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彼と彼女と夢物語  作者: 伝説の自宅警備員
第一章―夢物語のはじまり―
11/32

九話―学校行事―

回想は一旦終わり、やっと次の話へ。

 放課後。


 昼食時に亮から一応の言質は戴いていた。

 それによれば、とりあえずは淳史達にはもう絡まれないで済むという事だったのだが、放課後まで相変わらず殺気の籠った視線を翔は感じていた。

 そのため、亮の言葉にどこまで安心していいのかわからなかった。

 感じる視線にあまり変化が生じられていないように翔には感じらていたが、事実は健と太郎については完全に亮に対して朝の出来事で恐怖を抱き、委縮してしまっていた。

 そのため、今までのように翔へと羨望や嫉妬、あるいは殺気の籠められた視線を送ることに(はばか)られていた。

 しかし、一方で淳史は亮の存在、告げられた言葉を思い出す度、憎々しげな表情になり、何故かその怒りの矛先は亮ではなく翔へと向き、翔に対していつにも増して強い殺気の籠った視線を送っていた。

 また、貴志に関しても直ぐに意識を刈り取られてしまった為か、あまり亮に対して恐怖は抱いておらず、逆にヤられてしまった事に憤りを感じており、やはりその矛先は翔へと向かっていた。

 そのため、結果としては二人からの視線は無くなったものの、代わりにもう二人からは更なる強い視線を注がれる事になっていたのだった。


 翔はその視線に心底辟易としていたが、とりあえずまた絡まれないようにさっさと帰ってしまおうと心に抱き、帰りのHRが終わるのを今か今かと待ち続けていた。


 しかし、今日のHRは普段の内容と相違していた。

 いつも通り連絡事項から始まったHR。

 そして、粛々と進む中、終わり際に担任教師こと、日暮(ひぐらし)(ほたる)先生が言い放った言葉にクラス中が騒然とした。


「――あっ! そういえばもうすぐ校外学習がありますよ。場所はなんと富士ミドルランドに決まったそうです。楽しいですよね~、富士ミドルランド。先生も高校、大学の時はよく友達と行きましたよ~。そう......友達と。残念ながら彼氏とは一度もありませんよ......」


 蛍先生の言った言葉にクラス中の其処彼処(そこかしこ)でざわめきが起きる。

 断じて、最後に言った彼氏と一度も行った事がない部分ではないだろう。

 自分の発言した言葉で意気消沈していた蛍先生は顔を上げ、再び話を続ける。



「それでですね、ランドでの班分けをするんですけど......何か希望ありますか? 無ければ時間も掛からないですし、出席番号順にしたいのですが......」



 彼氏と行った事がない腹いせか、それとも単純に面倒臭いのか、班割を適当に決めようと示唆する物言い。



(......なんだって!? そんな行事この学校にあったのか? ......それじゃあもしかして、このままいけば......綾瀬さんと一緒の班になれるかも!?)



 蛍先生の言い放った言葉に呆けていた翔が周りのざわめきで我を取戻し、もしかしたらランドにて紗結と同じ班になれるかもしれないという事に興奮し始める。

 しかし、そんな翔の期待は直ぐに裏切られる。

 クラスの生徒達にしてみれば、当然そんな適当な班を許容するわけがないのだ。

 特に、紗結を想う者達からは尚更だ。



「せんせーい、好きな者同士で組みたいでーす」



(......何!? ちょっと余計な事を言い出すなよ)



 翔が内心で憤るも、当然その否定の言葉が口から零れる事はない。

 そして、次々と先程の意見に対する賛成意見が其処彼処で出始める。



「わたしもそれがいいです!」


「俺もその方がいいと思います!」


「なっ! やっぱ仲良い奴等と楽しみたいもんなっ! な? お前らもそう思うだろ?」


「とーうぜん! 蛍先生そうしようぜ!」


「お、俺もその方がいいです」


「お、俺も!」



 クラス中から賛成意見が飛び交う中、一際声を大にして周りを見渡しながら告げる人物。

 その言葉に呼応するかのように三人が賛成意見を出した。

 翔はその声の主に嫌でも覚えがあり、その視線が背後から自分を捉えている事がなんとなくわかった。



(そうだ。このままいけば、自分はどうなるだろうか......一人きりになるのではないだろうか......。なに俺は、綾瀬さんと一緒になれるかもとか期待を抱いてるんだよ......)



