十四話―開け、ドア―
「......はぁ............」
先程から、彼女はもう何回目かもわからない程の溜息を漏らしては、どこか落ち着かない様子で頭を悩ませていた。
そのため足取りもたどたどしく、その様子を窺っていた者に苛立ちを覚えさせていた。
「――――い......おい! 紗結! 聞いてんのか!?」
「......ふぇっ!?」
思考の海に呑まれていた彼女――綾瀬紗結は、突如として彼――鮫島雅也から怒鳴り声のような声のボリュウムで話掛けられたことにより思考の海から解き放たれ、驚きの表情を浮かべながら奇妙な声を発していた。
「......ふぇっ!? ......じゃねぇよ! さっきからお前どうしたんだよ?」
そんな紗結の態度に半分苛立ち、半分呆れた表情を浮かべながら、それでも紗結のおかしな態度を気遣うような雅也の尋ね方は、それだけ彼が彼女を思いやっているということが窺えた。
「あっ......うん......ごめん......まーくん......」
「はぁ......謝られてもなぁ......」
紗結は雅也に自分が情緒不安定な状態の理由を話す気がないのか、途切れ途切れに、だがただ謝るだけに止まり、そんな紗結の態度に自分には話せない内容なのかと、相談してもらう相手に見なされてはいないのかと、そう思い込み気落ちしてしまう雅也。
当然紗結は雅也の事を信頼しているし、相談事だって今まで多くしてきた。
しかし、今抱いている悩みは雅也がどうこう出来る問題ではないことを紗結はわかっている。
そのため何も話さないという態度に至ったわけだったが、当然そんな理由を雅也は知らない。
そんな気持ちのすれ違う紗結と雅也の幼なじみペアの様子を、周りの生徒達は普段通り好奇な視線を向けつつ、学校へと歩みを進めていた。
◇◇◇
「――なぁ......亮......?」
「......ん? って......おいおい、なんだよ真面目な顔しちゃってさ?」
翔と亮は普段通り学校までの道程を二人で歩んでいた。
しかし、いつになく真剣な表情で先程から何事か考えている様子だった翔。
そんな翔の様子にどうしたんだと訝しむような表情を浮かべながらも何も口を出すことはなかった亮だったが、やはり真剣な表情で突然声を掛けてきた翔に対し、亮は少しおどけながらもその眼の奥にはその意志を表現するかのように強い光を灯し、その内容の節々まで聞き逃す事なく聞こうという姿勢が翔へと伝わってきた。
「......実は......さ、亮......絶対笑うなよ......?」
「ん......まぁ、話の内容にもよるけど............笑わないよ。んで......どうしたんだ?」
何か思い詰めたように話す翔に対し、亮はよほどの事を翔は話すのだろうと、ならば絶対笑わないと心に誓いながら、翔へと話の続きを促した。
「ふぅ......」
溜め込んだ息を吐き出し、意を決したかのように翔は言葉を紡ぎ出す。
「実はだな......昨日さ......あの夢でな......おかしな事が起きたんだ......」
「............」
翔が、亮の瞳を真剣に見て紡いだ言葉を、ぴくっと頬を痙攣させ、翔へと返答せず、無言を貫く亮。
「......ん? 亮......? 聞いてるか?」
「............」
翔は、亮が返答せず黙り込んだ事に訝しみ、亮へと問い掛けてみるも依然として反応はない。あるのは未だに続く頬の痙攣のみ。
「おい亮? 急にどうしたって言うんだよ!?」
「......うん......。翔さぁ......」
「......おぅ、どうしたんだ? そんな怖い顔しちゃって......?」
尚も問い掛ける翔に、亮は痺れを切らしたのかやっと言葉を返す。しかし、その表情には何処か、怒りの込められたような表情。
その表情に翔は一瞬背筋に悪寒を走らせる。亮に何かしてしまったのだろうか......そう思うも心当たりのない翔は、亮へとその表情の理由を問い掛ける。
「......うん。俺はな......お前が真剣に何かを考えてるようだったからさ? とりあえずはお前が話すまでは待とうとしたんだ......」
「......ん? ......うん......そう......か?」
亮がぽつぽつと紡ぎ出した言葉を突然何を言い出すのやらと、その言葉の意味がわかっていない様子の翔は終始困惑の表情を浮かべながら言葉を返す。
「うん......それを......お前は............まーた夢の話かよっっ!?」
「うん......って......わぁ――!? 急にどうしたんだよ亮ー!? やめろ! やめてくれ――!!!」
ついに沸点を迎えたのか、突如として怒り出した亮は翔へと擽り攻撃を開始し、それに対して翔は、やはり何で亮が怒っているのかが理解出来ず、それでも必死にその擽りを防ごうと抵抗を試みるも、抵抗虚しく、亮の擽り攻撃を亮の怒りが収まるまでその身に受け続けるのだった。
やはりこの二人......怪しい......。
距離を置きつつ、そんな二人を眺める登校中の生徒達は、そう訝しむ表情、はたまた恍惚の表情を浮かべながら学校への道程を歩むのだった。
◇◇◇
(はぁ~......いつも通り、亮に結局話せず迎えてしまったか......)
