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彼と彼女と夢物語  作者: 伝説の自宅警備員
第二章―変わりゆく何か―
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三話―認めたくない気持ち―

お待たせしました。

「はぁ......」



 今日何度目かになるか分からない溜息を吐きながら少女はベッドに横たわる。

 思い浮かべるは昼間見た光景。そこで見た姿が、そこで見たあの笑顔が、頭を左右に振って消し去ろうとしても、どうしても張り付いて離れてくれない。

 それは、普段とは全く違う姿だった。今まで見た事のない、そんな表情だった。

 その表情を見る前、その人物に抱く感情は、ただただ嫌悪感に支配されていた。


 ――親友を泣かせた。


 それは絶対許せない事だった。

 たった一人と言ってもいい、自分の全てを受け止めてくれる親友......。その子を泣かせるなど、到底許せる事ではなかった。


 例えそれが“夢の世界の話”だとしても......。



 それだというのに、なんなんだこの気持ちは。

 どうしたというんだ、自分は。


 そんな気持ちが募り、自分自身に苛立ちが込み上げてくる。


 そうして少女――桐崎楓は抱き枕に顔を埋めるのだった。




 ◇◇◇




「お姉ちゃん。蓮華、またお兄ちゃんと遊びたい!」


「......う、うん。そうだね、また遊んでもらおうね」


「うん!!」



 楓は蓮華と手を繋ぎ、蓮華の歩幅に合わせるようにゆっくりと歩きながら家路へと向かっていた。

 そんな楓へとキラキラとした笑顔で蓮華はそう告げると「わーい! 楽しみー!」と、楓に手を引かれた状態のままスキップをし始めた。

 その可愛らしい姿を微笑ましそうに眺め、蓮華に遊びを付き合わされている翔の姿を想像すると自然と頬が緩み、しかし、直ぐに頭を左右に振る。



(きょ、今日は偶々公園でばったり会って、蓮華が懐いたもんだから仕方なく任せたんだけど、本当は敵......そう、雨音は私と紗結の敵なんだから!)



 そう心で思いつつも、隣でスキップをしながら嬉しそうにしている妹の姿を見ていると、そんな気持ちも薄れていく。


 思い出すは蓮華を愛おしそうに撫でる姿。

 紗結から翔の話を聞いてから、それなりに翔の事を観察していた楓。そんな楓だったが、そんな彼女をしてもその表情は一度も見たことのないものだった。

 それは、普段ぎこちなく浮かべる作った笑顔ではなく、心から自然に漏れ出た、そんな表情だったのだろう。

 その笑顔を見た楓は思わず母性本能が擽られていた。

 認めたくはないが、一瞬心臓が飛び跳ねた気もした。



(......いやいや、そんなはずない。そもそも彼は紗結が好きだし、紗結も彼の事が好きなんだから、私の出る幕じゃな......って何考えてるの私!?)



 そうやって「うぅ......」と小さく呻きながら何度も頭を振る自身の姉が、いつも見る優しいながらも凛としていて綺麗な姉とは全くかけ離れて違う......そんな姿に、蓮華は小首を傾げながら、どこか不思議な物でも見るかのように見つめるのだった。




 ◇◇◇




 楓は帰宅すると、今までの姿は何だったのやら......と思う程別人のように凛とした佇まいになり、悠々と歩くその楓の姿に桐崎家に通う生徒達は「ほぅ......」と感嘆の溜息を吐くのだった。

 その普段の姿のまま昼食を済ませた楓は、午後からの稽古も普段通り恙無(つつがな)く華麗に(こな)した。

 そして、夕飯とお風呂を済ませると両親に華麗に「おやすみなさい」と挨拶し、両親の満足そうな表情を目に収めながら自身への部屋へと入り、扉を閉める。



「......はぁ............」



 そして、楓は深い深い溜息を吐くと今まで張り詰めていた緊張をその息と共に振り(ほど)いた。


 楓が家で完全に寛げる場所は風呂とトイレと残り一つに自室がある。


『常に誰かに見られていると思いなさい』


 小さい頃から母親にそう叩き込まれてきた楓は、自身の家であっても心安らげる場所はその三箇所以外には存在せず、常に緊張状態でいなければならない。

 その所為もあってか、こうやって自身の部屋に入ってその緊張から解き放たれると、その解放感故に自身の性癖が爆発する。

 楓は真っ先にベッドへと飛び込み、自身の愛するぬいぐるみ達をこれでもかという程抱きしめる。


 ......そう。楓は無類の可愛いもの好きなのだ。


 自身のベッドには数多くのぬいぐるみや抱き枕が置かれ、それに包まれて眠るのが彼女の一番の幸せ。可愛いぬいぐるみに囲まれ、癒されて、嫌な事を綺麗さっぱりに忘れられる、最高の空間なのだ。



(だっていうのに......なんでまた......)



