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彼と彼女と夢物語  作者: 伝説の自宅警備員
第一章―夢物語のはじまり―
19/32

十七話―綾瀬紗結の恋心―(前編)

とうとう、紗結の過去に話を触れていきます。

(やっぱり......あの時の子......なのかな?)



 紗結はある日から見続けるようになった夢の中で、必ず傍にいる少年の姿と、昔一度だけ出逢った少年との姿を重ね、その面影からどうにも同一人物のように思えてならなかった。



(もしそうだったら......嬉しいな......)



 その少年の出てくる夢を紗結はいつも飽きもせず、そう胸に抱きながらぼやける少年の横顔を眺めていたのだった。




 ◇◇◇




 それは紗結がまだ小学六年生の頃の話。

 現在高校一年生の彼女は、その年齢に似つかない程の凛とした大人びた姿から、誰から見ても、『綺麗』『美しい』といった言葉が投げかけられる美貌である。

 そして、その純真無垢な笑顔は、『可愛い』『可憐』という言葉だけでは物足りない程の美貌と可愛さを合わせ持つ美少女だ。


 そんな彼女だが、当時は齢十一とまだまだ幼さの抜けきらないあどけなさがあった。

 そのため、さすがに『綺麗』『美しい』といった現在の彼女が投げかけられる言葉にはまだ無縁。その美は未完成であった。

 しかし、その幼さ故、底抜けなく滲み出る可愛いらしさが存在していた。


 そのため、その幼さ。そして、同年代の子達と比べ頭一つ飛び抜けた可愛さ。その時だからこそ、その二面性を併せ持った紗結。

 そんな紗結はそういった性癖の持ち主にとって、垂唾物の存在であった......




 ◇◇◇




 ある日の下校時の話である。

 紗結と雅也は家が近所であったため、幼稚園時からの幼なじみ。

 小学校の登下校は必ずといっていい程一緒だった。

 しかしこの日、紗結は美術の授業で完成出来なかった絵の作品を、残ってでも完成させたいと先生に頼み込み、その許可をもらっていた。

 雅也はこの日、習い事があり、雅也を絵が完成するまで待たせるなると帰りが遅くなり、確実に習い事に遅れることは明白だった。

 そのため紗結は、先に帰っててと雅也に伝え、雅也は悩み、紗結に諭された末、一人で下校することにしたのだった。


 ふー、と一息。やっと満足のいく絵が完成出来た紗結は、完成した絵を美術の先生に提出した後、ふと時刻を見ると既に夕方六時を回る時間になっていた。



(さあ、早くお家に帰ってご飯食べよー)



 満足のいく絵が完成したことで少しウキウキしながらも、襲ってくる空腹感に急いで家に帰ろうと、紗結は家路へ向かい始めていた。


 しかし、そうして帰路へ向かっていたはずの彼女は、現在普段通っている帰宅路とは違う道を歩んでいた。

 もう日も暮れ始めたそんな時間。先程、早く帰ってご飯食べよーと息巻いていた彼女は何処へ行ったのやらと疑問に感じてしまう程、彼女の行動は不思議そのものだった。


 彼女はいったい何処へ向かうというのだろうか......


 いや......彼女は何処へ行くでもなく真っ直ぐ家に帰ろうとしていた。

 では、それならば何故彼女はいつもの帰宅路を行かないのか......


 そう......彼女は稀に見るほどの方向音痴だったのである。

 そのため、普段登下校は必ず雅也が一緒にいるのだ。


 しかし、先程紗結と雅也の二人のやりとりでのこと。



「ねぇ......確か今日まーくん(まさやのこと)空手の日でしょ? わたし美術の授業で完成出来なかった絵を完成させるまで帰らないからさ、たぶんそれだと遅くなっちゃうと思うからまーくんは先に帰ってていーよ?」


「いやいや、お前......一人じゃ帰れんじゃん......?」



 雅也を気遣い、紗結は帰宅を促したのだが、そんな紗結の言葉に雅也は半目になりながら呆れた表情で言葉を返す。

 しかし、そんな雅也の表情は気にも留めず、紗結は笑って言葉を返す。



「あははっ、大丈夫だよ! もう六年も同じ道通ってるんだよ? 今更道がわからないとかありえないって!」


「ん゛~......まぁー......それもそうやろろうけど............、母さんに紗結と一緒に帰りなさいって堅く言われてるしなぁ............」



