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彼と彼女と夢物語  作者: 伝説の自宅警備員
第一章―夢物語のはじまり―
12/32

十話―日暮蛍は先生してますよ―

話が進んだと思ったらまた回想......すみません......

今回は影の薄い、新任の担任である蛍先生にスポットを。

 ”蛍先生”

 今ではクラスの生徒達からそう愛称で呼ばれる一人の先生、日暮(ひぐらし)(ほたる)

 小さな頃からの彼女の夢は、先生になる事だった。

 その夢を叶えるため、彼女は教育学部のある大学へと通い、教員免許を得るためだという言い訳を作りながら、在学中一人の彼氏も作らず、一心になって勉学に勤しんだ。


 そして、晴れて今年、念願の高校教師に成れたのだった。

 彼女の務めることになった高校は、その地区ではそれなりに偏差値の高い高校だった。

 そのため、始めはそんな生徒達に上手く教えられるか、馴染めるだろうか、()められないだろうかと、心配で心配で毎夜眠れない状態が続いていた。




 入学式。

 この日は新入生が一同に集まり、式は粛々と進んでいた。

 彼女は、入学式が始まる前に職員室で先生方に自己紹介の挨拶をしている中、クラスの担任を受け持つというまさかの事実を教頭先生から告げられ、その事実に頭が真っ白になっていた。

 そして、そのまま入学式へと臨み、彼女の耳には何一つ話の内容が残らないまま無事、入学式は終了していた。



 始業式。

 この日は初めて自分が受け持つ生徒と顔合わせをする日であり、更に全校生徒の前で新任教師の挨拶をする日でもあった。

 当然彼女は緊張のため、昨夜はなかなか寝付けずにいた。

 そうして寝付けず、挨拶の言葉を考えている内、だんだんとカーテン越しに強くなる日の光を感じ、そのまま一睡も出来ずに彼女は始業式に臨む事になっていた。



 そうして現在、不安でいっぱいで押しつぶされてしまいそうになる中、彼女は意を決して教室のドアを開けた。



「お、遅れてごめんなさい。今から始業式を始めるそうですから、皆さん廊下に出てくだしゃい」



 やってしまった......。

 彼女は穴があったら入りたい、そんな恥ずかしい気持ちでいっぱいになっていた。

 教室に入り、生徒達を一瞥(いちべつ)してから指示を出すとなると、緊張してしまって上手く喋れないだろう。そう考えた彼女は、ならばドアを開けるなり声を掛けてしまえと思って声を発したのだったが、彼女のそんな思いは届かず、やはり緊張の所為で声が上ずり、言葉尻で噛んでしまったのだ。


 頬が熱くなっていく。

 鼓動の激しさが増している。

 そんな変化を感じながら、生徒達の反応を待たず、廊下へと出るのだった。



 そこからは始めからやってしまったことで若干緊張の糸は解け、新任教師での挨拶も恙無(つつがな)く終えることが出来た。

 そして教室へと戻り、その日は終了したのだった。




 ◇◇◇




 そんな蛍先生の最近の悩みはある生徒の存在だった。

 その生徒は自分以上のあがり症なのか緊張しいなのか、始めに行われた自己紹介の時、直ぐ近くに居ても微かにしか聞こえない程の小さな声での挨拶だった。

 周りの生徒達はそんな彼を訝しんだのだが、蛍先生は、『少年、その気持ちは凄くわかるよ』と、内心で呟き、名簿を見て、彼の代わりにその名前を皆に教えてあげたのだった。


 

 そしてある日、事件は起きた。


 その日、彼女は他のクラスの授業をしていた。

 すると突然、他の先生が教室へも姿を現したのだった。

 確かあの先生は、今自分の受け持っているクラスで授業中のはずだったようなと首を傾げつつ、何かあったのかと訝しんだ彼女は授業を中断し、その先生の下へ向かうとそれは本当なのかと疑ってしまう程驚愕の事実を耳にしたのだった。


