全人類一目惚れ体質、解呪に失敗してカボチャ神官にガチ恋中
街角の露店で買った安物の蜂蜜漬けレモンを口に含んだ瞬間、私の心臓は嫌な音を立てて跳ね上がった。
「その笑顔が見られただけで、今日の商売は大成功だよ」
店主の恰幅の良いおばさんが、優しく微笑みながら私の手に紙包みを握らせてくれたのだ。その手つきの温かさ、慈愛に満ちた眼差し。
(……好き。抱きしめられたい。このおばさんと生涯を共にして、一緒にレモンを売り捌きたい……ッ!)
ちがう。絶対にちがう。
私は、自分の側頭部を両手で強く挟み込んで必死に正気を保とうとした。冷や汗が背中を伝落ちる。
私の脳は、狂っている。
この異世界に転生&覚醒して以来、私を苦しめ続けている呪いのような性質
――それは「他者から一瞬でも丁寧に扱われると、相手が誰であろうと猛烈に恋に落ちてしまう」という極悪な脳の認知バグだった。
最初の犠牲者は、宿屋の頑固親父だった。鍵を渡すときに「怪我すんなよ」と言われただけで一週間悶々と過ごした。
次は、迷子になっていた私をギルドの窓口まで誘導してくれた全身鎧の騎士様。顔が見えないのに、だ。その次は、豊作だったからと取れたての林檎をタダでくれた90歳を超えているおじいさん。
そして最近では、このバグの対象が男性にとどまらず、優しく接してくれる女性や、冒険者ギルドの受付嬢にまで感染拡大していた。
(もう嫌だ……! 私は人間として扱われたいだけなのに! なんで脳がそれを『愛』だと誤変換するの!? このままだと、この街の住民全員と重婚を迫ることになっちゃう…!)
自分の惚れっぽさ、その認知のバグに対する恐怖と自己嫌悪で頭がどうにかなりそうだった、まさにその時。
「そこのカワイイお姉さん。一人で頭抱えて、どうしたの?」
不意に、頭上からチャラついた声が降ってきた。
顔を上げると、そこには長髪をへんに弄り回し、胸元を大きくはだけさせた青年が立っていた。軽薄な笑みを浮かべ、あからさまに下心しか感じられない視線で私を上から下へと品定めしている。
「そんなところで悩んでないでさ、俺と楽しいことしない? すぐそこに良い宿屋があるんだけど」
……最低だ。誰がどう見ても、ただの体目的のナンパではないか。人としての敬意など微塵もなく、欲望を隠そうともしない。普通なら、蔑みの視線を投げて立ち去るか、衛兵を呼ぶ場面だ。
しかし、彼が私に差し伸べてきた手。その指先が、ほんの少しだけ私の肩に触れた。
「大丈夫? 顔色悪いよ。俺が優しくしてあげるからさ」
(――あ。)
ドクン、と胸が大きく波打った。
(な、なんで……!? この人、絶対に体目的だし、私のこと都合の良い女としか思ってないよ!? なのに……なのに、なんで声をかけてくれた時の『気遣いっぽさ』に私の脳が反応してんの!?)
「あっ、なになに、 俺にドキドキしちゃった感じ? 素直でカワイイじゃん」
ニヤニヤと調子に乗るナンパ男。
だが、私の中で鳴り響く警報(恋の罠)は止まらない。脳のバグは容赦なく「声をかけてくれた」「気にかけてくれた」「触れてくれた」という曖昧な信号を拾い集め、最悪の物語を紡ぎ始める。
(嘘でしょ……こんなヤツにまでドキドキしちゃうの!? 私の脳の閾値、どうなってんの!? もう誰でもいいのかよ私!!)