 笑いながら言い放った紗結の言葉に、雅也は暫し逡巡し、確かにそれはそうだろうと思いながらも母親の言いつけを思い出すと紗結へと言葉を返す。



「ん? 大丈夫、大丈夫! 恵さん(雅也の母)には内緒にするからさっ!」


「そうか? まぁ......お前がどんなに方向音痴でも......さすがにもう迷う事なんてありえんよな......。よし! じゃあ......俺は先に帰るわ!」


「うん! また明日ねー!」



 紗結が内緒にするという言葉を聞いた雅也は再び逡巡するも、いくら紗結が極度の方向音痴だからといってもさすがに小学校六年間通い続けた通学路を今更迷う事はないだろうと、後ろ髪を引かれる思いがありながらも、紗結に別れを告げ、先に帰ったのだった。



 この後、彼と彼女の運命を左右する出来事が起きてしまうことも知らずに......




 ◇◇◇




 夕日も沈みかけ始めた時刻。紗結は目に涙を浮かべながら家路を急いでいた。

 普段ならば十五分程で帰れる道程。

 しかし、どういったわけか、現在紗結は一時間近く歩いているのだが全く家が見えてこない......というよりも見慣れた景色さえ周りには全くなかった。


 それはというのも彼女が普段通りの道を歩いていればさすがに迷うことはなかっただろう。

 しかし、彼女は下校途中にあるものに心を奪われてしまったのだった。

 それは別に特別な物でも何でもない。只の黒猫である。

 彼女は昔から動物や赤ちゃんといった愛でるモノが大好きで、特に猫は家でも飼っていて、普段からじゃれ合う程溺愛している。

 その溺愛している猫も黒猫で、その猫と瓜二つだった。

 尻尾をふりふりしながら歩くその愛くるしい仕草に、紗結はきゅんとなり、満足のいく絵が完成したこともあってか、ウキウキの気分でその後を着けて行ってしまったのだった。

 それが後の始末である


 五分程、黒猫の後ろ姿を微笑ましそうに着けていた紗結だったが、途中、黒猫は紗結の方を振り返ったかと思うと、さささっと何処かへ行ってしまった。


 (はぁ~......もうちょっとあの子の事見ていたかったなぁ......)


 紗結はそう思いながらも、黒猫を着けていたことで知らない道を歩いていたことには薄々気付いていた。それでもまぁなんとかなるだろう......それよりもこの可愛らしい猫さんを眺めていたいという欲求に勝てず、黒猫を追いかけていた。


 そうして、暫く尾行した(のち)、突如去ってしまった黒猫の背を見ながら溜め息を零し、紗結は紗結なりに元来た道を戻っていたのだが、行けども行けども元来た道には戻れず、見慣れた景色さえ見つけ出せずにいた。

