十三話―変わりゆく夢―(後編)
前話の続きです。短めです。
(......あれ? わたし......なに......してたんだっけ......?)
窓辺から、ふわふわと空に浮かぶ雲をぼうーっと眺めていた彼女は、ふと、そんなことを思った。
頭がぼうーっとしていてあまり思考が働かない。さっきまで自分は何をしていたのだろうか。全く思い出せない。
彼女はそんな状況でありながら、まるでどこか他人事であるかのようにあまり危機感が湧いて来なかった。
しかし、元々冷静な思考の持ち主である彼女は、特に考えたわけでもなかったが雲を眺めるのを止め、ぼんやりとした眼で周りを見渡いていた。
黒板......机......椅子......クラスメイト......。
周りを見渡すと、そんないつも通りの風景が広がっていた。
どうやら今自分は学校にいるのかなぁと、どこかどうでもいいような気持ちを抱きながらもそう気付いた彼女は、はて、やはり記憶が思い出せないなぁと少しながら困惑した。
(なんだろう......この感じ......
まるで今まで眠ってて寝ぼけているいるような感覚だ............
......ん!?
そうだよ!!
わたし、さっきまでお家のベッドでゴロゴロしてたはずじゃん!)
まるで欠けていたピースが嵌ったかのようなすっきりとした表情になり、彼女の意識は徐々にだが覚醒し始めた。
そして、意識が覚醒していく内に段々と周りの違和感に気が付き始める。
靄? 見たいのが其処彼処に在り、周りのクラスメイト達も等しく靄のようなものが掛かっていて、蒼然とした状態で存在していた。
どうゆう状況なのか全くわからない彼女は、一番心許せる人物へと助けを求めていたのかもしれない。
気付いたら視線は、彼女の前方、親友の方へと移ってた。
そして......
彼女を見て......
彼女の理解の範疇を越えた、今、この時だから起きたのだろう。
普段の冷静な彼女ではありえないのだから。
彼女はガタッとした音を立てながら立ち上がり、そして振り返った彼女へと......
「......えっ? さ、ゆ......? なに......これ......?」
胸に渦巻いていた感情......疑問......想い。
その全てを、彼女を見た瞬間に直感でわかった。
(この子なら何か知っている!)
そう思った彼女――桐崎楓は他のクラスメイトと違い、はっきりとした姿で存在していた彼女の親友、綾瀬紗結へと思いの丈をぶつけたのだった。
◇◇◇
(なん......だと......?)
翔は狼狽していた。
いつもこの世界に居るクラスメイト達は、話しているようであったとしても只の背景。モブでしかなかった。
何故ならこの世界は翔が思い描いた願望の世界。
“翔と紗結だけの世界”
そう彼は確信していた......はずだった......。
しかし、今現在。
彼は衝撃を受けていた。
それはそうだろう。
“二人だけの世界”だと思っていた世界に、乱入者が現れたのだから。
先程も気になった存在。
普段通り蒼然としたクラスメイト達。
だがしかし、その中に一つ。しっかりとした色と実体を持ち、存在感をアピールするかのように凛々しく座っていたひとりの女性。
(綾瀬さんと話すために気になったけど一度記憶の片隅に追いやった......
......っていうのに、まさか向こうから話し掛けてくるなんて......
......これ......本当に......俺の夢......なんだよな............?)
楓という今まで居なかったイレギュラーな存在に、翔はこの世界が自分の願望が作り出している夢なのかどうか、怪しくなってきた。
そして、混乱する頭を落ち着かせるために一度、天井を仰ぎみるのだった。
「か......えで......ちゃん? ......なの?」
翔が現実逃避という名の思考を巡らしていると、まるで怪しいものでも見るかのような訝しげな表情を浮かべながら、紗結は楓へとそう尋ねていた。
「プッ、なによその聞き方は? そうよ? わたしは楓ちゃんよ?」
その一言、その表情で普段通りの紗結であることを悟り、楓の胸中を渦巻いていた混乱も一先ず落ち着いた。
そして、紗結の発したあんまりな質問に思わず吹き出し、そう言葉を返すのだった。
(なぁーんで俺を置いといて二人が喋ってんだろう......?
俺が二人が喋っているところを心の奥底で見たいとでも思ってんのか......?
おーい、そこんところどうなんだよー、おれー......?)
