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彼と彼女と夢物語  作者: 伝説の自宅警備員
第二章―変わりゆく何か―
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第四話―負けられない気持ち―

お待たせしました。もう一話も今日中にアップします。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ......」



 日曜日の朝という事で殆どの者が布団の中ですやすやと夢の世界へと旅立っている、つまり、未だに日が昇り始め掛けた時間帯。

 そんな時間帯にも関わらず、滴る汗を首に掛けているタオルで拭いながら、公園の中を犬顔負けくらいのスピードでひた走る、そんな少年の姿がそこにあった。


 普段彼はこの時間帯にこの場所で走る事なんてしていない。基本的にランニングは夜と決めているのだ。


 しかし、今日は興奮していたからなのか、何故か早く目が覚め、昂ぶる感情から居ても経っても居られず、こうして走る事にしたのだった。



『まーくん、今日はお稽古?』



 昨日の朝方の事だった。幼なじみであり、長年想い続けている相手でもある紗結からそんなメールが届いたのは。


 紗結からのメールという事で発狂する程の喜びを少年は感じた。

 そのメールの内容からして、多分遊びに誘うのではと直感した少年は直ぐにでも会いに行こうと決意する。

 しかし、運悪くこの日は空手の大会がある日であり、試合会場が県外である事もあって、朝から晩までこの町に居ることが出来なかった。



『悪い、今日試合だ。どうした?』



 肩を落とし、世界の終りかのように落胆した表情を浮かべながらも、メールにはそんな風は一切表さない。そして、それでいてメールをしてきた理由はしっかりと聞き逃さない。



『そうなんだ。頑張ってね! ちょっと話したい事があったけど、また今度でいいよ』



 ケータイを握り絞めながら返信を待っていた少年の下に再び届いた一通のメール。

 その内容を確認するや否や......



『明日! 明日稽古昼間までだし、その後会おう!』



 コンマ数秒......とまではいかないが、それくらいの勢いで指を高速スライドさせてメールを打ち込む、そんなイケメン――鮫島雅也の姿がそこにあった。



 そして、紗結からの『うん』というたった二文字の言葉……されどその文字には“紗結と休みの日に会える”という意味が隠されており、雅也はそれだけでやる気が(みなぎ)り、大会では普段以上の実力を見せつけ、その日の大会は一度も苦戦という苦戦をすることなく、圧勝して幕を閉じたのだった。




 ◇◇◇




 そうして現在、雅也は今日の午後から紗結に会えるという事で、遠足前の子供のように興奮して早く目が覚めると、昂ぶる感情のままこうしてランニングをしているのだった。



 一頻り走った雅也は家に帰るがてら、自身の家の目と鼻の先にある紗結の家を見上げ、紗結の部屋のある二階の窓を見つめる。



(よく昔は窓越しにも話していたな)



 そんな事を思い出しながら、その当時あった紗結との数ある日常を思い出しては自然と笑みが零れ、今日会えるという喜びを噛みしめつつ帰宅するのだった。




 ◇◇◇




 帰宅した雅也は朝食を摂り、どうせ汗は掻くからとシャワーは浴びず、そのまま着替えだけを済まして出掛けた。


 その道程は、幼い頃からずっと通い続けてきた道。雅也の歩いてきた道程(じんせい)でもある。


 小学四年生から始めた空手だったが、当時は何と無く始めただけに過ぎなかった。

 単純に“強い事がカッコいい”そう思ったから始めたに過ぎず、練習内容は入ったばかりという事で基本的に型を習うだけであまり本格的な練習はなかった。

 そのため、そんな気持ちで始めたこともあり、正直あまり練習に乗る気になれず、当時は適当に続けていた。


 しかし、そんな日々も小学六年生になったある日の事をきっかけに変わっていた。今までが嘘だったかのように真剣に練習に取り組み、元々の運動神経の良さも合わさって、同年代の者や先に始めた者達をみるみる追い抜き、僅か一年で黒帯を付けられるようになっていた。


 そうして続ける事七年目。昨日もそうだったのだが、正直雅也に対抗できるような人物は同年代には既に居なくなっていた。居るとしたら稽古場が一緒の大人達くらいである。

 しかしそれも、最近は雅也の方が勝ち越す方が断然に多くなり、今では師範相手にも一本を決められるようにもなってきている。


 そして、雅也は決めていた。

 空手を始めた理由はどうでもいいような理由ではあったが、続けてきた理由は自分の為ではない。


 (ただ)一人の為、紗結の為だ。紗結に危害を加えるような輩を倒す為だ。


 だから、雅也は本気になってからこの四年間、恋に(うつつ)を抜かさず努力に努力を積み重ねてきたのだ。


 しかし、それももうすぐ終わる。


 誰から見ても雅也は十分な実力を身に着けた。これだけの実力を持ち合わせていれば、まず間違いなくそんじょそこらの奴等に(おく)れを取る事はないだろう。


 であるならば、今まで必死に抑えてきたのだ。我慢してきたのだ。そろそろ紗結と真面目に向き合ってもいいのではないだろうか。そんな気持ちを抱く。

 雅也も一端の男だ。好きな子との事を考えない訳がない。

 顔には出さないだけで、紗結と結ばれる未来を想像し、その先の事だって妄想くらいしているのだ。



(今日......必ず決めてやる!)