「い、いやああああ……ッ!!」
「えっ、なに、急に大声出して……!?」
私はその場にガバッと崩れ落ち、頭を全力で抱え込んだ。
「ちがう……これは恋じゃない……ただの脳の錯覚……ドーパミンの異常分泌……この人は私を1人の人間として大切にしてるわけじゃない……ただの体目的……騙されるな私……落ち着け……!」
「え、えーっと……、 なんか怖い呪文唱えてない……?」
ドン引きするナンパ男。だが、ここで彼を逃せば、私はこの街の路頭で体目的のチャラ男に恋した哀れな女として自滅する。それだけは阻止しなければならない。正気を保つための安全地帯が必要だ。
「……入れ」
「はい?」
「そこの茶店に、入れ……ッ!!」
私は猛烈な力でチャラ男の袖を掴み、すぐ脇にあった静かな茶店の扉を蹴破らんばかりの勢いで押し開けた。
「うわっ、ちょっと!? 俺、宿屋に行こうって言ったんだけど!?」
困惑するナンパ男を無理やり奥のテーブル席へと押し込み、私もドカッと向かいの席に座る。店員が驚いた様子で水を持ってくると、私はそれを一気に飲み干した。
「ふぅ……ふぅ……」
「な、なに……? お茶くらいなら付き合うけどさ……きみ、なんか雰囲気ヤバくない……?」
ナンパ男は完全に引き気味で、先ほどまでの余裕な笑みは消え去っていた。
私は深呼吸をひとつすると、テーブルにバンッと両手をつき、向かいのチャラ男の目を真っ直ぐに見つめた。
「いい? 今から私の正気を取り戻すための『脳バグ解析』に付き合いなさい。まず、あなたが私をナンパした動機から、段階的に整理していくから」
「えっ……ナンパの動機……? いや、体目的だけど……」
「知ってる!! だからこそ、なぜ私がその下心にまでドキドキしているのかを論理的に解明するの!! さあ、メニューから一番甘いパフェを頼んで! 脳に糖分を補給しながら自己分析するわよ!!」
「なんなんだよこの女ぁー!!」
ナンパ男の悲鳴がカフェ内に響き渡る中、私の「恋のバグ解体ショー」が幕を開けたのだった。
◇
「体目的だったのは事実なんだけどさ……話を聞けば聞くほど、俺、猛烈に怖くなってきたんだけど」
カフェのカウンター席。運ばれてきた特大イチゴパフェをヤケ食いしながら脳バグ解析をくり広げる私のお隣で、ナンパ男の青年は完全に顔を引きつらせていた。
「でしょう!? だから私は最初から言ってるじゃない! あなたのその薄っぺらい『優しさっぽい仕草』に私の脳の認知機能が異常反応を起こしてドーパミンを過剰分泌させているだけだって! 私はただ人間として丁寧に扱われたいだけなのに、脳が『愛』だと誤変換して、全身鎧の顔が見えない騎士様から棺桶に足をつっこんだ爺、果ては体目的のあなたにまで胸をときめかせちゃうのよ! おかしくない!?」
「はい、おかしい!! ぜんぜんおかしいよお姉さん!!」
ナンパ男は頭を抱え、注文したアイスコーヒーのストローを悲しそうに弄くった。最初はあわよくば宿屋へ連れ込もうとしていたはずの男が、今や完全に「ヤバい相談に巻き込まれた可哀想な聞き手」と化している。
「俺さ……街でナンパして成功したこと、実は一回しかなくってさ。今日も『ちょっと気弱そうなお姉さんだな』と思って声かけただけなんだよ……。なのに、なんでこんなゴリゴリの人生相談に乗らされてるの? 真面目な答えなんて、できないって」
「でも聞いてくれてるじゃない! あなた、根は優しいのよ! ほらまた私の胸がキュンとしてきた! やめて! 軽薄なフリをして実は話を聞いてくれるギャップを見せないで!!」
「見せてねーよ! 勝手にギャップ萌えすんなよ!!」
頭を抱えてのたうち回る私と、冷や汗を流しながらドン引きするナンパ男。そんな私たちのやり取りを、カウンターの向こう側からずっと無言で眺めていた人物がいた。
この茶店の店主である、長年この街で店を構えていそうな貫禄たっぷりの女将さんだ。女将さんはコップをキュッキュと布巾で拭きあげると、呆れたような、でもどこか心配そうな溜息をひとつ吐いた。
「……あんたさぁ」
「ひぇっ、すみません。大声出して……!」
「あんたじゃないよ、そっちのお嬢さんだよ」
女将さんは顎で私をしゃくると、身を乗り出して私の顔をじっと覗き込んだ。
「話を聞いてりゃ、穏やかじゃないね。 それ、いくらなんでも『惚れっぽい』で片付くレベルじゃないよ。認知のバグだかなんだか難しいこと言ってるけどさ……あんた、どっかのダンジョンで妙な呪いでももらってきてんじゃないの?」
