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彼と彼女と夢物語  作者: 伝説の自宅警備員
第一章―夢物語のはじまり―
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八話―長谷川少年の後悔―

今回は翔の心の友。長谷川少年にスポットを当てました。

 青い空。流れゆく雲。東からだんだんと昇り始めた太陽。

 時折、雲間から覗くその日差しは、もうすぐ夏が訪れると訴え掛けてくるような、じりじりとした暑さを感じさせていた。


 現在、亮は自身のクラスへと戻り、一時限目の授業を受けていた。

 机にはただ広げられた教科書とノート。亮は何かをノートに書き写すでもなく、授業内容に耳を傾ける事もない。片手の肘を机に立て、上に顎を乗せながら流れゆく雲を呆と見つめていた。




 ◇◇◇




「はぁ、久々に血が上って我を忘れちまったな......」



 教室へと向かいながら何度目かわからない溜息を零しつつ、先程自分が行った行動を思い出しては思わず呟く亮。


 亮は朝のHRが終わった後、予定通り翔の教室へと出向き、翔に痛い目を負わせた淳史達四人組を翔本人に教えてもらい、翔にはトイレに行っているようにと告げると、それから四人を教室から連れ出す事に成功した。

 しかし、翔に痛々し過ぎる傷痕や痣痕を見させてもらっていた亮は、その痕を思い出すと目の前にいる四人組に抑えきれない憤怒の思いが込み上げ、いつものような笑顔が上手く作れていないなと実感していた。教室から少し離れた誰もいないところまで歩き進むと、高鳴る怒りからか、既に顔色が消えていた。


 その後の事を亮は正直なんとなくしか覚えていなかった。

 始めの内は、四人が四人共紗結に好意を抱いている事を亮は認識していたため、翔に手を上げた事を紗結へと告げるという脅しを上手く使って、もう翔に手出しさせないよう四人を大人しくさせればいいと考えていた。

 しかし、直接会ってみれば本人達に悪びれる様子が微塵も感じられなかった。

 少しは悪びれた様子があったのならば、亮は予定通りに事を進めていただろう。

 しかしながら、やはり悪びれた様子も、一人は呼び出された理由さえもわからない様子。

 亮の限界値を超えていた。即ち、こいつ等には報いを受けさせてやらねばと......。



 そして、亮が気付いた時には得意な脚技で四人を皆蹴り飛ばしていた。

 その眼差しは、まるで路肩の石ころを見るような温度を感じさせない冷たい視線。

 その視線を先程わざと失神させずにいたリーダーっぽい奴にだけ、これが翔を傷付けた制裁である事。そして、本来の目的であった紗結を使った脅しを告げると踵を返し、その場から離れて行ったのだった。



 そんな先程の自分の行動を窓辺から呆と思い出していた亮の思考は、さらに昔の記憶へと遡っていた。




 ◇◇◇




 亮が小学三年生の頃の話。

 当時も亮は明るく無邪気で能天気な性格だった。

 そのためか、いつも周りには男女関係なく友達が集まっており、所謂(いわゆる)ムードメイカー的存在だった。

 しかし、そんな彼にも一つの悩みがあった。

 それは家の近くに友達の家がなかった事だ。一番近くても徒歩三十分程の距離がある。大人になればそんな距離など近い距離だと思うかもしれないが、子供の亮にとってのその距離は、かなりの距離があると感じていた。


 そんなある日の事。

 三年生に進学して、二学期が始まるという日に亮のクラスに転校生が訪れた。

 前髪の毛がくるっと横に流れていて、誰にも視線を合わさず、あまり会話が得意ではないのか、話し掛けても一言二言で会話が終わってしまう、そんな恥ずかしがり屋な少年。雨音翔である。

 翔は転校してきたはいいが、やはりその性格からか上手く学校に馴染むことが出来ず、わずか二週間そこらで学校に顔が出せなくなっていた。そんな翔を亮は気になりはしたが、当時クラスのムードメイカーである亮の周りはいつも友達で溢れかえっていた。そんな亮だからこそ、翔とあまり関わり合いを持つことが出来ず、会話を碌にしてこなかった。そのためか、始めの内はそこまで翔を気には止めていなかった。


 翔が学校に顔を出さなくなって数日が経ったある日の事。


「これを雨音くんのお家に届けてくれるか?」


 亮は担任教師から配布物のプリントを渡され、配達を頼まれたのだった。

 この時に初めて亮は知ったのだが、翔の家は学校から亮の家までの道程にあり、更にはお互いの家の距離は徒歩五分程しかなかったのである。

 それを知った亮は無邪気に喜んだ。念願の近隣の友達が出来たと思ったからである。

 そうして亮が学校の帰り道に翔の家へと配布物を届けに向かい、『雨音家』という表札を見つけ、玄関にある呼び鈴を鳴らした。すると亮が思わず見上げる姿勢になってしまう程、身体の大きな女性が出迎えたのだった。



「あら、いらっしゃい。えーと翔のお友達かしら?」



 どこか安心感を覚えさせる、そんな優しい口調の女性に、その容貌とのギャップで思わず呆気に捉われてしまった亮だったが、肯定するように口をぽかんとだらしなく開けながらも、首を縦に振っていた。女性はその仕草に「ふふふっ」と笑みを浮かる。



