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続いて進んだ他のページも、直視できないような写真と共にその犯行の様子が事細かに綴られていた。
血の滴る猫を抱き上げその傷口に顔をうずめる沙月は、形容できないほどの狂気に包まれている。
「しんですぐって、まだあったかいんだね」
そんな無邪気な一文が、恐ろしさを増幅させた。
――ううん、違う。この子たちは死んでない!
奈緒の頭は混乱した。
クッキーはちょっと臆病になり、人を嫌うようになった。チョコは飼い主の山本さんが転勤になって、遠くの街へ引っ越していった。トラ太は外に出すたびに喧嘩をして帰ってくるようになったから家からあまり出さなくなったと聞いた。
皆、知っている。飼い主さんだって、奈緒の知り合いだ。どうしているのかを聞けば、必ず答えてくれた。
野良猫たちに関してはふらりと姿を見せなくなることも頻繁にあったので、正確な数は言い切れない。だが、そのページには疎遠になった動物たちの多くが、見るに堪えない画像と殺戮をほのめかす文章とを綴られていた。
――こんなこと、冗談でもやっちゃ駄目なのに……。
ショックに打ちひしがれている奈緒の元に、母親の声が聞こえてきた。
「奈緒~、ご飯できたわよ!」
「ごめん……、今日はいらない……」
その声が母親に伝わったかどうかは定かではなかったが、奈緒は現実から目を背けるために布団へ潜り込んで目を瞑った。
奈緒は、また追いかけっこの夢の中にいた。
しかし、もうすでに奈緒の中から逃走という文字は消え、危機感とはほど遠い気楽でマンネリ化した世界を過ごしている。
けれど、やはり追っ手はどこかに存在しているようで、時折「まてぇぇぇぇ……」という例の声が聞こえてきた。
その声を聴くたび、奈緒の中に疑問が湧き上がる。
――ここって、私の他にも追われている人がいるのかな?
もう何度もこの夢を見ているが、奈緒は自分の他に誰かがいることを実感したことがなかった。
実際のことはよくわからないが、この暇な状況を打破してくれるのであれば、他の住人たちと一度会ってみたいものだと思うようになっていった。
「ナオ、おはよ」
「……っ、あ……、おは、よう」
朝、いつものように待ち合わせ場所に向かった奈緒であったが、そこへ遅れてやってきた沙月の顔をすぐに直視することはできなかった。
それだけでなく、返事までワンテンポ遅れたものになってしまう。
原因はもちろん、あのブログの裏ページである。
沙月がここへ来るまでは、本人に直接聞いてみる他ないと考えていたが、それすらもできなくなってしまった。というのも、ブログの話題に触れることが、必然的に奈緒があのブログの裏ページを見たという事実を裏付けすることに繋がってしまうと気付いたためだ。
見て欲しいと言ってきたのは沙月の方であったが、それが原因でトラブルになっては困ると、奈緒はあえて素知らぬふりを続ける。
ここしばらくのことを思い返してみて気付いたが、沙月は近所のペットたちを見かけても昔のように飛んで行って可愛がるということをしなくなった。
もちろん、飼い主から声を掛けられればそちらへ行って話をするし、すり寄ってくる動物たちを拒む様子もない。
これは、沙月にも後ろめたく感じる部分があるということの表れなのだろうか。
奈緒自身にはもっと公園に行ってペットたちと遊びたいという気持ちがあったのだが、沙月の被害に遭う動物たちが減るのだと思えば、その子たちとの触れ合いを我慢できる。
動物と距離は置いてはいたが、朝の散歩を楽しむペットたちとすれ違う時の沙月の視線には、異様なまでの粘着性が滲み出しているように感じられた。
その瞳を見ていると、もしかするとこの子を狙っているのかもしれない、などと根拠もないことを考えさせられてしまう。
それを指摘してよいものかもわからず、奈緒は苦い顔で沙月を横目に見るばかりだった。
しかし、少し時間が経てばそんなことも忘れ、普段と何ら変わらない調子に戻っていた。
休み時間には下らない会話をし、前の日に見たテレビ番組について語り合う。
何をするにも一緒だったし、ともすれば以前よりも仲良くなったような印象すらあった。
きっと、何も知らないクラスメイトたちは、奈緒が沙月へと抱く不信感には微塵も気付いていないことだろう。
奈緒が沙月にべったりになったのは、彼女を監視する目的のため以外の何物でもなかった。それを本人に悟られないよう、あくまでも自然に振る舞うことを心掛ける。
――絶対に気を抜いちゃいけない。沙月は何をするかわからないもん。
友人に疑いの目を向けることに心苦しさがないと言えば嘘になるが、できればその凶行を踏み止まらせたいという一心で奈緒は沙月を監視する。
そんな関係のまま、一カ月が過ぎた。
ここ最近はこのつまらない夢を見る頻度が増したようにも思う。
前は週に一、二回ほどだったのが、今では二、三日に一度は夢の中のこの町へ来ていた。
暇を持て余した奈緒は、しばらく街を散策してから安全確認をしつつ学校に向かっていく。
ほんの数日前まではまだまだ残暑の残る時期だと思ったのに、ここ数日で一気に気温が下がった。
おかげで街路樹も仄かに葉の色を変え始め、秋が訪れたことを知らせてくれる。
そんな風景の変化を楽しみつつ学校へ辿り着いた奈緒は、できるだけ四方を遠くまで見渡せるようにと屋上に上がり、そこでごろんと横になって空を見上げた。
こうして空を眺めているだけでも、次々と変わる雲の形や時折通り過ぎる鳥、時間と共に位置を変えていく太陽などのおかげで退屈することがない。
……と、その時。「待てぇぇぇぇ!」というあの声がはっきりと聞こえた。その声に、聞き覚えがあるような気がする。
――これ、今までよりも近いんじゃ……。
興味をひかれた奈緒は、屋上のフェンスから身を乗り出して声のした方向を見た。