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彼と彼女と夢物語  作者: 伝説の自宅警備員
第一章―夢物語のはじまり―
22/32

二十話―やはり彼女は彼の天敵―

翔、紗結、楓の三人の邂逅後~の話。

「......えっ............?」



 静まり返る廊下に、そんな呆けた声が木霊していた。



(What’s......That......?

「やっぱりあの子だったんだね」って......何が......?

 いったい綾瀬さんは何の事を言ってるんだろう......?

 あんな......感極まった感じで......


 これは適当に話を合わせた方がいいのか?

 いや......どう考えたってそんな空気じゃないだろ。


 じゃあ......どうすりゃいい?


 空気読まず、「何のこと......?」って、聞いちゃうか?


 ......うん、俺にはそんなこと無理だ......)



 翔は紗結の言っている言葉の意味が理解出来ずにいた。

 そして、どう返せばいいのか言葉も見つからず、口を半開きにした状態のまま、その場に固まっていた。


 紗結は、翔のそんな困惑した表情に、もしかしたら彼は忘れてしまっているのかもしれないと少し悲しく思いながらも、やっと......、やっと夢の中ではない本物の彼(・・・・)と話すことが出来たという事実が嬉しくて堪らないでいた。

 同じ夢を共有していたという事実、それはあの時助け出してくれた少年が翔である......と、紗結の中で確信したのだろう。



 一方、二人に忘れ去られているような楓だったが、彼女は昨日見た夢が予想通り三人が共有した夢であったことが証明されたが、しかし、何故自分がそこに招待されたのか......そんな素朴な疑問を胸に抱いていた。

 しかし、この夢に対して自分がしゃしゃり出るべきではないと考えていた。

 紗結から(もたら)された夢の話を聞く限り、あの夢は紗結が体験した事件があった日以来ずっと見続けた夢であり、本人が気付いているかどうかはわからないまでも、明らかに恋心というものを抱いているだろうことが窺えた。

 それに翔の方も、楓は後ろから観察していたから気付いたが、どうやら紗結へと恋心を抱いているだろうという確信もあった。

 それならば、この件については二人でゆっくりと愛を育んでくれと紗結の方を眺め、子を見守る母のように微笑んでいたのだった。





 辺りが静寂に包まれる。

 三人が三人とも、それぞれ胸にはいろいろなものを抱き、浮かべている表情には その胸に抱えている感情が如実に表されていた。


 しかし、皆胸に抱いているだけで、誰も言葉を発しようとはしない。

 そんな中、例の如くあれはやってくる。


『キーンコーンカーンコーン――』


 一時限目の授業の開始の合図を知らせるチャイムの音が鳴り響いた。



「やばっ! 今日一時限目松崎の授業じゃん! 早く行かないと怒られる!! 紗結! 行くよっ!」


「......えっ? えっ!?」



 チャイムの音でいち早く我に返ったのは楓であった。

 楓は、「やばいやばい」と呟きながら、紗結の腕を掴み、走り出す。

 紗結は目を白黒とさせながら、完全に状況についていけてない様子。楓に引かれるがままに後を走って行った。

 その際、未だに固まっている翔と紗結の視線が交わる。



「............いたっ!」



 翔は紗結の瞳を見た瞬間、突然の頭痛に襲われる。

 片手で頭を押さえ、いったいなんなんだこの痛みは......と、今まで経験したことのない頭痛に顔を(しか)め、怪訝(けげん)そうな顔をしながらも翔は授業に遅れるとヤバいと二人の後をたどたどしく追いかけたのだった。




 ◇◇◇




 一時限目が終わると共に、彼奴(あいつ)が翔の目の前に現れた。

 翔の心底関わりたくない人物――淳史だ。


 淳史は、どうやらだいぶご立腹なのか、その表情には抑えきれない怒りがそのまま見えて取れた。



(なんで俺は此奴(こいつ)に一々絡まれないといけないんだよ......)



 翔はなんだか泣きたくなるような気持ちを抱きながらも、これ以上淳史を怒らせないために言われた言葉にはなるべく逆らわないようにしようと心に誓い、淳史の言葉を嫌々待った。