 (いわ)く、授業中にある生徒を当て、問題を解いてもらおうとしていた。

 しかし、その生徒は全く答えられず、そのまま固まってしまっていたようだ。

 先生は、とりあえず答えなり、分からないなりの言葉をその生徒が口にするまでは待とうと、授業を進めず待っていたらしい。

 そうしてクラス中の視線がその生徒へと注がれる中、彼は突然倒れたそうだ。

 突然の出来事でクラス中が騒然とし、先生自体もパニックになりながらも慌てて授業を自習へとすると、その生徒を保健室へと担ぎ込んだという、信じられない内容だった。

 しかし、そんな信じられない話でも、ある生徒の事を頭に思い浮かべると、それが嘘に聞こえないから驚きである。


 そうしてその話を聞いている内に、彼女は保健室へと辿り着いていた。

 彼女の中で、その生徒には心当たりが物凄くあり、そして、実際にその生徒を見るなり『あぁ、やっぱりか......』と、彼女は思ったのだった。


 その生徒は彼女が予想した通り、始めの自己紹介の時でも上手く喋れなかった生徒、翔であった。


 とりあえず、倒れてしまったという事実は親に知らせなければならないと彼の母親へと連絡を入れ、学校へと訪れるのを待つ事にした。

 しかし、連絡を入れてから三十分もしないくらいに、彼の母親は学校へと訪れていた。

 その、あまりの早さに驚きの表情を浮かべるも、とりあえずは先に詳細を話さなければと、翔の母親、翔本人、翔の授業していた時の先生、教頭先生、そして蛍先生を含めた五人で話し合いがなされた。


 蛍先生が驚かされた。翔の母親は、この事態に全く動揺した様子が見られなかったからである。

 普通であれば、自身の息子が倒れたという話を聞けば、慌てふためくであろう。

 しかし、翔の母親はまるで気にした様子がない。どうしてそんな落ち着いた態度でいれるのか......と訝しんだのは、蛍先生を含めた教師陣の皆の感想だったのだが、それも彼女の話を聞いて納得がいった。


 (いわ)く、こうゆう経験は今まで何度もしてきたという。

 昔から翔はあがり症で緊張しいだった。そのため、クラスで何かを発表したりする際に視線を一身に浴びるような事態が起きた場合、十中八九気絶してしまっていたとか。

 教師陣一同そうゆう事は事前に話してくれよと心の中で突っ込んだのだが、彼女はそうゆう性格を直して欲しいがため、敢えて教えてくれなかったという。

 そのため、迷惑かもしれないが今まで通りに翔にも気にせず問題とかを当ててくれと告げてきた。

 どんな荒療治だよと教師陣がまたも心の中で突っ込みを入れる中、当然そんな事を彼女に対して言えるわけもなく、その場は了承したのだった。


 その日のHR前の先生方の連絡事項の確認の時間。

 やはり、この事件の全貌は先生方に伝わり、母親の嘆願虚しく、今後“絶対に雨音翔を当ててはならない”という禁則事項が生まれたのだった。



 それからというもの、蛍先生は翔の事を随分と気に掛けていた。

 彼がいつまた倒れてしまうのかという心配もあったが、自分と同じ、いや、それ以上のあがり症で緊張しいな翔に、どこかシンパシーを感じていたのだろう。


 そうして翔を気に掛けるという名目で、密かに彼を観察していると、彼の視線がよくある人物に向けられている事に気が付いた。

 若干十五歳というのに、自分よりも身長が高く、モデルみたいにスレンダーで綺麗な、明らかに自分よりも大人の魅力がある女生徒――綾瀬紗結へと熱い視線を送っている事に蛍先生は気付いたのだった。