 そうして、その現状に彼女が焦りの表情を浮かべていると、不意に紗結へと声が掛けられたのだった。



「お嬢ちゃん、どうしたのかな? おじさんで良ければお話聞くよ?」



 歳は三十代後半から四十代前半といったところだろうか。少し脂ののった中肉中背の男。

 そんな男がにこにこと何処か影のある表情で声を掛けてきたのである。

 一見するとどこからどう見ても怪しげな人物である。普通の少女なら不審がること間違いないのだろう。

 しかし、普段雅也がボディーガード的存在で、こういった怪しい人物を近づけなかったことも相まって、純真無垢である紗結はそんな男に全くもって不信感を抱かなかった。



「実は道に迷ってしまったのです」



 そんな紗結は、正直に今置かれている現状を答えてしまっていた。

 その言葉を紗結が発した瞬間。男はにたっと怖気のしそうな表情をした。

 しかし、その一瞬の表情に紗結は気付かず、すぐさま表情を胡散臭そうな笑顔に戻すと紗結へと言葉を返した。



「じゃあ......おじさんが道案内してあげよう」



 一時間もの間、道に迷っていて心身共に辟易していた紗結。

 そんな見るからに怪しい人物である男の言葉に、紗結は喜びの表情を浮かべていた。



「本当ですか!? ありがとうございます! お願いします!」



 そして、全く怪しむ様子もなく、男の言葉に安易に承諾してしまったのだった。

 そのままその男に家付近まで道案内してもらうことになってしまったのが後の祭りである......。




 ◇◇◇




 男に案内され始め、十五分程過ぎた頃だっただろうか。

 時間的にそろそろ知っていそうな風景が見えてもおかしくないはず。

 しかし、一向に見知った風景にはならず、むしろ人気の少ない路地裏へと続く道まで歩を進めていた。

 さすがの紗結も、此処までくれば心配になってくる。



「あの......おじさん? 後......どれくらいで着きそうですか?」



 そう尋ねてきた紗結に、男は笑顔で振り返る。



「もうすぐだよ......ほら、この抜け道を行ったらすぐだから」



 そう言うと、紗結の腕を掴み、男は少し強引に引っ張り始めたのだった。

 紗結もそんな男に怪しさを覚え、少し怖くなり始める。



「あ、あの......こ、ここまでで、大丈夫です......ありがとうござい......」



 引き攣る顔を必死に笑顔にしながら、言葉を紡いでいた紗結は、そのまま掴まれていた手を引っ込めようとしたのだが......



「......痛っ!」



 紗結は思わず声が上がってしまっていた。

 振り解こうとした腕を、男に強く握り締められていたのである。


 紗結の身体を恐怖が襲う。あまりの恐怖で硬直した首を、ぎぎぎっと後ろに回し、恐る恐る男の表情を覗きこむ。

 

 今まで張り付いたような笑顔を浮かべていた男。

 しかし、今男が浮かべるその表情には更に笑顔に......いや、鼻息も荒々しく、垂れそうな涎をじゅるっと(すす)る音を響かせ、ねっとりとするような目つきという獣のような表情を浮かべながら、紗結の全身を(くま)なく舐め回すように見つめていた。


 そんな男の表情に、紗結の脚がガクガクと震え始める。その脚はそのまま立ち続けていることが困難になり、紗結はペタッと座り込んでしまった。

 

 しかし、そんな紗結にはお構いなくなのか、男は強引に腕を引っ張り路地裏へと引き込もうとしていた。


 紗結は目に涙を浮かべ、恐怖のあまり声も出せぬまま男に連れ去られようとしていた正にその時。


 まるでテンプレ的な危機的状態の時に彼と出逢ったのだった。


 前髪がくるっと横に流れ、天然パーマの少年。歳は紗結と同じくらいといったところ。そんな彼がここに通りかかったのは偶々であった。



 しかし、紗結にとっては運命だったのかもしれない。



 少年は男が強引に少女を路地裏へと連れこもうとする現場を、言葉を発することもなく、何か行動するわけでもなく、唯々(ただただ)唖然とした表情で眺めていた。


 そんな少年の視線が紗結へと向けられる。

 涙を溜め、潤んだその瞳と見つめ合う。


 紗結は『助かりたい......』その一心で必死に口を動かす。

 恐怖で声帯が思うように動いてくれない......

 それでも必死に紡ぎ出した声は、聞こえるか聞こえないかわからない、か細い声で一言......



「たす......けて......」



 そんな小さな声が少年に聞こえたのか聞こえなかったのかは紗結にはわからなかった。


 しかし、紗結が気付くと少年はこちらに向かって駆け出していた。


 脚を(もつ)れさせながらも、必死に走っていた。


 そして、そんな足音に気付いたのか、怪訝(けげん)そうな表情を浮かべながら、男は振り返る。

 少年は、その振り返った男の、紗結を引き摺っている方の腕へとタックルをかましていた。


 しかし、そこは大人と子供である。力の差も体重の差も天と地の差。

 男は吹っ飛ばされることはなく、ただよろめいただけに(とど)まった。


 しかし、男は思わぬ衝撃に、思わず掴んでいた紗結の腕を放していたのだった。




 呆気に囚われる3人。

 不意な衝撃を受けた男はもちろんのこと、一見してひ弱でおとなしそうな少年がまさか本当に助けに来てくれるとは思わなかった紗結。


 そして、実際に駆け出して男にタックルをかまし、この場を作り出した張本人の少年。



 しかし、その場も一瞬のことだった。

 少年は紗結の瞳を見たと思うと、口を半開きにしたまま呆気に捉われていた男を尻目に、紗結の手を掴み駆け出していたのだった。



 呆気にとらわれていた男だったが、駆け出した二人の姿を見るや否や、すぐさま意識を取戻し、せっかく捕らえた上玉美少女である紗結を見逃してなるものかと、鬼の形相で目を血走らせながら追い駆け始めた。




 この場面......漫画に出てくるようなイケメン主人公であれば、呆気なく男を倒していたことだろう。もしくは上手いこと逃げ(おお)せられたのかもしれない。



 しかし、少年は違った。

 今までの少年の主人公然とした行動がまるで嘘だったかのように......