 案の定、今朝同様に淳史は翔を教室の外に連れて行こうと翔の腕を無言で掴み、物言わせない表情で「行くぞ」と一言呟き、翔を連れて行こうとした......その時だった。


 突如淳史は踏み出した足を止める。

 どうしたんだと訝しげな表情を浮かべた翔は、下に向けていた視線を上げ、淳史の方を見やると、淳史の制服をぎゅっと握り絞める、白くて綺麗な手がそこにあった。


 翔はその手の持ち主へと視線を向けると、そこには頬を膨らませ、むっとした表情を浮かべる紗結の姿があった。

 翔は紗結のその行動の意味が全く理解出来ないながらも、とりあえず自分は黙っていようと、その成り行きを見守ることにしたのだった。




 淳史は誰に掴まれていたのかわからなかったのだろう。普段の彼だったらありえない、眉間に皺を寄せた不機嫌そうな表情で、自身の服を掴んでいる人物に文句を垂れようと振り返った。すると、淳史はその視線の先に居る人物を目に捉えると、そのまさかの人物に驚愕し、目が飛び出そうな程見開き、口をぐわんと開け、アホ面のまま固まってしまっていた。



「......堂島くん。雨音くんに何の用事なの......?」


「............」



 ちょっと私、怒ってますよー的なオーラを醸し出しつつ、紗結は淳史へと言葉を投げ掛けていた。

 淳史は今朝同様、今この状況が理解できなかった。

 どこからどう見ても、紗結のその表情は怒っている表情。

 その表情を自分に向けている......Why?


 今日一日紗結と(ろく)に話せていない淳史には、その理由が見つからなかった。

 考えられるとしたら、一時限目の前の休憩時間......



「い゛っ!」



 その事に思い至ると、淳史は握っていた腕を握力の限り強く握り締め、翔へと眼に怒りの火を灯し、睨みつけていた。

 翔は突然強くなった腕にかかる締め付けに思わず声を漏らし、恐る恐る淳史へと視線を向けると、まるでこのまま握りつぶされそうな恐怖をその表情から感じ取った。


 淳史と翔が無言のやり取りをしていると、ぐいぐいっと淳史の服が引っ張られた。

 淳史は今まで浮かべていた怒りの表情は何だったのか、その表情をでれっと(とろ)けさせ、紗結へと振り返った。



「紗結ちゃん。雨音とは男同士の話をするだけだよ......なっ?」



 服を紗結に引っ張られるという初めての体験に、淳史は強面の顔に似つかわしくない、心底嬉しそうな気持ち悪い表情を浮かべ、紗結へと言葉を返しながらサムズアップし、その後、翔を壁にしてその表情を紗結に見られないようにして、再び翔に物言わせない表情を浮かべ、翔へと同意を求めたのだった。

 当然翔はこれ以上淳史を怒らせてはならないと考えているため、必死に頭を上下に振った。

 その翔の様子に淳史はにやりと悪い表情を浮かべ、紗結にまた気持ち悪い蕩けた笑顔を向け、「ねっ?」と、小首を傾げていた。



 翔はそのあまりの気持ち悪さに吐き気を抑えるのに必死になる。これが此奴(こいつ)の新しいいじめのやり方かもしれない......翔は出かかった胃液による涙を拭きながらそんなことを考え、現実逃避に勤しんでいた。



「ち......違うん......でしょ!? ほっ......本当は......、雨音くんを......いじめるんでしょ!?」



 顔を赤くしながらも紗結の放った言葉は意外と声量が大きかったのか、放たれた淳史とそれを間近で聞いていた翔の二人以外にも、周りに居るクラスメイト達までもがその言葉に唖然とした表情をしていた。



「いっ......いたっ......痛い......っ......」



 いち早く我に返った淳史は、紗結から問われた言葉でやはり翔が一時限目前の休憩時間に紗結に悪知恵を入れたのだろうと予想し、気が付いたら、ぴきぴきっ、と顔の血管が悲鳴を上げるかのように浮き出始め、青筋が至る所に張り付いていた。握っていた力には更に圧が掛かり、翔は本気で腕がどうにかなってしまうのではないかと思う程の痛みがその腕に走っていた。



 周りのクラスメイト達は知っていた。淳史が気に入らない奴......特に紗結へとアプローチしようとした奴に制裁を加えていることを。


 そのことを知っておきながら、それでも淳史は、雅也にやられてしまう前に伊達に天辺を狙っていただけあって、喧嘩も強いし高校一年生離れのガタイだ。当然淳史に逆らえる人物はいなかった。


 そして、次第にクラスの男子生徒達の中では淳史に逆らわない、誰かがいじめられようとも黙認する、という流れが出来ていたのだった。



 そんな中での紗結の一言。その言葉を聞いたクラスの男子達は戦慄した。

 意中の相手にいじめが知られてしまっていた事......つまり紗結にリークした人物がいる。

 もし、その人物に自分が疑われたとしたら、いったいどんな酷い目に遭わされるだろうか......、そう思うと皆背筋が凍り、恐々とした表情で成り行きを見守ったのだった。