 翔のその視線、その表情を見ると、何故か胸にピリッとした痛みを感じつつ、やっぱりあの娘はモテるなぁ......と羨望の眼差しを紗結へと向ける。

 蛍が知る限り、クラスの大半の男子生徒達は彼女に釘付けだった。

 いつ見ても彼女の方に視線が集まっており、一向に黒板を見ていないからである。

 そんなクラスの男子達に呆れながらも、あれだけ綺麗であれば当然かとも思った。

 それに、授業に集中してくれてないおかげで、自身もあまり緊張せず授業を行えていたのは幸運だった。という、先生にあるまじき思いを胸に抱いていた。


 そんなクラスの大半の男子生徒があからさまに視線を紗結へと送っている中、翔だけは遠回しに、またはちらちらとちら見するだけだった。

 多分、クラスメイトにはそんな彼の挙動は気付かなかっただろうが、翔を観察していた蛍先生にはその視線の先に居る人物に気付けたのだった。


 彼がちらちらと見る度、(あぁ恋は良いわね)と、おばさんみたいな言い方で蛍先生は心の中で呟き、私にも春が訪れないかしらと夢見るのだった。




 ◇◇◇




 蛍先生がだいぶ学校にも教師としても慣れた頃。

 一年生の先生同士の連絡事項の際、ある学校行事がもうすぐ行われるという事を耳にした。

 『富士ミドルランド』という、日本でも有数のアトラクションが盛りだくさんある遊園地に、学外研修で行くという内容だった。

 この学校はそんな事もやっているのかと驚愕し、それと同時に青春真っ只中の生徒達を心のどこかで羨んでしまっていた。

 周りの先生方にそんな心中を悟られないよう、蛍先生は自然と振る舞い、その放課後のHRでその事をクラスの子達へと告げたのだった。


 予想した通り、クラスの子達は皆例外なく、一様に盛り上がっていた。もちろん蛍の観察対象でもある翔もだ。

 そして。彼の為を思い、蛍はランドでの班分けを出席番号順にしようと提案したのだった。

 そうすることで、意中の紗結と翔は同じ班にする事が出来ると目論んだからだ。

 翔はその話の内容に、ぱぁーと花が咲いたような良い笑顔になっていて、それを見止めた蛍は思わずドキッとしていた。


(......え? 何なの、この胸の鼓動は......? そう、母性愛よ、きっとそうだわ!)


 蛍先生が自信の鼓動の高鳴りに困惑し、勝手に母性愛だと決めつけている中、気が付いたら周りのクラスの子達からのブーイングの嵐が巻き起こっていた。

 そのほとんどは男子生徒達からで、それは当然かと彼女も思った。

 せっかく遊園地に行ける。そして、もしかしたら遊園地で紗結と一緒に行動する事が出来るかもしれないのだ。そんな幸運を出席番号なんかで踏みにじられたくはないのだろう。だから彼らは必死になって“好きな者同士で組みたい”と嘆願していたのだ。


 しかし、そうなると問題が一つある。

 蛍先生は気付いていたのだ。

 未だに翔には友達と呼べるものがいないという事を......。

 視線を翔へと向けると、案の定彼は青ざめた表情を浮かべていた。

 このまま話が進めば、自分一人が独りぼっちの遊園地を体験するという未来を想像してしまったのだろう。

 そんな未来は絶対にさせたくない。


(けれど......どうすればいいかしら......)


  蛍がぐるぐると思考を巡らしている中、クラスの窓際後ろの席から、すー、と綺麗な手が伸びていた。

 そして、そんな彼女のオーラに気圧されたのか、周りの生徒達が静まり返る。



「先生。私は公平にくじ引きがいいと思います」



 涼やかな声で、しかし、皆の耳に確かに通るその声で、彼女はそう告げたのだった。

 蛍先生は彼女の視線が一度、翔へと向いた事を確かに捉えていた。

 その視線が示す意味......。

 彼女もまた、翔の現状を理解している人物の一人なのだと直感した。


 蛍は考えた。


(くじ引きをする事で、確かに雨音くんは独りぼっちになる事はないだろう。

 けれど、それだと出席番号順とは違って綾瀬さんと雨音くんは一緒の班にしてあげる事は出来ない......)


 そんな事を頭の中で逡巡(しゅんじゅん)する中、ふと視線が先程くじ引きの意見を述べた生徒へと向いていた。

 そして、彼女は確かに蛍へとウィンクを送っていた。


 それが示す意味は......?


 蛍には分からなかったものの、とりあえずは翔が独りぼっちになる事は回避出来る。

 それに、後でそのウィンクの意味を直接聞けば分かるだろうと察した。

 また、このままずるずる行けば、部活動のある子達が遅刻してしまう......というのもあった。


 一度翔へと視線を移す。


 今にも不安で押しつぶされそうな彼。


(......私が守ってあげる)


 そんな事を心に抱き、そして、彼女が取った行動とは......



意外にも、蛍先生は翔の事を見ていたのですね。

それに。蛍先生が班分けを出席番号順にしようとしたのは、決して彼氏がいなかった事への当て付けではありませんでしたね。

......そうですよね蛍先生?


そして、蛍が抱いたあのトキメキ。

果たしてあがり症である同類に対するものなのか、それとも母性愛なのか、はたまたまさかの抱いてはいけない禁断の恋心なのか......

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