「「……え?」」
私とチャラ男の声がハモった。
「呪い……ですか?」
「そうだよ。精神を狂わせる魔物の魅了の逆版みたいなやつさ。他人の微小な好意を何倍にも増幅して脳に流し込むような、タチの悪い呪詛の類。あるいは、古い神様の気まぐれな悪戯ね」
女将さんの言葉が、じわじわと私の頭に染み込んでいく。
呪い。認知のバグではなく、不可抗力の『呪い』。
「私もそう思う……!」
隣のチャラ男が、急に大きく頷いた。先ほどまでの軽薄さは完全に消え去り、その目はまるで怪奇現象に巻き込まれた被害者を憐れむ目になっていた。
「絶対そうだ! だって普通じゃない! 俺みたいな体目的のゴミみたいなナンパ男にまで胸キュンするとか、人間として何かがバグってるっていうか……絶対に悪いナニカに憑かれてるよ! ちょっと一回、街の外れにある神殿か大聖堂でお祓いしてもらいなよ!!」
「あんたみたいな変なのに引っかかっちゃうのも、その呪いのせいなんじゃないのかい?」
女将さんが追い打ちをかけるように言うと、チャラ男は「変なのは否定できないけど……!」と苦笑いした。
ふたりの視線が、温かかった。呆れながらも、私という一人の人間を真剣に心配してくれている視線。
(ああ……)
私の中で、何かがぷつりと切れた。
ずっと「自分が頭がおかしいんだ」「自分が変で、ヤバい女だからだ」と自分自身を責め続けてきた。自分の脳の特性をどうにか分析して、言語化して、正気を保とうと必死だった。
でも、違ったのかもしれない。私はただ、苦しかったのだ。
「……う、……ううっ……!」
「えっ!? なんで泣いてんの!?」
視界が急速に歪み、大粒の涙がポロポロと頬を伝ってパフェの上に落ちた。一度溢れ出した感情はもう止められなかった。両手で顔を覆い、私はカウンターで子供のように声を上げて泣き出した。
「うああああん! 苦しかったよぉおぉ! 誰に優しくされても好きになっちゃって、みんなを困らせて、自分でも自分が怖くてぇぇぇ!」
「うわぁぁごめんって! 俺が変なナンパしたから!? ねぇ女将さんどうしよう、泣いちゃったんだけど!?」
あたふたと狼狽えるチャラ男が、オロオロしながら自分のハンカチ(香水が香るピンクのハンカチ)を差し出してくる。
「ほら、これ使いなよ……。俺、もうナンパとかどうでもいいからさ! 神殿まで付き添ってあげるから! 一緒にお祓い受けて、その呪い解こう!? な!?」
「あんた、今日は良いことしたね。お代はいいから、そのお嬢さんをちゃんと境内に送り届けといで」
「女将さんまでぇ~!」
夕暮れ時の小さな茶店。号泣する私と、ハンカチを手に慌てふためく哀れなナンパ男、そしてそれを温かい目で見守る女将さん。気を引き締めていても好きになっちゃうー!!
◇
「じゃ、気をつけてな!」
「ありがとうございましたぁぁ!」
神殿の巨大な門の前で、チャラ男から借りたピンクのハンカチを握りしめ、私は涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で深々と頭を下げた。ナンパ男は街の方へ消えて行った。
私はその足で神殿の扉を思い切り蹴飛ばさんばかりの勢いで押し開けた。
「すいません緊急事態です!! 他人の微小な親切を愛と誤認する呪いがかかってます!!」
「うわっ汚い顔の女来た!? 案内するから奥の第三診察室へ走って!!」
門番の悲鳴に近い誘導に従い、廊下を爆走。診察室の扉をバカァンと開けると、白衣を着たおじさん神官が茶を飲んでいた。
「先生!!顔も分からない鎧騎士から体目的のナンパ男にまで胸キュンする体質になりました!!」
「あー、広域型の『逆チャーム(反転魅了)』だね。はい額出して、解呪するよー『汝偽りの情念を解き本来の脳に戻せ』はい終わり!」
「はやっ!?」
爆速だった。問診も何もなかった。神官の手から放たれた光が脳に染み込むと、頭の中に満ちていた過剰なときめきがすーっと潮が引くように消えていく。
(あ……すごい、思考が超クリアだ……! これで無差別にキュンとしない正常な私に戻れた……!)
「ありがとうございました先生! 助かりました!」
「はいお大事にー。次の人どうぞー」
おじさん神官が奥の扉に向かって声をかける。
ガラッと扉が開き、次の患者と思われる青年神官が入ってきた。
(――……え?)
