、コースを長めに取ろうと学校近くまで行ったのが彼の失敗だった。




 ◇◇◇




 学校近くまで走り、折り返して走る事数分。

 横には公園があり、気持ちが昂ぶって結構スピードを出していたせいか、額から大量の汗が流れていた。

 まだ家までの距離が結構ある為、一回顔でも洗おうかと雅也は公園へと入り、トイレの洗面所へ向かう。



「な、んで......お前、此処にいるんだ......?」



 すると、雅也は思わずといった感じで、内心で思った言葉がありのまま口から紡がれていた。


 偶然か必然か。

 今この時、雅也が一番遭いたくない人物が彼の目の前にいたのだった。


 遭いたくなかった。顔も見たくなかった。

 何より関わりたくもなかった。

 

 それなのに、わざわざ自分から声を掛けてしまっていた......。


 その事に気が付いた雅也は、そんな自分に対して苛立ちを覚え、八つ当たりの如く翔を睨んでしまう。


 翔の顔なんて見たくなかった。

 しかし、話し掛けてしまったのは自分である。

 どうしたものかとその視線を翔の顔から、今まで洗っていたであろう翔の腕の方に視線を移し、思わず眉間に皺が寄る。

 雅也は空手をやっている為に見慣れているものがその腕にはあった。

 見るからに殴られたり蹴られたりして付けられたであろう痣の数々。

 ズボンの裾を捲って覗いている脚の方にも同じようなものがあった。


 どうやら翔は誰かと喧嘩......否、たぶんボコボコにされたのであろう痛々しい程の傷と痣の数々。



「お前、その傷......どうした?」



 翔のそのあまりの姿に、雅也は再び、そう尋ねてしまっていた。

 雅也にとって翔が誰に何されようが正直どうでもいいとは思っている。

 だが、紗結を魔の手から助け出してくれた場面が脳裏を過ぎると、心の中の葛藤も虚しく、軽く舌打ちをする勢いでそう尋ねたのだった。


 しかし、翔はというと、そんな雅也の葛藤なんて露知らず。



「あぁ......こ、転んだんだ」



 顔を引き攣らせながら翔はそう返してきたものだから、雅也は俺の心の葛藤を返せとばかりに思わずキレそうになる。

 

 しかし、いざ聞いといてそれを聞いてどうすんだと内心で考えを巡らす。

 


(まさか、代わりに敵討ちしてやるつもりもなんて一切ないのに......)

 


 そう考えを巡らしていると、不意に翔のケータイが着信した。

 翔がその電話を出ると、相手は雅也へも声が届く、強烈な勢いのある翔の母親だった。

 

 そんな翔の母親に雅也は思わず苦笑いを浮かべる。



(まぁ......もう、どうでもいいや)



 そう思うとイライラした気持ちも霧散していた。



「まぁなんだ、転んだってことにしとくわ。けど、紗結にだけは絶対心配させんじゃねぇぞ!」



 そうして雅也は、散々イライラさせられた分と、積もり積もっている紗結を想う思いの丈を翔にぶつけ、そんな雅也が放った言葉の意味を理解していないのか、呆然と立ち竦んでいる翔を見据え、『絶対にこいつには負けない』と、心に誓うのだった。


鮫島少年の恋を心から応援しています。

......って、そうなると主人公の恋の行く末は!?


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