「......い、いや~......、や~だなぁ、紗結ちゃん。俺がそっ、そ~んなこと、すっ、するわけな~いじゃ、ないか~」



 怒りから引き攣る頬を必死に笑顔に保ち、淳史は紗結へと言葉を紡ぐものの、その言葉はかなり白々しく、周りからは『彼奴終わったな』と、(あわれ)みの表情を浮かべる人達で溢れていた。

 そして、その肩にぽんっと手が置かれる。



「......堂島。諦めるんだな」



 淳史が声のする方へと振り返ると、自分の肩に手を置きながら、やれやれといった表情を浮かべる淳史の天敵――楓の姿があった。



 そこで淳史は気付いた。奴が犯人だ、と。

 先程紗結と翔は一緒に教室を出て行ったが、その後気付くと楓の姿も見当たらなかった。

 そして、一時限目が始まる直前に紗結と楓は二人で教室に帰ってきた。

 で、あるならば、休憩時間中に楓が紗結へと悪知恵を入れたのだろう。



 淳史のその考えは正しかった。

 楓は紗結を連れて走っている際に紗結に忠告していたのだ。淳史は翔をいじめている可能性があるという事を。


 これに関しても、楓の洞察眼で薄々気づいていた事だった。

 淳史が度々浮かべる敵意の籠った視線。その先にいる人物......それが翔であったこと。

 そして、翔が淳史達を視線に入れた時の怯えた表情......。明らかに二人には 何かがあっただろうことは見て取れた。

 淳史の横柄(おうへい)な態度と翔の気弱な性格から鑑みるに、どう見てもいじめっ子といじめられっ子の関係であろうということを。


 その考えに至り、そして、翔が紗結にとって大切な存在であったことを知った今、このことは紗結に伝えといた方がいいだろうと思い、伝えたのだった。



 しかし、まさかいきなり紗結が直接淳史に問い(ただ)すとは夢にも思わなかった楓は、そういえば紗結は嘘がつけない子だったね......と、紗結の行動に呆れながら、淳史の肩へと手を置いていたのだった。





 淳史は考えていた。この状況を抜け出す解決策を。

 もしもこのまま紗結に何も反論出来なければ、自分は紗結に軽蔑されるだろう。 そうすればもう紗結の下に居られなくなってしまう。



(......そんなのは......嫌だ。

 でも......じゃあ......どうすれば............)



 考えても見つからない答えに頭を悩ませる淳史。

 自分では見つからない答えに何処かに助けを求めたのか、淳史は視線を彷徨わせた。

 瞳に映るのは、どれも皆、憐みを浮かべた表情。会話を耳にしていたクラスメイト達は、もう淳史が何を言おうが無駄だろう......そんな表情をしていた。


 彷徨わせた視線の先に自然と紗結を捉える。未だに頬を膨らませ、怒ってるぞといった表情を浮かべてこちらを可愛くも睨みつけている紗結の姿......。


 淳史の脳裏に先程告げられた言葉が(よぎ)る。



『......堂島。諦めるんだな』



(......そう......だよな......。俺が何を言おうが親友の桐崎の言葉を信じるだろうよ............)




「......へっ?」



 翔は間抜けな声を上げていた。それもしょうがないだろう。今まで強く握り絞められていた腕が突然解放されたのだから。


 淳史は何かを諦めたのか、大きなガタイが嘘のように、肩と頭を落として小さくなり、見るからに落ち込んだ様子で紗結に何も言葉を返せぬまま、教室の外へと出て行ったのだった。




「相変わらず紗結は紗結なんだから......」



 成り行きを窺い、皆が淳史の背中を見送っていた中、そんな呆れたような声が紗結へと投げ掛けられていた。



「......ん? だって......いじめは駄目でしょう?」



 まるで何を言ってるのかわからない様子で小首を傾げながら、それが当然でしょ? とでも言うかのような無垢な表情を浮かべる紗結に、楓はそんな当たり前のことを平然と言う紗結に呆れながらも、そうやって心の底から思っているだろう紗結の表情がおかしく、「もう~可愛い奴だなぁ」と、紗結のその頭の上をがしがしと撫でまわしたのだった。



 置いてかれている感半端ない翔だったが、愛しい紗結と綺麗な楓がじゃれている光景を見れて眼福だなと思いながらも、いずれ淳史は報復に来るだろうなぁ......と思うと、額から汗が伝うのだった。


さて、あの頭痛は何だったのでしょう......

そして、やはり堂島少年は桐崎さんには頭が上がらないご様子。


この後堂島少年はどうするのでしょうかね?


そして、くじ引きはいったいどうなるのでしょう?


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