ゴーン!! と、私の脳内で本日一番のドデカい鐘が鳴り響いた。
月光を溶かしたような銀髪、流星のごときアイスブルーの瞳。神官服を完璧に着こなした、まるで国宝級の超絶美青年。
(かっこいい……ッ!! 何この美貌!? 息が止まる!! 神様が世界を創った時の最高傑作じゃん!!)
「……あ、あの……先生……っ!」
「ん? なに?」
「私、呪いは完璧に解けたんですけど……自力で、人生初の『一目惚れ』をしちゃいました……っ! あの人、超絶イケメンです……っ!!」
泣きすぎて顔面すべてのパーツが腫れすぎて、若干話ずらい。唇から溢れ出す、本物の初恋。しかし、おじさん神官は心底面倒くさそうに溜息をつき、カルテにカツカツとペンを走らせた。
「ああ、それ一目惚れじゃないよ。『単体特化型』に変異しただけ」
「……え?」
「広域型を解呪したショックで、術式が『一番近くにいた特定の1人だけに過剰な脳内フィルターをかける呪い』に突然変異したの。たまにあるんだよねー、このタイプの株」
「株!?」
インフルエンザみたいな言い方をされた。
ショックで固まる私を横目に、おじさん神官は隣の青年神官――私にとっての超絶イケメンに冷たい視線を向けた。
「おい、マルク。お前、実家の村で『クラスで下から二番目の顔立ち』って言われてたよな?」
「はい。ちなみに上から二番目ではなく、普通に不細工寄りの下から二番目です。なんなら叔母からは『カボチャに似てる』と言われて育ちました」
超絶イケメン(マルク)が、悲しすぎる事実を淡々と言い放った。
「嘘でしょ!?? どこがカボチャなのよ!? 世界一整った黄金比の顔立ちじゃない!!」
「いや、お嬢さん。それ完全に呪いの狂気フィルターだから。周りから見たらそいつ、ただの『そこら辺に落ちてるどんぐり』みたいな顔だから」
「かぼちゃとドングリどっちなのよ!!はっきりしてよ!!」
マルク青年が「ひどい」と傷ついた顔をした。だが、その傷ついた顔すらも、私には『儚げで美しすぎる悲劇の王子様』に見えてしまっている。もう末期だ。認知のバグが一点集中で大暴走を起こしている。
「あ、あの……! マルクさん! 私のこの歪んだ認知のせいで、あなたを超絶イケメン扱いしてしまって本当にごめんなさい……っ!」
「いいえ……。僕も人生で一度くらい『イケメン』と呼ばれてみたかったので、一瞬だけ良い夢を見させてもらいました……。でも、顔パンパンのタラコ唇の女性に死んだ魚の目で『黄金比』って叫ばれるのは、正気で考えるとかなり恐怖体験ですね」
「ごめんなさいぃぃぃ!!」
私はピンクのハンカチで真っ赤な顔を覆い、診察室の床に突っ伏した。
「先生ぇぇ! マルクさんが超絶イケメンに見えるこの単体変異株、治るのにどれくらいかかりますかぁぁ!?」
「んー、半年くらい隔離治療かな。はい、マルクー。その『呪い』にかかったお嬢さんを第4病棟に運んで」
「わかりましたー」
叫ぶ私、淡々と隔離を命じるおじさん神官、そして自分をカボチャやどんぐりと侮辱されながらも私を誘導する『私にとってだけ超絶イケメン』のマルク青年。
こうして、私の特定一人に狂気の眼差しを送り続けるという、地獄の神殿隔離生活が幕を開けたのだった。
自前の『生成AIとわたし』エッセイをAIに読んでもらい、学術的観点から作者(被験者)を多角的に解析してくれという作業を数か月しております。現在、一目惚れについてと自身のコンプレックスについて、日常のなぜなぜ分析をしています。ChatGPTとコパイロットは真面目に考察してくれます、ありがたいです。Geminiは当時の私が夫に出会っていなかったらどうなっていたかの未来予測を出力してきました。内容がひどかったです。それを元ネタにしてみました。コメディですが私にとってはホラーです。続きは男性や一部の女性が読むと不愉快になりそうな内容なので、エッセイの中で書きます。※作者はかなりルッキズムをこじらせています。