「たっ......助けてっ......くださーい!」



 声を詰まらせ、顔を真っ赤に染めながらも必死の形相で叫びながら男から逃げていた。


 正直......かっこよくない。


 そうして、少年が必死に声を発していると、その声に気付いたのだろうか、焦った様子で一人の短髪の少年が紗結達の前に現れたのだった。



 偶然というものは重なるもの。

 習い事を終え、帰宅した雅也だったが、母親にまだ紗結が帰宅していないけどどうゆうことなんだと窘められそうになった瞬間、居ても建っても居られないといった感じに家から飛び出していたのだった。

 

 雅也は紗結をなんで置いて帰ってしまったのかと後悔しながらも、学校と紗結の家の道程の脇道、または周りの道等を必死に探していた。


 そんな雅也の耳に、誰かの切羽詰まったような声が聞こえた。紗結の声ではないとわかっていながらも、何か胸騒ぎを覚えた雅也はその声がする方へと掛け寄ってみると、そこには探していた人物、紗結の姿があったのだった。


 雅也は顔を赤らめて必死に「助けてくださーい」と、何度も叫びながら走る少年。その少年に手を引かれ、必死に走る紗結。

 そして、後ろから紗結達を追い駆けるような形で肉付きの良い、いや、良すぎる程の体型を持つ、目を血走らせるおっさんの姿。

 

 そんな一見訳のわからない状況に一時思考を停止しかけた雅也だったが、紗結の瞳に溢れる涙がきらりと光るのを確認するや否や、男の顔面目掛けて跳び蹴りを喰らわせていた。


 男の体格を持ってしても雅也のその勢いに止めることは出来ず、勢いそのままに後ろへと吹っ飛ぶと後頭部を地面に強く叩きつけたのか、白目を向けながら呆気なく気絶していた。


 少年と紗結は、その一瞬の出来事に呆気にとらわれていたが、どうやらもう恐れることはないのだと安堵した表情を浮かべ、荒い息のまま二人して地面にへたり込んだ。


 雅也は男の様子を足先で突いて様子を窺い、完全に気絶していて起き上がってこないことを確認すると、緊張の糸が切れたのか「ふぅ」と安堵の溜息を吐き、へたり込んだ二人へと元へと向かった。



「......紗結? いったい......何があったんだ?」



 雅也は紗結の下まで来ると屈んで表情を窺い、紗結の無事な姿を確認出来たのか安堵の表情を浮かべ、微笑みを浮かべる。しかし、直ぐにその表情を硬くし、少し切羽詰まったような勢いで紗結の両肩に手を置いて紗結の目を見つめる。

 紗結は走り過ぎて荒くなった息を深呼吸しながら落ち着かせていたが、雅也のその問いにただ見つめ返すことしか出来ず、何て答えればいいのか......と悩んでいると、(おもむろ)に視線を少年へと向けていた。


 その視線を受け、雅也は訝しそうな表情を浮かべながら、視線を紗結から少年へと移す。

 二人から視線を向けられた少年も紗結同様荒くなった息を深呼吸で落ち着かせていたのだが、いきなり注がれた視線に硬直してしまう。


 段々と少年の顔が朱色に染まっていき、額から大量の汗が流れ出す。

 

 そして、少年は不意に先程まで紗結と繋いでいた手を放すと慌てた様子で立ち上がる。



「あっ......」



 不意に繋いでいた手を離され、思わず紗結の口から漏れ出た言葉。先程まであった温もりを求めてなのか伸ばした左手......少年はそんな紗結の姿も視界に入っていないのか、そのまま背を向ける。



「あ゛ーーーーーーーー」



 そして、少年は突然叫び出し、紗結と雅也の二人から逃げ出すかのように駆け出していってしまったのだった。


 紗結と雅也は、そんな去っていく少年の後ろ姿をただただ眺める。


 雅也はなんなんだ彼奴(あいつ)は......と、眉根を寄せ、相変わらず訝しむような表情を浮かべていた。


 一方、紗結は少年のその後ろ姿と繋がれていた自分の左手を交互に見、そして、その手をもう片方の手で大事そうに包み込むと胸まで持っていく。



「ありがとう......ありがとう......」



 紗結は流れ落ちる涙もそのままに、小さくそう感謝の言葉を呟くのだった。


まぁ普通にこんなところだろうと読者の方々は思っていらしたでしょう......

まだまだ紗結ちゃんのお話は続きます。

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