 楓は抱き枕を抱いてゴロゴロしながら、緊張の糸が張り詰めていた時にはすっかり忘れさられていたあの表情が思い起こされている事実に自然と眉間に皺が寄る。


 いや、実際にはそんなに負の感情はない。むしろその表情を思い出すと自然と笑みが零れる程だ。


 しかし、親友の事を思うと話は別だ。


 昨夜、楓は二回目となる不思議な夢を見た。

 その夢の中では自分の他に、親友の紗結、そして今日偶然出逢った親友の想い人――雨音翔が自我を持ち合わせ、三人が三人共同じ夢を見るという何とも不思議な体験をする、そんな夢を見た。

 その夢の中で親友の紗結は翔に泣かされた。紗結の話す内容を翔自身が単純に覚えていないのか、それとも別人なのか......それは本人同士でないと分からない事実であり、楓には分からない事だ。


 けれど、分かる事は一つある。


 “翔が紗結を泣かせた”


 それは事実。それは許せない事なのだ。


 だというのに、自身の胸の中を巡るこの気持ち......その気持ちが何なのかは今まで恋というものをした事がない楓でも薄々気が付いていた。

 しかし、それは許されない事実であり、認めたくない事実。


 普段であれば大好きなものに囲まれて癒されながら眠りに着くことが出来る空間。

 しかし、そんな普段とは違い、今日は雑念を多く抱いたまま悩ましい表情を浮かべ、楓は眠りへと着いたのだった。




 ◇◇◇




 楓は気が付くと、(れい)の世界へと訪れていた。

 それは、昨日も居た世界。普段から見慣れた景色。されど違う場所。


 そんな世界で楓の視線はある一点のみに集中していた。

 そこにはこの世の終わりでも体現するかのように絶望の表情を浮かべる一人の少年の姿があった。

 その視線の先――彼の隣の席には普段と変わらない楓の親友の姿が......なかった。

 そこにあるのは、周りにいる生徒と同じように靄がかかった存在になっていた紗結の姿が......。

 そして、そんな紗結へと手を伸ばしてはすり抜け、また手を伸ばしてはすれ抜けを繰り返す翔の姿が......。

 その翔の意味深な行動に楓は(いぶか)しむも、その表情を見た瞬間にその意味が、その気持ちが伝わってきた。

 

 それは、どうしようもなく切実な表情だった。


 紗結が居ないという事実を認めたくない......もうこの世界で逢えないかもしれない......


 そんな気持ちがその表情を見ているだけで伝わってきて、何故か凄く心臓が締め付けられる想いを抱く。


 そして、翔は手を伸ばすのを止めると今度は頭を机に何度も叩き付けていた。


 ......ごん......ごん。


 響くは痛々しく、そして虚しく聞こえてくる音。自然と楓の表情も歪む。


 翔は紗結を泣かした......その事実は頭から消え去っており、楓は居ても経ってもいられない気持ちになっていた。


 そして、自然と身体は動きだし、顔を俯かせて動かない翔の下へと歩み寄ると、その手は彼の頭へと伸びていた。



(......私が守ってあげる)



 そんな気持ちが自然と胸に込み上げ、そして、楓の手は翔の頭を優しく包み込んでいた。



 ふと、自身にかかる温かみに気が付いた翔は顔を上げる。視線の先には昼間も見た楓の姿があった。

 

 自然と二人の視線が交わる。そして、二人して時が止まったかのように固まってしまう。


 しかし、それも一瞬の事。

 翔の泣き顔に思わずドキっとしてしまった楓だったが、直ぐに自身のした行動を思い出すとその場から飛び跳ねるように楓は離れ、「違う違う......」と翔からしてみれば『......何が?』と思うような言葉を捲し立てながら慌てふためき、そんな楓の姿に、ふふっ、と翔は笑うとそのまま顔を上げた。


 今日一日普段と違う楓の姿をだいぶ見て見慣れたおかげか、それとも紗結が居ない夢の所為でおかしくなってしまったのか、翔はしっかりと楓を見つめると、楓のおかしな姿に半分、紗結は存在していないというのに楓はしっかりと存在しているという事実からくる自傷染みた気持ち半分に、はははっと再び笑いが込み上げてきた。


 そんな翔の姿に、逆に楓は顔がぱーっと赤くなり、顔を俯かせてしまう。何とも普段と真逆の状況に顔を伏せてしまった楓は混乱の境地に陥っていた。



「......ははっ......桐崎さん、ありがとう」



 そして、翔は一頻り笑った後に、そう楓へと微笑みながらお礼を述べるのだった。


 楓はその言葉に顔を上げたが、その表情を見ると眉間に皺が寄っていた。

 その微笑みは、普段の物とは明らかに違っていたからだ。

 そもそも、翔が微笑みを浮かべている姿などほとんど見た事もないし、見たとしてもそれは頬を引き攣らせたものだけだった。

 しかし、今日は翔の本物の微笑みを見る事が出来ていた。蓮華を撫でる、あの慈しみのある表情は正に素の微笑みだったのだ。


 だからこそ楓には分かった。分かってしまった。この微笑みは心からの微笑みではない事を。完全に何かを諦めてしまっている、そんな微笑みである事を......。


 楓は、何故かそんな表情を見ていたくなかった。今日見た微笑みを浮かばせてあげたい......そう心から思った。



 楓はそう思うと翔をしっかりと見据え、一つ深呼吸すると今までの姿は何だったのやらと思う程普段のような凛とした佇まいに切り替わる。伊達に小さな頃から母親に厳しく育てられてきただけはあるというものだ。


 急に雰囲気の変わった楓の姿に翔は思わずごくりと唾を呑み込む。



(い、いったい何が......)



 起きるのだろうか......そう翔が思った矢先、楓の口から言葉が紡がれていた。



「私に......任せなさい」



 そう決意の籠った瞳ではっきりと告げる、そんな楓の姿が眩しく、そして美しく、女神様のような神々しさを感じたのは翔の気のせいではなかっただろう。


翔くんの心や夢が変化する中、その変化に伴って楓さんの気持ちもいろいろと変わっているようで......

楓さんの「任せなさい」という言葉はいったい何をしてくれるのでしょうか?

次項御期待ということで......

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