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彼と彼女と夢物語  作者: 伝説の自宅警備員
第一章―夢物語のはじまり―
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十九話―綾瀬紗結の恋心―(後編)

紗結の高校入ってからの話です。

『出逢いは唐突だ。そして、別れも唐突だ。だからこそ、その一つ一つの出逢いには感謝をしなければいけない。一つ一つの出逢いをもっと大切にしなければならない。突然の別れが訪れたとしても、後悔しないように......』



(あれは小学校の頃......いや、中学校の頃の校長先生の話だったかな............)



 現在紗結は、橘東高校の始業式で校長先生の話を聞きながら、ぼんやりとそんな事を思い出しながら考えていた。



 この話を聞いた当初、正にその通りだと紗結は実感した。

 あの少年との出逢いは正に唐突だった。突然目の前に現れた少年。そして、助け出してくれたと思ったら、別れも唐突。感謝の気持ちを伝える前に、少年の事を何も知らむままに、少年は紗結の前から姿を消したのだから。



 紗結はそんなことを思い出しながら、隣の少年を見やる。

 先程出逢った時、紗結は心臓が飛び跳ねてしまいそうな程衝撃を受けていた。

 居るはずのない......いや、居るわけがない......と、そう目を疑った。

 夢の中では毎日のように会えていた少年。

 されど、ずっと紗結なりに必死になって探しても、見つけることが出来なかった少年。


 だというのに、隣に居る少年は夢に現れていた少年と瓜二つの姿だった。



 しかし、夢の中の少年と瓜二つだったとしても、まだ確定ではない。他人の空似の可能性だってある。なんせ、お世辞にもその少年の容姿はかっこよくはない......。正直どこにでもいるような少年なのだ。



 そのため紗結は、(はや)る気持ちを抑え、自己紹介をしていた。

 少し声が上ずったのがわかった。頬が熱くなっていくのも感じた。それでも自己紹介は出来た。

 紗結は自己紹介を終え、一先ずの安心を得たのだったが、待てども待てど、一向に返ってこない返事......。

 不安に思った紗結は、恐る恐る少年の顔を覗き込んだのだが、少年と目が合ってしまい思わず身体がびくっとなってしまう。

 緊張しているんだなぁと、手に(にじ)む汗を握り絞めながら、紗結はもう一度視線を少年へと向ける。すると、少年は頭を机に伏していたのだった。



(......え? ......無視されちゃった......?)



 紗結は少年のその姿にそう思ってしまった。

 先程出逢った時の高鳴った鼓動、昂ぶる感情......その気持ちが打って変わって、段々と落ちていくのを紗結は感じていた。




 ◇◇◇




 紗結は校長先生の話を聞きながら、先程の出逢いを思い出し、溜息を零しながら視線は少年へと移っていた。

 どう見ても夢に出てくる少年と瓜二つ。毎夜のように見ていたから見紛う訳がない。


 やっと出逢えた......。そう思うも、先程無視されたことで紗結には再び少年へと話し掛ける勇気がなかなか湧いて来なかった。


 その時、ずっと見ていたためか、再び少年と視線を交えることが出来た。

 紗結は心臓の鼓動がドクンっと鳴るのを感じたが、緊張なんて気にしないようにと頭の隅に追いやり、もう一回話し掛けてみようと紗結は口を開いたのだったが、その時には少年には目を逸らされていたのだった。


 開いていた口を閉じるのと溜息が交じり、思わず「はぅ」という声が漏れ出てしまい、紗結は恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じる。それでも、少年が再びこちらを向いてくれることは無く、紗結はどんどんと気が落ちていくのを感じていた。




 ◇◇◇




 放課後。

 紗結は未だに引き摺っていた。

 せっかく会いたかった少年に会えたというのに、一向に口が利けていない。碌に顔も合わせられてもいない。隣の席だというのに......。


 そんな幸運な巡り逢わせだというのに、一回話し掛けて無視されただけで気落ちしている自分が情けない......そう思うと思わず吐き出している溜息の回数が増えている事を紗結は実感していた。



 そんな気分が落ちきってしまっている紗結のところに、突如声が掛けられた。

 紗結はその声に誰だろうと見てみると、相手は幼なじみの雅也だった。


 堂々とした態度でふてぶてしい表情......。幼い頃から一緒に居たからだろうか......紗結はその表情を見た瞬間、なんだか救われたような気分になっていた。


 いつもの変わらない雅也がそこに居る......、紗結はささくれていた心に癒しを求めるかのように、雅也にいつも以上に明るい笑顔で応えていたのだった。



 そうして暫く、紗結は雅也と語らっていると、不意に雅也の視線が隣へと注がれる。

 それと同時に雅也が驚愕の表情を浮かべたので、紗結も気になり隣の少年へと視線を向ける。

 雅也とその少年の間に何があったのかはわからない。

 しかし、少年は小さく謝り出すとそそくさと立ち去ってしまった。

 紗結は去りゆくその後ろ姿に、思わず「あっ......」と、呟いていたのだった。




 紗結はその帰りの事をあまり覚えていなかった。

 一度は雅也が現れて、その変わらぬ表情を見て救われたが、やはりあの少年と話せなかった事が心残りだった。



 家に帰っても、その事ばかり考え、寝る前もどうやって話そうかと本気で考え......悩み......そして意識を手放すといつもと変わらない、少年との夢を見ていた。



 けれど、ここで初めて紗結は気付いた。

 いつも座っている場所、席、教室、クラスメイト達......それが今日学校で座った席から見る景色と酷似していた。否......全く一緒ではなかろうかと思えたのだった。