 先程まで高鳴らせていた胸の鼓動。明るくなった景色。

 その全てが泡となって消え去っていた。

 そして今は、先の見えない恐怖が胸中を支配していた。



 翔が恐怖に震えている中、一人の女生徒がすーっと手を上げていた。

 その姿は、普段隣に並ぶ紗結によって霞んでしまう事が多々あれど、それでもその凛とした表情。整った輪郭。立ち居振る舞い。その全てに大人の色気が漂っていた。



「先生。私は公平(・・)にくじ引きがいいと思います」



 クラス中の視線を一身に浴びながら、それでも何一つ臆した様子もなく、桐崎楓が意見を述べていた。

 その言葉尻に、視線が自分へと向けられていたと思ったのは翔の気のせいか......。

 多分、いや確実に翔の隣の席、楓の親友である紗結へと向けられたものだと翔は思い直す。それよりも楓の口から告げられた言葉の内容に、翔は思わず感謝の念を送るのだった。


 くじ引きであれば、出席番号順とは違って紗結と同じ班になる確率は低くなる。

 しかし、その代わり、翔の懸念していた一人仲間外れになる心配は消え去るのだ。

 一つ心配事があるとするならば、くじ引きはランダムである。

 そのため、淳史達と一緒の班になってしまう可能性があるという事か......。


 それでも一人、遊園地を楽しむ事を避けられるのならばと不安と期待を胸に、蛍先生からの言葉を待った。



「――そうね。先生も友達同士楽しませてあげたいって凄く思うわ。けれどね......、自由に班を作るとなると......もしかしたら仲間外れの子とかも出てきてしまう可能性もあるのよね......。それに比べ、くじ引きだったら公平ですものね。作るのに時間が掛かってしまうけれど、くじ引きで決める事にしましょう!」


 蛍先生は話し出す前に、ふと眼鏡越しに翔の方へと視線を向ける。

 すると、その表情の奥に何かを感じ取ったのか、蛍先生はくじ引きで班決めをする事に決めていた。


 当然クラスの大半からブーイングの声が木霊する。

 しかし、蛍先生は片手で眼鏡の位置を直すかのような仕草をし、「こ、これは決定事項です」と頑なに自分の意見を()し通した。

 その仕草に眼鏡っ娘萌えな数人の男子生徒が胸を撃たれていたのは、また別の話。


 閑話休題。

 その言葉を聞いた翔も、緊迫して強張っていた表情から緊張の糸が解けたような、脱力しきった表情に変わっていた。


 そうして翔が安堵した表情を浮かべている間、話は先へと進んでいた。

 どうやらくじ引きを今から作るとなると時間が掛かり、帰りが遅くなってしまうため、部活に入っている者達が遅れてしまう。

 そのため蛍先生が家でくじ引きを作ってきて、明日のHRの時に再度班決めをする事に決まっていた。


 そうして帰りのHRは終了し、遠足や班の事でクラス中がざわめく中、翔は今の内にと足早に帰って行った。


 その後ろ姿を見つめている、一人の生徒の存在には気付かずに......。




 ◇◇◇




「ただいまー」



 翔は、昨日のように淳史達に絡まれる事なく、スムーズに家路に着けた事に安堵し、玄関のドアを開けると、高校生になってからは一度も口にした事がなかった『ただいま』の言葉を紡いでいた。



「どうしたんだい? 何かいい事でもあったのかい?」



 案の定、翔の普段と違う様子に気が付いた裕子は、翔へとにこにこしながら出迎えていた。



「いや......別になんでもないよ」



 裕子の意地悪そうな表情、言葉に急に恥ずかしくなったのか、翔は照れくさそうに目を合わせないようにそう告げると、そのまま裕子の横を通り過ぎ、足早に自室へと向かおうとしたのだが、突然腕をがしっと掴まれ、翔は「いたっ!」と思わず声を上げ、怪訝そうな顔を裕子へと向ける。