 そう。雅也は今日という日にある決意を固めていた。


 “師範を倒して卒業する”


 その心を胸に、いつも歩いてきた道程をゆっくりと、ゆっくりと、その景色を脳裏に焼き付けるかのように歩んでいた。




 ◇◇◇




「う......嘘だろ?」


「いや、昨日といい、最近の彼奴(あいつ)ならやると思ったよ」


「雅也さん......ぱないッス!」



 そんな声が周りから囁かれているが、本人達の耳には一切そんな声は届いていない。

 それは、極限に集中している状態で、周りの声や景色は意識の中に一切入る事がないからだ。ただただ、相手の視線や僅かな動き、その一挙手一投足に全神経を集中している為だ。



「ふっ!」


「はぁーっ!」



 そこで勝負を左右するのは長年の勘か、単純に実力の差か、もしくは思いの丈か......それは、本人達でも分からない。

 ただ言えるのは、雅也が師範を下した、その事実があるという事だけだった。






「師範! ありがとうございました!」


「おう、到頭俺を越えたなバカ弟子が! 鮫島、おめでとう!」



 そうお礼を述べながら雅也が下げた頭を無造作にぐしゃぐしゃと撫でる師範こと桐生(きりゅう)源治(げんじ)。二人が二人とも目の端には僅かな滴が光っている。


 その光景は正に師弟関係と呼ぶに相応しい姿であろう。



 そんな二人が試合を開始する少し前、雅也からこんな話が付けられていた。



「この試合、自分が師範に勝つ事が出来たのなら、今日で卒業します!」


「はっはっ、言うようになったじゃねぇか。面白ぇ、お前の本気を見して見ろ!」



 そして、その言葉通り、雅也は師範に試合に勝つと全生徒達に今日で卒業する旨を伝え、そして今は絶賛別れの挨拶中なのである。



「――って事は、鮫島お前、到頭あの子に告白するんだな?」


「......はい、そのつもりです」


「はっはっは、そうゆう事か! 男になったじゃねぇか!」



 そう言ってバシバシと雅也の背中を叩きながら、白い歯をキラキラと見せながら大きく笑う源治。


 実は、源治も雅也の恋を知っている。

 というのも、雅也が変わったその日、目敏(めざと)い源治は雅也に何があったのかを尋ねていたのだ。

 それに対し、雅也も年頃の男の子であった為か、恥ずかしくて中々その理由を明かす事はなかった。

 しかし、時々訪れていた雅也の幼なじみだという紗結の姿を思い出した源治が、まさかとは思いながらも「あの子に恋でもしたのか?」と、冗談交じりに雅也に尋ねたところ、面白い程に顔を真っ赤にした雅也の姿がそこにあり、その反応で全て悟った源治は「いいねぇいいねぇ~女の子の為に頑張る......いいぞいいぞ~」と、茶化しつつも雅也の恋をしっかり応援してきた。

 雅也自身も初めは茶化されて恥ずかしい気持ちや苛立ちもあったのだが、しっかりと自分に稽古を付けてくれる源治の姿に師を抱き、いつしか恋路の相談もするようになっていたのだった。

 その時に交わされた「俺より強くなったら彼女も振り向いてくれるんじゃねぇか?」という言葉が、幼い雅也の心にしっかりと染み着いており、その為今まで紗結に想いをぶつけることがなかった理由の一つでもある。


 そして、今回雅也が師である源治に勝利を治めた事でその(かせ)は遂に外れた。 

 だからこそ源治は雅也の背を叩きながら、寂しい気持ちを抱きながらも一切それを表情に出す事は無く、卒業する我が弟子の門出を応援するのだった。




 ◇◇◇




(はぁ、やっべぇ......。考えたら緊張して何話せばいいか分からん......。っていうか、紗結の奴どうしたんや......?)



 時刻はお昼時。

 稽古を終えた雅也はその想いを表現するが如く飛ぶようにして帰宅すると、急いでシャワーを済ませ、近くのファミレスへと訪れていた。

 紗結とのメールの遣り取りで、『それなら一緒にご飯食べよう!』という話になり、こうしてファミレスで昼食を共にすることになったのだった。


 紗結の家へと迎えに行き、一緒にファミレスへと訪れたのはいいものの、決意をした雅也は紗結を必要以上に意識し過ぎてしまい、その緊張の所為もあってか当然口数は減る。


 一方、紗結の方も何故だか元気があまりない様子。

 その所為でもしかしたら自分が呼ばれたのかもと有頂天になっていて周りがいつもよりあまり見れなくなっている雅也でも気付き始める。


 そうして、なんとか他愛もない会話を繰り返してお互いが食事を終えた頃、雅也は意を決して紗結に尋ねる。



「――で、紗結......今日はどうしたんや? なんか......元気なさそうやけど......?」



 その言葉に、先程まで浮かべていた少し無理しているような笑顔から遂に色が消え、そして顔を俯かせる。

 雅也が眉根を寄せ、心配そうにそんな紗結の姿を見つめていると、ぽたっと、何か滴のようなものがテーブルの上に()ねたような音がしたのだった。


そう......その滴の正体は、テーブルの上のメニューに載っているその甘いスイーツに思わず流れてしまった、紗結の可愛いお口から出た涎であった......


鮫島少年から放たれる殺気と射殺しそうな眼光が恐ろしいのでおふざけはここまでに致します、はい。


次も鮫島少年のお話となります。

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