第6話 見えざる手、暗躍する影
硝煙の匂いが立ち込める茶臼山の麓を駆け抜けていた歴史調査官・九条蓮の足が、突如としてピタリと止まった。
手元の小型端末が、けたたましい電子音とともに鮮やかなクリムゾンレッドの光を放つ。それは物理的な敵の接近を示すものではなく、周囲の空間における「特異な時空干渉波」の検知を告げる警告だった。
「この反応……ただの歴史の歪みじゃない。意図的に時空転移フィールドを展開している痕跡だ」
蓮は周囲の警戒を強め、銃弾の飛び交う物陰から、目の前に広がる開けた平地を睨み据えた。
先ほど『敗者契約』の残響で視た謎の男――徳川の伝令に接触し、増援の遅延を仕向けた「改変者」が、まだこの時代のどこかに潜んでいる。そして、その男は蓮が自分の存在に気づいたことさえも、おそらく計算に入れているはずだ。
その直後、冷たい風が戦場の空気を切り裂き、蓮の背筋に言い知れぬ悪寒が走った。
――危うい。直感がそう叫び、蓮は本能的に身体を真横へと投げ出した。
直後、彼が先ほどまで立っていた岩肌の数センチ脇を、青白い光を帯びた高エネルギーの弾丸が凄まじい軌跡を描いて通り過ぎ、背後の大木を鮮やかに穿った。衝撃波が周囲の枯れ葉を激しく巻き上げる。
「やはりな……。管理局のセキュリティをかいくぐってこの時代に干渉する輩が、一人でコソコソ隠れているわけかと思ったが」
砂煙の舞う中、蓮は低い姿勢のまま小型端末を構え、銃撃の飛んできた方角へと鋭い視線を送った。
崩れかけた石垣の陰から、ゆらりと一つの影が姿を現す。
そこに立っていたのは、時代錯誤なほどの黒いコートに身を包み、顔の半分を仮面のような奇妙なデバイスで覆った男だった。その手には、管理局が採用しているものとは異なる、無機質で洗練された形状の時空干渉ライフルが握られている。
「よくここまで辿り着いたものだ、歴史調査官・九条蓮。お前のそのしつこさには感心するよ」
冷徹でありながら、どこかどこか愉しげな男の声が、轟く砲声の合間を縫ってハッキリと耳に届いた。
蓮はその声を聞き覚えのない脳内で反芻しながらも、警戒の度合いをさらに一段階引き上げる。
「お前は一体誰だ? 管理局の管轄外からこの世界線を狙う目的はなんだ。真田幸村を勝たせて、歴史の先をどう書き換えるつもりだ?」
蓮の問いかけに対し、仮面の男は不敵な笑みを浮かべ、銃口をゆっくりとこちらに向けた。
「目的か? そんな高尚なものはないさ。ただ、この退屈でガチガチに固まった『正史』という名のレールを、一度派手に脱線させてみたかっただけだ。……歴史の修復官ごときが、この世界の本当の仕組みに気づけるかな?」
男が引き金を引こうとした瞬間、周囲の空間が激しく歪み、青白い閃光が視界を埋め尽くした。
一瞬の隙も許されない極限の状況下で、蓮は愛用の端末を操作し、空間跳躍のカウンタープログラムを叩き込む。
歴史の改変を目論む正体不明の敵との直接対決は、今まさに、火花を散らすデスゲームへと突入しようとしていた。
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【あとがき】
■ 制作裏話
第6話では、いよいよ物語の黒幕である「仮面の改変者」が姿を現し、主人公の蓮と直接対峙するアクション性の高い展開を描きました。なぜ歴史を歪めるのかという彼らの動機の一端を示しつつ、SFらしいガジェット戦の緊張感を演出しています。
■ 歴史解説・豆知識
大坂夏の陣の舞台となった大阪平野は、当時は入り組んだ地形や川、湿地帯が多く、軍勢の移動や伝令の往来には非常に地理的な知識が必要でした。そのため、もし意図的に間違った道へと誘導されたり、伝令が足止めされたりすると、大軍であっても容易に連携が取れなくなるという戦術的な弱点がありました。
■ 次回予告
第7話「交錯する銃口」
改変者との激しい戦闘の最中、蓮の前にさらなる想定外の人物が現れる――!? お楽しみに!
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