わたしのものを奪っていく義妹を、塔の頂上から突き落とした話 ~マリナ視点~
先に本編をお読み頂いたあと、本作をお読み頂くことをお勧めします。
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「ねえ、俊明。それ、本当にただのじゃれ合いだと思っているの?」
私は三杯目のワインを喉に流し込みながら、呆れ果てて隣の男——この屋敷の主であり、私の恋人である——に問いかけた。
視線の先では、俊明が「白磁の塔」なんて大層な名前で呼んでいる巨大なキャットタワーの頂上で、先住猫のルナちゃんが、新入りのソマリに向けて鋭い衝撃を叩き込んだところだった。
乾いた音と共に、ソマリが真っ逆さまに落下する。
私は心臓が止まるかと思ったけれど、そこは猫。ソマリは空中で見事に体勢を立て直すと、床にスタリと着地した。
「すごい! 麻里奈、見たかい? ソマリはなんて運動神経なんだ! 金メダル級だよ!」
俊明は暢気に手を叩いて喜んでいる。
……いや、どう見ても今の、ルナちゃんは本気で殺りにいってたわよ?
そんな私の懸念をよそに、今度はルナちゃんが塔の頂上から俊明を目がけてダイブした。
俊明は「おっと!」と嬉しそうに、セピアアグーティの毛玉を胸に抱きとめる。ルナちゃんは俊明のシャツを爪でがっちりと掴み、喉を鳴らしながら「ニャーニャー」と何かを必死に訴えている。
私にはわかる。あれは甘えているんじゃない。
「あの泥棒猫を今すぐ追い出しなさいよ!」という、烈火のごとき抗議よ。
「よしよし、ルナ。あんな高いところでボクシングを始めるなんて、君は本当にお転婆だね」
俊明は鼻の下を伸ばして、ルナちゃんの頭を撫で回している。
私は、自分の腕の中で膨らんで「シャー!」と威嚇を続けるソマリを宥めながら、深いため息をついた。
「ルナちゃん、最近ちょっと独占欲が強すぎないかしら。あなたのことを飼い主じゃなくて、本気で自分の『男』だと思い込んでるわよ、あれ」
「ははは、考えすぎだよ。ルナもソマリもいい子だよ。ほら、見てごらん」
俊明は笑って私の肩を抱き寄せたけれど、その瞬間、俊明の腕の中にいるルナちゃんの目が「スッ」と細められた。
その冷徹なエメラルド色の瞳は、ソマリではなく、私を真っ直ぐに射抜いている。
——この泥棒猫の飼い主が。次はあんたをあの塔から突き落としてやるわ。
そんな声が聞こえてきそうなほどの殺気。
私は背筋が寒くなったけれど、隣のお花畑な恋人は、ルナちゃんに顎をザリザリと舐められて「熱烈な愛情表現だねぇ」なんてデレデレしている。
「……それ、絶対『裏切ったら次はお前だ』って警告されてるだけだと思うわよ」
「ははは、麻里奈。君は想像力が豊かだね。猫っていうのはもっと単純な生き物だよ。ほら、仲直りのパーティーにしよう!」
俊明は意気揚々とキッチンへ向かい、最高級のカツオパウチとささみジュレを皿に並べた。
塔からダイブしたで賞に、見事な着地を決めたで賞?
……おめでたいにも程があるわ。
食卓の下では、二匹が並んで食事を始めた。
一見すれば仲良く並んでいるように見えるけれど、ルナちゃんは「二度と私の白い塔に登るんじゃないわよ」とでも言いたげな顔でささみを食み、ソマリはソマリで、虎視眈々とルナちゃんの皿を狙っている。
「見てくれよ麻里奈。やっぱりただのじゃれ合いだったんだよ。食事の時はこんなに仲良しだ」
俊明は幸せそうにワイングラスを傾けている。その横で、ソマリが電光石火の早業でルナちゃんのささみを奪い取った。ルナちゃんが膝から飛び降り、低い唸り声を上げる。
「ニャー!!(殺す!!)」
「フシャー!!(うるさいわね、あんたのものは私のものよ!!)」
再び始まったキャットファイト。ルナちゃんの右フックが空を切り、ソマリがテーブルの陰に逃げ込む。
「おっと、ルナ、どうしたんだい? 僕に抱っこをねだるなんて、そんなに僕のことが好きなのかい?」
ルナちゃんが俊明の膝に飛び乗ったのは、俊明に付いた私の香りを消そうとしてるだけだってことに、この男は一生気づかないんでしょうね。
「ああ、麻里奈。君という恋人がいて、二匹の可愛い娘がいる。僕の人生は最高に幸せだよ」
私は四杯目のワインを注ぎ、一気に煽った。足元では、ルナちゃんがソマリを追い回して、俊明の自慢の絨毯がボロボロになり始めている。
……まあいいわ。
このおめでたい男の頭の中では、平和が保たれているんだから。
「ええ、そうね。本当に賑やかで……『楽しい』わね」
今にも取っ組み合いを始めそうな二匹をジト目で見つめながら、私はもう一度、重いため息をつき、空になったグラスを置いた。