「手を洗いなさいね」



 にこやかに紡がれた言葉だったが、どこか鬼気迫るものを感じ取った翔。



「は、はい......」



 そんな言葉しか返せず、左方向に九十度転回し、洗面台へと向かった。

 その後ろ姿を見送った裕子は、今度は心の底からにこやかな表情で微笑むのだった。




 ◇◇◇




「――楓ちゃん、いきなりあんな事言い出すからわたしびっくりしちゃったよ」



 美術部の部室に向かいつつ、横を歩く楓に向かって目をパチクリさせながら、紗結は大袈裟にびっくりした様子を告げる。



「あたしが言わなかったらどうなっていたか......紗結でもわかったんじゃない?」



 紗結の表情にくすすっと笑いながら、小首を傾げてそう尋ね返す楓。



「......んー、それってー......、いつもみたいにわたし達の周りに人がたくさん集まって来ちゃう......って事?」



 紗結本人は自身が人を惹き付け集めているという自覚はまるでない。

 しかし、散々楓に母親のように窘められてきた甲斐(かい)もあり、(ようや)く最近になってその事実を受け止め始めてきているようだ。

 自分が言った言葉に半分疑問を抱きつつもそう尋ねる紗結に、楓は「んー......」と正解なのか正解じゃないのかわからない言葉を漏らしつつ、紗結へと言葉を続ける。



「それもそうだけど、雨音くんの事を忘れていない?」


「......!?」


「はぁ......。その顔はもしかして......気付いてなかったの?」



 楓が告げた言葉に紗結は驚愕の表情を浮かべていた。そんな表情に呆れつつも言葉を続ける楓。その言葉に紗結は首を左右に振って否定の意味を表す。

 この子は鈍感なのか、天然なのか、うっかりものなのか、とりあえずどこか抜けているのは事実。本当にこの子は周りが見れていないなという意味を込めた溜息を楓は零す。



「いい事? もし、くじ引きにならずにそのまま好きな者同士に班を組む事になっていたら、確実に雨音くんは独りぼっちになってたのよ?」


「う......うん。でも......そうなったらわたし達の班に入れればよかったんじゃない......の?」


「だーかーらー、本当に紗結は分かってないわね......。そうなると、もっと雨音くんが孤立しちゃう事になるじゃない?」


「......?」


「その顔はまーた分かっていない顔ね? 要するに、紗結が雨音くんを誘ったとなると、またクラス中の男子達が嫉妬しちゃって雨音くんの敵になるのよ。そして更に独りきりになっちゃう。それくらいそろそろ気付きなさい!」



 最後は厳しめに窘められ、しゅんとしてしまう紗結。その子犬のような可愛らしい仕草に、こうゆう仕草にみんなやられちゃうんだよなと苦笑いになる楓。



「とりあえず、そうゆう事だから。雨音くんのためにもあんまり関わろうとしないようにね」


「......うん......でも......」



 どこか納得出来ない表情で、俯きながら言葉を漏らす紗結に呆れつつ、「でも」と言いながら楓は言葉を続ける。



「皆が見てないところだったら嫉妬とかされないだろうから大丈夫よ。例えば......そうね、夢の中とか?」


「!!」



 楓が冗談っぽく放った言葉にあっとした表情をする紗結。

 そして、そのまま楓の胸に飛び付く。



「楓ちゃんありがとー!!」



「えっ?」とした表情で目をぱちくりさせながら戸惑う楓に対し、その豊満な胸に顔を埋めながら感謝の言葉を述べる紗結。


 周りでその光景を窺っていた者達は、どちらでも構わないから、その幸福過ぎる立場を代わってくれないかと心底羨ましそうな眼差しで、口から零れ落ちそうな涎を抑えながら、そんな二人を眺めていたのだった。


何かが始まる気配がありますね。

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