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 片山奈緒は昼休みの始まりを告げるチャイムとほぼ同時に、友だちのサツキこと早川沙月の席へお弁当を持って歩き出した。

 沙月はショートカットの似合うボーイッシュな女の子だ。さばさばとした性格のせいで苦手視されることもあるようだが、奈緒はそんな沙月が好きだった。

 奈緒は沙月の机の上にひょいと弁当鞄を置くと、近くの空いている席から椅子を拝借する。


「サツキ、ちょっと聞いて! 今日すっごく不思議な夢見ちゃった!」


 声を掛けると、床に置いてあった鞄の中から弁当箱を取り出そうと身を屈めていた沙月が目を丸くして顔を上げた。


「えっ、ナオも?」

「『も』……? ……ってことは沙月も見たの? え、どんな夢? 教えて教えて」

「ええっ……!? 別にいいけど……、言い出しっぺのナオから話してよ」


 奈緒が沙月の話に興味をひかれたのと同じように、沙月も奈緒の話が気になっていたようだ。奈緒は頷くと弁当箱を広げながら口を開いた。


「オッケー。ええとねえ……」


 ちょっぴり焦げた卵焼きをつつき、今朝の記憶を辿る。


「そうそう……。私ね、学校の中をずーっと逃げてるの。この教室からスタートして、上の階へね。

 音楽室の方へ走っていくんだけど、その時に誰かの『まてぇぇぇぇ』って声が聞こえてきたんだ。そこで、『あ、私って鬼ごっこしてるんだなぁ』って気付いて。でも、そこで目が覚めちゃったの」


 この先が気になったのに、と不満を零しながら沙月の方を見ると、沙月は箸を止め、驚いたような顔で奈緒を凝視していた。

 つられて、奈緒まで咀嚼を止めてしまう。そして、まだ噛み砕き切れていない卵焼きをそのまま飲み込んでしまった。

 その感覚をかき消すように、水筒のお茶を思い切り流し込むと、奈緒は軽く咳をしながら沙月の顔を覗き込む。


「サ……、サツキ?」

「……あっ、ごめん。あまりにもうちの夢とそっくりだったから、驚いちゃった」


 奈緒の一連の動きには全く触れることなく、沙月はにこりと笑った。

 そして、再び弁当箱の中身に箸をつける。

 小学校の頃からだから、沙月と一緒にいるようになって五、六年が経つ。それだけ長い付き合いの中で、このような沙月を見るのは初めてだった。


 ――何か、あったのかな?


 心の隅を不安がよぎるが、勘ぐるのはやめにした。身を乗り出すことで沙月の返答に興味を示す。


「そっくり?」

「うん」


 沙月はウインナーを口へ運び、コクコクと頭を上下に振る。

 その時には、いつもの沙月に戻っていた。


 ――どうやら、杞憂だったようだ。


 内心ほっと一息ついて、奈緒はすぐに姿勢を正した。

 奈緒がこれほどまでに集中して話を聞く態勢に入るということは、授業中であっても滅多にないことだ。


「うちは職員室の前にいてね、誰かを捜してるんだ。そしたら、階段を上がってく足音が聞こえてね。そっちへ走ってくの。

 どこにいるんだろう、ってうちらの教室のぞいたりとかしながら行くんだけど、でもそこには誰もいない」


 時々話を中断し、その都度おかずやご飯を口に運びながら沙月は喋る。

 沙月は好きなものを最後に残しておく派なので、弁当箱の中からはまず初めに野菜が消失した。次は煮物かな、と予測を立てれば、その通りに沙月の箸が煮物へ向かう。

 話を聞く態勢に戻った奈緒は、食事を中断しない程度に相槌を打ち、沙月の話を待った。


「じゃあ、三階に行ったら誰かいるんじゃないか、って階段上がってさ。

 そしたら悲鳴が聞こえたから、行かなきゃって思ったんだけど、そこで目が覚めたって感じかな」


 大好きなミートボールの最後の一個を名残惜しそうに口に放り込むと、沙月は空になった弁当箱を片付けながら、奈緒の方を見る。

 奈緒は信じられない気持ちでいっぱいだった。


「それ、ホント? そっくりじゃん……」

「うん。うちも驚いた。もしかして……、これが『ウンメイ』ってやつ!?」


 奈緒は、驚きのあまりそれ以上の言葉を続けることができなかった。

 その様子を見てか、沙月がいたずらっぽく笑う。

 つられて、奈緒まで笑顔になっていた。


「そうかも!」


 二人が笑顔で顔を見合わせた時、タイミングよく昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 この後は、五分間だけ授業の前の猶予が与えられる。

 その間に片付けを済ませて次の授業の準備をしておくようにということらしいのだが、教室は相も変らぬ喧噪の中だった。

 それどころか、他の教室へ行っていたクラスメイトたちの分まで声が加わって、どよめきのようにも感じられる。

 いつもの声の調子では互いの声も聞き取れないような状況に、自然と皆の声量が数割増しになる。


「うっわー……、数学じゃん。めんどっ……」

「あの人、話は面白いんだけどねー。……いいや。うち、寝るわ」


 顔をしかめながら言い放った沙月に、奈緒は慌てた。

 数学の担当は三十を少し過ぎたくらいの男の先生で、生徒指導部の教員である。その強面とドスの利いた怒鳴り声から、多くの生徒に恐れられている人でもあった。

 そんな先生の授業で居眠りをするというのは、自殺行為に等しい。


「ヤバイってそれは! 怒らすと恐いんだからさあ……」

「だいじょーぶだって!」


 授業開始のチャイムとともに、くだんの数学教師が教室へ入ってくる。

 チャイムに急かされるように自分の席へと戻る奈緒を、沙月はブイサインで見送った。

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