「じゃあ上がって頂戴」



 そして、亮をお家の中へと(いざな)った。



「……あ、はい。お邪魔します」



 呆気に捉われ固まっていた亮だったが、女性の言葉で我に返り、そう告げると案内されるがままに翔のお家へとお邪魔した。


 亮が案内されて進むと、テレビやソファのある部屋へと通され、その物の配置や広さからリビングだと直感した。

 そのまま亮はソファへと座らされ、女性は「ちょっと待ってて頂戴」と、お茶菓子を亮の前にある机に置くと、その場から離れて何処かへと行ってしまった。

 亮は初めて訪れた家であるがため、少し居心地の悪さを感じながらも、目的である配布物のプリントをカバンから取り出した。

 そうして暫くすると、先程の女性が微笑みながら戻ってきて、その後ろから隠れるように翔が顔を覗いていた。そして、亮と目が合うと直ぐに女性の後ろへと顔を隠し、なんだかその姿が弟の姿と面影が重なって見え、亮は思わず顔が綻んだ。



「翔、あんたせっかく友達が遊びに来てくれたんだから後ろに隠れてるんじゃないの」



 そう言いながら、女性は翔の肩を掴んで前へと追いやり、そのまま亮の隣のソファへと座らせた。

 翔は居心地が悪いのか顔を俯かせ、もぞもぞと身体をくねらせている。そのなんとも言えない姿に亮は思わず、「ぷっ」と吹き出すかのように笑ってしまっていた。翔はその笑いが気に食わなかったのだろう、一瞬亮へとぎろっと視線を送ったが、しかし、亮と目が合うと再び顔を俯かせた。

 亮はこいつ面白い奴だなと思い、とりあえず笑ってしまった事はしっかり謝ろうと翔を見据える。



「翔......だったよね? 笑っちゃってごめんな。俺は亮。これ先生から預かったんだ」



 亮はそう言うなり、担任教師から預かってきたプリントを翔へ渡そうと腕を伸ばす。

 翔はちらっと視線をプリントへと移すと、黙ってそれを受け取った。



「あんた、わざわざ亮くんが持ってきてくれたんだから、しっかりと礼を言いな」



 後ろにある椅子に腰かけながら、亮と翔の成り行きを傍観していた女性だったが、翔のあまりの不躾な行動に思わず厳しめに(たしな)める。

 翔はその言葉に一瞬肩をびくっとさせ、小さく「わかったよ」と言いながら、亮へと視線を向ける。

 今度は亮と目を合わせないようにしているのか、顔だけ亮に向け視線は明後日の方向へと向いている。



「あ......ありがと......」



 翔はそう言うなり顔を赤くさせたかと思うと、居た堪れなくなったのか、そのままソファから立ち上がり、亮が予想するに自室へと戻って行ってしまった。亮はその後ろ姿に再び笑いが込み上げてきた。その態度や仕草が本当に弟そっくりで、可愛らしい奴だなと思ったからである。

 女性は翔が走り去る時に『ちょっと待ちなさい』と言いかけたが、亮のその笑顔を見ると、その言葉は胸へと仕舞い込んでいた。



「ごめんなさいね。あの子ったら昔からあんな感じなの。それだから友達があんまりいなかったのよね......。だから亮くんだったかしら? よかったら内の子と仲良くしてやってあげて」



 亮へと微笑みを浮かべつつ、そう告げる女性こと翔の母親裕子に、亮は何故だかドキっとし、その胸の高鳴りに小首を傾げた。



「......はい!」



 胸の鼓動はとりあえず頭の隅へと追いやり、亮は裕子へとはにかんだ笑顔を向け、勢い良く返事を返したのだった。

 この日を境に亮は翔が登校してくる日まで、放課後毎日翔家へとお邪魔していた。

 始めの内は、やはり翔は他所他所(よそよそ)しく、しかし、裕子に怒られるのが嫌だったからか、渋々といった風に終始視線を交わすことはなく、会話をしていた。

 しかし、子供だからなのか、亮が無邪気で能天気だからなのか、日が経つ毎に翔の心の壁は薄れていった。亮がその日あった面白い出来事やテレビの話等をすると、次第にだが話に乗っていき、最終的には翔から亮へと話を振るようにもなっていた。

 その頃にはもう亮と視線を逸らす事はなく、しっかり目を見て話すようになっており、完全に亮へと打ち解けていた。

 そして、不登校になってから僅か一週間の事。

 裕子が翔に『登下校は亮くんと一緒だから安心して学校に通いなさい』と諭され、亮も『お前を一人には絶対にさせないから』と男の子なのにまるで聖母のような慈しみのある微笑みを浮かべながら説得すると、翔も渋々了承し、こうして翔の不登校は終わりを迎えたのだった。




 ◇◇◇




 空を眺め、そんな懐かしい翔の姿を思い出すと、いつの間にか顔が綻んでいる事に亮は気が付く。

 

(それに......な......)


 そして、亮は中学の頃の事も思い出すと、昔も今も翔は自分が守ってあげないといけない存在なんだと気持ちを切り替える。

 今日自分が行った行動は確かに考えなしで本能の赴くままだったかもしれないと少しは反省する。

 しかし、やはり翔の為を思えばあれくらいは当然だろうと思い直す。むしろあれだけでは温過ぎたかなとまで思えてくる。

 そうするといつの間にか胸に引っかかっていた僅かな罪悪感は消えていた。


(俺って......悪いやつだな......)


 亮は己を正当化している自分に呆れつつも、何があっても翔はこの手で守ってやると固く決意し、さて、翔へはどう誤魔化そうかと頭を悩ませるのだった。


......えっ?

もしかして亮って......?

そんな一面が垣間見えちゃいましたね。

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