翔と亮の二人は、亮が怒りの鬱憤基、翔を弄るのを飽きるまで散々じゃれあっていた。
そして、二人がそうこうしている内に学校へと到着していた。
そのため翔は普段通り、亮へと言いたい事を言えないままに、二人は各々の教室へと分かれたのだった。
教室へと歩を進めるにつれ、心臓の脈打つ音がだんだんと早くなっているのが嫌でも感じる。
それに伴い、その歩幅もだんだんと小さくなり、完全に教室へ向かうことを身体が拒絶していた。
そんな自分の身体の変化に、翔は情けないと心の中で思う。
しかし、教室へと着いた瞬間に、今まで数度見てきたあの夢......翔本人は自分が作り出した願望の世界だと思い込んでいたあの夢は、実は自分の想像の範疇を越える、まるでファンタジーの世界のような奇跡の体験だったかもしれない......そう思うと思わず尻込みをしてしまう翔は、いたって正常な人間だろう。
むしろ、それを平然と受け入れ、『俺ツいてるぜ~』なんて思う人間がいたとしたら、完全にそいつはイっちゃってる人間だろう。
閑話休題。
ゆっくりとだが、しかし確実に、翔の歩幅は自身の教室へと近づいていた。
先程翔が時間を確認したところ、普段通り、いや......亮と二人でじゃれ合っていたためか、普段よりも若干遅めに学校へと到着していた。
そのため、現在はHRが始まる時間まで残り一分もないだろうと翔の体内時計は知らしていた。
そして、ゆっくりとした歩幅であったが、遂に彼の教室――一年二組の教室のドアが、翔の眼前に聳えていた。
普段と変わらないはずのそのドアに、翔の伸ばした手は震えていた。
まるでそのドアの向こうには魔王やら魔神やらが待ち迎えている、そう思ってしまう程、彼の表情、身体的症状は、彼の抱く緊張、或いは恐怖を如実に物語っていた。
翔は、それでもそのドアに掛けた震える右手を左手で抑える。
(そもそも、何故俺は此処まで緊張しているんだ?
もしあの夢が綾瀬さんと一緒に見ていた夢だとして、それが何だと言うんだ?
むしろ、誰にも邪魔されず、二人だけの世界を味わえてこれた......いや、これからも味わえるかもしれないんだ。
こんな奇跡......誰にも味わえる体験じゃない!
幸運過ぎる幸運だ!
それに何を恐怖する必要があるんだ!?
あの夢を見てきた理由が未だわからないにせよ、夢の中の綾瀬さんは知っているらしいんだし......本人に聞いてみるしかな――)
『キーンコーンカーンコーン......』
翔が悩みに悩み、そして決意を決めようとした瞬間。これまたお決まりのチャイムの合図が鳴り響いた。
普通に考えて、HRの始まる時間まで後一分もない状況で考え事をしていたら当然その時間を迎えるだろう。
そして、翔はそのチャイムの音で思考の海から現実へと引き戻され、意識せず、彼の右手は気付いた時にはそのドアをスライドさせていた。
詳細はCMの後......!
......にしても、やはり翔と亮はお熱い関係ですね......実は理由があったり......? なかったり......?