 そこで(ようや)く紗結は気付く。この夢は、一種の未来予知だったという事。

 今まで見ていた夢は、橘東高校一年二組。自分が通う教室の夢であった事。


 だとするならば、やはり隣に座っている少年は、あの時助け出してくれた少年ではないのか......紗結はそう思うと声を漏らしていた。



「ねぇ......教えて......あなたはあの時の子......なの?」



 その言葉は、今まで何度となく語り掛けていた言葉。

 しかし、少年は虚空を見つめるだけで返してくれず、唯ぼやけているだけの存在......それでも紗結は構わず、何度も何度も詰問するのだった。






 紗結はこの夢を通して半ば確信していた。隣に座る少年――雨音翔があの時助け出してくれた少年であろうと。


 しかし、それと同時に怖くなっていた。

 せっかく再び出逢えたと思った少年が、もしかしたら他人の空似で別人なのかもしれないと......。そう思うと紗結はその話に触れることが一切出来ず、翔になんとか授業の話で声を掛けてみても幾度となく無視されてしまい、紗結の心は折れ欠けていた......。



 そんな時。紗結は普段通り眠り、そしていつもの教室に居た。

 今日もなんら変わらない風景が広がっており、今日も返事をくれない隣の少年へと(ただ)言葉を投げ掛けるだけの夢......そう紗結は確信していた。



 そして、紗結は隣を見るとその光景に目を見開き、思わず顔を背けてしまっていた。

 いつも何処か虚空をずっと眺め、ぼやけていたはずの少年――翔が、今現在まるでそこにいるかのように、辺りをきょろきょろと確認でもしているのか、視線を周りへと巡らせていたのだった。



(どっ、どっ、どっ......どうして、雨音くんが動いているの?

 いつも(ただ)ぼーっとしているだけなのに......


 ......あれじゃあまるで......本物の雨音くんみたいじゃん!?)



 紗結はもう何百回と見慣れていたはずの光景が、突如として変化したことに全く理解が出来ず、困惑し過ぎて眩暈(めまい)を起こしていた。


 そうして紗結が思考の海から復帰した時には、隣から視線がじーっと注がれていた。

 紗結はその視線にどうしていいかわからず固まってしまう。



(えっ......? なんで雨音くんずっとこっち見てるの?

 何で? 何で?


 もしかして......私の顔に何かついているのかな!?)



 翔に見られ続けるという今まで体験したことのない状況に、紗結は混乱の境地に至る。

 その結果、顔に何かついているのかもと的外れな事を考え始めてしまうのだった。

 そして、そんな見当違いな考えは、紗結の口からそのまま出ていた。



「あ、あの......雨音くん、わたしの顔に何かついてる......のかなぁ?」



 口にした直後、何自分は聞いているのだろうと紗結は我に返る。

 まず、夢の中で顔に何かついているっていうのはおかしい話であるし、夢の中の翔にそれを聞いたところでどうするんだという気持ち。

 紗結は自身の言動に呆れながらも、一末の期待を籠めて翔からの返答を待ったのだった。



 普段通りの夢ならば、紗結が何を語り掛けても虚空を見つめたまま、何も返してくれない。

 しかし、今の翔は紗結が見た感じ、どうやら自我がありそうだ。


 紗結はそう思うと、どうしても返答を期待してしまったのだが、やはり返答は得られなかった。

 しかも、紗結が翔を見ると、普段の夢とは違い、現実の翔が何度か紗結を無視した時のように、顔を背けられていたのだった。


 これはかなり堪えるなと、紗結は感じた。

 これならば普段の夢のように一点を見つめ、無反応で居てくれた方がまだ全然マシだった。


 紗結は気分が落ちると共に、必死に保っていた笑顔が崩れていくのを感じていた......そんな時だった。



「いっ、いやいや、なっなっなっ、なんもついてないよ! ごっ、ごめん! たったっ、たぶん、見惚れ*#$%@」



 まるで何を言っているかわからない言葉が隣の方から聞こえてきた。

 紗結はその声の方へと視線を向ける。

 額を手で覆い、耳元まで赤くしている翔の姿がそこにあった。

 どうやら翔は言葉を返してくれたらしい......、その事に気付くと、紗結は心が弾むような気持ちになっていた。



 あれからどれくらいの年月が経っただろうか......。

 どれだけの時を待っただろうか......。


 夢の中だとはいえ、何度も言葉を投げ掛けていた。

 しかし、その言葉に対する返答は、今の今まで一度もなかった。


 声が聞けないのは悲しかったが、それでも姿を見ているだけでも十分幸せだった。


 けれど、高校に入学して再び出逢えてからは、嬉しさよりも苦痛の方が大きかった。


 せっかく出逢えたというのに、言葉を交わすことも、顔を合わすことさえもままならない。

 声を掛けたとしても無視されるだけ......本当に辛い日々だった。



 そんな辛かった日々が今......報われたのだ。




 紗結は嬉しさのあまり込み上げてくる涙を必死に抑え、自分の持てる全てを籠め、翔へと言葉を返しす。




 そうして、この時から紗結の夢物語は動き始めたのだった。


これで一先ず紗結SIDEの話は終わりです。

そろそろ一章も終わりを迎えます。

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