二人の会話を上の空で聞いていた翔は、少し自暴自棄になりながら自分の心に訴えかけていた。
その間も翔を置いて二人の会話は続いていく。
「で......紗結? あんた......この世界のこと......知ってん......のよね?」
「いやー......そのー......知っているっていうかー......何て言うかー......」
紗結の表情を伺いながら楓は尋ねていたのだが、紗結のその表情の変化で何かしらの情報をこの子は知っていると悟り、疑問形を肯定形に変えて質問をしていた。
そんな楓の言葉に、紗結は何か隠したいことでもあるのか、楓の目を見ないように言い淀む。
「何よその態度は? 知ってんなら教えなさい!」
「う゛ー......、楓ちゃん怖いよぉ......」
言い淀む紗結へ、こいつ何か知っているのに言わない気だなと鬼の形相を浮かべながら歩み寄る楓。
そんな楓の鬼気迫る剣幕に、涙目になってしまう紗結。
(......えっ!? この人こんなに怖い人だったんだ!?)
そんな二人の会話を聞きながら、楓の姿に戦々恐々としつつ、自分の知らない楓の姿を見て疑問が深まる。
更には自分が作り出したであろう夢の中の紗結が、この世界の事を知っている風に話している事にも疑問は深まる一方。
絶えない疑問を抱えながらも、その話の内容に興味を持った翔は、二人の会話に聞き耳を立てることにした。
すると、そんな翔の姿に気が付いたのか、涙目の紗結に言い寄っていた楓が翔の方へと視線を向ける。
いきなり視線を向けられた翔は身体をビクッとさせたが、楓本人はその様子に全く気にした様子はなく、一度周りに視線を向けてから再び翔へと視線を向けた。
「......あれ? あなたも周りの子達とはどこか違うみたいね?」
思わずといった感じに翔へと言葉を紡いだ楓のその表情には驚きの色が浮かんでいた。
そう。それはまるで、翔が先程楓へと向けた表情をそのまま映したかのように......。
その言葉を聞いた翔は眼を見開いて固まってしまう。
今まで目を逸らしてきた翔だったが、やはりこの人物にはしっかりとした意思があるということにその言葉で気付かされた。
(......そうなるとだ.......
もう、自分を誤魔化し続けるのは無理だろう......
そろそろ認めようか......
認めようじゃないか......
此処は......
この世界は......
俺の夢じゃねぇーー!!!)
普段見る夢とは違う。
しかし、それでもこの世界は自分の願望が作り出している夢。
そう翔は思っていた。
思い込もうとしていた。
しかし、今となってはそんな誤魔化しは続けられなかった。
明らかにこれは単なる夢じゃない。
“色ある楓......そして、紗結”
この二人は確実に自我が存在している。
本物の自我が存在している。
自分の知らない二人が此処にいる。
それは......二人が......本物だということ............。
翔がそう思った瞬間だった。
『ぱりんっ』と、何かが割れるような音が響き渡り、目の前の景色が色褪せ始めた。
これは、この世界の終りの合図だ。
そう悟った翔の視線は二人へと向いていた。
「......えっ!? 何!? 今度は何なの!?」
楓は何が起きているのかわからない様子で、普段では絶対見せない程狼狽しながら辺りをきょろきょろと窺っていた。
しかし、紗結は知っている。
その音の意味は、この世界の終りの合図だという事を。
紗結は翔へと真っ直ぐ視線を向けていた。
そして、翔も真っ直ぐに視線を返す。
見つめ合い過ぎて張り裂けそうな心臓。
翔は胸に手をぎゅっと当てて抑えつけ......
「......雨音くん、今日......話すね......」
景色が消え入る中、そんな言葉が翔の耳へと届いていた......。
◇◇◇
「......うぅわ! はぁ、はぁ、はぁ......」
飛び起きながら、激しく鼓動する心臓を両手で必死に押さえつける翔。
目に焼き付く綾瀬さんの決心したような表情。
その表情、その姿は気高く、そして凛々しく。
(目を......離せられなかった......
もうこれが只の夢だとは到底思えない。
もし、夢じゃなかったら......
現実のキミならば......)
“今日、何かが変わる”
瞳に熱いものを宿しながらそんな事を胸に抱くと、翔は学校へ行く支度を始めるのだった。
さぁ、紗結は何を隠していたのか......
何を翔に告げるのか......
気になるところですね。
そして、何故楓がこの世界に突如参入したんでしょうかね......?
ここが鍵になるんでしょうかね?




